第57話 小休止&聞き込み 入った店は、店主が金にうるさい店だった。
時計店を後にして、次は陶器の扱いがある店を探している。
さっきは上手い具合に時計店があったが、さすがにそうそう都合良く行くものでも無く、陶器店が見つからない。
下り坂になっていた道も終わって、路面は平坦になった。
左右に店はあるのだが、パン屋さんとか惣菜屋さん? とか、食べ物系の店が主になってきた。
「ねぇアリアさん、この辺りは違うのかな」
「そうねぇ、ちょっと違いそうよね」
アリアさんもよくは分からないようで、俺と共に道をうろつく様な感じになっている。
時間は10時を回って少し。多分10時半頃だろう。昼に戻るにも時間があるが、かと言って目当ての店は見つからない。
「シューッヘ君、その辺りのカフェに入って、近くのお店の事聞いてみるとかどう?」
「お、良いね。ちょっと小腹が空いたところでもあるし」
「お店は……あそこなんてどう?」
アリアさんが指差したのは、甘味処の様である。看板に描かれているのは、おしるこ?
もしおしるこだったなら、今日はさっきの中国茶風なのに引き続き、異国情緒に溢れる一日となる。
「じゃ、あそこで何か食べつつ話を聞こうか」
「やった! そうしましょっ」
アリアさんが嬉しそうに跳ねて笑顔になる。そんなに甘いもの食べたかったなら言ってくれれば良いのに。
まぁ、甘味屋に一人で入るのは虚しいのかも知れないし、俺と一緒だから、という部分もあるのかも知れない。
「こんにちはー、空いてますか?」
「はい、いらっしゃいませ。お二人ですか?」
「はい」
中に入ると、独特の衣装を身につけた給仕さんが出迎えてくれる。何風と言えば良いのか、思いつくのはモンゴルの遊牧民?
着物ともちょっと違う、けれど前で合わせる姿は若干着物っぽい、そんな独特のスタイルなお店だった。
「メニューはこちらになります」
冷えた水と共に出されたメニューを見ると、豆類の甘味がメインの様だ。
モンゴル風な、和風甘味処? と言った感じだろうか。甘い豆というと、和風な小豆が浮かぶが。
「ねぇアリアさん」
「ん?」
「ここの従業員さんの服、随分変わってるけど、何処かの民族衣装?」
「うん、そうだよ。なんて言ったかなぁ、何だったかなぁ……」
とアリアさんはひとしきり頭を抱えた後で、すいませーんと給仕さんを呼び出した。
「注文まだ決まってないんですけど、あなたの衣装ってどこ由来の衣装でしたっけ?」
うおぅ、直接聞くんだ。俺にはちょっとそれをする勇気は無いな。
「当店は、大陸東部の移住騎馬民族、ウィア族をコンセプトにしたコンセプトカフェです。店長がウィア族の方なんですよ」
「へぇー、店長さんが? 本格なんだー」
「そうですね。私は単なるバイトですけど」
わかりやすくびっくりして見せたアリアさんに、銀盆を持った給仕の女性が苦笑いする。
この世界の地図はまだまるで頭に入っていないが、『東方』と呼ばれる地域には様々な文化があるようだ。
さっきの時計屋でのお茶も東方からの伝来物、このカフェも東方民族のコンセプトカフェ。余裕が出来たら東方外交とか出来たら楽しいな。
「このお店のおすすめのスイーツって何です?」
「おすすめですと、こちらの『甘豆湯』か、それにスパイスを加え味変させた『甘生姜湯』もおすすめです」
「じゃあたし、甘豆湯にする。シューッヘ君は?」
「じゃ俺は、甘生姜湯の方にしてみようかな」
「では、甘豆湯、甘生姜湯各1つですね。少々お待ち下さい」
ペコッとお辞儀をして、給仕さんが厨房の奥へと消える。
甘豆湯かぁ、イメージとしてはそのまんま「おしるこ」ではあるんだが、必ずしもそうとは限らないしなぁ。
生姜湯ってのは日本でも飲んだ事はあるが、おしるこに生姜、ってのは、ありそうだけれど俺は飲んだ事は無い。
「アリアさん、陶器の店見つかったとして、そこで買い物すると多分昼ご飯時になると思うけど、どうする? 食事に戻る? それとも何か食べてっちゃう?」
「あーどうしよう。フェリクとも打ち合わせてこなかったから、帰ってもフェリクがいないとかありそう。でも準備して待ってるパターンもあるかも」
「困ったな、こういう時家に電話も何も無いのは不便だなぁ」
「電話? 何それ?」
「あぁ、電話自体が無かった。電話ってね……」
そこから俺の、素人なりの電話の仕組み講座。いやホントに素人なので間違ってるかも知れない内容満載だ。
ただ、そもそも電気が無いこの世界では、電話の「電」の字自体が成立しない訳だから、実現出来そうにも無いテクノロジーだ。
「なるほどなるほど、魔導通信機の固定版みたいな物ね」
いや実現出来たぞおい。魔法万能だなこの世界は。
「魔導通信機なんてのがあるの?」
「うん。元々は通信用の機器って言っても、人が使う魔法を機械化しただけなんだけどね」
「ふーん、人が使う魔法を? つまり、通信機みたいな魔法があるの?」
もしそれを俺が使えれば、簡単に遠隔意志伝達が出来る。
魔導通信機ったって、地球のケータイ程小型化はしてないだろうから、俺が魔法で使えればそれに超した事は無い。
「あたしが使える緊急呼び出し魔法もその種類の魔法でね。アレはターゲットを絞れるから余計高度な魔法にはなるんだけど」
「あ、そう言えばアリアさんは、俺がピンチになった時にヒューさん呼んでくれたりしたんだよね」
「うん。あたしのあの魔法は、人を指定してその人だけに伝わる通信を紡ぐの」
「その魔法って、俺でも使えるようになりそう? 特別な才能が無いと厳しい?」
「才能は、どうかなぁ。練習すれば出来るんじゃないかと思うけど、あたしもいつの間にか出来るようになってたって口だからよく分かんないなぁ」
いつの間にか出来る人は、多分天才肌だと思うが……
「お待たせしました、甘豆湯と、甘生姜湯になります」
と給仕さんがいつの間にか横に立っていて、注文した甘々なメニューが届く。
白地に青で鳥などが描かれた陶磁器の器に、やはり見た感じ小豆のおしるこだなぁ、ほこほこと湯気が上がっている。
「じゃ、いただきまーす」
「いただきます」
俺たちは揃って手を合わせていただきますを口にした。新しいノガゥア家の決まり事、上手くスタート出来ている。
熱そうなのでフーフーして飲んでみた。確かに熱いは熱いんだが、甘いのと生姜のピリッと来るのとで、熱さ以上にホットである。
生姜も「ちょっと味付けに入れた」って言うよりガッツリ入ってる量だな、喉に舌にとビリビリ来る位の強い生姜感だ。
一方アリアさんの方は、ホフホフしながら少しずつ飲んでは、にまぁ、としている。正解はあっちだったか。
「アリアさん、俺のも飲んでみる?」
「うん、じゃちょっと交換しよ?」
器を交換。アリアさんのを飲んでみると、優しい甘さと温かさがほっこり感を演出してくれる。
「何これっ、辛、辛いっ、ひー」
アリアさんが半分悲鳴な声を上げた。生姜の辛みって独特だからなぁ、慣れてないとアレは、喉に来るんだよ。
器を、言われる間もなく元に戻して、もう一口甘生姜湯の方を含んでみる。うん、確かにかなり辛いな。
アリアさんは今の一口で相当汗が出てきたらしく、服のポケットからハンカチを出して汗を押さえている。
「よくこの辛いの、平気な顔して飲んでるわね」
「うん、辛いけどこれはこれで美味しいじゃん?」
「お、美味しいかも知れないけど、辛すぎない?」
「んー、生姜は、辛めのジンジャーエールとかで慣れてたからなぁ。後は夏場のそうめんとか」
「ジンジャーエール? そうめん?」
「あぁ、どっちも俺の元いた世界の、生姜使う定番みたいな飲み物や食べ物だよ」
そう言えば、そうめん位は再現出来るかも知れないな。
いや、めんつゆが取れそうな『だし』が難しいかも知れんな……。かつお節味とか、王宮食堂でも出てきた事無いし。
そうめんの麺だけ再現出来ても、めんつゆが無ければあの夏の定番料理にはなってくれないし。
と、色々考えつつ、俺はピリ辛ジンジャー味のおしるこを着々と減らしていた。
そう言えば主題を忘れるところだった。ここで「陶器の店を聞く」為に、この店に入ったんだった。
誰に聞けば良いかな、さっきの給仕さんは……手が空いている様だ、聞いてみよう。
「あの、すいません。ちょっと良いですか?」
「はい、何かございましたか?」
「あのー、注文とかで無くて申し訳ないんですが、この近くに陶器を扱ってるお店ってありますか?」
「この近くですか? ちょっと店主に聞いてきますのでお待ち下さい」
と、再び厨房の中へと消えていく。
厨房から男性の大きな声がしたなと思ったら、給仕さんが再び出てきた。
「す、すいません店主が、『聞きたい事があるなら何か注文しろ』って……」
「あ、そうなんですね、じゃメニューを……」
「いいですいいです、私の知ってるお店で良ければ。ここから西へ行った最初の四つ角を北に進んだすぐ右に、変わった入れ物の看板のお店があります。そこ、陶器のお店なので」
「す、すいません、ありがとうございます。店主さんに怒られたりしませんか」
「あー……きっと大丈夫ですっ」
給仕さんはニコッとしてみせているが……どうにも大丈夫そうには思えない。
んー、そうだ。こういう時こそ賄賂の効果が発揮される時かも知れない。
「ちょっと待ってて、えーっと……これ、店主の方に。美味しい甘味のお礼で。代金とは別に」
「えっ? こ、こんなにですか?!」
俺が渡したのは、銀貨3枚。日本円換算すると六千円位になるのかな。
と言うか、俺がヒューさんから王宮生活時代に渡された財布の中身で、今一番安い硬貨が銀貨なんだが、1枚ではインパクトに欠くから数出すのは仕方ない。
他には大銀貨に金貨、大金貨もあるけれど、セコい店主にそこまで出す義理は無い。
銀貨を怖ず怖ずと受け取った給仕さんは厨房に駆けていって、今度は店主と思しき男性と共に戻ってきた。
「お、お客さん! こんなに頂いてよろしいんで?!」
「あぁ、この人に陶器の店も教えてもらえたからね。そのチップは別途、この人に渡すけれどさ」
「陶器の店だったら、中央市場2番通りのドミナって店もオススメだ! 特にお客さんの様な豪奢な御方であれば、そっちの方が似合うだろうよ!」
「ドミナね。看板ですぐ分かるもんかい?」
「ああ、そこは絵看板は無くて、文字看板だけで『ドミナ陶器店』とあるからな、良い買い物をしてくれ!」
「ありがとう。じゃ、お会計を」
店主は銀貨を仰いでこちらに一礼し、厨房に去って行った。拝金主義、とはこういう格好なのか?
ともかくお会計。さすがの英雄費会計も、ここまで個別の店までは行き届いてないだろうからここは現金だ。
当然、店主にあげたより多くのお金を給仕さんに渡す。
甘味の代金が合わせて銀貨1枚。
俺は銀貨1枚に大銀貨1枚を添えて給仕さんに手渡した。
「こっちはあなたへのチップだから。店主に取られない様に気をつけてね」
「あ、ありがとうございますっ!」
「じゃアリアさん、行こっか」
そうして俺たちは席を立ち、再び暑い外へと進んだ。
目指すは、まずは近場に当たる「変わった入れ物の看板」のお店。
あの店員さん、チップを奪われなきゃいいんだけど……まぁそこまでどうこうするのまでは、俺の立場じゃ言えないか。
変わった看板であれば、何か変わった面白い物があるかも知れない。期待が高まる。
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