第56話 時計のお店で、老翁から受けたもてなし ~この世界にも複数の『お茶』がある模様~
雑貨店では思いの外時間を取られなかった。
イラストを描くのはそこまで俺も苦手では無いし、契約問題も配分「100:0」だからこじれる部分が無い。
この、かなり硬派な印象のあるローリスが、日本ほどにキャラ物天国になってしまうと違和感が強いが、何も無い現在よりは良いだろう。
「ねえシューッヘ君、ホントにお金受け取らなくて良かったの?」
「ん? うん、お金なら英雄費があるし、英雄費足らなくなったらまた魔導水晶掘れば良いだけだしさ」
「そうなんだけど……この国の商習慣だと、原案と販売がいた場合、原案者が利益の7割持っていくのが普通よ? あの商人得しすぎてる」
「へぇ、7割も。でもそうなれば、7割分だけ利益になるって事だろうから、商売も続けやすいじゃない?」
「そ、そりゃそうだけど……」
「俺としては、キャラ物の普及は是非進めたい事柄の1つなんだ。だから、利益度外視で俺は全然構わないんだよ」
「ふーん……欲が無いんじゃなくて、別に目的があるのね?」
「そういうこと。ここで手数料取って、店が廃れるよりは、店に儲かってもらって更に自前でキャラ商売を発展させてくれれば最高って感じかな」
そんな話をしながら坂を下っていく。
ふと左手に、懐中時計のマークが付いた看板を掲げている店があった。相変わらずこの国は看板が文字では無い。
「あそこって時計店? それとも懐中時計しか扱ってないかな」
「あのマークは、時計店の中でも懐中時計の扱いがありますよって意味だから、両方扱いあると思うよ」
「じゃ、入ろっか」
ふとショーウィンドウの様な所を見ると、銀製と思しき綺麗な懐中時計がたくさん飾ってある。高級店なのかな。
扉を押して入ると、カランカラン、と鈴の音が鳴った。奥にいる男性のご老人がこちらを向く。
「若いお客様とは珍しい。今日の御用は何かね? 見物かい? それともプレゼントかい?」
「いや、屋敷のホールに掛ける掛け時計始め、各室に時計が無くて困ってるんだ。だから幾つか買いたいと思ってます」
「おっ? 若いとは思ったが、貴族のご子弟だったか。これは失礼した」
「失礼云々は良いんですが、貴族なのは俺自身で、子弟じゃないですよ?」
そう言うと、店員のおじいさんはギョッとしたように目を剥いた。そりゃ、17そこそこの男子が貴族って言われれば、こうなるか。
「失礼ですが、御名前とご爵位を伺っても?」
「俺はシューッヘ・ノガゥア子爵。こちらは妻のアリアさんです」
「ノガゥア子爵? ノガゥア……どこかで聞いたな、どこで……ああっ! 英雄閣下でいらっしゃるか!」
「閣下は言い過ぎだと思いますが、英雄であることは間違いないです」
「英雄閣下のお出ましとは、これは何も準備しておらず申し訳ない。今お茶なりと用意致しますので、どうぞこちらへお掛けください」
「いえいえ、そんなお気遣いなく」
「そうは参りません。英雄閣下をそこいらの客と一緒にしたなどと知れたら、私の方が恥をかきますので。後生ですので、どうぞ」
と席を勧める様にしたと思ったら入口に、意外と健脚に進んでいって、ドアに掛けてあった開店中の表示を裏返していた。
「じゃ……ちょっと座ってよっか」
俺はアリアさんと並んで席に座った。並んでと言っても、席はセパレートだ。客人仕様と言うか。
俺たちが腰を掛けると、再びご老人は……というか店をひとりで切り盛りしてそうな人を老人扱いするのも何だが。
真っ白な髪に真っ白な髭。しかも口ひげあごひげ共に真っ白で長い、となると、老体の魔法使いのおじいさんにしか見えない。
ともかくご老人が奥に入ると、程なくシュンシュンと湯が沸く様な音が聞こえてきた。リアルにお茶を淹れてるんだろう。
店内を見てみると、所狭しと色々なタイプの時計があった。大型な物、小ぶりな物、クリアケースの中には懐中時計。
この世界、腕時計は無いんだよな確か。作れば絶対儲かると思うんだが、技術的な問題で小型化が難しいとかかな?
ホールに掛けて良さそうな時計も、パッと見ただけでも4つ位はある。うち2つは、時計部の下に何か付いている。仕掛け時計とかなの?
奥から湯の沸く音が消えたな、と思ったら、器に氷が入るカラカラ鳴る音が聞こえる。アイスティーだと、ちょっとありがたい。
まだ今は地球で言えば午前中の時間だから、そこまで過酷に暑くはないんだが、それでも汗をかく位には暑くなってる。
「お待たせしております、今日も暑いですからな、冷茶にておもてなしいたします」
と、老人が持ってきたのは、地球で言うところの「中国茶を淹れる時に使うような茶船」。竹製みたいな素材感も、それっぽい。
それをテーブルに置くと、一度ご老人は戻って、今度はガラス製のヤカン? の下に、ピッタリはまる丸い台を添えて持ってきた。
ご老人はその台ごとゆっくりヤカンを机に置く。ヤカンは今も火に掛かっているかのように、クツクツと泡を出している。
「ご店主、そのガラス製の、ヤカンですか? 火が掛かっている様に見えますが、どうやって?」
「こちら、この下置きの中に火の魔石を詰めてございます」
魔石? 初めて聞くワードだ。取りあえず納得した振りをしておこう。
「ほっほっ、魔石を使う方法は今は主流ではございませんので、ご存じなくても何ら恥じることはございません」
見抜かれた。とほ。
「火の魔石は、加えた魔力量に合わせて加熱が出来ます。これは湯が沸く程度に魔力を持たせております」
そう言いつつ、最初の茶船から氷に満たされた器を2つ、テーブルに置いた。小さな器だ、一般的な日本茶のそれより二回りほど小さい。
そこからは流れ技だった。随分小さな急須の中に相当な量のお茶っ葉を入れたと思いきや、煮えたった湯をドボドボと。
溢れてるのも気にせずにドボドボと入れ、蓋をして更にお湯を掛け、少し。それを別の白磁の容器に移し入れ、更にそこから細長い器2つにまず注いだ。
そして細長い器から、氷の入った東洋風の器に、さっとあける。バキパキッと氷にひびが入る音が響く。
「まずは香りからお楽しみください」
と、細長い容器が俺とアリアさんの目の前に差し出される。アリアさんは空の器を前にキョトンとしているが、これは聞香杯というアレか。
手に取って、香ってみる。うーん深い。青々しい感じの爽やかな香りが、頭の奥まで突き抜ける程に香る。これは味も期待出来そうだ。
アリアさんも俺の真似をして香りをクンクンしている。パッと顔が華やぐ。
「なにこれっ、香りだけなのにすっごい爽やか!」
「ほっほっ、楽しんで頂けて、幸いです」
そしてようやく本体のお茶が俺たちの目の前に出される。もうすっかりキンキンに冷えている様で、器の周りには霜が付いている。
量としてはちびっとだが、あの香りのお茶本体だ。じっくり味合わせてもらおう。
小さく、一口すする。うーーーん、良いなこれ、凄く良い。紅茶の様なムワッとしたお茶も美味いが、中国茶風のこの爽やかさは暑さにもってこいだ。
しかも冷茶だから、うっかりすると一口で飲めてしまう。それでは余りにもったいなく感じるほどに、このお茶は繊細でありながら強い個性がある。
「あ、終わっちゃった」
アリアさんは一飲みに飲んでしまったようだ。うん、この器だからね、普通だったら一口だろう。
「まだ氷も残っておられるようですので、もう一杯差し上げましょう」
店主のご老人もその辺りどうこう言うでなく、俺がまだゆっくり飲んでいるのに合わせて、パートナーにもう一杯出してくれている。
うん。口の中で転がすと、これまた絶品に美味い。渋みがないところが凄いんだよな、日本茶だと渋くなりがちなんだよ、冷茶って。
アリアさんの器が一旦回収される。茶船から、竹製のトングの様な物で、氷を継ぎ足した。
それから先ほどの聞香杯の前の、ミルクポットみたいな白磁器から、スーッとお茶が注がれる。新しい氷が入った事で、再び氷のはぜる涼しげな音がする。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございますっ」
うーん、抹茶席よりは気軽に、それでいて抹茶より美味いんじゃないか? これだけのもてなしをサラッと出来てしまう辺り、このご老人はさすがだ。
フェリクシアさんはお茶は2種類くらいみたいな事を言っていたので、この中国茶風のお茶も珍しい物だろう。もてなしとして、ハイレベルだ。
俺は、少しだけ残ったのを、スッと吸いきって器をテーブルに置く。後味がたまらず爽やかで素晴らしい。
アリアさんも、さっきよりはスローペースだが相変わらず飲むのは早い。俺と共に器を置いた。
「ご店主、素晴らしいもてなしを、ありがとうございます。このお茶はどこで手に入る物ですか?」
「これは東方諸国の特産品にて、年に一度オーフェンを中心にバザールが開かれまして、そこで手に入れられます」
「年に一度しか買えないのか。そんな貴重な物を、ありがとうございます」
「いえいえ、賓客にお喜び頂けることこそ、もてなし側の喜びにございますからな」
「早速で申し訳ないですが、時計を選ぼうかと思います。アドバイスなど頂けますか?」
「勿論です。本業は時計屋にございますので」
俺はゆっくり立ち上がった。アリアさんもつられて立ち上がる。
そこからは、ひたすら時計吟味であった。中でも一番困ったのがホールの掛け時計だ。
2つ、時計の下に何かあるのは、思った通り仕掛け時計の類だった。毎時鳴るが、夜は鳴らない。そういう設計らしい。
この世界の時計は25時間計なので、最近ようやく慣れたが慣れないと細かい所は見づらい。
毎時鳴るのはうるさいかなぁ、とか色々考えたが、結局その「鳴る時計」にすることにした。
決め手になったのは、丁度時間が10時を指した時だった。その時計が鳴ったのだが、シンプルに「チャーン」と、上品なチャイムが1回鳴るだけ。
地球の仕掛け時計はウザいほど鳴り続けるのでちょっと懸念していたが、これならばうるさくはないし耳でも時間が分かる。
それが決まると、後は各人の部屋の時計。アリアさんは丸い掛け時計をチョイス。シンプルな物だ。
俺は、丸の中に四角形が菱形状に置かれたデザインの掛け時計。良い。
と、俺はふと思った。確かこの世界、電気が無い。当然乾電池も無いだろうから、時計の電源ってどうなるんだ?
「ご店主、あまりに物知らずな事を伺いますが、この時計の動力はどうなっていますか?」
「動力ですか。ここにある時計類は全て、いずれも2系統を持っておりまして、一つは手巻き式。もう一つは魔導線接続式でございます」
「魔導線を? うちなら簡単に出来そうだけど……普通の家だと、何処から魔導線を?」
「一般的には、照明器具に中央からの魔導力が来ておりますので、そこから分岐させる方法を採られますな。閣下は如何されますか」
「うちの屋敷は、壁全体が魔導線みたいな物なので、多分壁に接続すれば魔力供給は何とかなると思います」
何せ、壁全部ミスリルだからな。全電源は恐らく入口の魔導板に籠めるだけの量なんだろうけど、何日か使ってても切れる様子はない。
俺が一度エンライトを使っただけなんだが……よほど燃費が良いのか、俺のエンライトが強かったのか。または溜められる量が凄いって説もあるな。
「あと小型な物については、常時接続ではなく、適宜魔導線を繋いで補充、という物もございます。こちらの物辺りがそうです」
とご店主が指したのは目覚まし時計みたいな『何処にでも置ける小さな時計』だった。
そう言えば目覚まし時計も欲しいな。今は「何時に起きなきゃ!」みたいな事は無いが、そのうちあるだろうし。
「ここの時計には、目覚まし時計機能って付いていますか?」
「ええ。静かなのからやかましいのまで、取りそろえております。3ヶ月に1度程の魔力充填が必要になりますので、その点だけはお気を付け下さい」
なるほど。それを忘れると「目覚まし時計が止まってて寝坊しました」という、定番のアレになってしまう訳だな。
結局……この時計店でも随分時計を買った。ホール用、キッチン用、1階各部屋用(使ってない部屋も含め)。
それから、2階に3部屋ある2部屋は、それぞれ俺とアリアさんの趣味で決めたが、もう1部屋にも普通っぽいのを。
目覚まし時計も、人数分+2。誰か客人が泊まりに来て、目覚まし時計が無い、では不便だろうから購入。
支払いと運搬は、フェリクシアさんに後でやってもらうことにして、その旨をご店主に告げた。
ご店主は、そういう買い方にも慣れているようで、支障なく買い物が済んでしまった。手ぶらで買い物、便利だ。
……もっともその便利の後始末は全てフェリクシアさんがするわけだから、そう喜んでばかりいる訳にもいかないんだが。
いずれにしても、時計は十分買えたので、俺はご店主にお茶のお礼を重々伝えて、時計店を後にした。
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