第55話 悪徳業者に鉄槌!……のはずが、何故かイラストの増産をしてしまった。
翌朝。俺はフェリクシアさんが用意してくれたスライスした芋とハーブの和え物的な物を頂きながら、今日の行動を考えていた。
昨日発覚した、悪徳商人の「約束違反」をどうにかするか。それとも、それは放っておいて、何か家のために出来る事をするか。
正直、お金には困っている訳ではないからなぁ。俺が版権的な物を主張して勝ったとして、別に誰も得しない。
あの商人が更なるキャラクター商売が出来るのなら、この世界にも彩りが出来るというものなので寧ろ放置した方が良い。
ただ……あの時の様子を見るに、あの商人にそんなアイデアを期待出来そうにはないんだがなぁ。
「シューッヘ君、考え事?」
「んぁ? あぁ、うん。約束違反した商人をどうしようかなと思ってさ」
「もし必要だったらあたし証言台に立つよ! シューッヘ君のアイデアを盗んで商売なんて、許せない!」
「うーん、俺も最初はそう考えたんだけど、俺があのキャラクターの権利をがっちり押さえても、あんまり誰も得しないんだよね。
まだこの世界にはキャラクター物ってカテゴリー自体が育ってないから魅力的な市場だけれど、俺が市場を握って金を得ても、ねぇ」
それこそ、魔導水晶1つ掘り当てれば、それだけで相当な価格というか価値になる。俺にはそれが出来るだけの力もある。
ここで版権からちまちまと小銭を稼いでも、その商人も報われないしキャラクター物が生まれる萌芽を摘んでしまう危険性もある。
だったらのびのび勝手にやらせておいた方が……とは言えやっぱりちょっと腹立つよな。
「まぁ、金のためじゃなくて仁義礼節の為にも、あの店に行って一言釘を刺すくらいはしようかな」
「ジンギレイセツ?」
「あー……決まり事は守ろうよ、的なことだよ」
じゃ取りあえず今日の行動は決まりで良いかな。
デートコースで巡ったのと逆から回る感じになるが、そのまま靴屋さんまで足を伸ばすか。
「じゃ今日は、あの店と靴屋さんをはしごするって事で。12時前には終わっちゃうかな」
「そうね、今……何時かしら」
「今は8時半を回ったところだ」
と、向かいに座るフェリクシアさんが、メイドスカートから懐中時計を取り出して答えた。
そういや時計も買ってこないと不便だな。
「時計、買わないとね。あとなんか必要な物ある? 時計みたく雑貨っぽいものがあれば買ってくることにしようと思うけど」
「では私から旦那様と奥方様には、ティーセットを見繕ってもらいたい。受取と運搬は私がするので、客用も含めて10客程度のセットのを頼みたい」
「10客セットか。センスが問われるなぁ。それは頑張ってみるとして、今思いつくところで他に何かある?」
「後はキッチン小物がメインだな。使うのが主に私なので、私が見繕って買いたいと思うが、それで良いか?」
「そりゃ勿論。使い手が使いやすいのが一番だからね」
皿が空くと、スッと紅茶が差し出される。昨日と同じ、濃いめの紅茶だ。
「ねぇフェリクシアさん。この紅茶ちょっと濃いんだけど、ミルクってある? 牛の乳、なんだけど」
「あぁ、言ってくれれば良かったのに。ミルクであれば既に買ってきてある。水魔法で瓶ごと保冷しているので痛まない。待っててくれ」
フェリクシアさんが席を立ちキッチンへ。
程なく、トレーの真ん中にチョコンとミルクポットを乗せて帰ってきた。
「このミルクポットは、フェリクシアさんの私物?」
「ああ。この間の魔導水晶掘りの時にも持っていったバッグの中に入っている一式の一部だ。これらも専用の物が欲しいな」
「じゃあ、陶器類は適当に見繕って色々買ってくるよ。フェリクシアさんなら、何となく用途を見つけてくれそうだし」
「何となくか。そう言われると難しいが、まぁ極端に大きいとか極端に薄いとかで無ければ、ある程度流用は効くからな」
「じゃ、今日の予定に、時計とか売ってる店と、陶器類のお店を追加。とー……ローリスの店の朝って、大体何時くらい?」
ミルクポットを受け取り、ミルクを紅茶に注ぎつつ聞いてみた。
アリアさんがひょっと顔を出して言う。
「早いところだと9時位で、10時には遅くともどこも開いてるわね」
「そっか。じゃもう少ししたら出る位でも良いのか。あ、ミルクどう?」
「紅茶にミルク? 合うの?」
「この濃さの紅茶なら合うよ。砂糖が欲しいって人はいるかもだけど」
「砂糖か。そう言えばまだ調味料が塩とハーブ類とソースしかないな。うっかりした」
「フェリクシアさん、今日も市場に買い出し?」
「ああ、旦那様の好みに合わせて米も仕入れて来たいと思う。好みに合うものが一発で買えれば良いんだが」
「米は難しいからね。俺の元いた世界でも、粘り気メインの短粒種だけで、100以上の種類っていうかブランドがあったし」
「100!……よほど旦那様の国は、米にこだわりがあったようだな。ただ、短粒種で粘り気の強いもの、と聞けて良かった。半分以上は選択肢から排除出来る」
「んーシューッヘ君! この紅茶の、ミルクと紅茶の組み合わせ、合うっ! でも砂糖欲しい気持ちも分かるっ!」
アリアさんが突然叫んだ。よほどこの紅茶とミルクの相性が気に入ったのだろう。
俺もちょっと飲んでみる。んー、確かに案の定と言うか、思った通りミルクとの相性は絶品だ。
「紅茶って、ローリスだとどの位の種類があるの?」
「そうだな……今出している種類と、後はストレート用に適した物の2種類が主だな」
「ストレート用のも、買えたら買ってきてくれるかな。結構あれも好きでさ」
「構わないが、王宮で出た程のクオリティーは無いぞ? 王宮は予算と取扱店が違うからな」
「アイスティーだと、冷たければそこまで味の違いも分からないかなって。いや分かるんだけどさ」
「まぁ、旦那様の舌は肥えているので分かるだろうな。出来るだけ良い物を手に入れる様努力する」
これで紅茶問題は片付いた。グラスも空になった事だし、そろそろ準備に取りかかろう。
***
さて、問題の店の前に辿り着いた。これから乗り込むが、完全にしらばっくれられると実は厄介。
口約束でしか約束していないので、「聞いてない」「知らない」と言われると、それまでな部分がある。
ま、案ずるよりなんとやら、とにかく入ってみるか。
「いらっしゃ、イッ?!」
イッ?
店の店主は思ったより正直と言うか、顔に声にモロ出るタイプらしい。俺の顔を見るなり血相を変えた。
「俺がここに来た目的は……どうやら分かるみたいだね。これってどういうこと?」
「そっそ、それは……市場テストですっ、まだ本販売の前に、少量ロットで『通用するか』を試しておりました!」
「テストねぇ。それも含めて、俺との相談の上で、独断では動くなと釘を刺したはずなんだが?」
「も、申し訳ありません。実は……資金繰りが悪化しておりまして、少しでも現金が欲しかったのです……」
一筋縄ではいかないだろう、と踏んでいたが、一筋縄で行ってる。楽だな。
「市場テストもキャラクターの増産も、俺に行ってくれれば出資さえも出来たんだけど……こう裏切られては、出資は難しいかな」
「そ、そんなっ! 贅沢は申しません、多少で構いませんのでご融資頂けないでしょうか」
「アリアさん、どう思う? 店主さんはこう言ってるけど」
俺がアリアさんに話を振るついでにアリアさんを見ると、アリアさんは真っ赤になって眼光鋭い状態。怒ってる。
「シューッヘ君が描いたオリジナルを勝手に商品化して、分配金も無く自分で総取りしておいて、融資? 非常識にも程があるわ!」
「ご、ごもっともです……」
店主はますます萎縮して、頭を縮めて冷や汗を流している。
「まぁただ俺としては、別に金が欲しいわけでもないんだ。金はあるし。どちらかと言うと、キャラ物の普及が望み」
「は、はい」
店主は俺の言葉をかなり緊張して聞いている。いやそんな大した事言うつもりも無いのだけれど……
「だから無断販売は確かに腹が立ったけれど、それである程度売れているのであればそれはそれで良い。売れ行きは?」
「うさぎの商品に関して言えば、売れ行きはすこぶる良いです。ただ、買ってくれた方がリピーターになってくれず……」
「だろうね。もっと多彩なキャラがあればともかく、1種類だけだし。商品も、このフォークとスプーン、とそのセットだけ?」
「はい……」
「だったら、このセットを買った人がこの店を再来するメリットが無いじゃん。そりゃちょっとだけは売れるけど続かない訳だよ」
俺が商人に偉そうに言える立場では無いのだが、俺でも分かるミスをしている店主なのでやむを得ない。
俺も別に商業のプロ的な人間じゃ無いんだけど……アドバイスして成功するかは、俺も分からないし。
「キャラ物で行くのであれば、同じキャラでもっと多彩に展開して1コーナー作る位充実させるか、多数のキャラを扱うか、だ」
「はい」
「先日はうさぎのキャラを描いたけれど、店主のあなたは何か描けそう? アイデアある?」
「申し訳ありません、こんな独創的なキャラクターは、私には……」
キャラ物大国・日本で生まれ育ったから当たり前にキャラが周りにあったが、そうで無いと難しいものか。
「ちょっと紙とペン貸して」
「は、はい!!」
俺はちょっと考えて、異世界にすら版権で攻めてきそうなあの企業体のキャラは避けて、今度はカエルを描く事にした。
カエル、と言っても勿論リアルカエルを描く訳では無い。地球の、サン……何とかって会社の、キョロッとしたカエルだ。
今度のはうさぎ程簡単では無いので一発書きで描ける自信は無いが……
「それは、カエルですか?」
「ええ。カエルと言ってもキャラクター化した物なので、気持ち悪さ・不気味さはゼロです」
描き進めていく。ここにスマホでもあれば、見ながら描いていけるので楽なんだが、記憶頼みなのでちょっと怪しい。
ただ、あくまで可愛く、をイメージして描いていったので、原作から少し離れてしまったが可愛いのが出来た。
「それから、次」
続いて、これは一般キャラ。キャラというか、猫。猫はイラスト化すると激カワに化けるので、やりやすい。
ちょっと悪乗りして、猫を3-2-1のピラミッド状に積み上げたイラストを1枚。これは趣味なので実用はどっちでも良い。
それから、いわゆる『ごめん寝』をしている猫とか、子猫を口にくわえた親猫とか、イラストをどんどん描いていく。
そこでふと思った。
「アリアさん、ローリスに猫っている?」
「猫? いなくはないけど、貴族と、平民でも裕福な家しか飼ってない印象かなぁ」
「おっ、それはベスト。貴族とかに思う、うらやましいって気持ちでグッズが売れるかも知れない」
サクサクともう少し猫イラストを描いていく。
「店主さん。今これだけキャラを描いた。前も聞いたけど、もし商品展開するならこれらをどうする?」
「は、はぁ……カトラリーの持ち手に焼き付けるもの、それから、普段使い出来る絵皿の様なものとかはいかがでしょう」
「今回はそれで良い線行ってると思う。ローリスの技術で可能であれば、ガラスのグラスにイラストって出来る?」
「ガ、ガラスにイラストですか?! それは、正直難しいかと……」
「線画でも難しい? 方法としては、細かい砂をガラスに吹き付ける『サンドブラスト』って方法で行けるんだけど」
「砂を? どうでしょうか、ただそこまでの準備をする資本が……」
「ああ……じゃあ、絵皿他の出来る範囲から始めてみようか。絵皿だと、ロットが大きくなる?」
「いえ、白磁の皿への絵付けは、割と庶民的な遊びとして根付いていますので、小ロットから生産が効きます!」
「なら決まりだ。まぁ面倒くさいから総取りで良いよ売上は。但し出来上がった製品は必ず持ってくる事。修正もするから」
「そ、総取り! そ、そんな、よろしいのですか」
「宜しいも何も、つい今までそうしてたんじゃん」
「そ、そうですが……」
「さっきも言ったけど、俺幸い金はあるから、別にこれ以上無くてもいいんよ。それよりこの無機質な世界がキャラで彩られる未来の方が楽しい」
「あなた様は……目先の利益よりこの国の幸せをお考えになられて。私とは雲泥の差です」
「いや別に俺も、国の幸せがどうとかデカい事は考えてないよ? ただ、この国の食器とかって無機質じゃん。子供が使うには寂しいな、と」
と、イラストを描く手を止める。猫関係のイラストだけで12枚は描けた。
猫コーナー、カエルのコーナー、それからうさぎのコーナー。あぁ、うさぎも増産した方が良いか。
「うさぎだけど、衣服の色を変えるだけで随分雰囲気変わるよ。原色を使うのがポイントで、背景色との取り合わせを考えて」
「は、はいっ」
「このカトラリーだとそれぞれ1匹だけだけど、3体並べて服の色違い、とかも良いよ。そういう風に新商品は展開すれば良い」
「ありがとうございますっ、早速工房にオーダーを掛けます!」
「ま、あんたが成功してくれれば俺は俺なりにハッピーだから。あんたは利益も取れるんだし、頑張って」
と、俺はイラスト作業台にしていた机から立ち上がり、店を出ようとした。
ん? アリアさんが、初回版うさぎカトラリーに見入っている。欲しいのかな。
「アリアさん、これ欲しいの?」
俺が言うと、突然声を掛けてしまったからかびっくりしたような様子で俺を見て、凄い勢いで首を横に振った。
「し、シューッヘ君の作品を悪用したのなんて持てないよ! ……でも、か、可愛いなって」
「悪用ねぇ。まぁ悪用って言えば悪用だけど。なぁ店主さん、これのセットのを1つもらって良いかい」
「も、勿論でございます!」
「えーと代金は……」
「け、結構でございます!! これほど商売で優遇しアドバイスまで頂き、お金など頂けません!」
「そう? いいなら良いけど」
「只今お包みしますっ!」
店主がレジ台から包装紙を持って飛び出してきて、スプーンとフォークのセットを白い小綺麗な包装紙で包んだ。
うん、この包装紙はなかなか良いチョイスだろう。キャラ物100%の店だったら物足りないが、一般品との混在店だからな、今のところは。
センスは良いが、目先の利益に囚われる傾向にある店主、か。たまに見に来ないといつの間にか潰れてそうだな、気をつけておこう。
「お待たせしました!」
「はーい。はいアリアさん、どうぞ」
「あ、ありがとうっ」
これでアリアさんとフェリクシアさんが同じカトラリーを持つわけか。
俺はそのうち出来上がる、3体色違い版のうさぎのにしよう。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




