第53話 突然のおねだりでびっくりするも、これはいわゆる『ヤンデレ』なのか少々悩む。
屋敷の表門に辿り着くと、すぐ俺は目を惹かれた。アリアさんが扉の前に、不安そうな顔で立っている。
「アリアさーん、大丈夫だったよー」
笑顔が浮かんでしまう俺に対して、アリアさんの表情は変わらないか、余計辛そうになってる気すらする。
「シューッヘ君、大丈夫って……」
「取りあえず中に入ろ? 外で話すには、王様の言葉も含むから良くないと思うから」
「は、はい……」
あくまでアリアさんは、緊張と言うか悔恨と言うか、酷い顔をしている。
眉はハの字だし唇は少し震えているし目はうつろだし、姿勢は前屈みだし。早く安心させてあげたい。
アリアさんがドアに手を伸ばすと、ガチャンと鍵が開く音がした。アレ? 鍵使ってないのに?
開いた扉に、俺が入る。ヒューさんも、と思ったが、後ろにいたはずがどこにもいなかった。
俺はアリアさんに先導されて、リビングに進んだ。アリアさんは、リビングの真ん中位で止まって、おずおずとこちらを向いた。
「そ、その……国王陛下の、お怒りを、シューッヘ君が……本当にごめ」
「待った。そもそもお怒りじゃなかったから、謝る必要も無いよ、アリアさん」
「えっ? あの……ヒューさんにあれだけ言われたから、陛下も余程お怒りだと……」
「ううん。王様が仰るに、王様の命を助けた子爵が金使えない国は終わってる、だって」
「お、王様の? 命? 何があったの?」
「あ、そう言えば話して無かったっけ、魔導水晶を王様の元に届けた時の話なんだけど……」
と、俺は常闇のサーベルの斬撃からペルナ様のお怒り城地震までの下りを説明した。
「えっ?! じゃシューッヘ君、陛下の命を守ったの?!」
「結果、そういうことになるのかな? 王様も、死ぬか数ヶ月伏せるか、って仰ってたから、絶対死んでたとは限らないけど」
「そっか……シューッヘ君いつの間にか、陛下を守った英雄になってたのね……あ、英雄は元からだっけ」
「あぁ……そう言う意味ね。うん、王様を守ったのは間違いない。英雄職自体は、階位どうなったかな、今度ヒューさんにでも見てもらおう」
「それでその、あたしが沢山、本当に沢山買ってきた家具類は……」
「王様の見立てだと、バルトリア工房が売りつけてくるのは絶対必要になる家具だから、って。だから安心して良いよ、今使わなくても使う日が必ず来る、って。王様断言だったから」
「そっか……でもやっぱりごめん。シューッヘ君に相談してから買うべきだったのに」
「そこは良いよ? 俺にはドレス用の衣装棚なんて分からないし、分かる人が買えば良い。お金は王様の後ろ盾があるから幾らでもだし」
「そ、そっか。……あたし、工房で『甘えて』って言われて、それが心に刺さっちゃったんだ。気が抜けてるわよね……」
「そこは、俺が今までアリアさんを甘えさせてあげなかった俺の失態だから。これからはもっと甘えて、アリアさん。俺も男だし」
ちょっと胸を叩いて言ってみる。アリアさんはクスッと笑って(ようやく笑って)、俺の目をじっと見てくれた。
「あたし……ホントにシューッヘ君で良かったって思う。ごめんね、突然。でも本当の話。こんなに尽くされて、良いのかなぁ……」
「俺、楽しんでるよ? 尽くす、って聞くと、何だか凄く苦労してご機嫌とってみたいなイメージだけど、そんなこともしてないし」
「ふふ……ご機嫌取ってくれてるよ、いつも、ずっと……シューッヘ君」
アリアさんが、ようやっと普通の顔に戻った。いや、でも少し緊張してる?
さっきまでの変な緊張の顔じゃ無いから安心だけど、何かまだあるのかな。
「シューッヘ君。あたしをあなたの、正式な奥さんにして下さい。あたしからのおねだり」
「ふぇ?! も、もちろん!」
と、俺の頬が突如烈火の如く熱を持っている最中に、真横の廊下からフェリクシアさんが現れた。
「これで正式に入籍か結婚か。中途半端な状況からようやく脱するな。男女の仲というのはなかなかもどかしいものだな」
悪意が無いのは分かるのだが、俺とアリアさんの言葉とは温度差があり過ぎて、酷く恥ずかしい。
「奥方様。話は聞こえてしまった、無作法で済まない。が、誰からも叱られずに済むようで、何よりだ」
アリアさんは幸せそうな顔をして頷いている。
「フェリクシアさん、俺の居ない間のアリアさん、どんな様子でしたか」
これはこれでちょっと気になる。
沈痛な面持ちで小一時間待っていた? それにしては、フェリクシアさんの視線が変だ。
さっきから少し気になっているんだが、フェリクシアさんはアリアさんをじっと見ている。
単に見ているだけならまぁ『そういう人か』で済むが、監視と言うか……そんな視線だ。
「……奥方様、それは旦那様に言って良いのか?」
話を振られたアリアさんが、少し戸惑う様な素振りを見せつつも、頷き目を伏せた。
「では話そう。端的に結論から言うと、奥方様は自殺を試みられた。勿論私が全て防いだのでこうして生きている。
1時間に満たない時間であったが、奥方様は大変取り乱されていて、私も苦労した。
突然、『もうシューッヘ君の顔も、申し訳なくて見られない』と言って自らに攻撃魔法を放とうとしたり、
私の料理ナイフをいつの間にか持って部屋の隅に座り込み、すんでの所で、危ない瞬間を阻止したりな」
「アリアさん……」
フェリクシアさんの淡々とした口調が余計にリアルを感じさせる。
自ら命を……そこまで思わせてしまっていたのか……。
「奥方様は、あくまで庶民の出であるから、貴族的な金銭感覚は無いのだろう。そこへ、ヒュー閣下からのキツい叱責。
結果論としては金主でもある陛下がお許しになっているので何ら問題は無かった、という形にはなったのだが、
奥方様にとっては大変なストレスになった事は間違い無い」
アリアさんに、そこまでの心痛を掛けてしまった。俺、どうやって償えば良いんだろう。
じゃ結婚しよう、って言って、それで償いになるのかな。いや、なる訳ない。それとこれとは別問題だ。
それに、償いの為の結婚って、それは失礼な気もする。
「アリアさん、俺……」
「言わないで、シューッヘ君。あたし、やっぱりシューッヘ君に頼りすぎなの。いつでもシューッヘ君が何とかしてくれるって、いつも……」
「アリアさんが望むなら、俺いつでも、アリアさんに降り懸かる災いでも何でも、振り払うよ!」
「ううん、そんな大げさなことじゃないんだ。あたしが欲しいのは、小さな幸せ。家族と、あと……シューッヘ君との可愛い子供と。そんな暮らし」
「アリアさん……」
「あ、でもこのお屋敷じゃダメとかじゃないんだよ? ただ、あたしにその資格があるのかなぁって思えちゃって」
「それを言ったら俺もだよ、アリアさん」
床に視線を落としていたアリアさんは、そのままゆっくり床に腰掛けた。
俺も、色々思い出して、視線が床に落ちる。俺もアリアさんの横に腰掛ける。
「俺、この世界に来る前は、誰にも相手にされなかったんだ。空気みたいに隠れてた。この世界に来ても、オーフェンでは殺され掛けたしね。
けれど、ローリスに来て、色んな人に恵まれて、助けてもらって。それで今の『それっぽい俺』がいる。あくまで『ぽい』だよ。
俺の本質なんて、地球時代から変わらない。変われないよ、まだ数ヶ月すら経ってないもん。だけど、今俺は、幸せだよ。
新しい、俺が見初めたアリアさんって家族が出来て、立派な家があって。仕事も俺にしか出来ない仕事があって。充実してる。
もしここで、アリアさんが欠けたら。……俺も多分、後を追ってたと思うよ」
俺の、溜息混じりの言葉に、場は静かになった。俺とアリアさんの、少し落ち着かない呼吸音だけが目立つ。
アリアさんも動かない。俺も動かない。二人して、床に視線を落として、固まっている。
沈黙を破ったのは、フェリクシアさんだった。
「旦那様に奥方様。幸いにして、二人とも生きている。これから二人で新しい家族を更に作るにせよ、生きていなければどうしようもない。
私があれこれ言える話では無いが、私は旦那様に助けられた身。ヒュー閣下も同じだと聞いた。奥方様は、その旦那様の心を支えることが出来る唯一の人物だ。
旦那様が対外的に人を救う、その背景には、奥方様が旦那様の心をケアしているからこそ、と、私は思う。それでも奥方様はまだ自死を望むか?」
フェリクシアさんの物言いは相変わらず淡々としているのだが、言葉に熱が籠もっている様に感じた。
アリアさんは、小さく首を横に振ってくれた。良かった、死神は立ち去ったようだ……
「……あたし、これからもずっと、シューッヘ君といっしょがいいな。どんな所でも、いつでも……」
「俺で良ければ」
「あなたじゃなきゃダメなの。あたし、あなたがいないと、あたしもう生きていけなくなっちゃった……」
床を見つめてたと思いきや、膝に頭を乗せて、今度は俺の方をじっと見ている。
んー……んー?
ちょっとヤンデレ気味になってしまった感じがするが、ヒューさん含めてこれ以上叱る人もいないし、そのうち治るかな。
まぁ……治んなくても、それがアリアさんって人だから。俺はどんなアリアさんでも受け入れる。だって、アリアさんだから。
「俺もまだ、頼りない所が一杯あって、きっとアリアさんが知らない幻滅ポイントとかもあるよ。それでも良い?」
「うん。シューッヘ君がどんなに人でなしな事しても、あたし受け入れる。シューッヘ君がしたいこと、してくれれば良いよ」
「そこまで人でなしな事はするつもりは無いけど……でも分かんないな、実際謁見の間で一人殺してるし」
俺はそのままゴロンと床に寝そべった。横にアリアさん、高い天井と、視界の端にフェリクシアさんがいる。
「あたしは人を殺した事はないけど……きっと震えちゃって殺せなくて、あたしが殺されちゃうかな」
「普通そうだと思うよ。俺も、ヒューさんに用意された『初陣』があったからこそ、躊躇無く謀反人を殺せたんだから」
「奥方様が殺人魔法を使わずに済ませるのが、護衛でもある私の役目だ。奥方様は生活魔法で活躍すれば良い。同じ土俵に上がる必要は無い」
フェリクシアさんの断言には、俺もなるほどと思った。
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