第51話 アリアさんとお買い物 ~欲しい物を買うのが買い物なのでは?~
階下からの凄い怒声で目が覚めた。いやびっくりした、声の主はヒューさんなんだが、どうもセリフからして、アリアさんを叱りつけてる様だ。
ほぼ真っ暗な部屋、俺はすぐ窓の遮光結界を解除した。明るい日が差し込んで、すぐに目がハッキリ覚める。
ヒューさんは、アリアさんを養子にしてから、アリアさんには結構厳しい。
厳しいんだけど、今日のあの声はちょっと異常だ。怒鳴り声、と言える程。
……殴られたりしてなきゃ良いんだけど。正直そう心配になる位の、激怒の声。
俺が階段を駆け下り、ホールに飛び込むと、ホールの向こうの方にアリアさんが目に入った。
その手前に、ヒューさん。詰め寄るような距離で、アリアさんの事を指差し、大きな声を出している。
内容は……パッと聞く限り、買い物のことらしい。だが詳細はよく分からない。
「ヒューさん、アリアさん。何かありましたか」
俺が声を掛けると、ヒューさんは振り向き、下を向いていたアリアさんはその場で俺の顔を見た。
アリアさんの顔が……今にも泣き出しそうな、凄く辛そうな顔をしている。
ヒューさんはそんなに酷く叱ったのか? 買い物ったって、必要な物じゃないの?
「ヒューさん、凄く大きな声がしましたけど、どうしたんですか。アリアさんが何かしちゃいました?」
「しちゃいましたで済むような話であれば、わたしもこの様に叱りつけは致しません。これを」
と、ヒューさんが俺にメモ書きを渡してくれた。
そこに書いてあったのは……なんか凄い量の家具だな、なんだこれ。
「アリアは、シューッヘ様のご許可も無く、これだけの家具を購入してきたのです」
えっ?! こ、これだけってえっ?! こんなにも?!
1、2、3、4……12品? いやいや、一体どういうこと、これ?
「アリアさん、必要な家具を買うのは良いんだけど、この……ドレス用の衣装棚とか、ドレス持ってるの?」
「も、持って、ないで、す……」
アリアさんの声は、もう完全に泣き声になっていた。
いや何かおかしいぞこれ。アリアさんの性格からして、俺が良いよって言っても、遠慮する位に慎重な人だ。
それが、これだけの、細かいのもあるけど12個もまとめて家具を? しかもバルトリア工房だから値段も相当だろう。
何があった? 巧妙な商人にしてやられた感じなのか? 分からん、正直分からん、何が起こった?
「シューッヘ様、恐らくアリアは、兎人族の種族特性にやられたものと思われます」
「兎人族? あぁ、メリッサさん、だっけ。種族特性に『やられる』ってどういう事?」
「兎人族は、その笑顔に魅了の力がございます。魅了された者は、その者の言いなりになります」
「……ちょっと待って、それだったら、アリアさんは兎人族の特性の、騙し討ちの被害者であって、叱られるべき相手じゃないんでは?」
「兎人族の種族特性はごく弱いもので、心にかなりの迷い・弱みが無ければ決して効きませぬ。アリアにはそれがあった、という事です」
心の迷い、弱み? 今日のアリアさんはとても元気だったし、つけ込まれる様な隙があるとは思えないけれど……
「うーん……ねぇアリアさん、メリッサさんになんて言われたの? 覚えてる?」
俺が言うと、アリアさんは突然その場に崩れた。
「ごめんなさい、ごめんなさいぃ、あ、あたしぃ、ごっ、ごめんなさいぃぃ」
「待って待って、俺、アリアさんに怒るつもりは無いから。安心して。ただ知りたいんだ、何が心の隙間を攻めちゃったのか、を」
「あ、あの……シューッヘ君に、甘えましょう、って、その、甘えましょうって……それであたし……ごめんなさいっ、ごめんなさいぃ」
アリアさんが床に頭を擦り付ける様にしている。
見ていて、哀れだ。アリアさんは、明らかに被害者なのに。
しかも。
甘えましょう、か。
はあ……。
これは『俺が』反省しなきゃいけない点だ。アリアさんを責めるのはお門違いだ。
俺はアリアさんが頼り甲斐があるからって、年上だからって、アリアさんに頼ってばかりいた。
だけど、アリアさんは俺に甘えたかったんだな……それを察する事も出来なかったのは、俺の失態だ。
「アリアさん」
「ご、ごめんなさいっ」
「ううん。謝るのは俺。アリアさん、甘えたかったんだね。察してあげられなくて、ごめん」
「シ、シューッヘ君、あの、あたし、でも、あの」
俺はアリアさんの前に座って、アリアさんの頭を優しく撫でた。
最初触れた瞬間には思いっきりビクッとされてしまったが、ゆっくり、優しく、何度か撫でていると、少しずつ泣き方が和らいできた。
「アリアさん、ごめん。俺がもっと、アリアさんの気持ちに寄り添っていたら、避けられた事だったのに。ごめんね」
「う、うぅぅ……」
アリアさんは、俺の足にすがって泣き出してしまった。
「ヒューさん。今回のこの買い物、英雄費の上限超えるとかありそうですか」
「英雄費に上限はございません。されどそれ故に、節度ある使い方をせねば、陛下の御不興を被ることになりかねません」
陛下の御不興、か。
英雄の扱いは、何か法律みたいなのがあるっぽいが、とは言え陛下が否といえば、何でも否になるだろう。
英雄だから斬首にならない、という安心がある訳でも無い。事実オーフェンでは死にかけたしな。
「俺には、今回の買い物がどれだけの『価値』なのか、あとミール材のテーブルも含めて、どれだけの物なのかが分からない。俺が王様に、直接弁明しに行った方が良いですか」
「陛下には、わたしから申し上げましょう。万が一御不興を被る様であれば、わたしの命と引き換えてでも」
「待って待ってヒューさん。今回の買い物って、そんなに? そこまで凄まじい額なんですか?」
「はい。一般の子爵領地の……およそ5年程の上納総額に当たる規模です」
「ひぇっ……そんななんだ。そりゃ、王様も怒るかもな……」
子爵領地の上納額ってのは分からないが、地球で言えば市くらいの予算5年分、とかと考えたら、そりゃデカい。
しかも、それで何か開発行為をしましたとか、港を作りました畑を開墾しましたとかなら、まだ良い。
……家具買いました、では、確かにマズい。
「バルトリア工房は信用商売ですので、一度注文してしまった物は取り消しが出来ません。支払う他にありません」
「ヒューさんの見立てで良いんですが。俺のあの魔導水晶、子爵領地の上納額基準で、どの程度と見込みます?」
「10年分、といったところでしょうか。ただ、あの規模の新物の魔導水晶は何をしても通常手に入りませんので、価値はそれ以上と見ることも、可能ではあります」
ヒューさんは、自分が陛下との仲裁役をと言っているが、今回の失態はどちらかと言うと『俺とアリアさん』の話。
幾らヒューさんが俺の為に尽力してくれる、と言っても、何故そうなったか、どうして兎人族に付け入られたか、正しく理解出来ているのは、ヒューさんではなく俺だ。
となると……申し開きが必要となったなら、出張るのはヒューさんでは無く俺。さすがにアリアさんを連れて行くと、無駄にパニックを起こしそうなので不可。
しかし、つい先日した仕事の半分程度の物を買っちゃったのか……。
こりゃ、場合によっては魔導水晶の追加が無いとマズいかも知れない。
かと言って、100番坑道のアレは偶然も良いとこだから、すぐ掘れるとは思わない方が良いな……。
女神様にお願いすれば、追加の供給場所を教えてもらえるかも知れない。
395本ある坑道のどれを選ぶか自体が既に難関だ。もしもの時は、頼れる相手は頼ろう。
「ヒューさん、王様に……というかローリスに、追加で魔導水晶を献上すれば、どうでしょう。この件、片付くでしょうか」
「ううむ、何とも言えませんな。単に金銭だけの話で言えば、シューッヘ様が既にお渡しになったものでも十分かと思います。
されどこの度は、どちらかと言うと『節制の無い英雄費の利用』が主題の問題でございます。追加で採掘をすると逆に、一層浪費をするつもりかと疑われるやも知れません」
思った以上にややこしい問題になっているな。
地球でも「金の問題じゃねぇ!」とかそういう場面があるが、今回はまさにそれか。
「ヒューさん。俺やっぱり王様に直接謝罪をします。俺の……俺のアリアさんが、しでかしたんです。やっぱり俺が頭を下げるべきです」
「ご意志は、固いご様子ですな。シューッヘ様が出張れば事態が悪化する事は防げるでしょうが、キツいお叱り位はあるかも知れませぬぞ?」
「それは覚悟の上です。お叱りを受けるに当たるだけの事は、してしまったので」
「ごめんなさいシューッヘ君……」
ぺたんこ座りのアリアさんが、消え入りそうな声で言った。
「アリアさん、俺、ホントに気にしてないからね。その、奥さんのミスをカバーするのは、旦那の仕事じゃん?」
「奥さん……」
アリアさんが顔を上げた。その顔に少しだけ、希望? いやうっすら喜び? とにかく明るい兆候が見えた。
「ヒューさん、因みに今何時です?」
「只今およそ16時にございます」
「英雄費の詳細は、もう王様の手元に渡っていると思った方が良いですか?」
「実際にご検分されたかはともかく、報告は届いているかと」
「出来れば急ぎたいな……ヒューさん、王様との謁見の手配を付けられますか? 出来れば急ぎで」
「かしこまりました。シューッヘ様がお望みとあれば、陛下もお会いになって下さると……信じております」
ヒューさんの言葉の最後に、いつもの様な断定感は無かった。
***
謁見の間。ヒューさんもきっと急ぎの要件的な言い方をしたんだろうな。
陛下は、「ではすぐ面会をしよう」との事だったそうだ。
開口一番怒られる位で済めば良いけど……
最悪のパターンをいくらくよくよ考えていても、決して事態は打開しない。
あくまで俺は、今回の「奥さん」の失敗を『釈明』するのと共に、陛下に代償の魔導水晶が必要か伺う為に来ている。
魔導水晶は、あくまで楽観論ベースだが、女神様に伺えばある程度は採掘が現実的でもある。だから少しは気持ちに余裕もある。
と、いつも通りまずワントガルド宰相閣下が玉座の脇から現れた。
俺を見るに、
「国費での買い物は楽しいか」
と、いきなり釘を刺された。うわ、もう情報全部回ってる状態じゃんこれ。
ただここでワントガルド宰相閣下に何か言うとやぶ蛇になりそうなので、頭を下げて黙っておく。
ワントガルド宰相閣下がいつもの位置に立った。
「ローリス国 第120代国王 ローリス・グランダキエ3世陛下のお出ましである。
一同、国王陛下に恭順を示し、もってお出迎えとなすべし」
いつも通りのセリフ。一同と言っても、俺と、後見人のヒューさんだけであるが、定型句なんだろうか。
俺とヒューさんが膝を折り、待っていると、スタスタと軽い足音がした。
アレ? いつももう少し重たげな靴音がするんだが……チラッと陛下を見てみて理由が分かった。
陛下は、いつものスーツプラスマント、みたいな正装ではなく、随分ラフな格好をしていた。
ラフさで言えば……俺の普段着と大差無い。大人な男性なので襟付き、という程度で、生地も普通の綿生地の様だ。
「おうシューッヘ。早速やらかしたな?」
「も、申し訳ありません、王様」
ワントガルド宰相閣下にも開口一番言われた位なので、当然陛下にも言われる。
「王様のご許可を頂けるのであれば、この度の大出費について弁明を申し上げたいのですが……」
「弁明? 別に必要ないぞ?」
「へっ?」
俺は可能な限り、声の調子も意識もずっしり重く伺ったのだが、ご返答はごく軽いものだった。
あまりに軽い返答で、しかも想定外のお咎めナシっぽい感じに、変な声で応答してしまった程だ。
「そもそも、バルトリア工房を紹介したのは、誰だったか?」
「お、王様からご紹介を頂きました」
「ワシが、あの工房の価格が分かっていないという事は、さすがに思ってはおるまい」
「はい、ですが、今回は妻……に迎える予定のアリアさんが、使わなさそうな家具まで買い過ぎてしまい」
「バルトリア工房が勧める家具で『使わなかった』は起こらん。それがあの店の『目利き』だ。分かるか?」
「す、すいません。分かりかねます」
と、陛下は玉座に片肘を付いて、更に頬杖を付いて、頭に乗せてる簡易型の冠まで外した。
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