第50話 フェリクシアさんとアリアさん それぞれのお時間
(side フェリクシア)
***
この街も、この辺りはあまり変わらないな。貴族街だから当然と言えばそうなのだが。
もう少し下ると、商店が増えるので少し変わり映えはするかも知れない。貴族相手の商売は激戦だ。簡単ではないからな。
今日は、特に時間制限も無いので、普段行かない道を通ってみるか。変わった出会いがあるかも知れない。
この道は、あぁそうか、貴族街路から一気に下の、市民区の商店区域に入れる道か。これは便利だな。
貴族街にある商店では、まぁ一通りの物が揃わないことは無いが、値段は高いのに鮮度が悪かったりと、あまり良い選択では無い。
やはり中央市場にまで足を伸ばした方が、野菜にしろ肉類にしろ新鮮な物が手に入る。果物も豊富にあるしな。
と……おや、この店は? 随分店自体が新しい様に見えるな。衣服、雑貨……女子向けの、雑多な店か。
こう言っては何だが、この手の店はもし地域に1店舗だけであればウケるのだろうが、幾つもあると『似たり寄ったり』になって共倒れになりがちだ。
時間もあるから、ちょっと覗いてみるか。
「はいいらっしゃい」
「少し見せてもらう」
「どうぞどうぞ」
店主の愛想は、悪くは無い。良くも無いが。置いてある品物は……髪飾りやら髪留めやら、あとは女性物の衣服か。
割と若い女性、場合によっては大きめの子供位が対象か。大人の女性がターゲットという訳でも無さそうだ。
「何かお探しですか? おすすめの、今流行の物もありますよ」
「流行? それは興味があるな、なんだ」
「これ、見て下さい。高名な画家の作品を、小さくここに入れ込んでいるんですよ」
見せられたのは、スプーンとフォークのセット。大きさから言って、ランチセットに使うような。
目を引いたのはその『画家の作品』とやらだった。うさぎ、を表現しているのだろう。写実的では全く無い。
まっすぐに伸びた耳と、黒い塗りつぶしの丸だけの目、そして口。それが、カトラリーの持ち手に描かれている。
「この作品の画家は、何という名だ?」
「あ、そ、それは実は、画家本人の希望で匿名ということで」
「そうか。面白い作風だから、カトラリーだけでなく飾っても良いと思ったのだがな」
カトラリーの値段を見てみる。他の、単色の類と比べて、2割ほど高い。
だが、これだけ個性的で2割程度の価格であれば、買う者も多いだろう。
私も……何となくこれは惹かれるものがある。高くも無いから、一組購入していこう。
「このセットをもらおう」
「毎度」
こじゃれた白い紙の包みに入れてくれた。銅貨数枚の話だ、旦那様の財布に頼るまでもないだろう。
そこからしばらく歩いて、中央市場。ここだけは、この私ですら、気合いを入れなければならない。
近頃の相場、作柄、天候異常の有無、産地。同じ物でも、諸条件の違いでいつも値段が違う。
気をつけないと、かなり高値で買わされる事になる。理由があって高いのか、単に高いのか。見抜いて買う必要がある。
まず野菜。
「随分高いな。何かあったのか」
「あー姉ちゃん知らないのか、オーフェンの商隊が襲われてよ、荷が入らねえんだよ」
「待て待て。何でライアンズ男爵領特産の芋類まで高くなってるんだ。オーフェン関係無いだろう」
「おっ、と。姉ちゃん詳しいな、じゃあ少しまけとくからさ」
「少しじゃあ買ってはいけないな。オーフェン特産の類は避けるから、まずはマトモな価格を出してくれ」
「敵わねぇなぁ、7がけでどうだい?」
「まぁ、芋と緑色葉物野菜はもう一声かな。淡色野菜と穀類、あとハーブは7がけで良い」
「いやちょっと待ってくれ、ハーブは7がけは勘弁してくれよ、高いんだぞ仕入れ値が」
「じゃあ買わないだけの話だ。仕入れ量は、芋で3クーレム。他の野菜類もそれに準じた量だぞ?」
「おっと、それだけ買ってくれるのか。だったら良いぜ、ハーブ以外は6がけ。ハーブはホントに仕入れが高いんだ、出来れば8がけで頼みたい」
「良いだろう、まとまったな。後で取りに来るからまとめておいてくれ。代金だ」
「あいよ。釣り銭は……」
「チップだ。また良い買い物をさせてくれ」
「ありがとうな!」
野菜が6がけか。今日の市場の「定価」は随分高めの設定のようだ。
となると、他の品物も価格交渉がかなり厳しくなりそうだ。
そうして……
買ったのは、野菜・根菜・牛の乳・山羊の乳・チーズに小麦粉、後は塩と即席ソース類。
芋からして3クーレムも買って、その量が基準なので持ち帰りはとんでもない大荷物になる。
まぁ、身体強化が使えるメイドであれば、大した事では無い。店の者には随分心配されたが。
一箇所に集めて、それを結界で固めるように包む。縛る、に近い感覚だな、これは。
それを、背中に背負う。明らかに私の背丈より大きいが、身体強化のお陰で軽々歩ける。
まぁ、可愛い私専用のカトラリーで、帰ったら何かスイーツを、というのも楽しみだから一層足が軽い。
さすがにこの大荷物を持って寄り道は出来ないし、奥方様のフォローにも入れないのでともかく屋敷に戻ることにした。
魔導冷庫は出来るだけ早く手に入れたいが、この荷物ではな……まずは荷物を。保冷は魔法で一時しのぎするとしよう。
***
(side アリア)
「今日は奥様お一人でございますか?」
「は、はい。ダメでしたか?」
「いいえとんでもございません! 大変失礼致しました」
「い、いえ。今日はその、机を、見たくて。でもそんな高いのじゃ無くても、えと……」
「旦那様のご意向は、因みにどうでございますか? 安価な物にせよ、と?」
「そ、そうは言われてないです。ただ、あたしが勝手にお金使うのが、何だか悪くて……」
出店の店員さんと、気付いたら世話話みたいな状態になってしまった。
だって、シューッヘ君が贅沢するのは、魔導水晶を掘り当てた本人だし、貴族だし、英雄だし。良いの。
でも、あたしは……単に、シューッヘ君と一緒にいるだけ。魔導水晶の時は、ちょっとは仕事したけど、でもそれだけ。
「奥様、差し出がましい事を申し上げます。奥様がもし貧相な家具をお求めになったら、きっと旦那様は悲しまれます」
「えっ? なんで?」
「旦那様のご様子を、よく覚えております。奥様を本当に愛していらっしゃる。その奥様が、貧相な家具で良いと仰ったら……」
「お、仰ったら?」
「きっと旦那様は、全ての家具を奥様の値段に合わせてしまわれるのではと思います。もちろんミール材のテーブルもキャンセルでしょう」
「え、え、そんな大ごとになっちゃうの?」
「なります。あの旦那様ですから、奥様を無視してご自分だけ、という事は無いでしょう。そう思われませんか?」
「そ、そうかも……」
「ですから、多少気持ちに引っかかりがあるのは分かりますが、相応な家具になさる事をお勧め致します。必要であれば、ご案内致しますが?」
「そ、それじゃ、お願いします」
なんだか、言いくるめられちゃった様な気もするけど……
でも、仕方ないよね。シューッヘ君にはあたし、良い物を使って欲しい。
あたしが間違った選択して、それで良い物使わなくなっちゃうのは、それはイヤだ。
「では、工房の方へ参りましょう。お先にどうぞ、後で参ります」
「は、はい」
前にも立った魔法陣。あの時は、ヒューさんも、みんなも一緒だった。
そう言えば、ヒューさんが青い顔して勘定書きを見てたのは分かったけど、一体幾らくらい支払うことになったんだろう?
あたしが、もし間違えてシューッヘ君の家具よりすごく良いのを買っちゃったら……シューッヘ君、きっと怒らないけど、凄い悪いことした気になっちゃう。
考えていると、目の前がふっと白くなって、景色が変わった。
「バルトリア工房へ再来頂き、ありがとうございます」
あの兎人族の女性だ。今日も赤を中心にした制服で、バチッと決めている。
「どうぞこちらへ。只今お茶をお持ち致します」
案内されるままにソファーに座る。うん、このソファーも座り心地が凄く良い。
シューッヘ君、飽きた、ってハッキリ言ってたからなぁ。あたしがシューッヘ君の部屋の家具を買っていっても、ひょっとしたら良いのかも……。
「奥様、机の他にご覧になりたい家具はございますか? ご用命があれば、まとめておきますが」
「あ、うーん……実はちょっと悩んでるんです」
「と、仰いますと?」
「シューッヘ君、家具選びに飽きちゃったみたいで、今は家で寝てるんです。でも、シューッヘ君の部屋にソファーセットは必要だし……」
「それでしたら、奥様が選んで差し上げて、ちょっとしたサプライズプレゼントの様にして差し上げたらいかがです?」
「え、でも……お金はあたしの物じゃ無くて、全部シューッヘ君の物だし……」
「多少古い観念ですが、旦那様が必死に稼いで、それを奥さんが無遠慮に使う。そういう時代もございました。そこまでとは申しませんが、そこまでの遠慮も必要ないのではと……」
「必要ないのかなぁ……」
と、そこへ兎人族の女性が、ソファーセットのテーブルにお茶を置いた。
「ありがとうございます」
「失礼ですが拝聴しておりました。ノガゥア卿は、英雄様として十分な仕事をされておられます。今ノガゥア卿がお使いになれる英雄費は、正当な労働の対価です」
「うーん、でも、あたしの労働じゃないし……」
「奥様は、旦那様とは別々の財布で過ごされたい方ですか?」
「えっ? えー……考えた事、無かったです。あたし、もう働いてないし、自分の財布って、無いし……」
「失礼を承知で申し上げます。英雄・ノガゥア卿は、好いた女性一人さえ存分に養う事が出来ないほどの、ケチでセコい陰湿な方ですか?」
「そっ、そんなことありません! あたしにだっていつも気を配ってくれるし、お金で困った事なんて無いですっ」
あたしの反応を先読みしていたのか、兎人族の女性はさっきよりハッキリ口角を上げて微笑み、続けた。
「それが、ノガゥア卿という方、そういうご性格の方です。私がどれだけ言うよりも、ノガゥア卿のお気持ち、奥様はお分かりでは?」
「……うん」
言葉が上手く出ない。なんでだろ、なんか調子でない感じがする。
シューッヘ君が怒るんじゃ無いか、って、それが少し怖かったのに、今は寧ろ、シューッヘ君が悲しんだり、がっかりしたりするのが怖い。
「お机はご自分用で、ソファーセットはノガゥア卿の私室用ですね。さすがにミール材とは申しませんが、お屋敷の主たるお二人です。それなりの家具に致しましょうよ」
「あたし……勝手にお金使って良いのかなぁ。しかも、きっと凄い値段だろうし……」
「恐れながら、お値段に関しては奥様にはお見せ致しません。品物で、お買い求め下さい。気に入った物があれば、気に入った、それだけで、購入の理由に十分です」
ね、値段見られないの?! で、でも机は買ってくるみたいに言っちゃったし、ど、どうしよう……
「いずれにしても、家具は野菜や小麦粉の様な値段ではございません。値段で選ぶと後悔する。それが、家具というものでございます」
「そっか……そうだよね、一度買ったら、長く使うものだし……」
「そうですよ。高い買い物に思えても、生涯使えれば、結局は安上がりな物です。高い家具にはそれだけの耐久性もございますから」
「そ、そっか。じ、じゃあ、机から選びたいです。出来れば、単なるテーブルみたいなのじゃなくて、引き出しとか? 少し物が入れられる様な」
「かしこまりました、どうぞこちらへ」
確か、メリッサさん? だっけ? 兎人族の女性の後を付いていく。
色々な家具の横を通っていく。何かの台みたいなの、それからあたしも買ってもらった鏡台、二段ベッドとか……
そうして、机のある場所に辿り着いた。
「まずは色々ご覧になって下さい。部分的にオーダーで変更をするセミオーダーもありますので、細かい造作を変える事も出来ますよ」
言われて、ちょっと緊張を感じながら机を見ていく。
パッと見、シンプルな足と天板だけの机から、机の上にちょっとした物入れが付いている物もある。良いなこういうの。
これは……天板の下に、棚?
「これは、ここが物入れなんですか?」
「はい、ローリスでは珍しいデザインですが、オーフェンでは定番のデザインです」
「へぇ……わぁ、引き出し、こんなに深いんだ。色々入りそう」
「このままですと雑多になりやすいので、こちらのようなトレーを入れて仕切るのが、オーフェンの流行ですね」
と、木製の薄型トレーを見せてくれる。
なるほど、広い空間にペンとか入れるとコロコロあっちこっちしちゃうけど、トレーに入れれば良いのか。
「座ってみても良いですか?」
「ええ、もちろん。イスはどういったタイプに致しますか?」
「えっ、イスも色々あるんですか?」
「はい。先に見に行きましょうか」
また先導されて、移動をする。
イス……といったら、4本足で、背中の板が付いてるか付いてないか、位だと思っていたが、全然違った。
これなに……? 黒い、あみあみの布? が背中で、座面は皮。黒だからあんまり好みじゃないけど、これ、イスなの?
「こちらが気になられますか?」
「あの、色が好きじゃないので選びはしないんですけど、こんなイスを見るのは初めてで」
「是非座ってみて下さい。足下に車輪がついていて、動くので気をつけて下さいね」
言われて座ってみた。背中をグッと付けると、適度に反発する。木の背みたいな堅さは無くて、それでいてブニブニとかでもない。
座面はさすが皮、パンと張っていて、それでいて腰が適度に沈む。動くって言ってたよね、よっと、うわっ!
「あらら、大丈夫でしたか?」
「す、すいません、こんなに動くなんて」
思い切りスピードに乗って後ろにすっ飛びそうになってしまった。
メリッサさんが止めてくれたので良かったけど、これは、無しだわ。
「イスは、こんな特殊機能は無くて良いので、座り心地と、あと背中の当たりが堅すぎないのが良いかな……」
「でしたら、こちらなどはどうですか? ハイバックの一体型で、堅い車輪ですので『動かせはするけれど動きづらい』ので安全です」
「座ってみますね……」
こちらは、皮がクリーム色に染められた、全・皮製のイス。しかも、イスなのに、頭の高さまで背がある。
座ると、これもさっきのイスと甲乙付けがたいとても柔らかめな座り心地。でも、底付き感は無くて、支えられてる感じがある。
後ろにもたれると、皮の適度な反発があって、心地よい。動くのかな……あ、動くけど、少しだけだ。
「このタイプのイスになると、車輪付きでないと、重さがある為設置後が大変になるんです。この車輪であれば、いかがですか?」
「車輪は良いですね、動かそうとすれば動くけど、ちょっとちょんってやっても動かないし。で、でもこれきっと高い……」
「奥様。お値段は気にせずに。旦那様に甘えましょうよ」
メリッサさんがニコッと笑顔を向けた。
甘える……甘える……そっか、甘えて良いんだ。甘えれば、良いんだ……
「じゃ、このイスにしたいです。あの机に合うかな」
「実際に試してみましょう、持っていきますので、机の方へどうぞ」
……あれ、おかしいな、なんか少し頭がボーッとする気がする。疲れてるのかなぁ。
でも、疲れてる時みたいな嫌な感じじゃなくて、なんだろこのぼんやり感。
「どうぞ、座ってみて下さい」
「はい、と。うーん、もう少しイスが低い方が良いかなぁ、引き棚に足が当たりそう」
「イスの高さ調整は、初回は無料でやっていますのでお気軽にお申し付け下さい」
「あの、おすすめの高さってどの位ですか? あたし素人だから分からなくて」
「では、ちょっと見させて頂きますね」
そうこうして……
いつの間にか、イスと、机と、チェストと、本棚みたいなラックと、宝石ケースと、ドレスも入れられる背の高い衣装棚と、その横に置ける揃いの木のチェストと、シューッヘ君の部屋用にソファーセットと、ソファーサイドの小さなテーブルと、木製のカーテンレールを4本と、カーテンもあったのでカーテンと、あとキッチン用に、凄く良い木材って言われてた木のまな板を買っていた。
なんか……おかしいなぁ、こんなに買うつもり、無かったのに。
甘えればーっ……て言葉が、ずっと頭に響いてて、たくさん買っちゃった。
たくさん……買っちゃった。大丈夫、だよね? シューッヘ君、怒らない……よね?
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




