第49話 買い物に飽きてきた俺、そしてフェリクシアさんのターン
「ねぇフェリク、古代魔法はあたしには無理そうだけど、あたしも魔法の訓練したいのよね。何かアイデアない?」
「奥方様であれば……そもそもどういう方向に伸ばしたい? 攻撃系なのか生活系なのか、または工事や造成などか」
「うーん、生活魔法はある程度出来る自信はあるけど、もっと上があるなら極めたい。あとは、魔導水晶の関係で工事系の魔法は獲得したいわ」
「そうか、私が教えられる範囲だと、生活魔法は得手では無いが、キッチン周りの火魔法は少しは役立つかも知れない。工事系魔法は、デルタに頼むのが良いだろう」
デルタさん。土魔法使いの、ちょっとどこか抜けているあの人だ。
「もし気に障ったらごめん。もうアルファから降りたフェリクシアさんが、グレーディッドにアクセス出来るの?」
「今は、旦那様という警護対象がいなくなった為、王宮メイドとしては集合が掛かっていない。いわば全員フリーだ。声を掛ける事位は出来る」
「応じてくれるかは未知数、って事?」
「ああ。ただ、デルタであれば、応じると思うぞ。旦那様を随分気に入っていたようだったしな」
「へっ?! そんな素振りあったっけ?」
俺が鈍いだけなのか? デルタさんは一方的に、ちょっと抜けてる様を披露していただけに思ったんだが……
「デルタも不器用だからな。あいつは、気に入らない奴は見えてても無視する。会話出来た時点で、気に入られたと思って良い」
「なんとも……ハードルが高いんだか低いんだか分からない人だね、デルタさん」
「まぁ、あの性格だからな。魔導師としての実力は間違いないが、人格はグレーディッドの判定に関係無いからな」
話しながら幾つかのサンドイッチをたいらげたが、さすがに10個も食べられなかった。
アリアさんは、俺よりは食べてる。朝から食欲があるのは良いことだ。
「さて。今日はどうしようかね、また買い出し? 俺、ちょっと疲れた、というか飽きた」
思いっきり正直なところ。
限られた予算の中で買い物をするのは楽しいが、天井無しでなんでも買って良い、と言われると何だか楽しくない。
英雄費に関しては、今回の魔導水晶があるから存分に使って良いのは間違いない。けど……楽しくない。うん。ホントに。
「なんだったら、私と奥方様で日用品他を揃えるか? 奥方様さえ良ければだが」
「あたしは構わないよ。でも、シューッヘ君に必要な物って、よく分かんないなぁ」
「じゃ、思いつく限りでメモを……あぁ、あのメモ魔法、今度教えてよ。凄い便利そう」
「メモ魔法? あぁ、魔導空間筆記か。1時間もあれば身につくので、買い出しが済んだら教えよう」
やった! 使える魔法がまた1つ増える。
「そう言えば、アリアさんはその、魔導空間筆記って、使えるの? 生活魔法っぽいけど」
「生活魔法でその魔法名は聞いた事ないなぁ。どういう魔法?」
「実際に見せよう。こう、魔力で空間に情報を加えていくんだ。見えるか?」
「あー、線みたいなのは見えるわ。でも、文字じゃ無いわね、後で読めるの?」
「読む、という必要は無い。この魔法力の線自体に情報が籠められている。それを引き出すだけだ」
「んー、生活魔法っぽいし、便利そうなのに、なんでギルドの魔法便覧に無かったのかしら」
「これは機密事項を書き留める時に使う魔法だ。いわば軍用、ないしは隠密者用魔法だな」
女性陣のやりとりが素早い。たっぷり食べて少しまどろんできた俺の頭には、早すぎてちょっと付いていけない。
「あ、シューッヘ君眠たくなっちゃった?」
「あー、うん。お腹いっぱいになったら、けっこー眠い」
「それならば、旦那様の物はまた後日として、奥方様の必要品を中心に買い回ろう」
「俺、ねる」
「うん、おやすみ! あ、でも寝室まぶしいよね、フェリク、何かアイデアない?」
「旦那様なり私なりが、光線反射の結界を窓に張れば良い。真っ暗にはなってしまうが」
「あーそっかーぁ。じゃそうして寝るね、ごめんね俺だけ」
「いいよいいよ、昨日は頑張ってくれたの、よく分かってるもん! ゆっくり休んでね」
俺は、どんどん眠気が強くなる頭をふわりふわりと上下させながら、階段を昇った。
部屋に入ると、確かにまぶしい。窓は2面、北側と南側。めんどい、両方塞いじゃおう。
「[光線反射結界 俺が解除するまで継続]」
窓サイズに板の様な物が現れる。反射結界だから、多分外側は鏡みたいになってるんだろう。
いやもうそんなのどうでもいい、とにかく寝たい。幸いと言うか、俺の魔法の精度の問題で、窓枠の端から少し光は入っていた。
もし真っ暗だったら、部屋の明かりを付けないとベッドまで辿り着けなかったので丁度良かった。
俺はベッドにダイブした。記憶はそこで途絶えた。
***
(Side フェリクシア)
旦那様がダウンされた。まぁ、昨晩はさぞ頑張られたのだろう。男性は見栄があるから、無理をしがちだ。
奥方様は一方で、随分元気が良い。精を吸い取った……などと思ってはいけないのだが、まるでそのような調子である。
「フェリク、あたしの買い物って、何買うの?」
「奥方様の鏡台用の魔導照明、それから机も必要では無いか? チェストも1つでは足りないだろう、追加発注も」
「ちょっ、ちょっと待って。シューッヘ君の許可も無しに、そんなに贅沢出来ないよ、フェリク」
「そこは思い違いだ、奥方様。旦那様が稼いでくる、奥方様が散財する。世の多くの夫婦は、そういう仕組みだ」
「た、確かにそうだけど……稼いでくる、の部分が、英雄費よ? あたしの一存じゃあ……」
「では逆に、奥方様が旦那様の名を出して物を買おうとした時に、文句を言ったり止めたりする人間がいると思うか?」
奥方様は、旦那様がおられると大胆なのだが、旦那様が少しでも離れると途端に萎縮する癖があられる。
それ自体は決して悪いことでも無いが、その旦那様は英雄様だ。しかも英雄費の青天井自体も、陛下御自身がお認めになられているらしい。
陛下が「シューッヘ・ノガゥアという英雄」に、どれだけの贅を与えたいかは分からない。が、清貧・赤貧を求めていないのは間違いない。
しばしの沈黙……というより、答えに窮した奥方様だったが、何とか納得して下さったようだ。
「じゃあ、今日もバルトリア工房に行って、その……安いのを選んで」
「奥方様」
「うぅ、で、でも高いのは、あたしが勝手に買って、シューッヘ君に怒られちゃったら……」
「旦那様が奥方様をお叱りになったことが一度でもあったか? 下手に安い物など買ったら、旦那様が返品交換などの手続きをせねばならなくなるぞ」
「そ、それは……うぅ、が、頑張る」
随分と困り顔になられてしまったが、言うべき事は言わないと後で起こるトラブルの方が面倒になる。
奥方様には、英雄の奥方として相応に贅を尽くして頂かなくてはならない。まして子爵だ。貧相な物など、周りにあってはならない。
「奥方様、一人でバルトリア工房でやりとり出来るか? 出来なければ私もフォローに入るが」
「が、頑張ってみる……出来なかったら、魔法で呼んで良い?」
「あの魔法か。生活魔法の中でも超一級に類される魔法だろう、魔法力は大丈夫か?」
「うん。今日は調子が良いんだ」
「なら、そのようにしよう。私は市場に行って食材を手に入れるのと、魔導冷庫の下見をしてくる。買えればその場で買ってくる」
机のサンドは、まだ随分と残っている。旦那様の食欲があまり無かった。一時的であれば良いのだが。
ただそのお陰で、昼食を考える必要が無くなった。保冷だけ気をつければ、このサンドで良かろう。
ワゴンの氷、さすがに危険なほど冷却されていただけあって、ある程度温度は上げたがまだ溶けていない。
これを、柔軟抱擁魔法で包めば、水漏れもせずに冷やせるな。早速包むか。
「あれ? なんで氷に避妊魔法を使ってるの?」
ゴフッっ!
お、思わぬ発言に咳き込んでしまった、メイドとして冷静さを欠いてはいけない、気をつけねば。
「た、確かにこの魔法は避妊魔法として有名だが、単に『温度を伝える極薄・柔軟な包みの結界』としても使えるのだ」
「へぇー、避妊魔法で包むんだ……何だかちょっとエッチね」
「全ての魔法自体に、性的な意味は無い。性的な意味づけは人が勝手にするものだ」
「でも、避妊魔法だよ? こう、あらかじめ中にさ」
「解説はいいっ。とにかく、優秀な包みとして使えるんだ」
解説などされたら、想像してしまう。想像したら……い、いかん。そうぞうしてはいかん。
「氷の形は多少いびつだが、奥方の旦那様が作られた氷だ。そう思えば、愛おしいのではないか?」
「あっ。そっか、シューッヘ君が初めて作った氷……でも避妊魔法に」
「それはもういいっ、避妊魔法とやらも本質は、漏れない包み結界でしかないのだから、それ以上言ってくれるな」
柔軟抱擁魔法を用いる避妊魔法にも2通りある。女性の中に仕込む物と、男性の側に仕込むものと……あぁ! 想像してはいかんというのに!!
時既に遅し、頬が熱を持っているのに今気付いた。奥方様は存外あけすけに、男女の秘め事について言うのだな、気をつけよう。
「と、ともかくだ。この屋敷の鍵は一本しか無いのだが、入口横に正体不明の魔導板がある。もしかすると、登録制の解錠なのかも知れない」
「もしそうなら、鍵を持ってなくても、決まった人は出入り出来るから便利ね、試してみよ!」
「少し待ってくれ、出掛けられる準備をしてしまうから」
と、言ってもそれ程大がかりな物では無い。財布袋と、昼食。それだけだ。
魔導冷庫がもし買えたら、転移魔法陣を設定しておけば即日持ち帰れるな……庭のどこかに魔法陣を組むか。
「待たせた。ではとにかくまず出てみて、鍵を閉めてみよう」
「うん、あたしはお昼しか持ってないけど、バルトリア工房の人、覚えてくれてるよね……?」
「そりゃ、あれだけの買い物をする上顧客の顔を忘れるのだったら、とっくに廃業してるだろう」
入口を出て、鍵を閉める。ガチャン、と重そうな音がする。
この入口正面から右手へ回った所、扉自体の真横辺りになる位置・高さに、魔導伝導板らしい板がある。
これが魔導板で無ければ、何の意味がある飾りか意味不明だ。間違いなく魔導板だろう。
奥方様に試して頂いて怪我でもされたら大変だ。どういう仕組みかも確かめよう。
「[イン・ビュー] [マギ・アナライズ]」
これでマギの流れは見える。案の定魔導線がこの板から後ろの扉に繫がっている。
問題は、登録はどうするか、だ。取りあえず触れて魔力を流してみるか。
手を当てる。既に日に熱されていてそこそこ熱い。そこに、魔力を加える。ついでだから冷却魔法に寄せた魔力を流した。
すると、魔導板に変化が現れた。さっきポケットに入れた鍵の形に、光っている部分が生じた。
つまり、魔力を流した後でマスターキーを当てると、それで認証出来る仕組みか。考えられているな。
私が鍵をポケットから出してそこに当てると、何処からかピーと言う音がした。完了の合図か?
しかし、今の時点で扉の鍵は開いていない。開けば結構な音がするから分かる。
もう一度、魔導板から手を離して、再度触れて。魔力も流してみたんだが、音はしない。
うーむ……何か間違っているのか? 取りあえず、音はしていないが扉を確認するか。
私がドアの大きなノブに手を触れ握ったその時、ガチャン、と音がした。何?! 魔法力も流していないぞ?!
ドアを開くと、普通に開いた。閉じる。すると、ガチャン、と鍵が掛かった。なんと自動で鍵が掛かる仕組みらしい。
「なんと高機能な……奥方様、魔導板に魔力を流した後、この鍵を押し当ててくれ。そうすれば、後はドアノブを触るだけで開閉する」
「えっ?! この、壁と同じような素材の普通の金属のドアノブなのに、魔導板みたいな役割をするの?」
「恐らく『壁と同じような素材』だからこそだろう。ミスリルは魔力操作に適した金属だ」
「えーっと、まず魔法を……で、鍵を……そしたら、ドア?」
「そうだ。そのまま入ろうとしてしまえば良い」
奥方様がドアノブを摑むと、ガッチャン、と大きな音が鳴る。奥方様がそのままドアを引けば、自然に開いた。
「うわぁ、凄いこれ。鍵要らないじゃん」
「そうだな。これなら、鍵を盗られる心配も、鍵を無くして入れない心配も要らない。大した技術だ」
まさか玄関でこうも時間を使ってしまうとは思わなかったが……まさしくこれは魔法屋敷だな。
あとは転移魔法陣か。受信側だけで良いから、簡易型で良いか。
「あれ、そこに何かあるの?」
庭の隅、というか屋敷と塀の間に入っていく私に、奥方様は不思議そうに声を掛けてきた。
「魔導冷庫が買えたら、転移魔法でここに送ろうと思ってな。手持ちで買えるには少々重い」
「少々って重さじゃない気がするんだけど……でも、ここに送れば、家の中まではすぐだね!」
魔法陣の設置は、さっと出来た。この土地、魔法の吸いが良い。土壌改質でもしてあるのか?
いずれにしても、私は市場へ行く為、門を出て左へ、奥方様はバルトリア工房の出店へと右手へ、それぞれの道へ分かれた。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
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