第47話 俺とアリアさん、呼ばれ名が変わる ~ローリスの『結婚問わない』習慣により~
朝を迎えた。朝だ。ただの朝じゃない。アリアさんが横で寝息を立ててる、特別な朝。
あれから、俺も勇気と根性と、色々出して頑張った。もちろんド素人な俺だから何か格別に、みたいな事は全然無い。
不器用もいいところで、あれこれアリアさんから指導を受けつつ、夜を全うすることが出来た。
そうして、俺もぼんやり、うつらうつらしていたら、アリアさんの方が先に寝入った。俺の右腕を枕にして。
あーこれって、アメリカ映画とかで出てくる新婚腕枕シーンじゃん、なんて思ってたら俺も寝付いてた。
で、起きた訳だが。
現実はそこまで甘くは無かった。腕が超痛ぇ。しびれてる程度は良いんだけど、何この激痛。
人の頭の重さはボーリング玉1つ分、とか聞いた事あるが、一晩その重さを乗っけていたら、こうなるのか。
だが、くぅくぅ寝息を立てて、にまぁって可愛く緩んで寝ているアリアさんを起こす訳にはいかない。俺が耐えるしかない痛みだこれは。
ん? ノック?
「ノガゥア卿。朝食の支度をしておいた。冷めても味の落ちない物にしておいたので、好きな時に食べてくれ」
それだけ言い残して、足音が遠ざかっていく。俺が起きるまで立って待ってた? まさかなぁ。
ドアの向こうからのフェリクシアさんの声に、アリアさんがムニャムニャ言いながら目を覚ました。
「あ、シューッヘくん。おはよぉ」
「おはよう、アリアさん。昨日は本当にありがとう」
「あたしこそ……シューッヘ君に大切にされてるんだなぁって、実感できてとっても幸せ」
アリアさんの、今まで見たこと無い様な、甘い甘い笑顔。あぅ、俺の心がとろける。
「この部屋、朝日凄い入るね。カーテン買ってこないといけないな」
「そうね……あっ」
と、アリアさんが掛け布団というかシーツと言うか、それをひゅっと身体に引き寄せて、裸の身体を隠した。
「ご、ごめんシューッヘ君。朝の明るいのだと、やっぱり恥ずかしい……」
「そ、そうだよね、今タオル持ってくるよ」
と、ベッドから下りた俺も俺で何も着ていない。うわ、確かにこの明るさで素っ裸は恥ずかしい。
俺はチェストから大判のバスタオルサイズのタオルを2枚出してきて、俺は腰に巻き、もう1枚をアリアさんに渡した。
アリアさんはベッドの上で、ささっと胸の辺りでタオルを留めた。
いやしかし、これもこれで。
白いタオル姿のアリアさん。あぁあぁぁ可愛い。日が差して、美しくさえある。
「ど、どしたの? なんだか、凄く、あたしのこと見てる?」
「うん、気に障ったらごめん。タオル姿が、その、凄く綺麗で……」
「……タオルで褒められるのは予想してなかったなぁ、でもありがと。服着ないとね」
正しくは、服どころかパンツからである。
昨日は、ベッドの端に寝間着と下着を用意したが、タオルで少し身体を拭いただけでそのままベッドに入ってしまった。
だから、下着は昨日のあれこれで床に落ちちゃってるが、まぁ問題は無い。下着は直に床に落ちてはいなかったし。
問題は服だ、俺のはこの部屋にあるが、アリアさんのが無い。
いずれにしても、俺はとにかくパンツを履きひとまず寝間着を着た。
ただ本心を言えば、今日の予定もまだ決まってないので、少しゆっくりもしたい。昨日は心身共に、幸せではあったが消耗はした。
アリアさんも……寝間着で良いんじゃないかな。アリアさんだってきっと、消耗してるんじゃないかな?
「アリアさん、俺今日はちょっとゆっくりしたいんだ。今、寝間着着ちゃったくらいで……」
「あ、それならあたしもそうするね。昨日は、頑張ってくれたもんね!」
頑張った……思い出して頬に熱がポポっと入るのが自分でも分かる。
「今さっきフェリクシアさんがドアのとこに来てて、朝食出来てるって。おなかは?」
「うーん、空いてるけど空いてないみたいな……幸せ感でおなか良い感じ」
「そうなんだ、えへへ」
その幸せ感は俺が作り上げたものです、なんて思うと、思わず腹の底からほくほくと笑いが起きる。
と、タオル姿のアリアさんが、シーツもちょっと巻き込んで体育座りみたいにベッドの上で座った。
膝の上にこてっと頭を乗せて、その視線は俺の方に向いている。アリアさんが、あのね、と言う。
「今までね? あたしシューッヘ君より4つも年上だし、釣り合わないんじゃ無いかなって、結構悩んでたの」
「えっ?! そんなのっ」
「聞いて? 昨日さ、シューッヘ君に抱いてもらって、気付いたの。釣り合うとかじゃなくて、あたしが、シューッヘ君じゃなきゃダメなんだなって」
あぁ、あぁぁ……感無量って、こういう感情なのか。幸せすぎて言葉は出ないし、アリアさんが輝いて見える……
俺は言葉が紡げないしどうやってこの気持ちを表現して良いのか分からない。でもとにかくアリアさんが愛おしくて、アリアさんをタオルごと抱きしめた。
「シューッヘ君……あたし、シューッヘ君の助けになれるかなぁ。足手まといには、なりたくない……」
「足手まといなんて事は無いよ、アリアさん。アリアさんが横にいてくれるだけで、俺は強くなれる。それだけで、それだけで良いんだよ」
愛おしくて愛おしくて、俺はもう少し強くぎゅっと抱きしめた。アリアさんが小さく声を漏らした。
「アリアさん、服、ここに置くね」
俺は抱きしめていたアリアさんを解くと、床に落ちてしまっていたアリアさんの寝間着を拾いパパッと払って、アリアさんの前に置いた。
そのまま、不自然にならない様にと思いつつ、後ろを向く。昨日は昨日で特別だったけど、今日は普通モード。女性の着替えを見て良いものじゃない。
ガサガサと、タオルから衣服へ着替える音を背中に聞きながら、俺は昨日の事を思い浮かべていた。
アリアさんは、俺がかなりドギマギしてギクシャクしているのを見て、微笑ましい物を見るようにクスッと笑いながら、色々導いてくれた。
俺が、気になっていた避妊の事を聞いたら、「それは心配しないで」と笑顔でハッキリ言われた。どう心配しないで良いのか、あまりにハッキリ言われたのでその後を問えなかったが。
アリアさんの肌、温かかったなぁ……不思議なことに、俺の心臓の拍動とアリアさんのそれとが、次第にリンクしていく感覚があった。
ドキドキしている俺は少し落ち着き気味に、少し冷静な様子のアリアさんは顔色も染まって目もうつろに。不思議なことがあるんだな、男女って。
「着替えたよー、もう大丈夫だよっ」
言われて振り向く。アリアさんがゆったりした寝間着姿になっている。
本来の俺の中の予定だと、昨日は二人でこの格好で寝るだけ、だった。けれど、フェリクシアさんの後押しが強かったなぁ……。
あんな風に、それこそ「それで行かなきゃ男じゃ無い」位のニュアンスが籠もっていた様に思えたから……いや、違う。違う。そうじゃない。
俺がアリアさんを抱きたくて、抱いたんだ。他人がどうこうとか、影響されてとかじゃない。
俺は俺の気持ちで、アリアさんを抱いた。そうでなくてはならない。
今更って気もするけど、二人の成り行きを誰かのせいにしてたら、俺は一生言い訳しかない人生になりそうな気がした。
だから、ここは俺が決めた、決断した事にする。実際は影響受けた所が大きいけど、影響を否定する。俺の意志で、そうしたんだ、と。
「シューッヘ君、なんだか……一晩で男っぽくなったね。目の力かな、声かな?」
「そ、そう? 俺自身は、何か変化とかは感じないけど……」
「うん、やっぱり男らしくなったよ。あたしの目に狂いは無いよっ!」
何だかアリアさんが元気である。俺は俺で、何とも言えない幸せ感に満たされているから、昨日と今日とで違うのは分かる。
アリアさんの「違い」はどこなのかな。幸せ感? 充足感? それとも、やる気系とかかな。さすがによく分からない。
「朝ご飯、食べられそう?」
「うん。胸いっぱいだけど、お腹は入るよ」
「じゃ、行こうか。キッチンかな、ホールかな」
俺とアリアさんは揃って部屋を出て、階段を下りて、ホールに辿り着いた。
「ああノガゥア卿。早かったな」
ホールのデカい机を、手際よい感じで拭き上げているフェリクシアさんがいた。
「そう? さっき言われてから今まで、少し掛かったなぁって思ってたけど」
「熱い一夜を迎えた男女が起きてこないのは定番だからな。それにしては早かった、という話だ」
フェリクシアさんが顔色一つ変えずに大胆な事を言うので、俺の方が思わず顔が赤らむのを感じずにはいられなかった。
チラッとアリアさんの方を見ると、アリアさんも似たような、気まずいとも違う恥ずかしげな表情でいる。
「野暮なことはあまり聞きたくは無いのだが、これだけは教えてくれ。二人は一つになったか?」
ブフッ! 俺はその「これだけ」があまりにもストレートで吹き出してしまった。
俺の戸惑いはともかくとして、アリアさんがその問に小さく「うん」と頷き、答えた。
「そうか。ならばこれからは呼び方を変えねばならないな、ノガゥア卿改め、旦那様」
「だ、旦那様? 俺の事?」
「そうだ。男女が結ばれれば、婚姻どうのは問わぬのがローリスの倣い。然ればもうノガゥア卿と言うよりは、当家の旦那様として扱うのが筋だ」
さも当然の事の様にフェリクシアさんは言う。
いやいやいや、婚姻どうの、問おうよ。そこ大事じゃ無いの?
「旦那様って、その……当家の、って事は、……俺と、アリアさんのカップルの、家、ってことだよね?」
「旦那様は一体何を確認なさりたいんだ? 奥方様と旦那様以外、他にどんなカップルがこの家にあると言うのだ」
「お、奥方様、あ、あたしが奥……」
あ。
アリアさんは何か憧れの世界に旅立ってしまったようだ。両頬を手で押さえながら、口は半開きで目が泳いでいる。
「ま、まぁ、突然呼び名が変わると俺も戸惑うよ。今まで通りって訳には行かないの?」
「旦那様がお望みなのであればそれも構わないが……奥方様は、喜んでおいでのようだが?」
名指しされる形になったアリアさんが、フェリクシアさんの視線に一瞬でこの世に戻ってきた。
「あ、え、あーあの、あたしは、その……シューッヘ君がしたいのに従う、よ?」
いやいや、従うよ、なんて可愛らしく言われても、さっきの『奥方様トリップ』を見てしまうと、無碍には出来ない。
「しばらくは慣れないかも知れないけど、新しい呼び名で良いよ。対外的にもその呼び方になるの?」
「ああ。寧ろ対外的な際にこそ、当家の奥方様・当家の旦那様、という呼び方になるな」
「そうか、まぁそれだと少しは格好が付くか……あ、そう言えば朝ご飯って?」
「サンドを用意した。あまり重くない方が、昨晩の今朝だから望ましいだろうと思ってな」
あ・い・か・わ・ら・ず。
フェリクシアさんは顔色も表情も変えず、ザックリ恥ずかしい事をズバズバ平気で言うので困ってしまう。
「場所は? キッチン? それともここ?」
「用意はキッチンにしてあるから、ここへ持ってくる。先に紅茶は飲むか?」
「そだね、でも紅茶より水の方が欲しいな。出来れば氷水を」
「分かった。奥方様も同じで良いか?」
「は、はい……」
奥方様呼びがよっぽど気に入ったのだろうか、凄いおしとやかな雰囲気を作ろうとしているのがありありと伝わってくる。
いや、しかしなぁ。アリアさんの雰囲気で『奥方様』って、ちょっと似合わないんだけどな。あー、でも俺の奥さんだから、奥方様、になっちゃうのか。
って、まだ奥さんにもなってなかった。いかん、俺までこのローリスの文化に強く影響されている。結婚前だ、まだ。
「まずは氷水だ。サンドと紅茶は一緒に出すから、少しそれを飲んで待っていてくれ」
「あー、ありがとう。アレ? 氷ってそう言えばどうやって作ったの? 魔導冷庫もまだ無いのに」
「ん? 魔導冷庫で氷は作れないぞ、そこまで冷えないからな。水魔法と密魔法を使って作った、純度の高い氷だ。綺麗だろう?」
言われてグラスを見ると、日本の冷蔵庫で作った様な白い氷では無い。コンビニで売ってる様な、透明な氷。
氷は、フェリクシアさんの性格なのか魔法の性質なのか、真四角。透明すぎて水の中だと氷は見えづらい程だ。
カラン、と音を立てながら口に含む。とてもよく冷えている。寝起きの乾きを癒やすには、やはり氷水だな。
アリアさんもグラスに口を付けて、思ってたより冷たかったのか梅干し食べたみたいな顔になっていた。
「アリアさん、氷水ってそう言えば、あんまり無かったりする?」
「無いねぇ。あたしも作ろうと思えば氷作れるけど、得意じゃ無いしなぁ……」
「水魔法と密魔法か。ちょっとやってみようかな」
紅茶とサンドを待つまでの間、俺の実験が始まった。
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