第45話 アリアさんとお風呂、の前のお風呂見学会 ~だからデカいって浴室~
アリアさんとシャワー。シャワー。シャワー。
ホントに? なんか、フェリクシアさんの勢いで2階まで来てしまったけど、アリアさんはそれで良いのかな……
「あ、俺シャンプーとか持ってない」
「あたしので、その、良ければ、あるよ。女の子向けのだから、少し香りは甘いけど」
お互い、ちょっとぎこちない言葉のやり取りになっているのは、俺もそうだがきっとアリアさんも、自覚しているだろう。
そりゃぎこちなくなるのは当然と言えば当然だ。ついさっきまで、ソファーがどうのとか言ってた、まさにその『部屋』。
「シャワー室、お部屋の中だけど湿気ったりしないのかな」
アリアさんのごもっともな疑問。俺もそれは、少し前までは、不思議に思っていた。
部屋の奥の壁の、大体中央に奥まった形でシャワー室はある。因みに外窓寄りには同じようにトイレがある。
浴室は、なんとそこだけガラス。頭の上辺りまですりガラスなのが唯一の救い。
湿気問題は実は、フェリクシアさんが天井無しの単なる四方結界でシャワーを浴びてても、全然部屋が湿気ってなかったので大丈夫と俺は分かっている。
けれど勿論のこと、それをそのまま言う事はありえない。修羅場に逆戻りなので、敢えてここは言葉を誤魔化して。
「どうなんだろうね。魔導空調が凄いっぽいから、その辺りも何とかなるんじゃ無いかな」
無難。THE・無難。
いやいや無難にしておかないと、仲直りシャワーどころか熱湯掛けられて折檻されるオチが見える。
「あ、んー……タオルとか、持ってくるね。シューッヘ君のはある?」
「う、うん。タオルと、下着と……あ、えと、その、寝間着もあるよ」
「じゃあたしも、タオルとシャンプーと、持ってくるね」
アリアさんがトコトコと部屋から出て行く。
細かい事を思った。アリアさんが持ってくると言ったのは、タオルとシャンプー。下着は? 持ってこないのだろうか。
まさかな。さすがに「言わなかったから持ってこなかった」は、無い。
俺がちょっとあまりにウブに神経質になり過ぎているだけだろう。
ちょっとだけ「そうであって欲しい」と思ったことは絶対言わない。
「お待たせ。確か、浴槽は無かったんだよね?」
「あー、入る前に『何があって何が無いか』、少し確認しよう。俺もよく確認はしてないから」
二人で、着衣のままでシャワー室の扉を開ける。ガラスの扉は結構重たかった。
中に入って一番最初に気付いたのは、部屋との音の差。シュー、か、ヒュー……という音がずっとしている。
どこかに換気扇がある訳では無いのだが、この家の全ての天井の作り同様、天井板と壁の所には隙間があり、光はそこから差している。
音もその天井周辺から聞こえてくるので、換気扇的な排気システムが、照明と一緒に組み込まれている可能性が高そうだ。
「実際使ってみないと分からないけど、空気、外に逃がしてるっぽいよ、天井から」
「そうね、そんな感じの音……あ、扉の隙間から風が入ってくる。これならお部屋は湿気ないわね」
言われてガラス扉に手を伸ばしてみると、その僅かな隙間から、ひんやりした冷房的な風が入ってきていた。
要は、空気の流れは一方通行なんだなここは。部屋から入った空気がそのままシャワー室から出る。逆戻りは無い。
「あるのは……シャワーが1つと、お湯の、これ蛇口? ボタンしか無いけど、きっとそうよね。初めて見たわ」
アリアさんがじっと見ている『ボタンしか無い蛇口』、俺は見慣れている。
よく温泉とかスーパー銭湯とかにある、一回押すと定量のお湯が出る、あの押しボタンだ。
「物を置ける棚とかは無いんだね、これも新規購入かなぁ」
「あれ? ここのタイル、穴を埋めた跡があるよ。何かな、洗い用のタオル掛けの跡?」
「ん? 幅が……そうだね、そう考えるとピッタリ来る幅だね。そっか、別に置かなくて、壁付けもアリか」
アリアさんは浴室内をキョロキョロと、あちこちを見ている。
壁の穴埋め跡は、言われなければ俺は多分ずっと気付かなかった。それ位、修繕の仕上げが綺麗だった。
「これだけ広いと、ちょっと小さめのなら浴槽置けるね。給湯配管が持ってこられればだけど……」
「給湯配管? あぁ、そっか、湯船だから適温のお湯が入らないとダメか。浴槽は、ヒューさんにも相談してみようかな」
「そうしよう! そしたら、湯船にヒヨコのおもちゃ浮かべて、シューッヘ君と遊ぶの!」
「あ、俺と一緒に入ってくれるのが大前提なんだね」
「えっ、あっ?! あ、あの、そ、そう、そうなんだけど、今のは、き、聞かなかった事にして!」
凄く分かりやすく焦っているアリアさん、それもまた可愛い。
少なくとも、さっきの1階での『凍てつく波動を放つアリアさん』より、『赤くなって温かいアリアさん』の方が俺は好きだ。
「確かになぁ、これだけ広いと、浴槽が無いのは寧ろ不自然だよなぁ」
シャワー室、と思っていた。が、広さを勘案すると、普通に風呂場だ。
しかも、日本のユニットバスを基準にするなら、風呂場の広さは2倍から3倍。横幅はともかく奥行きがある。
あぁ、あと今日シャワー浴びるにしても、アレは欲しいな……
「当然っちゃ当然だけど、浴室用のイスは無いね」
「えっ? 浴室に、イス?」
おや? アリアさんの反応が予想とちょっと違う。
「あれ、ローリスだと、お風呂にイスって置かない? 身体とか髪とか洗う時に、腰掛けるんだけど」
「それ、あれば便利そうだけど、ローリスだけじゃ無くて他でも、浴室のイスって聞いた事無いわ。オーフェンなら、あるかなぁ……」
「便利そうなのは分かってもらえたみたいだけど、でも何で無いの? 作れば売れそうなのに」
「素材よ素材。木で作ったら腐っちゃうし、金属で作ったら錆びちゃうし。まさか金とか、錆びないけど使えないし」
アリアさんが両手の平を上に、肘を横っ腹に寄せて、首を傾ける。
ボディーランゲージは文化だから共通性は無いが、どうもこのポーズは日本のそれと同じ使われ方の様だ、覚えておこう。
「適した素材が無い? ……あー、なるほど! そうか、プラスチックが無いんだ。そういうところでも困りごとが起こっちゃうのか」
「ぷらすちっく?」
アリアさんがちょっと首をかしげる。
「なんて言ったら良いのかな、俺も細かい製法は知らないんだけど、石油から作るらしいって聞いた事はある」
「せきゆ?」
かしげる角度は更に深まった。
「んー、井戸掘りみたいに地面掘ってて、真っ黒で火が付いちゃう物が吹き出しちゃう事って無い?」
「あたしは経験したこと無いけど、どこだかの貴族領地でそんな話あったわね。深い地下水脈を掘ろうとしたらしいんだけど」
「その、真っ黒な液体が石油って、地球では言ったんだ。それを、俺もよく分からないあれこれ処理をすると、イスが作れる材料が出来る」
「ふーん、液体をなんとかすると、人が座れるくらい丈夫な材料が出来るの? 何だか不思議ね」
不思議。言われてみれば、確かに不思議もいいとこだ。
原油からポリなんちゃらを作る石油化学のあれこれなんて、普通の高校2年生だった俺に分かるはずも無い。
「あっ、ちょっと良いこと思いついたかも」
「ん、なになに?」
俺の思いつき。風呂場のイスは、要するに座って壊れなくて、お湯に溶けたりしなければ良い。
じゃ結界で良いじゃん、というのが、俺のアイデア。但しその実行にはちょっとした関門がある訳だが。
「アリアさん、ちょっと待っててね。女神様ー」
手を合わせ、浴槽の置けそうな広いスペースに向いて、膝を折って手を組む。
俺の呼びかけに、なーーにぃーーー? と、随分と間延びした返答が返ってきた。
「女神様、何か随分お声にリバーブ掛かってますけど、何処におられるんです?」
『えー? 今ーシャワー浴びてたのよー、人間の世界のお風呂もさー、音ー、響くじゃないー?』
「ご、ご入浴中大変失礼致しました。あ、その入浴関連の話なんですが今良いですか」
『あら奇遇。良いわよー、なにー?』
「風呂場にイスが無いので、女神様の結界をイス代わりにしようかと思いついたんですけど、ダメですか?」
俺が言ったら大きな音で『ブッッ』と、吹き出した様な音が聞こえた。
『あ、あんたー変わったこと考えるわねぇー、別に良いんだけどー、絶対結界はダメよー? 座面痛いわよー?』
「女神様の結界、常に絶対結界なんですけど、どうすれば?」
『そこはー、あんたが対物理のみにさー、あんたが、結界定義すれば性質変えられるんだからー、そうしなさーい』
「分かりましたー! ありがとうございます!」
俺は立ち上がり振り向く。そして、口角を上げつつさっきのアリアさんのポーズをしてみせた。
アリアさんは、笑うのをこらえる様に腹を抱えながら、顔に変な力の入れ方をしつつ俺の視線をよけた。
女神様の御声は、アリアさんもダイレクトに聞く事が出来る。だからやりとりは全部筒抜けだ。
結界を、防御壁として「じゃない」使い方をする、というのは、実のところ俺のオリジナルでは無い。
地球時代読んでたラノベの中に、そういう「目的外利用」のシーンがあって、いたく感銘を受けたのだ。
女神様の結界は、一度張ると解除するまではそのままなので、早速作るか。
「じゃ、お風呂イス作るね。あとちょっとした棚も作ろうか、シャンプーも置きたいだろうし」
頭の中でイメージング。風呂のイスと言えば、天面に穴があって、一番シンプルのだと、単に曲げたプラスチック材。
棚は、これは普通に、地球の100均にあるようなので、シャンプーが入りそうならそれで良い。
「[女神様の結界、対物理効果のみ。形状指定・意志に従え]」
俺は、これで良いかよく分からないが、必要な要素を組み込んで詠唱をした。
と、直後。もうそこにあった。透明な、立体「コ」の字型。角がどれも直角突き刺さりそうなのは俺のイメージの悪さだな。
棚は、これは上手く行った。よく100均には行っていたので、透明な事を除いて、便利そうな小ラックになった。
「へえ、お風呂のイスってこんなに低いんだ」
「うん、俺の世界では。足伸ばして洗うとかにも、この高さって便利だよ」
あと足りない物ってあったっけ。とか考えている内に、アリアさんが居室の方からシャンプーのボトルを持ってきて設置している。
「じゃ……えっと……シャワー、浴びよっか」
「あ、そ、そうね、うん」
いよいよ入浴である。フェリクシアさんに煽られたとは言え、どうしても奥手な俺にとって、またとない仲の進展チャンスに違いない。
ただ、冷静でいられるかな……いや、冷静でいたら寧ろ失礼なのか? 分からん、分からんことだらけだ……
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