第43話 家の中の細かいことが、こまごまこまごまと……新居って超大変。バテる。
キッチン。家庭用のキッチンとはまるで違って、プロの厨房の様な金属の戸棚がぐるりと部屋を囲む。
ただここまで行くと普通は真ん中にも作業台がありそうな物なんだが、それは無い。だから代わりにテーブルを購入した。
前にこの屋敷全体をざっと見た時は、キッチンをあまり注目して見てはいなかった。あまりご縁を感じない場所でもあったし。
フェリクシアさんがパーティーに加わって、と言うかフェリクシアさんがメイドさんなので、キッチンは主戦場だ。
「フェリクシアさん、キッチンの机、これで良かった? 俺キッチンの事よく分からないから、割と適当に選んじゃったんだよ」
「この材質だと、多少汚れが目立つかも知れないが、どんな材質でもいずれ汚れる。支障は無い」
うーむ。あくまでフェリクシアさんは実用オンリーな考え方の様だ。
キッチンを見回してみる。天井から下がる作り付けの金属の棚は、横スライドの扉付き。3方に2つずつ、計6つの棚がある。
入口から見て奥の所に、日本でも見かけそうな水道のノズルがある。蛇口はバーを上げ下げするタイプの様だ。
近付いて見てみる。シンクのスペースは、入口から見るよりかなり広い。日本のシンクの1.5倍はある。
シンクの足下も金属の板で閉じられているので、給排水管を見る事は出来ない。清潔感のある作りだ。
と、横を見ると、ある所で天井棚が途切れている。今いる奥の壁側も、左手の壁側もだ。
棚が途切れている先を見ると、その部分の床には金属板が貼ってあった。薄い金属板って感じで、動かせそうですらある。
「フェリクシアさん、この金属板のあるスペースって、何に使うんです?」
「これは……さすが貴族様のお屋敷、この場所には魔導冷庫を置くものと思われる」
「まどうれいこ? そりゃ何です?
「魔導水晶が組み込まれた食材保存庫で、食材を痛まないように冷やしておける。あぁ、私がこれを使わせて頂ける日が来るとは……」
……要するに冷蔵庫か? あれでも、王宮メイドの時にはその位はありそうなもんだが……
「フェリクシアさん、王宮のメイド支度室には無かったんですか? その、魔導冷庫って」
「メイド支度室は、お茶や菓子類などが主で、野菜や肉類などはほとんど無かった。いざ使う時は、中央保冷室に都度取りに行っていた」
「あぁ、なるほど。確かにメイドさんって言っても、王宮のメイドさんは料理はしない、か」
とは言え、今あるのは金属板一枚であって、魔導冷庫がある訳では無い。
フェリクシアさんがここまで感動しているからには、買いませんって訳にもいくまい。
「さすがに戸棚の中は空だよな」
俺は天井から下がっている戸棚の扉に手を掛けた。スーッと開く引っかかりの無さには正直驚いた。
「うん、やっぱり空か。でも奥は結構深いな……フェリクシアさん、これだと踏み台とか欲しいですよね」
「ノガゥア卿の言うとおり、奥まで物を入れるとなると、踏み台が無いと取り出せないな」
「じゃ踏み台も何処かで購入するとして……」
言いながら、キッチンの中を見回す。他に必要な物があれば、まとめて買い揃えたい。
と、キッチンの隅に、さっきバルトリア工房でもらってきた包丁立てが置いてあった。
「フェリクシアさんって、包丁はマイ包丁? それとも、新たに買い揃える?」
「包丁は常に持ち歩いている。包丁と言うよりナイフと言った方が正しいが」
持ち歩き? と俺の頭にハテナが浮かぶが早いか、フェリクシアさんが背中からナイフを出した。
背中に当然背負ってる物を下ろすかの様に、7本ものナイフが次々出てくる辺り、料理人なのか暗殺者なのか分からない。
大小それぞれの長さ、細く長い物から幅広の物まで色々。ただ料理用なのは間違いないらしく、持ち手まで金属製。日本で買うと高いタイプのだ。
「背中にそれだけナイフ背負ってて、自分に刺さったりしないものなの?」
「そもそも背中は弱点でもあるから、プロテクターを背負っている。それを少し改良しただけだ」
改良。ナイフ7本装備が、改良。
うーん……グレーディッドな魔法戦士の考える事はよく分からない。
「それだと、ナイフ入れ買ったけど使わないかなぁ。使う? 使わない?」
「あれば使う、と言ったところだ。無くても支障は無いが、あればあったで便利だ」
「そっか。ならもらってきたのも無駄じゃなかったかな」
何となく、二の句に「でも要らないぞ」とか付きそうな雰囲気はあるんだが、強引に自分を納得させた。
「この世界って、コンロとか火はどうしてるの? 俺のいた世界だと、主に天然ガスってのを燃やして、それで調理してたんだけど」
「似たようなものだな。他国ではまた違うらしいが、ローリス全域に可燃性のガスを配給する管が張り巡らされている」
「おー。となると、城塞都市内ならどこでも、調理とかには困らないんだね」
フェリクシアさんが頷く。
ただ、このキッチンにはコンロらしき物は無い。ガス管も見当たらないけれど、その辺りも含めてコンロは買わないといけない。
魔導冷庫にコンロ、棚用の踏み台に、あーそれだけじゃダメだ、フライパンとか鍋とかも必要だ。
「あー、頭がパンクしそうだ。揃えないといけない物が多いっ。メモ帳とか持ってないしな、どうしようか……」
「記録の必要があるなら言ってくれ。それは魔法で解決出来る問題だ」
ん? メモ魔法? とか何だろうか。俺にはちょっとイメージが付かない。
ただ、小さいメモ帳にちまちま書くのって意外と面倒でやりたくない作業ではあるから、それが魔法で何とか出来るのであれば、それはそれでありがたい。
「じゃ、記録して欲しい物を言ってくから、お願いします」
「分かった」
そうして俺は、思いつく限りの品物の名前を列挙した。
フェリクシアさんは、俺の言葉を真剣に聞く様子と共に、何も無い空中に、ゆっくりと線を引っ張っている。
魔法力自体の目視は出来ない俺には、それが魔法なのかすら分からないが、メモ帳に書くよりは遙かに効率的で楽そうだ。
「……と、ここまでがキッチンで要る物かな。後は、実際に調理をしてもらうのに必要な物は、フェリクシアさんの見立てで適宜購入で」
「そ、そうか。厨房一式を揃えるのか、なかなか……私自身の財布では無いだけに、どの位の品質にすれば良いのか、迷う」
「あー、品質かぁ。俺としては、俺も含めてここに住む人が『迷わず安全に使える』のを基準にして欲しいかな。俺もお湯くらい沸かすだろうし」
「安全性、か……そうなると、比較的専門職用で無い品物の方が、事故も含めて安全性は高い。基準をくれてありがとう」
「え、あ、はい……」
突然のありがとうに、俺はわかりやすくも戸惑ってしまった。
だってね? 背中に7本のナイフを抱えて、国の火魔法トップがだよ?
ちょっとニコッとして、可愛らしくありがとうって。びっくりするわドキッとするわ、当然でしょ?
「そ、それじゃ次は、フェリクシアさんの部屋かな。俺が入ってどうこうってのは良くないと思うから、フェリクシアさん、必要な物、探してきてね。
その間、俺はトイレとリビングって言うかホールに何か必要な物があるか、色々考えてみるから。じゃ、よろしく!」
少しだけ熱を持ちかけた頬の熱を冷ます様にと早口で言い切って、俺はフェリクシアさんの元から離れた。
俺には! アリアさんがいるんだからっ! フェリクシアさんに赤くなっちゃダメなの!!
と言う訳で、トイレ。頭冷やす意味も兼ねて。因みにキッチンのあるこっち側は、男性用トイレだ。
トイレの入口にマットが欲しいかな……日本式家屋とは違って靴を脱がないで宅内移動だから、トイレにスリッパ、というのも変だろうし。
けれど、トイレに入ったそのままの靴で歩き回るのは、俺的にはちょっと嫌な感じがする。
潔癖清潔国家な日本と違って、マットに抗菌性能とかは無いだろうけど、形だけでも、マットは敷きたい。
トイレと言えば芳香剤だけれど……うーん、使う人間が俺だけ、もしくはヒューさんくらいなものだから、臭い問題自体無いかも。
換気扇らしい換気扇は見当たらないが、全館強制換気システムになってるらしい。魔導空調すげぇ。
にしても……お屋敷のトイレってみんなこうなのか? いわゆる「あさがお」的な物が6つもある。個室も2つある。
確かにパーティーとか開いて、ちょっと長い音楽演奏とかあったりして、一度にドッとトイレに、なんて事はありそうだ。
けどそれにしても、6人が同時に用を足せるというのは……いささかやり過ぎ感が強い。
まぁ。使うのを固定すれば、掃除も手間が減って良いか。使用禁止の張り紙でもするかなぁ。
トイレを出て、曲がった廊下を通って、リビングへ。
と言うかやっぱりリビングって言葉がどうにも合わない。今後はここはホールと呼ぼう。
ホールには既に、大きなテーブルとそのセットになる椅子は入っている。ただ、それ以外は何も無い。
とにかくだだっ広い空間で、天井も高い。シャンデリアどころか照明器具すら無い。
地下と同じで、天井が全体的に光る感じで、ホール全体を柔らかい光で照らしている。
一応窓はあるんだが、俺の背丈では届かない高さ。しかも、はめ殺しになっているので、開け閉めとかは出来ない。
そんな、意味のなさげな飾り的な窓だが、飾りとしては優秀。空が見えるのだ。まぶしく感じないのは魔法か素材か。
夜になって、あの窓から星空を眺めながらアリアさんとお酒を……みたいなのは、やってみたい。まだ酒初心者もいいとこだが。
ホールの中から見ると……玄関が素通しで見えてしまう。向こうからすれば、開けたらホールが丸見え、って感じだ。
個人的には、屛風みたいな物を置きたい。完全に隠すパーティションとかよりは、屛風みたいな低めの物。
あるのかな、そもそも。王宮でもそういったサイズ感の間仕切りは無かったし。
極論、無ければ作ってもらうという選択肢が俺にはあるが、この洋館に似合う屛風、というのもそれはそれで難題だ。
ホールは、考えてても浮かばないな。一般的なところをヒューさんに聞こう。
……ん? そう言えば、ヒューさんを見かけない。工房から転移してきたところまでは一緒だったんだが……
俺は声に出してヒューさんを呼んでみた。しかし、返答は無い。
「アリアさーん、ヒューさん知らない?」
2階に向けて声を飛ばす。
「ヒューさん? ヒューさんなら、工房の出店にずっといるみたいよ?」
出店に? そりゃまぁ、ご老体に荷物運ばせるつもりは無かったのは間違いないけど、いつも付きっきりでいてくれる人がいない、というのはちょっと不安な感じすらする。
「ちょっとヒューさんの様子見てくるね、必要な物、後で買い出しに行きたいから、まとめておいてー」
「分かったー」
アリアさんの声を聞くと、ただ声を聞いただけなのに、やっぱり元気をもらえる。
これが、あの『恋』というものか。地球時代は恋など無縁、近寄りすら出来ない絶対領域だったのに。
今は、俺はその恋の世界の中にいるんだ。はぁー、世界が違うとこんなに変わるのか。人生バラ色。
ヒューさん探しに玄関を出ると、つい塀の外にヒューさんがいた。出店から歩いてきたようだ。
「あ、ヒューさん」
「シューッヘ様。搬入は済まれた様ですな。足りない物などございませんでしたか」
「物は揃ってましたけど、ヒューさんがいないんでどうしたんだろって思って」
「あぁ、これは失礼しました。作業をした者の帰りを待ち、チップを渡しておったのです」
チップ。
しまった! この国はチップの文化があったんだった!
「あぁあー、俺全くチップの事忘れてました……無茶苦茶、非常識なバカ貴族になってしまった……」
「いえいえシューッヘ様、その為に『家の者』がいるのです」
「え……と、言うと?」
「格式の問題があり、家の当主がチップを渡す、という事は、独り身の場合以外決してございません。
メイドであったり、奥方様であったりしますが、チップを作業者に渡すのは、家人の仕事にございます」
そっか、そうなのか……
あれだけの仕事をしてくれた人たちなんだから、チップ制度の国なら当然結構な額面を期待するよな皆さん。
「因みに、どの位チップを?」
「一律に銀貨1枚と、親方への付け届けも含み置いて、親方から分ける様にと更に金貨1枚を乗せました」
「金貨がたしか50万円くらいで、銀貨1枚が2万円くらい……ってヒューさん、相当な額出しましたね」
「それが貴族にございます。チップを出し渋る貴族は、庶民からはもう本当に散々言われます」
「はぁー、凄い世界にいるんだ俺って。貴族も大変ですね、普通の領地の普通の貴族さんだったら」
俺が言うと、ヒューさんは眉を寄せて苦笑いをしつつ言った。
「何せバルトリア工房は王家御用達にございます故、一般の家具店とチップの相場も違います。通常の家具店であれば、金貨はさすがに出しませぬな」
「な……るほど。さすが『凄い店』は中身が凄いだけで無くて、利用料も凄いんですね」
「チップは利用料とは違いますが、まぁ確かに人工を用いると掛かる料金、と見ることも出来ますな」
それより、とヒューさんは一息置いて話した。
「もし今宵からこちらで過ごすのであれば、何はなくとも寝具は必要でございましょう。いかがなさいますか?」
「出来れば、慣れる意味も含めてこの家で過ごしたいですね……寝具店って近くにありますか?」
「購入するのも一つですが、貸し寝具店が近くにございます。オーダー品が届くまでは、貸し寝具にされるのも良いかと思います」
「あ、なるほど。今のベッドは仮の物だから、寝具もその程度な仮の物でってことですよね。そうしよう」
「では、参りましょう。貸し寝具店はバルトリア工房出店の3軒隣にございます」
「分かりました、じゃみんなを呼んで、揃って行きましょう」
段々と物が増えていく屋敷。でも、恐らくその10倍くらいの物が、きっと必要なんだろうなぁ。
新たに一戸建てに必要な家具・道具の全てを揃えるのって、こんなに大変なのね……。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




