第42話 一騎当千の人海戦術 ~ベッドは一人で運ぶ物ではないはずなんだが~
屋敷に戻ってみると、門の前に先ほどの男達がいた。
いや、別にいるだけなら何とも思わないんだが、全員家具を「持っている」。
誰一人として、家具を地面に付けていない。四人がかりの俺のベッドも、一人で持ってる椅子も。と言うか椅子は重ねて6つも持ってる。何だあれは。
それも驚きだったんだが、もっと驚いたのは、出店のペコペコさんがリビングテーブルを一人で抱えていた事。
リビング用のデカいテーブルだよ? 地球サイズのテーブル2個半位の大きさだ。
ペコペコさんの身長より明らかにデカいテーブルを担いでいる様は、正直異様な姿に思えた。
「す、すいません今すぐ門を開けますっ」
俺は大急ぎで駆けて、門の鍵を外した。最初に付いてたのは鍵式・チェーンだったが、面倒なのでナンバー式に変えた。
開けると、男達は不平を言う訳でもなく(結構待たせてしまったのだが)、あざーっす、みたいな事を大きな声で言って庭に入った。
いかん、正面ドアも鍵が閉まっている。またも男達の横を突っ切って、ヒューさんから預かっていた鍵でドアを開けた。
この屋敷のドアは、さすが「屋敷」に分類されるだけあって、日本規格のサイズ感とは違う。
どうだろう、日本の玄関ドア2つ半位の横幅かな。高さは1.5倍くらいだろうか。
その扉が重さも感じずスムースに開くんだから、この世界の『職人芸』には驚くばかりだ。
「お客さん、こちらのベッドはどちらへ?」
「このベッドは右の階段上がって一番奥、そっちのベッドはその手前の部屋へ」
「こちらの小型ベッドはどちらでしょう」
「えーと……ひとまずキッチンの横の部屋で良いかな、あと書棚もその部屋です、案内します」
そう。この屋敷、ホールを中心に左右対称の部屋配置になっている上に、キッチンへの入口がややこしい。
ホールからは見えづらい横道に入って、ぐるっと展開して初めて部屋が見えるという、俺自身言っててよく分からない構造なのだ。
今のところ、まだフェリクシアさんの部屋は正式決定はしていない。なので取りあえずキッチンの隣の部屋にお願いした。
「このテーブルはどちらですかー」
言われて俺がホールに顔を出すと、キッチン用のテーブルを抱えている男性が立っていた。
「そのテーブルもこっちです、少し狭いんで気をつけて下さい」
ホールから左右の部屋群に入る通路は狭い。けれど、さすが運搬のプロなのか、危なげなくすり抜けていく。
テーブルが無事にキッチンに入り、過度に殺風景だったキッチンが少しは「それっぽく」なる。
「おーい、キッチンはこっちだそうだ、カップボードとチェア3脚、運んでこい!」
キッチンテーブルを一人で持ってきた人は、少し格上の人なのだろうか、入口に向けて大声で指図をしていた。
先にチェア3脚がキッチンに入った。そこまでは良かった。カップボードが、かなり難関だった。
さすがに二人がかりのカップボードは、左側の部屋群に入る狭い廊下の、まさにギリギリ幅だ。
地球の家具屋だったら100%ギブアップしていそうな状況だが、何度もちょっとずつギコギコ動いて、廊下を通してしまった。
「このカップボードは、どちらの壁に付けますか、ノガゥア卿」
「う、うーん……ちょっと待ってもらって良いですか、すいません」
俺はフェリクシアさんを呼びに行った。俺の急いでいる様子を察してくれたのか、フェリクシアさんはすぐに付いてきてくれた。
「フェリクシアさん、カップボードはどっち面に置きます? 寸法としては、結構自由に置けるけど……」
「キッチンの左側に置いて欲しい。奥に置いた方が、何かと便利だ」
「分かった、じゃすいません、こっちの壁付けで設置をお願いします!」
割と大型のカップボードなのだが、2台並べて設置する事が出来た。
がらんどうのキッチンは広いんだか狭いんだか分かりづらかったが、家具を入れてみるとかなり広い事が分かった。
「ノガゥア卿! すまないが2階へ来てくれるか!」
と、唐突に上の階から男の声が掛かる。いや家具入れがこんなに忙しないとは思いもしなかった。
俺は急いで2階に駆け上がって、俺の部屋になる主寝室に飛び込んだ。
「ベッドの設置位置を決めてくれ。隣の部屋は鏡台なんかの設置でベッド位置が決まるんだが、この部屋は広すぎて何処に置くのか施主に聞かんと分からない」
「あー……俺も正直、ハッキリとは決めてなかったな……部屋のあの、奥の角に、頭と左側と、それぞれ1レア位空けて置いてもらえますか」
「1レアなら、ベッドサイドテーブルも入るが、それは壁側に付けるか? それとも開けた方に置くか?」
「開けた方に置いて下さい。この位の物だと、後で自分でも動かせるので、まずは置いてもらって、って感じです」
「そうか、じゃベッドの、部屋の広い側の頭辺りに置いておくぞ。気に入らなかったら直してくれ」
俺がベッド担当の人にお礼を言って1階に戻ると、リビングに大きな大きなテーブルがドンと鎮座していた。
この巨大テーブルを一人で……身体強化魔法とか使っているんだろうけど、とんでもないな。
「ノガゥア卿、これで搬入は終わったが、俺たちで無いと出来ない微調整はあるか? 確認をしてくれ」
「あ、はい。そうだ、アリアさーん」
俺が呼ぶと、アリアさんがキッチンの反対側の部屋群の廊下から出てきた。
「ねぇシューッヘ君、こっちの部屋って何も家具とか無いけど、どうするの?」
「今はまだ考えてないんだ、それより、アリアさんの部屋の配置、確認して欲しいんだ」
「分かった!」
俺とアリアさんが2階のアリアさんの部屋に入る。
「わぁ、凄く素敵。鏡台、夢だったんだー」
「配置はどう? 一応オーダーのベッドが届くまでの仮置きって感じでもあるけど」
「これで十分だよ、動線も考えられてて、チェストも可愛い色だし、室内も動きやすいし」
「良かった、じゃ報告してくるね」
と、再び階段を駆け下りる。
「ありがとうございました、配置はこれで万全です」
「そうか、またオーダーメイドの物が出来ると、搬出と搬入とで騒がせてしまう、すまない」
「いえいえいえ、本当にお疲れ様でした」
ぞろぞろと家具職人さん(というより超力持ちの運搬屋さん)が屋敷から出て行った。
「はー……まさかこれだけの家具が1日で全部整うとは思わなかった」
俺が玄関で思わず独り言をしていると、上の階からアリアさんが下りてきた。
「ベッド、一人で持って上がってきたのよ。凄い力」
「搬入開始から……大体1時間位かな、力も凄いし短時間で仕上げちゃうのも凄い」
と、フェリクシアさんがホールの方から出てきた。
「あのカップボード、軋みがまるで無いぞ。あれで本当に修行中の作なのか?」
「あの親方の言う『修行中』だから、よっぽど基準が厳しいんだろうねぇ……リビングのテーブル、見てみようか」
俺たちは玄関からリビングへと移動した。
リビングに置かれたテーブルは、貴族な漫画に出てくるような大型の物。
親方が「貸し出し」と言っているだけあって、脚など細かい所に傷があった。
けれど、天板は完全に平面。傷無し・汚れ無し・シミ無し。貸し出す度にカンナでも掛けてるのかな。
「しかもこのテーブル、あのペコペコした店員さん一人で運んだんだよな……」
「実は軽かったりして? よっ……う゛、動かない」
アリアさんが持ち上げようとしたんだが、微塵も動かなかった。
「ノガゥア卿、この机、貸し出し用と言うが随分堅い、良い木を使っている。目が詰まっているからかなり丈夫だぞこれは」
「あれ? フェリクシアさん、家具とかに詳しいの?」
「いや、詳しい訳では無いが、叩いてみると分かる。ノガゥア卿もやってみると良い」
言われて、俺はテーブルのあちこちを叩いてみた。
天板を叩いても、割と細めの足を叩いても、カツカツ。コツコツ。
軽そうな響きは一切無かった。
「こりゃ確かに加工も大変そうな木だな、よくこれを貸し出し用に出してくれたな」
「あれじゃない? それだけお得意様ってことで」
「来店1回でお得意様って、なんだかちょっと気分的に複雑だなぁ」
因みにこのテーブルには、俺もすっかり忘れていたのだが、椅子がセットで付いてきた。リビングの隅に重ねてあった。
椅子の数は6脚。試しに並べてみると、3人・3人で向かい合ってゆったり座ると、丁度テーブルとのバランスが良い。
日本のテーブルだと、うっかりすると肘が当たる位の距離だが、この距離感だとお互いに手を伸ばしてようやく触れられる位だ。
「えーと……私室で申し訳ないんだけど、二人の部屋を見せてもらって良いかな。念のため確認がしたいんだ」
「うん、全然構わないよ! まだ何も中身無いし」
「私も問題無い。キッチンも含めて、見てもらいたい」
女性陣の承諾が得られたので、各部屋の点検をする事にした。
近いのでまずフェリクシアさんの私室とキッチン。
フェリクシアさんの私室は、ベッドと書棚。これだとあまりに殺風景だな。
あっ、しまった! 机を忘れた……本を読むのに、床かベッド、というのはなぁ。
「フェリクシアさんすいません。机を買い忘れました」
「机か。確かにあるとありがたい物だが、キッチンにテーブルも椅子もあるので、必須では無い」
「いやしかし、集中して本を読むとなると、キッチンじゃ落ち着かないでしょう。追加で買いますね」
「や、安い物で構わないからな、あまり豪奢な物を与えられると、気持ちがざわつく」
フェリクシアさんの、ちょっと不安げと言うか、戸惑いというか、不思議な表情をしている。
やはり生粋のメイドさんの自我があると、贅沢は敵だ、みたいな発想になるのだろうか。
「じゃまず机と。勉強机みたいなのがあると、読書も集中出来るんだけど、あるかなぁ」
「勉強机? それは、学問をする為だけに作られた、何か特殊な机なのか?」
「いや、そんな特別な物じゃ無いよ。俺のいた世界だと、子供が学校に入ると与えられる感じ」
「学童用の机……机と言えば、単に足と天板が付いている物と思っていたが、何か違うのか、ノガゥア卿」
「定番だと、3段か4段の引き出しと、ライトと、簡易的な書棚が付いているんだ。意外と捗る物だよ」
勉強机はオーダー、と。この世界に無いモデルだから、親方に売り込んでみても良いかも知れない。
そう言えば、しばらく前に俺の落書きを商品化するって言ってた商人、そろそろ来る頃かな。
あの程度のうさぎの落書き、別に無断商品化してもらっても構わないと言えばそうだが……やはり収入源はあればある程良いしな。
「えーっと、窓があるから今は明るいけど、この部屋って照明来てる?」
「ああ、ここもキッチンも、照明は明るいのがある。間接照明になっていて、まぶしくないのはありがたい」
「スイッチとかは、んー……無い?」
部屋中ぐるりと、しっかり見たつもりなんだが、地球風のスイッチも無ければ、この屋敷の入口の魔導板みたいなものも無い。
「照明の入り切りは、壁に触れて少しだけ魔力を通すだけで出来る。スイッチ式よりかなり便利だ」
「となると壁全体がスイッチみたいなものなのか。相変わらず変わったお屋敷だわここ」
ベッドは部屋の入口から見て横向きに、壁からちょっと離して設置してある。窓に近いので目覚めは良さそうだ。
ただ、まだ剥き出しのベッドだ。マットレス的な四角くて白いのはあるが、それだけ。これじゃ多分寒い。
ここで暮らす為には、布団類他色々必要だ。お引っ越しならともかく、ゼロからの新居ともなると買う物が多くて頭がこんがらがる。
「フェリクシアさんありがとう、次キッチン良い?」
「ああ、勿論」
フェリクシアさんの部屋の内覧会が終わったので次はキッチンへ。隣の部屋なのでちょっと移動するだけだが。
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