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第8話 魔法の実験を試みてみたら、仲間の魔法が環境破壊過ぎてドン引きレベルだった。

 馬車に着くまでが大変だった。

 何があったのかとワイワイ騒ぐ連中に取り囲まれそうになり、押し問答になりそうになった。

 最初は丁寧に対応しようとしていたヒューさんだったのだが、あまりの粘着質な連中に苛ついたのだろう。

 段々言葉が荒っぽくなってきたな……と思っていたら、突然『スタン!』と右手を掲げて叫んだ。


 付きまとってきていた連中は全員、全身をビクッとさせてそのまま崩れ落ちた。10人位か。

 その連中を尻目にさっさと馬車に駆け込んで、宿を急いで後にした。まるでこっちが悪いことしたみたいだ。


 宿から少しの間、街道に出るまでは徐行していた馬だったが、次第に加速Gがかかり始めた。


「ふぅ……さっきの人たち、随分としつこかったですね。何があったんだ教えろ教えろって」

「恐らくあの連中は、情報屋と繫がりがある者たちでしょう。このローブを見てもなお絡んでくる連中など、奴らくらいしかおりません」


 と、ヒューさんがまとっているローブの端をちょっと引き上げて見せた。

 ローブは頭まで被れるスタイルだが、今は頭は出している。


 情報屋か……なんだかダークな世界も、やっぱりあるんだろうなぁ。


「情報屋なんて人たちからしたら、あの結界も、すぐにバレちゃうんじゃないですか?」


 素直に思ったことを言うことにする。これが一番俺自身にノンストレスだ。

 それに、ヒューさんの人柄からか、遠慮するのがむしろ悪い気がするんだ。


「どうでしょうなぁ……神話・伝説級の出来事をそのまま流しても、誰も真実とは思わないでしょう。そういう意味で、たとえ輩共が正解に辿り着いても、その情報価値は無いでしょう」


 なるほど。非現実的に過ぎることは、お金にならないって事か。


「それにしてもシューッヘ様、いつの間に魔法が使える様になられたのですか」

「いやー俺もよく分からなくて……あの時も、『カーテン欲しい』って思っただけなんですよ」

「思っただけ?! 思念のみで魔法を使われたのですか?!」

「えっ、は、はあそうなりますかね」


 ヒューさんが、こて、と頭を後ろにもたげ馬車ソファーに委ねた。口もポカンと半開きだ。


「ど、どうしましたヒューさん」

「いやぁ……あまりに規格外でして、正直驚きの枠を超えております」

「因みに、その……普通の魔法の使い方って、どうなんですか?」


 ヒューさんは、んん、と喉を鳴らしてから、話し始めた。


「普通はですね……初級レベルの魔法使いであれば、詠唱が絶対に必要です。

 魔法名のみの宣言で魔法行使が出来るようになれば、戦力になりますので呼び名も『魔導師』と呼ばれ、国家的に重宝されます。国に奉公すれば、俸禄も出ます。


 詠唱魔法はとにかく発動に時間がかかるのがネックですが、詠唱さえ間違えなければ魔力保持力の低い者でもともかく発動は出来る、という意味では、有意義なものです。


 一般的に、わたしが部屋を照らした『エンライト』の様に、魔法名の宣言のみで完全に魔法が行使出来る魔導師になると、一人前とされます。

 更に進んで、複数の魔法を同時に連打できる様になると、上級魔導師として、単独でも部隊でも、戦力の中心になります。

 また、大魔法クラスになると、複数名の魔導師が共同で詠唱をし、中間魔法体という『魔法の元』のようなものを生成し、それを変成させて行使します。

 一人一人の魔導師の力では大魔法行使には足りないので、複数名の力を使う訳です。


 シューッヘ様がなさった御業は、それら如何なるレベルも超えております。

 どんなに上級の魔導師でも、魔法を使う際には最低限、魔法名の宣言は必要です。

 意志のみで瞬間的に発動する魔法というのは、正直申し上げて、この世界のものではないとすら感じます」


「俺の魔法、かどうかもよく分からないですけど、アレってそんなに大それたものだったんですか」

「大それたと申しますか……もはや異次元と、そう申し上げても差し支えないと」


 うーん。昨日のアレ(お供え)のあとでのコレだから、きっと女神様のご加護なんだろう。


 というか、絶対結界とか言うのがああも簡単に出し入れ出来るものになってしまった。

 女神様が転移の空間で言ってたように、全ての光を遮断したんだろう。

 どの位の範囲まで、これって使えるんだろう? あと障害物とかはどうなる? 結界の境界線でスパッと切れるのか?

 うーーん、試したいけれど、ヒューさん曰くの異次元の魔法を試すのは、迷惑だよなぁ……


「どうされました、シューッヘ様。何かお悩みならば、わたしで良ければお伺い致しますが」

「あのー……絶対結界は、ともかく出せる。そこまでは何とか理解が追いついてきました。けれど、じゃあこれって『自分一人を守る』範囲なのか、それとも『集団を守れる』のか、それから名前こそ絶対結界ですけれど、光だけの遮断なのかな、とか。光だけだったら、矢とかは通っちゃいますし……」


 俺の疑問文な言葉にいちいち頷いてくれたヒューさんは、


「そうですな。仰るとおり、申し上げ方は悪いですが、正体不明の結界に身の守りの全てを委ねるのは心許ないでしょう。フライス!」

「はっ、なんでございましょう」

「馬を、街道から外れた林の中あたりに向けてくれ。シューッヘ様の魔法実験を行いたい」

「かしこまりました!」


 と、フライスさんに指示を出した。


 馬が減速Gを生じつつ向きを変え、街道から外れていく。さすがに揺れそうなのに、やっぱり一切揺れない。

 俺の結界も、もし本当に「完全」なら異次元なのかもだが、この馬車も既に相当『異次元』な気がする。


「ヒュー様! 前方に丁度良さそうな林がございますのでそちらへ向かいます」

「うむ。ではシューッヘ様。結界の防御力を試したり、他に行使できる魔法が無いか、色々試してみましょう」


 と、ヒューさんがニコッと笑顔になる。

 笑顔なんだが……少し緊張してる? なんだかぎこちなく感じる。



 ***



 程なく、馬車は止まった。辺りは木々に囲まれていて、人気は無い。

 と、馬車のドアがノックされたあと開き、フライスさんが立っていた。

 また相変わらず手を借りて降りる。だって、この馬車って乗り物、高いんだよ座面! 怖いよ!


「この辺りであれば、たとえ大炎上したとしても誰も文句も申しません」


 ヒューさんが、うーん、ぎこちなくニコニコしている。


「あの、ヒューさん。何か無理をされてませんか?」

「……やはり、シューッヘ様には分かりますか」

「誰が見ても分かりそうですが……無理してまで試す必要は、無いと思いますよ?」

「いえ。実は正直なところ、わたしも怖いのです。伝説にのみ聞く結界相手に、魔法を放つのが」

「怖い?」

「ええ。伝説によると、大英雄イスヴァガルナに滅ぼされた闇の大魔王は、最後は自らの魔法で滅んだと言われています」

「自分の魔法で? その、イス……大英雄さんが何か仕組んだとかですか? 自爆するように、とか」

「いえ、単純な話です。全てを滅ぼせるだけの大魔力を込めた一撃を、大英雄イスヴァガルナが『完璧に反射』したと伝えられています。その反射の直撃を受けて、即ち自らの力により、大魔王は焼き尽くされ絶命したのです」


 そう言い終えて、ヒューさんの喉が動いた。表情からも分かる。とても緊張している。

 言いたいことは分かった。ヒューさんが魔法を放って、もしヒューさんに跳ね返ったりしたら。

 大魔王と同じ末路を辿るのでは、と思っているのだ。


「その……最初はすごく弱い、ちょっと痛いかなー、みたいな魔法で試してみるとか……?」

「わたしの魔力ですと、最弱の魔法『ファイヤーボール』でも、戦術級の魔法になってしまい……」

「う、うーん……フライスさんではどうでしょう」

「フライスも、御者などさせてはいますが上級魔導師ですので、『ちょっと痛いかな』では済みませぬな……」

「うーん……あっ、もし出来ればの話にはなるんですが、かなり遠くの木に結界を張って、それにフライスさんに打ち込んでもらうとか」

「うむ、そうですな……距離が遠ければ、たとえ術者に対して反射する性質の結界でも、対魔法結界の構築は間に合いましょう」


 と、言ってはみたものの……遠くの木に結界とか、俺、出来るの?

 まぁ、やってみないことには始まらないか。


 俺は50mは離れていそうな、俺の背より少し高そうくらいの若木を視野の中央に収めた。

 これまで、毎回歯を食い縛ったりしかめっ面をしたりしてみたが、まずは何もそういう事はせず、意志だけしっかり持つようにして発動するのか、試してみよう。


 ふう。肩の力をまず抜こう。首も、力は入れない様に、と。

 しっかり、リラックスして。息もゆっくり。

 ただ「あの若木」にだけ、焦点を集中して……


[絶対結界 対象 あの若木 発動]


 心の中で「発動」と唱えた瞬間だった。

 若木はその葉先まで全て、銀色に光り輝く結界に包まれた。

 いや、結界だと知っているからそう思えるのだが、そうでなかったら金属質の「若木のオブジェ」登場、という感じだ。


 木の形をした、鏡面加工の金属物。見た目はまるでそんな感じだ。

 風が吹いても、葉先の一つさえも揺れることが無い。


「シューッヘ様。お身体や精神にご負担はございませんか」


 俺がまじまじと若木を見ていると、ヒューさんが気遣ってくれた。


「はい、特に何か使ってる感じすら、うん、全然無いです」

「では、少々失礼して」


 ヒューさんとフライスさんが視線を交え、二人揃ってその木に向けて歩いて行った。


 その木に辿り着いた二人は、木の回りを回ったり、叩いたり、揺らそうとしてみたりしていた。

 遠くでよく見えなかったが、フライスさんがナイフを使ったようで、カキン、と金属音も響いた。


 と、二人が俺のところに戻ってくる。

 あれ、フライスさんしょげてる?


「どうでした……? 結界、色々防げそうですか?」

「実際に高火力魔法を打ち込んでみないと分かりませんが、あの状態であれば、あくまで「木の部分を『守る』」だけの結界かと」

「見事にナイフはやられましたよ」


 と、フライスさんが折れたナイフを見せてくれた。


「うわっ、ナイフ折れちゃったんですか」

「はい。しかもこのナイフ、一応かなりの逸品なんですよ……完全に結界に負けました。相当堅い結界です」

「ミスリル、という素材は、シューッヘ様はご存じですかな」

「えっ? あー……ミスリルは物語の中には出てきます。相当頑丈な、魔法金属、って設定が多かったですね」

「フライスは力が強いので、多少太い幹に切り付けたのが良くなかったのでしょうな。幾ら頑丈と言えど、シューッヘ様の結界の防御力の前には、素材が限界を超えてしまったようです」


 俺の結界。光の女神様の結界だからと言って、光を反射するだけではないらしい。

 どう切りつけたのか分からないが、異世界最強系鋼材のナイフが、ポキリだ。


「あっ、フライスさん! 怪我とかはしなかったですか?!」

「幸い、折れたのはナイフだけにございました」

「とすると、攻撃者に全て反射するって訳でもないのか……」

「……もしそうだとしたら、私の右腕はあの木の下に落ちておりましたね」


 フライスさんの顔色が若干青く見える。迂闊なことをした、というのが顔に書いてある。


「では、次の実験に移りましょう、シューッヘ様」

「これだけ丈夫な結界、という事が分かれば、もう検証の必要は無くないですか?」

「まだ魔法への耐久性は読めませぬ。物理耐性と魔法耐性は、基本的に別にございます」


 それに、と続けてヒューさんがニヤリとした。とんでもない魔導師の「ニヤリ」は、ある意味かなり怖い。


「結界師が多くいる部隊に、強靱な結界を張られてしまった場合の、効果的な攻撃法をご存じで?」


 当然俺が知る由も無いので、首を横に振る。


「簡単な話です。結界師の魔力が尽きるまで続く、持続時間の長い魔法攻撃を仕掛けるのです。


『フレア・ポール』!


 と、ヒューさんがバッと手を上げた瞬間、結界を張った木の周囲にまっすぐな火柱が立ち上がった。

 火柱の勢いは凄まじく、軽く50メートルは離れていそうなのに、ここまでかなり熱波が来る。


「もしくは、結界が半端な物であれば、中身は蒸し焼きになります。結界師崩しの知恵ですな」


 轟々と立ち上がる火柱。天高く立ち上がり、上の方は雲まで届きそうな程だ。


 これが、戦術級の魔法……

 敵を1名2名の単位ではなく、部隊、もしくは大隊の単位で蹴散らす次元の……


 こんなもの直撃で喰らったら、生きていられる人間なんていないだろうな。

 国家元首の名代の魔導師、ヒューさん……

 ヒューさーん、なんて気楽に話していたが、この人が敵でなくて本当に良かった。


「さてシューッヘ様、消耗の具合はいかがでしょうかな?」

「消耗? 何がでしょう……?」

「ん? んん?? シューッヘ様のお身体、お具合は、何も変わりないのですか?!」

「は、はぁ……なんかすいません、別段何も変化無いです」


『ちょっとあんたたち、なに私の結界で遊んでんのよ』


「はっ?! め、女神様?!」

「ご神託ですか?!」


『不必要に結界使わないでよ、守るのも疲れるんだから。返すわよ』


 ん、返す……? ヤバッッ!!


[か、絶対結界、球体状、球体半径5メートル!]


 パッと目の前が真っ暗になる。

 もし大英雄と同じ様な話で「魔法が返された」のであれば、この結界の外は火炎地獄だ。


「む、これは……我らに結界を張られたのですか?」

「はい、女神様が、怖いことを言ったんで、念のため」

「怖いこととは?」

「『返すわよ』と」

「返す? 何をかえ……」


 と、気付いたのか、ヒューさんがうぐっと言った。

 結界の中は真っ暗で見えないが、青い顔してそうだ。


 恐らく今、結界の外は、リアルに火炎地獄になっている。

 けれど、結界の中には一切その手の音は無い。馬と人の呼吸音がする位だ。


「ヒューさん、さっきの魔法は、どの位で止まりますか」

「1時間は……」


 1時間、か。正確な時間が分からないと、かなり時間オーバー気味に結界を張っていないといけない。

 もういいかなー、って解除したらいきなり火柱の中心、では呆気なく燃え尽きて終わる。


 それに、この半径5メートルの球体。物理も全部遮断するのなら、酸素の行き来もないはずだ。

 もし酸素の行き来があるならば、既に俺らは熱風に晒されていないとおかしい。


 あまり、悠長に結界の中に籠もっている訳には行かない。

 時間制限を超えれば、窒息死だ。


 と、真っ暗闇の中、誰かが動いた。ざっと足下の地面を擦る様な音がした。

 フッ、と息を強く吐く様な音が続く。ヒューさんの様だ。


「ヒューさん、今のは……?」

「内側からの魔力が、やはり内側にも結界で弾かれるのか、試しました。この結界、内側から外へは、魔法を通します。となれば、先ほどのフレア・ポールを打ち消す反魔法を組みます。今しばらくお待ちを」


 ヒューさんが座り込んだのか、どさっと地面に音がした。

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