第41話 家具職人さんのサービス。もっとも、高額な買い物のお礼らしいが。
さて吟味。
ベッドサイドテーブルが2つ。俺とアリアさん用。
デスク兼チェストみたいなのが1つ。既製品でこの品質は良いな。俺の部屋用。
赤みがかった木のチェスト、3つでセットらしい。これもゲット。1人1台。
と、書架に使えそうな棚が1つ。フェリクシアさんの私室へ。何でも読書家なんだそうだ。
キッチンの、包丁収納台。これは小物。フェリクシアさんは7本のナイフを使い分けるそうで、9本収納可の良さげなのを確保。
更に、食器を入れるカップボードが2台に、キッチン用テーブルが1台。作業台的な。
キッチン用に、シンプルなチェアが3つ。これは場合によってはリビングでも使うための予備含む。
ノガゥア邸にどれだけの食器が必要なのかは、まだ想像が付かない。これくらいで足りるか?
「おう、この辺りの物は幾らでも持って行ってくれ。修行中の職人の作でな、多少の荒さは目を摘むってくれ」
「これで荒さがあるんですか? んー……何処見ても、まるで分からない」
実際分からない。修行中の人でも、これ普通に値付けして売れるレベルのように思う。
「例えばこの棚だな。ニスの塗りが均一になってねぇ。この角辺りに、溜まりがあるだろ? そういうのが色々あるからな」
「うーん、言われて初めて気付けるレベルでも、おまけ家具みたいなのになっちゃうんですね……」
「まぁ、おまけっちゃーそうなんだが、随分とノガゥア卿は金を落としてくれてるからな。礼も兼ねて、サービスだ」
何でも、世界樹の木材であるミール材というのが、材木だけでも猛烈に高いらしい。
更に、ミール材を正しく加工できる職人となると、この工房でも親方以外いないんだそうだ。
そりゃ、親方を指名して作業してもらうしかない特殊材木となれば、値段が相当なのは当然だ。
値段に関しては俺は全然相場とか分からないが、ヒューさんが一瞬青い顔したのは分かった。
で。
おまけに付けてもらう事にした家具は、全てメリッサさんに伝えた。
メリッサさんが工房の方に行って、こちらに何人もの男手と共に戻ってきたと思ったら、いかつい男たちが次々担いだり抱えたりして転移魔法陣に入っていった。
転移魔法陣は、人がいないと動かない仕組みなのか? あ、出口が詰まっちゃうか、品物だけで転移したら。
いずれにしても、俺が指差した家具は既に全て移動が済んだ。
後は、アリアさんとフェリクシアさんの選択待ち。アリアさんは、じっくり吟味する様にして、1つ1つを見ている。
そうしてアリアさんがまず最初に選んだのは、鏡台だった。
「シューッヘ君、あたしこれ欲しい。今までずっと手鏡か姿見ばっかりで、ちょっと大変だったの」
「鏡台かー、男の俺じゃ気付かない必須アイテムだね。2つあるけど、どっちをもらう?」
「あたしは左のかな。小型だけど魔導照明をはめ込んで使えるみたいだから」
うん。女性と鏡と照明と。この辺りは俺にはよく分からん話なので、使用者の希望そのままに通す。
同じ女性のフェリクシアさんはどうなんだろ。鏡台って言ったら、昔の日本の嫁入り道具だったりもしたとか。欲しいのでは?
「フェリクシアさん、選択肢が無いのがアレだけど、鏡台、必要じゃない?」
「い、いや私はそんな……」
「遠慮は要らないからね? 必要か、不要か。2択で選ぶならどっち?」
「……必要、かも知れない」
「だったらこれももらっておこう。照明は付かないみたいだけど、もし必要ならオーダーで作る?」
「い、いやいやいや……私には鏡台すら大それた物だと思うので、まさかオーダーなど……」
「そ? じゃ、使ってみて不具合とかあったら、その時はオーダーにしよう。アリアさんもだよ!」
アリアさんはアリアさんで、鏡台の中の戸棚を開いたり閉じたりしている。
鏡台と言ってもスタイルは和風のそれでは無く、三面鏡照明付き化粧台に、小棚が幾つも付いた、置き付け家具である。
「ヒューさん、家具としてはこんなもんですかね。足りない物とか、まだありますか?」
「ベッドが出来上がるまでの寝室は如何されますか。王宮の部屋もまだ使えますが」
「あっ。そうか、ベッドは即日って訳じゃ無いから……親方さん!」
呼びかけると、椅子に腰掛けていた親方がこっちに視線をくれた。
「オーダーのベッドが出来上がるまで、それこそ寝られれば良いんでベッドって貸してもらえます?」
「あぁそりゃ勿論だ。マットレスも、粗末な物だがおまけで付けてやるから、今日から早速寝られるぞ」
おおぉ! ついにあのお屋敷で眠れる日が来たのか!
屋敷を買い付けてから、あれやこれやで入居出来なかったが……ようやく、ようやく『俺の家』って言える!
「ただあんまり期待してくれるなよ、うちはマットレス工房じゃないからな、快適性は専門店に行ってくれ」
「ありがとうございます、俺とにかくあの家で寝られるだけでもう幸せ満点ですよ」
「なんだその『幸せ満点』ってのは。意味は分かるが随分とおかしな物言いだな」
親方が分かりやすく苦笑いな表情になる。うん、地球でも『幸せ満点』って言う表現はまずしない。
「ところでシューッヘ様、地下階層は如何されますか。どのようにでも使えますが」
「あー……忘れてた。あの家は地下室が、4層か。丸々フリースペースで残ってたっけ」
「よくよく調べてみましたら、各階共に、魔導照明含む魔導供給、給排水管などの配管類、それに強制通風口など、設備完備でございます」
「ん? それらは、何を意味します?」
用語を聞いてもまるでピンと来ない。配管が通ってると、何が出来るんだ?
家づくりなんて、ここへの転移前はテレビコマーシャルで見る程度で、実際に関わった事が無い。
まして、日本に地下4階建ての住宅ってのは、聞いた事も無いし存在自体無いんじゃないか?
「上下水道の配管が来ていますので、水道が使えます。何も無い地下階ですが、造作によってトイレを設置したり、キッチンを作ったりも出来ます」
「え? 地下でキッチン? 煙とかは?」
「換気扇を通風口に繫げ、排気方向へと逆流防止付きのファンを回せば、煙は簡単に消えうせ、新たな空気が自然と入って参ります」
「自由度が高すぎてすぐに決められないですね……地下階は、また今度考えます」
広いお屋敷って、結構大変なんだな。
日本みたいに、工場製の大量生産家具とかも無さそうだし。
総カタログみたいなのがあると、発想も広がるんだが……
「親方さん、すいません。カタログみたいな物って無いですか?」
「カッタログ? なんだそりゃ」
「えぇと……扱ってる品物が全部載ってる本みたいな物です」
「全部? 無い事は無いが、客が見るように作られた物じゃないぞ?」
言うと親方はスタスタ……と言うより上背が上背なので『トコトコ』という感じになってしまうんだが……
親方は工房へと消えたが、手に一枚の紙を持って、トコトコ帰ってきた。
「ほれ。これを見て実物が浮かぶかい」
「えーっと……何ですコレ」
「チェストの図面だ。うちで扱える全ての図面があるぞ」
「えー……チェストって言われても、それでも分かんないなコレ」
「だろう? 職人がこれを元にして作る設計図に近い物だからな。客向けじゃあねえよ」
なるほど確かに、設計図に近い図面じゃ素人が見てもわかんない訳だ。
でも、これだけたくさんの家具、種類も色々あるんだから、カタログがあっても良いのになぁ。
「完成品の作例みたいなのの写真って無いんですか?」
「シャシン? なんだそれは」
アレ? 写真くらいはあるだろうと思ったのだが、もしかして写真は無い?
「ヒューさん、この世界には、光を捉えて焼き付ける技術って無いですか?」
「光を、捉える?」
アレ、ヒューさんまで似たような反応になっている。こりゃ本格的に写真は無いな、この世界。
かと言って、写真は俺の世界じゃ「ある物」であって「作り出す物」じゃなかったから、原理とか言われても俺にも分からん。
「うーん、端的に言うと、光でもって絵画の様に、実物のありのままの姿を描く技術? ですかね言うなら」
「それは難しいですな。光で描くとなると、光に反応する何かしらが必要でございますが、そう言った物は……」
「聞いた事も無い、ですか?」
「はい。申し訳ありません。」
そっか、写真は無いのか。としたら、その代わりになるのは絵画か。
「親方さん、さすがに今までの作品の絵とかスケッチとか、そう言うのは無いですよね?」
「かなり雑に描いたスケッチなら、幾らかはあるぞ。まぁオレが品物を思い出す為に描いてるだけの、備忘録に過ぎんが」
「それって見せてもらえないですか? なんかこう、色々イメージが沸くアイデアの種が欲しくて」
「つくづく変わった客だな。まあいい、ちょっと待ってろ」
親方が再び工房の方に行って……戻ってきた両脇には、バインダーの様な物を挟んでいた。
ドサッと俺の近くのテーブルに、無造作に置かれる。親方の表情は『この客はよく分からん』と言いたげである。
「じゃちょっと拝見します……」
俺が恐る恐るバインダーを開くと、そこにはモノクロで描かれた家具達があった。
1ページに概ね4つの家具が描かれている。これにはさっきの設計図の様な寸法などの記載は無い。
ページをめくって見進めてみると、なるほど貴族が好みそうな装飾が多数施された作品が多い。
お、このベッドは随分大型で、天蓋も立派だな。写真ならともかく、線描でこれを描ききるのもまた凄い。
「今お前さんが見ているのは、今の国王陛下の寝床だぞ」
ぬ? 陛下のベッド……見て良いのか良くないのかよく分からん代物に出会ってしまったな。
幸いと言うべきか、俺のベッドはここまでデカくは無いはずなので、陛下に目を付けられたりはしないだろう。
まぁ、あの陛下だから、別に臣下がベッドのデザインをコピーしたからと言ってとやかく言いそうには無いが。
と、次のページをめくった時に、俺は結構肝心な物を買い忘れた事に気付いた。
「この、配膳用のコロコロ、完全に忘れてました。これ、既製品レベルで良いんで、ありますか?」
「コロコロっとお前……言いたい事は分かるが、これは『サービスワゴン』ってんだよ」
「サービスワゴン……車輪が随分と大きいですね、ゴム車輪とかじゃないんだ」
「ゴォム? 随分マイナーな素材を言うもんだな。靴屋ならともかく、家具屋でゴォムは使わん。それに既製品だと、かなり軋むぞ?」
「軋む? んーっと……それはどういう感じです?」
「前へ後ろへ動かす度に、ギッシギシと嫌な音がする。車輪と車軸はかなり繊細でな」
サービスワゴン、と新たに名前を知ったそれ。これが無いと、フェリクシアさんがキッチンからいちいち皿を手持ちする事になってしまう。
このワゴンがあれば、3人分、ヒューさんが来ても4人分の食事を、一気にリビングに運び込む事が出来る。これは必須だ。
「じゃすいません、新たにそのサービスワゴンも作ってもらえますか? 実用品なのでこだわりは無いです」
「なら、車輪以外は魔抗合板で作るのが良いだろう。2~3日で出来るから、出店の者に持って行かせる」
「ありがとうございます。欲を言えば、お茶を楽しむ時用に天板が金属で綺麗な装飾のある、もう少し小型のワゴンも欲しいんですが……」
「金属か。作れん事は無いが、うちの工房よりはガットの金物工房に頼んだ方が良いな。紹介状を書いてやる。ワゴンと一緒に届けさせよう」
やはりここは木材の専門工房なのか、ティーセットが乗ってて格好良いワゴン、をイメージしたら外注になった。
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