第40話 俺の屋敷が、家具屋さん的に特殊な部類に入る模様でひと悶着。
「おいヒュー閣下、ノガゥア邸の見取り図はあるか?」
閣下、と敬称は付けているが、全然敬意は無い感じ。THE・職人、という雰囲気とも言えるか。
ヒューさんが不愉快そうな顔で、バルトリア親方に屋敷の見取り図を渡す。
「あん? こりゃ、あそこの鉄屋敷か。自然換気無しの魔導空調か?」
「いや、通風口自体は各所にある」
「しかし魔導空調が主だよな、これだと使える材質が限られてくるぞ」
図面を、眉をひそめて睨み付けるバルトリア親方。
魔導空調で室内換気していると、何か問題があるのだろうか。
「ん? あんた、何か言いたげだな」
不意に俺の方を見てくる。あまりに不意打ちで、思わず目を剥いてしまった。
「あ、その。魔導空調がメインだと、寧ろ温度とか安定しそうなのになって思っただけです、素人考えで」
敢えて素人だと付けた。下手に分かったフリみたいに思われると、また機嫌を損ねかねない。
「魔導空調を通した風ってのはな、魔力を多量に含んだ湿気を吐くんだよ。だから、魔力に弱い木材だと、イカれるのも早い」
「え、そうなると……さっきベッドの材質で、なんとかって言う身体に良いのを選んだのは……」
「身体に良い? あぁ、イヤートロス材だな。アレは魔法資材に近いから問題無い。あの木自体が魔力木だからな」
聞いて、俺はホッとした。そのイヤートロス材とやらを触ってみたり嗅いでみたりして、結構気に入っていたから。
「うちで扱ってる木材の大抵は魔力耐性はあるんだが、リビングテーブル位の大型材となると、元々の素材が強くないとな。
しかし、あの剥き出しの鉄で出来た屋敷が、よく魔導空調で冷やせるな。日照りで中が灼熱にならんのか?」
と、俺に視線が飛んでくる。俺もよく分かってはいないんだが……
「魔導空調が入ってないと暑いですけど、入れるとすぐ涼しくなりますよ。アレかな、鉄じゃなくてミスリル鉄だからかな?」
「ちょっと待て。今、なんて言った?」
「え? 魔導空調が入って無いと」
「そこじゃねぇ! 鉄じゃ無くて何だって?!」
「み、ミスリル鉄ですけど……」
「なんてこった! おいメリッサ、ベッドの材質大丈夫か! 魔力濃度AAクラスの家だぞ、ダメなら選び直せ!」
親方がうさ耳さんに声を飛ばした。うさ耳さんも驚いた様子だったが、声の大きさなのか中身なのか、何に驚いたかは不明だ。
うさ耳メリッサさんが焦った様な感じで駆けつけてくる。
「の、ノガゥア卿、ベッドの材質ですが、先ほどご案内した材質では、数年掛からず劣化致します。まさかミスリル鉄のお屋敷とは……」
「そんなに特殊なんですか、ミスリル鉄の外壁って」
「おいノガゥア卿。ミスリルってのはな、魔導水晶に準じる程度に魔力を溜め込むし、放出もするんだよ。外壁全部同じ素材だろ? とんだ厄介だぜ」
メリッサさんもバルトリアさんも、ミスリル鉄の外壁に反応してあたふたしている感じだが、俺には正直何が何やら分からない。
「ノガゥア卿。よく聞け。魔力はな、水分を吸うんだ。そして、魔力は粘着性がある。つまり、魔力抵抗が無い木材は、湿気含みの粘り気のある魔力で、すぐダメになる」
う、うーん、なるほど?
イマイチよく分からないけれど、魔力抵抗とか言うのが無い木材は、俺の屋敷向けでは無いのは分かった。
「ねぇヒューさん、何か木にとって悪い環境みたいだけど、あの家って人体に悪影響とかは無いの?」
「木材に悪影響というのはわたしも初めて知りました。人間にとって魔力は欠かせない要素ですので、人に害はございません」
それは良かった、不良物件を買ってしまったのかと、内心ヒヤリとした。
「すると、ベッドの材質も選び直しかぁ、気に入ってたのにな……」
「イヤートロスが気に入ったのなら、中心材を使えば何とか大丈夫だ。その代わり値段は上がるがな」
「良かった。じゃその中心材を使って下さい」
と、また親方が不機嫌そうになる。
「使って下さいってあんたなぁ。マトモに仕事もしてない、国の穀潰しだろ? そんな贅沢して良いのか?」
「バルトリア! 大概にせよっ!!」
「い、いや良いですってヒューさん。でも、仕事してないってのは間違ってますよ?」
俺もさすがに腹が立ってきた。完全に俺を、国家ニートみたいに見ている。
俺自身自分の仕事をおおっぴらにするつもりも無かったんだが、これはさすがに一言言いたい。
「ついさっき陛下に献上しましたけど、魔導水晶を掘り当てましたよ」
「あん? 魔導水晶だぁ? どうせこんな程度だろ?」
と、小指を立てる。丁度パキッと折れてしまったのがこの程度だったな。
「いや、サイズはこの位」
と俺が肩幅よりちょっと広く手を開いてみせた。
「……おい。それ……マジか?」
「ええ。疑うなら陛下にご確認をどうぞ?」
少し沈黙が。バルトリアさんの額には、汗がつーっと流れていく。
「も、申し訳ありませんでしたーーっ!!」
突然だった。バルトリア親方が地面にジャンピング土下座で頭を下げた。
ジャンピング土下座はどうも宇宙統一事項なのか、地球でもここでも変わりが無い。
「幾ら俺でも、そこまでニート扱いされると、さすがに腹が立ちます」
「お、お怒りはご、ごもっともで……そ、の、ニート、と言うのは?」
「俺の国の言葉で、穀潰しと大体同じ意味で使われる、悪口ですよ」
バルトリア親方が土下座をした事で、いつの間にかメリッサさんまで地面に正座して頭を下げていた。
「俺の仕事は、結果が結果なのであまり表には出せないんです。あくまで秘密にしておいて下さいよ?」
念を押すように言う。
「はいっ、それは、も、勿論!」
さっきまでの威厳はどこへやら、ペコペコ店番の店員さんとあまり変わりが無い。
まぁ、それでも工房を束ねる職人さんには違いない。その腕前には期待をしている。
「バルトリアさんがどういう態度を取ろうが、職人さんとして俺が敬意を持っているのは変わりません。
俺の屋敷の特殊さに耐えられて、俺の好みにも合う家具を作ってもらいたい。これも変わりません」
俺がそこまで言うと、バルトリア親方は更に、地面に頭を擦り付けんばかりに頭を下げた。
いや、こういう展開を望んでいた訳では全然無いんだけど……うーん、貴族ってめんどい。
「えーと、メリッサさん」
「はいっ! 何でございましょうか、ノガゥア卿!」
メリッサさんまで随分変化が……権力ってなんなんだろう。ちょっと嫌気が差してくる。
「さっきの、えーと……イヤートロスの中心材も、効果とか手触りとかは変わりないですか?」
「中心材の方がより健康効果は高く、手触りはよりサラサラでございます!!」
「そっか。なら良いか。他のメンバー向けのベッドはどうなってます?」
「アリア様のベッドは、ご希望により同じイヤートロス心材でお作りする事になりました! フェリクシア様は、魔抗合板材で良いと仰るのですが、如何されますか?」
「合板? うーん……」
地球時代の知識だからここで通用するか分からないが、合板材だと接着剤の揮発とか色々、健康の面で心配。
俺はフェリクシアさんを見る。ちょっとビクッとした。俺、仲間なんだけどなぁ……
「フェリクシアさん、合板禁止。選び直して下さい」
「え、し、しかしノガゥア卿、無垢材はいずれも値段が高く……」
「値段の事は気にしないで下さい。俺が陛下に献上した魔導水晶の価格から考えれば、多分安いもんですよ」
俺自身あの魔導水晶の市場価値とか分かりはしないが、あの親方がジャンピング土下座する程の代物だ。
しかも、本来であれば褒賞モノという所、英雄費に振り替えている。この位の贅沢であれば、陛下もお許し下さるだろうと思う。
「では……こ、このナリア材で」
「はい、かしこまりました! ナリア材ですと対魔力表面処理をしますので多少テカリが出ますが宜しいですか?」
「テカリなら……この木の色が素敵なので、テカリがあっても大丈夫です」
フェリクシアさんは、元々お望みの物があっても遠慮してたらしい。俺が言うなりすぐナリア材というのを選んでいた。
遠慮なんてしなくて良いのにな……フェリクシアさんも俺の屋敷で住むんだから、住みやすい様にして欲しいし。
さて問題はテーブルだ。こればかりは親方の言う事を聞かないと話にならない。
「バルトリアさん。俺の屋敷でテーブルに使えそうな材質って、どんなですか?」
「……ミール材でなければ、話にならんだろうな」
「ミール材」
「ああ。俗に世界樹とも言うが、エルフの崇拝する巨木の落木から削り出した物だ」
で、出た世界樹っ! 異世界の定番!!
何故か知らないが、無性に心の中が踊り、盛り上がる自分がいるっ!
「その世界樹のっ、落木はっ、在庫はっ、あるんですかっ?」
「いや、ミール材に限っては、エルフの長との協定で、在庫が出来ない事になっている。世界樹に知り合いでもいるのか? 英雄殿。随分と興奮しているようだが」
「あ、いや……何でも無いです」
指摘されて初めて、俺が変に盛り上がってしまっている事を自分で気付けた。
「在庫は無い、となると……エルフの里みたいな所に取りに行くんですか?」
「そうだな。もう少しするとエルフの交易隊が来る季節だ。それまで待ってもらえるか?」
「それは勿論。個々人の部屋の家具の方が俺としては優先なので。リビングは後々でも」
「そうか。となると、木材の仕入れに2ヶ月、加工に半年は見てくれ。その間、代わりになるテーブルはこちらで貸し出す」
ん? なんか、車検の時に代車出しますかみたいな話だな。
まぁ俺は運転出来ないので話に聞く程度の事だが。
「リビングテーブルの、貸し出しがあるんですか?」
「ああ。どうしてもリビングに置く物は大きいし細かい細工をするのも多い。
かと言って、客を待たせてリビングががらんどうと言う訳には行かないからな。貸し出しをしている」
まぁ確かに……あのだだっ広いリビングに机が無いと、揃って食事とかも出来ないしな。
「じゃすいません、テーブルの貸し出しをお願いします」
「分かった。貸し出しのテーブルは、実用重視で飾り気は無いからな、そこは勘弁してくれ」
と、親方が腰の道具下げからメモを取り出して、何やらサラサラとペンを走らせている。
「これを、貴族街の出店の店番に渡してくれ。頼りなさげな奴だが、身体強化が上手くてな。物を運ぶには適した人材だ」
なるほど、あの出店は臨時の貸し出し物品の倉庫も兼ねているのか。
そりゃ臨時用であれば、ヒューさんが全部ダメ出しするのも納得だ。
「後は、まだ個人の部屋の机とか椅子とか。この辺りはオーダーで無くても良いんですが、あります?」
「うちで揃わない家具は無いぞ。既製品並の物であれば、今回はサービスで付けてやるよ。無礼の詫びも兼ねてな」
「無礼だなんて、俺気にしてないですよ。正当な対価は、正当にとって下さいよ」
「いや。元々オーダーでベッド3台にリビングテーブルまで頼んでくれる様なお客人には、その位のサービスはあるってことだ」
そ……ういうものなのか?
ローリスの商習慣が分からないので何とも……答えに窮した。
「既製品並の品物には、値札が付けてある。値札が付いている品物であれば、必要な数だけ持って行ってくれて構わない」
「あ、ありがとうございます」
何だか凄く得した……というか、バルトリア親方とこの工房が損している様な気もするが、お言葉に甘えることにした。
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