第37話 アリアさんにお屋敷披露。そしていざ家具屋さんへ。
ヒューさんの「青春ですな」の後すぐに、フェリクシアさんが来て一言だけ告げていった。
「先方への確認、完了致しました。いつでもご来店下さい、との事です」
「そうか」
ヒューさんもシンプルなもので、それだけの返答を返した。
ヒューさんとフェリクシアさんは、互いに軽く頷く程度であった。
「シューッヘ様、それでは我々も参りますか」
「あのヒューさん、家具屋さんの場所ってどの辺りですか? 屋敷から離れますか」
俺の懸念。アリアさんが先に「屋敷」に行ってしまったので、合流しないといけない。
俺の言葉にヒューさんが答えた。
「いえ、王宮から行けば、お屋敷の前の道を奥へと進み、行き着いた所を一本入った所に、工房の出店がございます、そちらへ参ります」
ここから屋敷経由でもって家具屋さんには行けるらしい。
風を通しに行ってくれたアリアさんも回収出来そうだ。
「良かった。じゃ行きましょう、ヒューさん」
「はい、参りましょう」
俺とヒューさんは、揃ってヒューさんの部屋を後にして、まずはお屋敷目指して王城からの下り坂を下った。
***
「シューッヘ君っ、この家凄い! ここの魔導空調機、最新鋭の理論がもう実装されてて、風の循環だけじゃなくて内壁の」
「アリア、興奮するのは分かるが、シューッヘ様がポカンとしておみえだぞ」
「あ、ご、ごめんシューッヘ君」
俺が入口のドアをノックしたら、アリアさんが興奮気味に出てきて、この調子だ。
アリアさんの元気そうに語る姿は見ていて気持ち良いものなんだが……
内容がまるでついて行けなさそうな上、アリアさんは半分興奮状態。俺はちょっとだけ、ごく軽く、引いていた。
「その……シューッヘ君、呆れてる? あたし、機械って凄く好きで、つい……」
「機械、好きなんだ、アリアさんって」
「うん、魔法と機械の融合って、凄く素敵じゃない? 魔法だけだと、どうしても細かい所が抜けちゃうし……」
「俺の元いた世界だと、魔法が無い分、全部機械でやってたよ。昔の仕組みだと、水を沸騰させた蒸気で、重い車を動かす蒸気機関とか」
「水を? 車を?」
「うん。でもそれはかなり古くて、今の時代だとガソリンってのを使ってたし、もっと未来っぽいのだと、水素を燃やしたり」
「がそりん? すいそ??」
「うん、ちょっと飛躍し過ぎちゃったね」
アリアさんが無邪気に機械が好きだと言うので、つい俺もいじわるがしたくなってしまった。
ガソリンなんて、石油、つまり恐竜の化石が有効利用されて初めて出てくる話だし、水素燃料なんて科学も化学も知識が無いとどうしようもない。
この国に来てから、少なくとも俺はこの国に化学は無いように思ったので、敢えて分からないだろうと思いながら単語を並べた。
「つまりシューッヘ君のいた、二フォンって国では、機械がいっぱいあった、ってこと?」
「うん。日本だけで無く、世界中。でも、どの機械も、大体外側はそんな機械と思わせない外装があったから。車とか、物燃やしてるとは思えないし」
「ふーん、機械なのに、敢えて機械っぽい所は隠すんだ。もったいない気がする」
「うーんどうなんだろ。機械っぽいのが格好いい、って考え方も、一部にはあったと思うけどね」
俺が思い出したのは、腕時計だ。内部の構造がスケルトンになってて見える、自動巻きの腕時計。
アレは俺も少し憧れた事はあった。アレなんてアリアさんの言う「機械っぽい」のだけど、確かに格好いいと感じさせるものがある。
この国では腕時計って物自体が無いらしい。俺もこの世界に飛ぶ事になった日は、丁度腕時計、忘れてった日だったんだよな。
持ってきてれば、25時間が1日のこの世界では実用にはならないにしても、面白い土産にはなったと思うんだが。
「機械と言えばシューッヘ様、イリアドームは、機械と魔法を高度に融合させた建造物にございますぞ」
「あぁ、確かに。俺が見ただけでも、魔法と使用者に反応して開く自動ドアとか、アレなんて魔法だけじゃないでしょうしね」
イリアドームか。そう言えばメイドさん達の特別教練も、うやむやになって終わってしまった。
俺がこの魔法の世界で生きていく上で、結構大切になりそうだから期待してたんだが……
今の、アルファさんだったフェリクシアさんを抱えたパーティーだと、フェリクシアさんの心情を考えると、教練は難しい。
「アリア、フェリクシア殿は?」
「先に行ってるって。だから向こうで合流出来ると思います」
「そうか。ではここに長居する必要も無いな。魔導空調も作動させたので、後で屋敷に入る頃には、快適になっていることでしょう」
「じゃ、目的地に直行しますか」
屋敷の外扉を出て、歩いて行く。
屋敷前の道は一直線で、歩き進めていくと、右手にはお屋敷が並び、左側にはお屋敷と店舗が入り交じった様な建物が並ぶ。
「ヒューさん、お屋敷の向かいの商店って、主に何屋さんですか?」
そう。貴族街だからなのか、パッと見で商店と分からない様になっている。看板なんて無い。
異世界定番の、剣と盾のロゴで武器・防具屋とか、そういうハッキリしたサインみたいな物が無いのだ。故に、何屋さんかまるで不明だ。
因みに、この国・この世界にそういうのが無い訳では無い。
アリアさんが所属していた生活者ギルドには、デカデカとフライパンとナイフとフォークが並んだロゴがあった。
「業種は色々ございます。家具工房の様に、屋敷の什器を扱う店もあれば、酒や食べ物を扱う店もございます」
「あぁ……そう言えばあそこの家の正面の酒屋さんは、先日行きましたね、女神様への供物のお酒を」
「はい。あの店は、酒と少々の肴、主に乾物ですが、それらを扱います。貴族諸氏の酒を担う店にございますが、パーティー等での大量発注も受けております」
「これ、全部覚えないと何の店か分からないパターンですか、ヒューさん」
俺がそう言うと、数歩先を歩いていたヒューさんが振り向いた。
「実を申し上げると、屋根と壁の間の三角形内にエンブレムがございまして、それが業種を示しております」
「へっ? 何処です?」
「こちらの店は、ちょうどひさしの下側に、あちらはもう少し上辺りの、屋根寄りにございます」
言われて屋根と壁とまじまじ見てみる。屋根の端、破風って言ったっけ? その部分を目で追っていくと、その下に小さな四角いタイルが1枚ある。
しかもそれは、必ず1つの建物の屋根の下の何処かに、1つある。ふと振り返って貴族屋敷を見ると、そちらにはその様な物は無い。
酒屋のエンブレムマークは、木製のビアジョッキの様だ。その横の建物には、針と糸玉の意匠のエンブレムがある。
「商業建物については、エンブレムを掲示する事が義務としてございます。ただ、景観保護の目的で、貴族街内の商店では、限りなく表示は小さくしております」
なるほど、言われて初めて気付く程に、非常に小さい。
建物によっては、3階建て位の大きな建物の屋根の下とかなので、簡単に見つかる、という訳でも無い。
小さすぎて離れると見えない。これエンブレムとしての意味があるのか?
「貴族街に近い商店は、皆このような表示ですので、やはり覚えた方が早いですな」
「はぁー、行きつけのお店とか出来るまでは、結構大変かも知れないですねこれだと」
「わたしも貴族街の全ての商店を把握しておる訳では無いので、調べない事には何とも」
ヒューさんですら、細かい店は分からないらしい。
大きな店は、3階建てのそれがここら付近では最大の様だ。小さな店となると、1階建て。狭そうな店も、広い店も、混在だ。
いずれにも共通することは、ショーウィンドウの様な物は無く外壁。だから余計、入りづらいし見ただけで何屋か分からない。
「まぁシューッヘ様がお店を訪れなさる事はそれ程多くはないと存じます。貴族が呼べば、店の者が来ますので」
「あ、そういうものですか」
「そういうものです」
なるほど。いちいち出向かなくても、買い物は済んでしまう仕組みか。
「この店などは、老舗の貴族専用の宝飾品類の店ですな。シューッヘ様もいずれお世話になる事でしょう」
「ん……それは、ア、リアさんの、事ですか?」
言っててぎこちない。どうにもアリアさんの事を意識すると、俺はまだこんな調子だ。
「さあ? その様に思われるのでしたら、そうかも知れませぬな」
「あー、ヒューさんシューッヘ君にいじわるしちゃダメですよー」
アリアさんが素早く俺のフォローに入ってくれる。
けれど、そのアリアさんの後ろ姿でその気持ちは分かってしまう。耳が赤いからだ。
俺もアリアさんも、青春真っ盛りと言ったところなのだろうか、ヒューさんからすれば。
「まぁまぁ……あの角を曲がって下りたすぐのところに、工房の出店がございます」
言ったヒューさんはスタスタと行ってしまった。うーん、さすが老獪なだけある。
俺とアリアさんは思わず向き合った。アリアさんは若干気まずそうに視線を下げて切った。
アリアさんも、なんだかんだで結構分かりやすい性格なのかも知れない。少し安堵出来る気がしてくる。
言われた角を曲がって、そこにある階段を下りる。正面には、横に大きな建物があった。
「ノガゥア卿」
「あ、フェリクシアさん。お疲れ様です」
「いえ、仕事ですので」
フェリクシアさんの様子は相変わらずである。事務的な口調なんだが、視線は柔らかく、軽い笑みも見える。
あまり俺がフェリクシアさんに気を取られると、心中穏やかでない人を連れているので、フェリクシアさんからはすぐ目をそらす。
「なんとヒュー閣下までおでましとは。此度はノガゥア卿のお屋敷に入れる家具、と伺っておりますが」
店の、店主と言うには少々軽い雰囲気の男性が言った。終始ペコペコしている。
「今日は、シューッヘ様のお屋敷家具についてだ。店主は工房の方か?」
「はい、店主はほとんど工房に籠もりきりでございまして、大変失礼を致しております」
ほう、やっぱりこの男性は店主では無いか。変にペコペコしてて、軽い雰囲気だとは思っていたが。
「ひとまず、この出店の家具を見せてもらうぞ」
「はい、どうぞご自由に」
と、その軽い男性が、何度もペコペコしながら扉を開けた。
入って良いらしいので、男性を気にせず中に入る。そこには、リビング類の家具が並んでいた。
「へぇー……このリビングテーブル、良い艶がありますね」
「このグレードですと、シューッヘ様のお屋敷には似つかわしくないかと存じます」
このクラスでも、一目でNGか。見た感じ、日本の家具屋さんだったら、確実にすごい値段になりそうなんだが……
「じゃあこれは? 組み木細工の模様がとっても綺麗ですよ?」
「リビングテーブルはその家屋敷の顔でございます。この程度では……」
んん、ヒューさんの目指す方向が分からない。
俺の中では、この組み木の天板のテーブルなんて、日本でも手に入らない『高嶺の花』にしか思えないんだが……
「ヒューさんが合格と思う家具って、例えばどれです?」
「ここにはございませんな。ここにある物は全て、まず使っている木があまりに一般的です」
と、ここから蕩々(とうとう)と、ヒューさんの家具講座が始まった。
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