第35話 食いしん坊さんなアリアさんにお灸が据えられました。
「ほへひゃぁ、ふゅっへふんのおおへきあ、むぃとへへふへなはっはほ?」
「アリアさん、口いっぱい頬張りながらしゃべると聞き取れないって」
思わず苦笑いが出てしまう。
前にもこんなことあったな確か。その時はまだ短文だったから想像ついた様な覚えがあるが。
「ん、んんー……んぐ。シューッヘ君のさ、功績よ功績。認められなかった、ってこと?」
「いや、功績は認められたのは間違いなくて、寧ろ俺が褒賞を断った感じかな」
俺とアリアさん。横並びに座る。アリアさんの正面にはフェリクシアさん、俺の正面にはヒューさん。
ヒューさんにしろフェリクシアさんにしろ、頬張りながら話す、という事は無い。アリアさんの個性だ。
「アリア。シューッヘ様の前で、その様ながっついた食べ方をするのはみっともないぞ」
「あ、ご、ごめんなさい。ギルド時代の習慣が抜けなくて……」
ちょこっと、アリアさんの頬が赤くなる。
「そう言えばさ、その褒賞として、王家御用達の家具屋さんを紹介してもらったんだ。だから、この後で家具屋さん行こうかなって。みんなで。どう?」
「わっ、素敵。まだあたし、自分の部屋をどうするかとか、全然考えてないのよね。シューッヘ君のお屋敷の話も又聞きだけだし」
「そうだったね。アリアさんにも住んでもらう訳だから、部屋割とか、希望も聞かないとね。フェリクシアさんもだよ?」
「え? 私も、ですか?」
ちょっと意外そうな顔をするフェリクシアさん。
「そう。フェリクシアさんの事は、住み込みのメイドさんとして雇うつもりでいる。それだと不都合、あるかな?」
「いえ、不都合はございませんが……アリアさんとの、その……お邪魔ではございませんか?」
「一応、メイドさんの私室と仕事場とで、2部屋を1階に確保するつもり。俺とアリアさんは2階って考えてる。仕事場はキッチン兼だけどね」
「あ……それならば、そこまでお邪魔をする事は、無いでしょうか……」
「フェリク、別にあたしは良いわよ? シューッヘ君はこのパーティーみんなのものだから。フェリクが寝取ったら、寝取り返すまで!」
「そのつもりは、特に無いのですが……」
フェリクシアさんが少々困り顔である。
まぁ、そもそも意識してない男についての寝取り返し宣言までされては、こういう複雑な表情になるのも仕方ないか。
「アリアさん、俺が好きなのはアリアさんで、それは変わらないから。そんな熱くならないで、ね?」
「あ、うん……ごめん」
「いや俺としては嬉しい部分もあるけど……」
「いやはや、若い者ならではの淡い青春にあてられると、端から見ているこちらまでハラハラ致しますな」
ここまで黙っていたヒューさんが、ふと一言、しっかりした口調で挟んできた。
俺だってそもそも、公衆の面前になるこの食堂でいちゃラブするつもりは無いのだが……うーむ、これも青春という括りになるのか。
アレだな。話を変えてしまおう。
「ヒューさん。御用達の家具屋については知ってますか?」
「はい。有名な老舗でございますが、会員制の様なもので、一般の受注を受けない店にございます」
「となると、そのお店に話が入ってれば、見学とかも出来る、って感じですかね」
「そうですな。確認をせずに出向くと、話の行き違いで門前払いをされるかも知れませぬ」
ふと、フェリクシアさんが小さく挙手をする。
「でしたら私が、使いとして話を伺って参りましょうか」
おお、それはありがたい。
俺が行くには場所がまるっきり検討付かないし、ヒューさんが行くと大ごとになりそうな予感しかしない。
「フェリクシアさんになら、任せられますね。お願いします」
「はい、かしこまりました」
俺とフェリクシアさんが互いに頷く。
ん? 何か視線が……
「……」
う゛。
アリアさんの視線が怖いんだが。
いや別にこれは、メイドさんという家付きの人に、ノガゥア家としての使いを頼んでるだけなんだけど……
「アリア。いちいちその様な睨め付ける様な視線を飛ばすでない。品が無い事この上ない」
「す、すいません……」
わお。あのアリアさんが、しゅんと下を向いた。
アリアさんにとってヒューさんは、ちょっとした弱点の様になっている。さすが養親、とか思ってしまう。
ただその辺り実際はどういう感じなんだろうな。親代わり、位の感覚なのだろうか。養親ってのは、俺にはちょっとだけ縁遠い。
「シューッヘ様。お食事が済まれましたら、わたしの部屋にお寄り下さい。屋敷の図面を用意しておきます」
「あ、助かります。家具は寸法が、ねぇ」
「シューッヘ君、今日で全部家具決めちゃうの?」
「そういう訳じゃないけど、王様の話だとオーダーメイドとかも出来るらしいんだ。
そしたら、ピッタリのを作ってもらうのに時間掛かるから、早い方が良いかな、とかは思うよ」
俺とアリアさんが話していると、ヒューさんとフェリクシアさんは揃って席を立った。
「ノガゥア卿。ヒュー閣下から場所を伺ってから参ります、後ほど閣下のお部屋に集合で宜しいですか」
「あ、はい。ヒューさんさえ良ければ」
「わたしは構いませんので、アリア共々、ごゆっくりなさって下され」
では、と言って、ヒューさんが食器の返却口へと歩いていく。
フェリクシアさんがヒューさんのトレーも受け取って、ささっと返している。うん、フェリクシアさんは素早い。
アリアさんは……あれ、さっきまでの勢いがちょっと無いな。
「アリアさん、何か気になる事でもあった? 何だかちょっと元気無く見えるよ」
「うん、あたしさ。ヒューさんにも言われちゃう位、やっぱり嫉妬深いのかなぁって」
「う、うーん……」
嫉妬深いか否か。比較する相手を今まで持ち合わせて来なかった俺には、到底及ばない命題だ。
「俺自身は嫉妬についてはよく分からないけど、フェリクシアさんはアリアさんのライバルとかでは無いよ?」
「うん、言われればそう思えたりもするんだけど……シューッヘ君とフェリクが話してるの見ると、何だか……」
アリアさんの皿の中のハンバーグ的なお肉が、フォークでグサグサ刺されてバラバラになっていく。
「気持ちが分かる、なんて事は俺には言えないけど……女性であれば、そういう人もいるのかなとは、思うよ」
「シューッヘ君の横に、こんな嫉妬深い女がいたりすると、迷惑……かなぁ」
「迷惑では無いけど、パーティーメンバーに嫉妬をされると、色々不都合はあるかな、やっぱり」
これくらいが俺の出せる回答のせいぜいだ。男女の機微なんて、そもそも俺にとって遠かった話なんだから。
「もしかするとさ、これからも、仲間は増えるかも知れないじゃない?」
「そうだね。今のところはこのメンバーだけど」
「その、新しいメンバーに、シューッヘ君が目移りしちゃうんじゃないかって、あたし……いつも怯えてるのよ」
突然の告白に、俺は正直戸惑った。
目の前でハンバーグがどんどんバラバラに砕かれていく様を見ていると、アリアさんの気持ちが現れている様にも思えてきて、掛ける言葉に困ってしまう。
「フェリクの事もそう。今はまだあたしの事を見てくれてても、フェリクの方が若いし、才能もあるし……」
「俺、別に年齢とか才能とか、そういう人の見方はしてないよ? アリアさんがアリアさんだから、俺は見てる」
「そ、そっか……あたしがあたしだから、そっか……」
アリアさんのハンバーグをつつく手が止まった。ここはもう一押し、安心してもらいたいところ。
「俺が見初めた人だからさ、アリアさんは。たとえアリアさんが、嫉妬深かろうが何だろうが、俺はアリアさん一筋だから」
ちょっとありきたりでクサいかな、とか思ったが、アリアさんの反応は良い様だった。
もっとも、ハンバーグは更にザクザクザクと、にんまりしたアリアさんにバラバラにされてしまってはいるが。
「スプーンでも持ってこようかアリアさん、ハンバーグがバラバラで食べづらそう」
「えっ? あっ! やっちゃった……」
ちょっと困り顔のアリアさん。俺は席を立ち近くの食器置き場からスプーンを1つ持ち出してきた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、シューッヘ君」
アリアさんはバラバラになったおかずのハンバーグを、スプーンですくって食べている。
どうも、気持ちが先行すると目の前の何かへの注意がおろそかになるのかも知れない。
今日はハンバーグだったから別に問題は無いけれど、もし言葉巧みに近付いてくる人がいたら、内心がダダ漏れだな。今は良いんだが……
「アリアさんはどんな家具が欲しいかな、俺女性の部屋の用意とか、よく分からなくてさ」
「んー、鏡台は欲しいかな。出来れば魔導照明付きの。高級だから庶民には厳しいんだけどね」
「魔導照明付きの鏡台?」
俺の頭の中には、どこに照明が付く物かの想像が及ばない。
「もしあればなんだけど、髪を整えたりするのにも結構便利なの。顔も明るく見えるし」
「魔導照明付き……もし無ければ作ってもらえば良いだけの話にはなるよ、今回の家具屋さん、オーダーメイド対応だから」
「わっ、そっか。何でも言いたい様に言えちゃうんだ……リッチだなぁ」
アリアさんの表情は、良い意味でも悪い意味でも比較的分かりやすい。
元から分かりやすい部分もあったが、先日のウィッグ告白以来、更に分かりやすくなった。
心を開いてくれているからだと思うけども、俺には時として処理しきれない情報が伴うのはちょっとだけ厳しかったりする。
正直、嫉妬心とか、俺自身が抱いた事が無いリア充仕様の心持ちなど、俺では処理が付かない。
いや……俺は俺で結構嫉妬深いのかも知れないのを、単に気付いていないだけかも知れないが。
「シューッヘ君のおうちに住むんだ、あたし……」
独り言の様に言うアリアさんの頬がちょっと色づく。うーん、これは何を想像してるのか、俺には分からない。
いずれにしても、家具を入れないとあの家はがらんどうだから、住めない。
配送とかも含めて、何日も掛かるだろうから、俺の王宮住まいはまだ終わるようで終わらないな。
俺はパクパクと手早くご飯を食べてしまって、立ち上がった。
「俺、ちょっとヒューさんと話したい事があるから、アリアさんも後でヒューさんの所に来てね」
「あ、うん。分かったわ」
この家具入れが、あんなにもトラブるとは、この時の俺に知る由は無かった。
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