第34話 女神様の落とし所 ~これから国王陛下は薬酒作りに懸命になるだろう事~
俺が神託を頂いていると、ちょっと離れた所にいたヒューさんが突然「ははっ!」と叫んだ。
神託というか、女神様のお言葉はヒューさんにも聞こえる。離れすぎると聞こえない模様だが、今回は全部聞こえる距離だろう。
ヒューさんが、陛下とワントガルド宰相閣下が跪く横に駆け寄ると、こそこそっと何かを伝えた。
陛下は、ちょっと難しい顔をされ、ワントガルド宰相閣下は少しハラハラしている様な顔になった。
「と、ともかく女神様のお怒りは解けた、と見て良いかシューッヘ」
王様の声に、かなり迷いと言うか、困惑の色がハッキリ出ている。堂々となされていたさっきまでとは随分と違う。
(女神様、まだ怒ってみえますか?)
『んー、当人達も反省はした様だしね。上質なお酒と、この薬草水も良いわ。薬草酒にしたらもっと美味しく頂けそうね』
女神様の声が弾んでいる。御機嫌は良い、確定。
「もうお怒りでは無いですね。あと、薬草は薬草酒にされた方が更にウケは良さそうです」
「薬草酒か。分かった、これはワシが自ら漬けた方が良いか、シューッヘ」
王様の手作り。何だかそれだけでも希少価値は出そうだな。
女神様への供物、という事になると……
「正直分かりませんが、陛下が御自ら女神様への供物をお作りになる時、心が籠もれば最高、という所でしょうか」
「心を籠めた供物の方が、やはりサンタ=ペルナ様は好まれるものであるか」
「少なくとも、俺の知る範囲では、そうです。でも品物自体の比率の方が大きい気もしますが」
女神様は、ヒューさんのメダルの件でも明らかだが、そこに籠もる人間の心もまた、ご覧になる方だ。
とは言え、酒にしても上等な物はとても喜ばれる。もっとも、そうで無い物だとお怒り、という訳では無く、上等だとプラスアルファ、喜んで頂ける、という感じだ。
ただそれも、『陛下』が『町場の安酒』を持ってきたら、話は別かも知れない。
あまりにケチる気持ちが先行すれば、お怒りを買っても不思議では無い。
「シューッヘ。供物の儀をもってすべきか、お前さんを毎回呼び出すべきか?」
「どうなんでしょう……供物の儀だと届きにくいみたいな話でしたけど、伺ってみますね」
(女神様。供物の儀だと届かないって、何か術式自体に問題がありますか?)
『あるわよ。かなりややこしいからここを変えて、って感じでは言いづらいんだけどね。シューッヘくんを呼びたくなければヒューでも良いわよ。受け取るわ』
(了解です女神様。……3,000年ぶり、ですか、定期的なお供え物が確保出来そうな感じは)
『あら、よく分かってるじゃない。レリクィア教会からの供物はあったけれど、いつもパンと水だけだったからね。これからは期待出来て嬉しいわ』
「王様、別に俺で無くて、ヒューさんで大丈夫だそうです。ヒューさんであれば国家重鎮ですし、王様と頻回に接触しても問題無いのでは、と思いますが……」
「そうだな。どうしてもシューッヘとあまり頻回に会うと、それだけで嫉妬を抱く貴族も多いからな、避けたかったのだ」
「お心遣いありがとうございます。あ、もう概ね女神様との対話も終わったので、玉座にお戻りください、王様」
陛下は、そうか、と応えられてきびすを返し、玉座へと歩いて行かれた。
マントがそうさせるのか分からないが、後ろ姿の方が更に威厳がある様にも思える。少しブラウンの髪もまた、後ろの方がキリッとしている。
「そう言えば主題が途中であったな、魔導水晶の話だ」
言われて思い出した。いきなり逆賊退治で魔法を使う事になったが……やはり殺人もまた、慣れるものなのか。人間として、少し複雑な感情だ。
「シューッヘは、これを要らぬと言う。これ一つ持っていけば、他国へ渡り歩くにしろ良い土産になろう。無論ローリスとしては損害だが」
「何故そう仰るかは分かりませんが、俺にはローリスに、かけがえのない仲間と……その、大切な人がいます。なのでローリスから離れるつもりはありません」
「そうか。ローリスの『人』が英雄をここにつなぎ留めてくれたか。我ながら、良い臣民に恵まれたものだ」
この騒動が起きる前の、柔和な王様に戻っている。
ちょっと気性のアップダウンが激しめかな、この王様は。俺にとっては問題はないが。
「となると、何か変わるもので褒賞を2つ与える事になるが、何が望みだ。もし今胸の内にあれば、正直に申してみよ」
陛下も御機嫌は良い様だ。さっき機嫌を損ねた時はどうなるかと思ったが。
今なら、少しだけわがままを言っても通りそうだ。ちょっと自分勝手だが、言ってみても損は無いな。
「ありがとうございます。1つはあります。随分都合の良いお願いにはなるんですが……」
「国王の命を救った事、国の経済を爆発的に豊かにする起爆剤を得た事、いずれも一級の褒賞に当たる。何でも申すが良い」
「あの……出来れば今の、『英雄費』で色々決済してるままを維持したいんです。屋敷とか、もう少し大きい買い物であっても。これから家具とかも揃えるんですが……」
「英雄費の拡充か。もとより英雄費を削る予定は無かったが、いずれ明文化して、シューッヘの顔だけで全ての買い物が決済出来るようにする事を約そう」
おぉ顔パス。今日明日の話では無いにせよ、これは楽で良い。
うーんもっとも、それを商店の人はいちいち王宮に申請とかするのか。
これはこれで面倒な事をローリスの人たちにさせてしまうなぁ。俺ばかり得している。
まぁ今日は、俺が褒められる時だ。あまり深く考えないようにしよう。
「それは助かります、王様。もう一つ……パッと思いつくのは、家具屋さんですね」
「家具屋? それはまたどうして?」
「まだ何件も巡ってないんですけれど、あまり良い感じの家具の扱いが無くて、せっかくのお屋敷に置く物が揃わなくて」
「その程度はおまけで構わんが、王室御用達の家具屋を紹介しよう。オーダーメイドもやってくれる良い店だ。それ以外に望むものはあるか?」
更にと言われて、改めて考える。
そう言えば望む云々より寧ろ、王様にお礼をしていなかった。
「陛下」
「む? 改まって、どうした」
「陛下の御慈悲のお陰様で、俺のパーティーメンバーであるフェリクシアさんが助かりました。本当に深く、深くお礼を申し上げます」
「まぁ、そこはワシもお前に、魔導水晶をせっついたからな。どっちもどっちであろう。その上でワシは魔導水晶を得ておるのだぞ?」
「結果としてどっちもどっちかも知れませんが、魔導水晶があの位置、100番坑道手前の、簡単に得られる位置にあったのは全く偶然です。
ですので、フェリクシアさんの件と魔導水晶発見の件で、ひとまず全て棒引き、という事では如何でしょう」
そう。間違えても、これ以上爵位が上がるとか、統治の必要がある領地が増えるとか、実に勘弁なのだ。
俺としては、あの便利そうな屋敷に早く住める程度の家具を入れて、あれこれ中をいじってみたい。
そして、アリアさんとゆっくり暮らせれば、俺としてはそれで満足。勿論英雄として求められる仕事はするけれど。
「うーむ。シューッヘの功績が、一人の助命嘆願の受諾でチャラとはなぁ。少々軽いと思うが、ワントガルド、どう思う」
「はっ。確かにバランスとしては失しておりますが、その限りに於いては王国に寄与する事はあれど損失はございません。それで宜しいかと存じます」
「そうか。此度の英雄殿は随分と謙虚であるな。英雄費は、思う存分自由に使うが良い。何らの不足もさせぬ事を約する」
「ありがとうございます」
俺は陛下に膝を折り、改めて深く頭を下げた。
***
謁見の間から下がって、ヒューさんの部屋。
「いやしかし、女神様の『挑んでくる者は滅ぼす』って感じのご意志が徹底してますよね。まさか城までお揺らしになるとは」
「全くにございますな。さすがサンタ=ペルナ様、とも思いますが」
至って平常モードに戻った俺に、ヒューさんがお茶を用意してくれている。
俺が言うのも何だが、ヒューさんもメイドの一人位付いててもおかしくなさそうな身分に思えるんだが、ヒューさんの周りにそういう影は無い。
とか思ってる内に、お茶が手元に届いた。ヒューさんもソファーに腰を下ろす。
「城の警備に確認致しましたが、やはりシューッヘ様の思われた通り、城だけが揺れていたそうでございます」
「やっぱり。女神様がパンパン叩くって言った時はどういう表現なのかなと思ったんですが」
リアルに実行。それがサンタ=ペルナ様という女神様なのだ。非常にストレートである。
「けが人とかは出てないですか?」
「警備が知る限りでは、けが人はいないそうです。また揺れは、どうも地層階より上階の方が激しかったようです」
「そりゃまた念の入った選択的地震だなぁ……女神様の御力は底が知れないや」
お茶に手を付ける。ヒューさんの部屋のお茶も、4階のカフェに負けない風味があり、実に美味い。
「それにしてもシューッヘ様。宜しかったのですか、褒賞をほとんど得ておりませんが」
「へっ?」
と……言われてもな。
そもそも俺が知る褒賞と言うと、爵位か領地か、後は名誉的なメダルくらい。
他に褒賞の種類があるのなら考えたかも知れないが、取りあえず俺はよく知らない。
「俺としては、英雄費の拡充が通っただけで十二分に満足してますよ?」
「確かに、個人で幸せにお暮らしになる限りで言えば、経済の問題が解決するのは大きいですな」
ヒューさんの言い方が、ちょっと何か示唆的だ。個人で、というところに引っかかりがある感じ。
「俺って、個人の暮らし方以上に何か要求されたりしますか、やっぱり、英雄だと」
「どうでしょうな。今のところ陛下も、新たに大型の魔導水晶が手に入った事実に浮かされておいでですが、先になれば英雄職を用いての外交などもあるかと思います」
「外交。俺がオーフェンの王様に会ったりとか、そういう事ですか?」
「シューッヘ様のご存じの範囲ですとそういう事です。オーフェンのみならず、エルクレアもまた、重要な外交先となるでしょう」
外交かぁ。俺が外交団の目玉になる感じで、ローリス以外の国を回るの?
「外交って……図書館の本で何とかなりますか」
俺の声には、我ながら覇気が無かった。うん、自信も無いので仕方ないことだ。
「外交ばかりは、相手が今の今生きておる生き物にございますので……外交儀礼、各国の文化差違程度であれば本でも学べますが」
「う、うーん……いざ外交をどうこうと言われたら、俺ヒューさんを思いっきり頼りますよ? 国の代表みたいなの、俺には到底」
「まぁ、存外なさってみると属性がおありかも知れません。新しい事柄ですし、まだ決まった訳でもございませんので、気に病まれる事は無いかと」
「うーん。確かに王様の立場に立ってみれば、英雄を抱えて英雄費をどんどん食われて、使えないコマではどうしようもない、ですよねぇ」
魔導水晶1つの対価がどれ位になるか想像も付かないが、いずれその価値位は、俺が英雄費で使ってしまうだろう。
幾ら陛下が「英雄費を削るつもりは無かった」と、元々その点は考えていて下さったにせよ、あまりに貸しばかり作っても申し訳ない。
「もし外交含め他の事をお避けになりたいのであれば、魔導水晶をどんどん掘り出す、というのも手かと存じます。
今のところ、陛下もご覧になった上で『模倣は難しい』と確認をして下さいましたシューッヘ様の独自手段が手元にございます。
いずれ情報が漏れ、模倣されたとしても、シューッヘ様のオリジナルに敵う程の魔法はまず無理だと、わたしも思います」
うーん。さっきから唸ってばっかりだな俺。
しかし本当に、困ると言えば困る。ここまでは結構勢いで来てしまったが、改めて俺が何をすべきか、すべきで無いか。
考えるだけでも、かなり頭が痛くなってくる。ヒューさんの言う通り、専業で魔導水晶掘りに挑んだ方が気楽ですらある。
「魔導水晶専業かぁ。それはそれで、悪くない生き方なんでしょうね。鉱山でも居心地良く出来ますし」
「シューッヘ様ならではでしょうな。通常であれば、これでもかと汗だくになって土を掘る話です。わたしも今日は、さほど汗をかいておりません」
「んー……ヒューさん突然だけど。この後、みんなで家具観に行かないです? ちょっと気分転換したい」
俺の思いつきだったが、ヒューさんは頷いてくれた。
「それは良いですな。思い詰めた時は、まるで別の事をする方が、結果寧ろ良い思考が出来るというものです。それよりお昼はいかがされますか」
「あ、そういや少しおなかも空いてきたな。今は……もう15時か。結構長かったんだなぁ、謁見の間」
「では、アリアとフェリクシア殿にも声を掛けますか。家具も同じメンバーでの選定となりましょうし」
少しして、俺はアリアさん、フェリクシアさんと、王宮食堂で再会をした。
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