第33話 ローリス城、揺れる。 ~女神様も王様も気分屋~
結界を解いたらワントガルド宰相閣下は座り込んでいた。しかも、体育座りだ。何かあったのか?
結界内部自体は、俺自身も経験済みだ。一切音も光も入ってこない。多分陛下が叩いたのも、中には通ってないはず。
「ワントガルド、内部はどうであったか」
「完全に閉塞した空間にございました……陛下もお人が悪い」
「すまんな、苦手な者であればこそ、脱出経路も浮かぶ事と思ってな。内部からの脱出は出来そうだったか」
「いえ。全力で内側から叩き、また肩を叩き付けましたが、いずれも弾き返される様な感触でまるで手応えがございませんでした」
と、そこまで言ってワントガルド宰相閣下は立ち上がった。
座ってたのは、下の方の脱出経路なり、隙間なりを探していたのかな?
「シューッヘ殿。我は貴殿を恨むぞ」
えぇー突然何? ワントガルド宰相閣下から、『恨みます』発言を受けてしまった。
「シューッヘ。ワントガルドは閉所が大層苦手でな。多少の隙間なりあればまだ良いのだが、完全な密閉空間は、ワントガルドには禁忌だ」
「王様、それは先に言って頂かないと……」
「まぁ、本来であれば言うべき話なのだが、閉所に閉じられて必死になって脱出が出来るものなのか、知りたくてな」
「王様。それは本当にダメだと思います。俺が言うのは明らかに出過ぎた真似ですが……
この結界は女神様からの賜り物ですから、女神様の御力そのもの、絶対的な結界なんです。
出られる出られない以前に、女神様の御力に挑むのもまた、正直マズいです、女神様的に」
「その『女神様的に』とは、一体何を言いたい」
王様の機嫌を損ねたな。声がワントーン下がった。少しヒヤッとするが、言うべきは言わないと良くない。
「端的に言うと、サンタ=ペルナ様はその御力に対して挑んでくる人間を毛嫌いされます。罰されて当然、という姿勢です」
「……それだと、確かにシューッヘの言うとおりに、マズいな」
「私もマズい事をしましたな、幾ら閉じ込められてパニックだったとは言え」
閉所恐怖症の人をわざわざ閉所に叩き込むのは、それだけで相手にトラウマを刻みかねないダメな行為だ。人道的にダメ。
しかもそれが、内側からも外側からも、女神様の結界を試す行為。尚更ダメ。てか、女神様がお怒りになられかねない。極めてダメ。
俺風情が王様の行動や行為に意見するのは明らかに出しゃばりすぎだが、フェリクシアさんのアルファ時代の『光への挑発』で、女神様のお考えはよく分かった。
王様や宰相閣下を、場合によってはローリス自体を女神様のお怒りから守るためにも、言うべきは言わないと、それこそマズい。
「シューッヘ。女神様は今お怒りか? それを知る由はあるか?」
「伺ってみます。女神様、女神様……」
俺が声に出して呼びかけると、応答は即座だった。
『私の結界だと知った上で、よくもまぁ内外両面から破壊を試すとは、大変いい根性ね。ローリス城も同じようにパンパン叩いてあげましょうか』
ハッキリとした怒気が凄まじい。全部の語に、カッコ怒り、とか付けても合うほど、声が据わっちゃってる。
「えーと……かなり本気で怒っておられますね」
と、俺の後ろにヒューさんがやってくる。
出過ぎた真似だと叱られるかな。
「シューッヘ様、女神様のご性格を存じ上げぬ方に結界をお見せになるならば、ご警告も付けねば……」
「いやもっともなんですけど、王様にあれするなこれするなとか、言えないじゃないですか」
「それはそうではございますが……」
「おいヒュー、お前も女神様の御声が聞けると言っていたが、お怒りは如何ほどか」
「……今すぐ大量の供物のご用意をなさった方が宜しいかと、衷心より申し上げます」
この発言で事の深刻さを理解なさったらしく、5段の上で二人は顔を見合わせて、それから近付いて、何やら話している。
「これも出過ぎた事かも知れませんが王様、供物だとお酒とか、後は上等な薬草とかも喜ばれます」
「量より質、という雰囲気がございます。上質な物を、但し此度ばかりはたっぷりとご用意せねば、お怒りは解けぬものと……」
女神様の声が聞ける組が、こぞって供物の話でやいのやいの言ってしまった。
俺たちの言葉を聞くために振り返った顔には、どちらの顔にも汗が浮かんでいた。
うん、それ位焦って対処した方がベターなのは多分間違いない。
ローリス城パンパンとか、リアルに『神の手』とか知らんがそんな魔法で、物理的にパンパンされたら城なんて簡単にぶっ壊れる。
遠目からは、ちょっと青い顔している様にも見えるワントガルド宰相閣下が、近くにいる方の衛兵さんに声を飛ばした。
「衛兵、この遺体の始末は近衛隊に任せる。反逆者の遺体だ、相応に扱え。我らは供物の儀の支度をせねばならん」
俺はヒューさんと顔を見合わせた。
俺自身、既にかなり出しゃばりすぎなのは自覚している。王様の機嫌も一度損ねてもいる。
更に供物の儀ナシに俺が女神様にお届けできる事を言っても良いものかと、俺は悩んでいた。
ヒューさんの目を見ると、ヒューさん自身も迷っているようだ。難しい顔をして、イエスもノーも無い。
とその時だった。
床が、揺れた。
「ぬ?! こ、この国で地震が起こるとは?!」
ワントガルド宰相閣下は仰天した顔でしゃがんだ。揺れ自体は大きくなかったが……地震大国に17年いたから、慣れてるしなぁ。
宰相閣下の言葉からすると、ローリスで地震は珍しいのだろう。ただ、思う所がズレてなければ、今のは地震では無い。
「多分ですけど、揺れたのこのお城だけだと思います」
「何? どういう事だシューッヘ」
俺は少し迷ったが、さっき女神様が仰せになったお言葉を、王様にそのまま棒読みで伝えた。
「……と、そういう訳で、今のは女神様が仰る『パンパン』というのでは無いかと」
「いやしかし、女神様とは言えそんな事が出来よ、うおっまたもか」
グラグラっと、今度はもう少し強く揺れた。
地震じゃない。揺れ方が違う。縦揺れが一切無く横揺れのみ。しかも、その横揺れだけは変に強い。
女神様がリアルに城を摑んで揺さぶってる姿が、何となく浮かんでしまう。
俺の言葉というより女神様のお言葉に反発した陛下も、既にしゃがみ込んでいる。ヒューさんも、衛兵さんもだ。
そんな中、俺だけは立っているままだ。
いや別に俺の周りだけ揺れないとかじゃない。震度3いかない程度の、横だけの揺れ。日本人経験者としては、しゃがみ込むまでも無い。
「俺がこれ以上出しゃばるのは陛下としてはご気分が良くないとは思うんですが……
供物の儀だと、上手く受け取って頂けるか分からない部分があるような事を以前聞いた事があります。
俺から女神様に捧げれば、それが真っ当な捧げ物であれば、まず受け取って頂けます。それに……」
ここから先は、あくまで俺の推測なので、言うかどうか迷った。
女神様関連だと、俺とヒューさんしか実際を確認が出来ない。故に、陛下から疑われるのは理解出来る事だしなぁ。
「俺の勝手な推測ですが、女神様のご性格からすると、単位は日とか時間ではなく、分だと。それ位しか待っては下さらないと思います」
「そ、それでは供物の儀を用意することさえままならぬではないか」
ワントガルド宰相閣下の声が、かなり焦りを帯びた声になっていた。
それで良いと思う。ここは国家重鎮として、そして女神様への無礼を働いた張本人として、焦るべき場面だ。
「はい。だからこそ、今回ばかりは、思われる所は色々あるとは思いますが、俺から急ぎお捧げしないと間に合わないかな、と」
言ってるそばからまた揺れる。揺れは更に強く、これはさすがの元日本人な俺も立ってはいられない、しゃがんだ。
他の面々は……皆さん両手両足を床についている。いわゆる四つん這い状態だ。
「そろそろ、女神様的にもしびれが切れて来てるような気もします。揺れがどんどん増してる所から言って。
いざとなればさっきの結界でこの室内の人だけなら何とか守れそうですが、陛下と宰相閣下は、もしかすると結界から除外されるかも知れません」
「範囲を覆う結界から除外されるなど、あり得るのか?!」
「まぁ、女神様の結界ですから。女神様であれば、何でも出来るかと思いますよ」
ワントガルド宰相閣下の焦り倒した声たるや。対して俺は、あくまで冷静。地震って、慣れないと心身を煽られるんだよな。
陛下も四つん這いだが、何とか玉座に座り直しをされた。必死に、と言っては申し訳ないが、椅子の手を摑んでおられる。
「わ、ワントガルド! ワシの私室からあるったけの未開封の酒と、薬草酒と、とにかく持てるだけ持ってこい!」
「は、ははぁーっ!」
答えたワントガルド閣下、低く屈んだまま駆け出して、出てきた所へ一直線に駆け込んでいった。
「シュ、シューッヘ。酒と薬草酒と、お捧げすれば、この揺れは収まるか?!」
「正直分かりませんが……何もしないよりは遙かに良いのではと思います」
俺とて女神様の心の内が読める訳では無いので何とも言えない。
ここへ来て急に手のひら返したように女神様にすり寄る事で、場合によっては逆上なさるかも知れない。
あと謝罪だよな。どうやって伝えれば良い? 俺が頭を下げても、今回ばかりは意味なさそうな気もするし。
「王様。供物も大事ですが、女神様への謝意をお伝えする事も、同様以上に大切かと思います」
「謝意かっ、しかしこの地震の連続する中で、何をどうと言う事すら」
「では、一度女神様に、地震を止めて頂きます。そうすれば考えられますよね」
俺はそう言って、女神様に祈った。
国王陛下が頭を使う余地が無いので、畏れながらこの地震を一時お辞めください、と。
すると、効果はすぐだった。あれ程立て続けに起きていた地震が、ピタリとやんだ。
「女神様にお願いをしました。これで王様、考えて頂けます」
「う、うむ……シューッヘの操る結界、という意識でおったが、アレはサンタ=ペルナ様が直々になさる御業なのか……?」
「俺自身も把握はしていないです。発動とかは自由自在なので『俺の結界』っぽいですが、実は俺は何も消費していないので、俺は単に女神様に『結界お願いしまーす』と言ってるだけの様な気もします」
「なるほど。となると、真の結界の発動者はサンタ=ペルナ様か。そのような畏れ多い結界を、試してしまった形になるのか、ワシがした行為は」
「そうですね、俺自身この程度のことで? と思わなくは無いんですが、女神様的にはどうやらアウトの様です」
「むう……女神様の御心はワシにも考えが及ばぬが、この揺れがまさにご回答なのだろう」
さっきまで玉座の手を置く所にしがみついていた陛下が、玉座から立ち上がって俺の前に来る。
どうなさるのかな、と思っていたら、俺の前でいきなり膝を折って座した。
「シューッヘ、誤解はするなよ? ワシはあくまで、お前を通してサンタ=ペルナ様にお詫びを申し上げるのだ。シューッヘに頭を下げている訳では無い」
「はい、それは。念のため、俺、向こう向きますね」
と、俺はくるっと回れ右しつつ、心で女神様を呼んだ。
フッと、あくまで雰囲気なんだが、女神様がこの上でのぞき見している様な気がした。
「ワシの言葉をサンタ=ペルナ様に伝えて欲しい。『サンタ=ペルナ様の直の御力・御業と、知らぬとは言え大変失礼した。今後は使徒のシューッヘ共々、よく気をつけて扱う』と」
陛下が、貴族・英雄とは言え国民に跪かれるのはちょっと異常事態なので、急ぎ女神様に伝えようとすると、
『まぁ、今回は初回だから許すわ。二度三度で許しは無いから、国として気をつけなさい。あと、供物楽しみにしているわねー♪』
と、俺と多分ヒューさんにも聞こえている声がした。
念のためヒューさんを見ると、四つん這いからいつの間にか、跪くスタイルに変わって、俺の方を向いていた。
「王様、女神様からお言葉を頂けました」
俺は王様に背中を向けたままで、女神様のお言葉のほとんどを、そのまま伝えた。
しているわねー、キャピっ、て感じの部分だけは、威厳ありそうに変換はしておいた。
「女神様のお怒りは……解けたか?」
「そうですね、後は供物は本当に楽しみになさってるみたいなので、ここでケチるとまたマズいですね」
「ワントガルドの選択次第だが、ワシの私室の保管庫にある物であれば、どれだも超一級品と言えるものばかりだ。ご満足は頂けると思うが……」
と、ワントガルド宰相であろう。重そうなどしどしした音の足音が、玉座の横から聞こえた。
「陛下ー! お持ち致しました、と、陛下何をなさっておられるのですか! 民に跪かれるなど!」
「ワシは今、女神様の使徒に跪いて、サンタ=ペルナ様に直接謝罪を申し上げておるのだ。早く供物の品をここへ持ってこい!」
「はっ、只今っ!」
俺は入口の方を向いてしまっているので、何を供物になさるのかは、音で聞ける程度でしかない。
ガチャガチャと瓶が当たる様な音が聞こえる。瓶類に入った酒とかかな?
超一級品ともなると、俺自身も野次馬的ではあるが、興味はある。
いやしかしそれはさすがに、女神様への供物に人間が手を付けてはいけないだろう。思わなかったことにする。
「シューッヘ! 供物は揃ったぞ、これら全てをサンタ=ペルナ様に捧げる! 受け取って頂ける様、差配してくれ!」
「はい、王様。女神様、女」
「うおっ、な、中身が! 中身だけが消えたぞ?!」
そうなのだ。
俺も屋敷脱出劇の時に女神様に酒を供えた時に知ったのだが、女神様は中身だけ持っていかれる。
当然というか、その瓶は空になり、そこにあった物の分だけ、真空度が増す。なので薄はりの瓶だと、突然割れたりもする。
背中に、瓶が内部方向に潰れながら割れる音は聞こえなかったので、全てしっかりした瓶だったんだろう。
それにしても……
随分女神様食い気味に持って行かれたな。まぁ女神様の物だからタイミングは女神様次第とは言え……楽しみだったんだな、よっぽど。
「女神様。宜しければここで一言賜れますか?」
『ここで一言って、何だか軽いわね、まぁ良いけど。シューッヘが活躍した時には、必ず供物を捧げる事。使徒だと認定するなら、その位は、ね。これはヒューに言わせなさい』
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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