第32話 王様を謁見の間で守るお話し ~衛兵は何をしてるんだという。~
「シューッヘ。お前さんはこの魔導水晶が欲しいかね」
陛下の口調は意外とフラットで、もし欲しいと言えばくれそう、なんて錯覚もしてしまう。
とは言っても俺が魔導水晶を所有したとして、色変えて遊ぶ位にしか使えないので、実際要らない。
「この魔導水晶はローリス国の物と思います。王様、お納めください」
「そうか。先ほどの魔法、お前さん自身の左の太ももに1匹、虫が食らい付いてすぐ消えたが、大事ないか」
「えっ? 俺の……? あぁ! ポケットの!」
そう言えばさっき、欠けた魔導水晶の欠片を拾って、そのままポケットに投げ込んだんだった。
細かく言えばこれも国の物ではあるだろう。俺はポケットから取り出して、5段の階段を駆け下りて、ヒューさんが捧げて持っている塊の上にちょんと乗せた。
そしてそのままの場所に戻ることにした。やはり王様の横というのは、決して居心地は良くなかった。
「この欠片も、勿論お国の物です。頂いた領地の産物ではありますが、物が特殊すぎて領内でどうこう、という事も無いので」
「ふむ。ヒューが持ってくる際に欠くのもまた、珍しい事が起きたものだ。これだけ大きいと、脆弱な部位があったのやもな、ヒュー」
「はっ! 脆弱部位の可能性は否定は致しませんが、ここに至るまでに近衛兵長から激しい妨害を受け、魔導水晶をその時点で開示しました。
その際、覆いとして被せておったわたしのローブが魔導水晶に引っかかり欠いたものと思われます。誠に申し訳ございません」
「あのなぁヒュー、さすがにこの程度欠いただけでどうなるというものでも無いし、お前が近衛兵長とは犬猿だとは聞いておるが、
激しい妨害とまで言い連ねるのはさすがにまずいのではないか?」
「いえ、事実我々は、かの者が帯剣する常闇のサーベルの斬撃を受けました。魔導水晶がございましたのでまるで効果はありませんでしたが」
とヒューさんが言い切った瞬間だった。ぬらっとした空気が立ち上がった様に感じ、下げていた頭を上げた。
するとそこには、玉座から立ち上がり、顔は一転堅く引き締まった陛下がいた。
「あの剣の波紋は、どうなった」
声が。声が変わってしまった。授爵の際の、あの恐ろしい声に……
「漆黒の波紋、または波動が我々に襲いかかりましたが、この魔導水晶を前方に手持ちしておりましたので、1レアほど前方で大部分の波は吸収され消滅致しました」
「あ・の・馬鹿者が! 衛兵!!」
衛兵を呼ぶ陛下のひときわ大きな声で、即座に反応したのだろう後ろの謁見の間の扉がバーンと相当な音を立てた。
見ると、槍を臨戦態勢に、床の辺りまで下げ腰で構えている。その目は緊張感と言うより、狩人のそれだ。なにこれ怖いんだけど。
「衛兵! 直ちに近衛兵長をこの場へ引っ立てろ!!」
「はっ!」
『対象者』がこの部屋の人間では無い事が分かった途端に、槍はすっと垂直に戻り、衛兵ふたりともが敬礼をして廊下をそれぞれ左右に駆けていった。
「シューッヘ様」
ヒューさんが静かに俺の名を呼ぶ。俺は近付いて、こそこそ話に備える。
とても小さな声でヒューさんが言う。
「ここからは修羅場にございます。我々は、下手にとばっちりをもらうのは避けたいので、部屋の隅におりましょう」
と、ヒューさんが魔導水晶を王様に捧げる様に持ち上げて礼をした。俺もそのタイミングで頭を下げる。
ヒューさんはそのままくるりときびすを返して、王様から一番遠い、入口扉から横に進んだ角に立った。
これから何が起こるか、俺には全く分からないが……ヒューさんが修羅場宣言するのだから、良い事は起きないだろう。
と、廊下の方から、聞いたわめき声が聞こえる。離せとか、俺は何もしてないみたいな事を言ってる様に聞こえる。
そのわめき声がどんどん近付いてきて、声の主が部屋に連れられてくる。
と言うか、両脇を衛兵さんに抱えられ、足下が浮いている。あれでは逃げようが無い。
陛下の御前に、近衛兵長は投げ捨てる様にして放られ、首の後ろから槍2本がクロスに掛かり、首を押さえた。
「ぐぐう、離さんか衛兵共、わたくしは貴様らの上官だぞ! こんなことをしてタダで済むと思うな!」
「陛下のご命令に、忠臣として従ったまでの事です」
衛兵のひとりが答えた。
そして次の声のターンは、一番怖い人だった。
「近衛兵長、アルティ=メルカトゥーラ。貴様、王城内で誰にサーベルを振るっておる」
「へ、陛下。それは誤解にございます! わたくしは不審物を持つヒュー一行に対して、取り締まりをしたまでです!」
「不審物。貴族でありながら魔導水晶を見てそれだと気付けぬとは……やはり秩序に従った職責では無い、成れの果て、か」
「陛下、わたくしはあくまで、近衛兵長として、警備の総責任者として、検分をしたまでにございます!」
「ほう。検分をするのに、ローリス国が誇る魔刀のうちでもとびきりタチの悪い常闇のサーベルを振り回す必要があったと?」
「さ、左様にございます! ヒューが、あ、暴れましたので威嚇をっ」
「アレが暴れたのなら、もうお前はこの世にはおらぬぞ。その程度の実力差も理解出来ぬか貴様は」
「う、ぐぅ……」
初めてうなだれる様に頭を下げた。こんな人が陛下の近くを警備していると言うのも、何だか物騒だ。
「アルティ=メルカトゥーラ。貴様を、現時点を持って近衛兵長の任を解く」
「そ、そんな! わたくしは陛下の忠臣中の忠臣として、職務に当たっていただけにございます! 何故解任されねばならぬのですか!」
「もし本当に忠臣中の忠臣であるならば、忠義を捧げる者の決定にとやかく言うまい。まがいものめ」
陛下すらも、ハッキリと嫌悪の情を言葉に乗せ吐き捨てる様に言い放った。
これに対して近衛兵長は、ジタバタしていたが頭を槍の近衛兵に押さえつけられ、床すれすれに押し縮められている。
「陛下! こ、このような扱いは、メルカトゥーラ子爵家を不当に扱うものです! 王国貴族法78条の2に従い監査委員会の設置を」
「もうその手は食わぬ。王国憲章7条に基づき、貴族法を一時的に無効とする。つまり監査請求は発生し得ない」
おぉ。法の目をかいくぐって職を得た人らしい近衛兵長、再度法を使おうとするも、その法律自体を消し飛ばされてノックダウンか。
さすが王様が統治する国。憲法が国民投票で云々、とかやってた日本とはスピード感が全然違う。
「ぐ、ぐぬ……な、ならば貴族経済法第98条にて」
「地位と財産の緊急保全か。これも同様に、王国憲章7条に定められた国王専権を持ってして、貴族経済法を一時的に無効とする」
「そ、その法の用い方は、法の、法の濫用だっ! 許されることではない!」
「ではお前が持ち出した貴族経済法条項も濫用では無いか? あれは通常、戦時の際に一時的に爵位を固定し、その財産を国が保護する規定。
今は戦時で無いどころか、近頃は侵入者すら無くまともに戦闘すらない。軍が鈍るほどな。もう一度法規経典を読み直せ、領地でな」
最後の一言、領地で、というところに重しを掛けられたご発言だった。
さすがの近衛兵長も二の句が継げない様で、下を向いて押し黙った。
俺が緊張からの息をふっと吐いた瞬間だった。
「ならばもはや斬り捨てるのみっ、覚悟っ!!」
かなり押し潰された体勢の近衛兵長であったが、あのサーベルはそのまま帯剣していた。
近衛兵長がその無理矢理な体勢から、抜刀をしようとしたのが分かった。
「シューッヘ様!!」
「はいっ、[絶対結界 範囲 王様から直径1メートル」」
結界領域を定義し宣言すると、直ちに王様の姿が、銀色に輝く球体に化けた。
いや、化けた訳では無く、あの球体の中に避難して頂いた訳だが……
「な、これは、なんだ?! サーベルが通じぬだと?!」
更に2度目の振りかぶり、これはもうさすがに見てるだけって訳にはいかない。
「近衛さんたち下がって!!」
俺は大声で言った。視界の外からの俺の大声にびっくりしたのか、近衛兵長の動きが一瞬止まった。
その虚を突いて、槍の近衛兵さんは飛び退く様に近衛兵長から離れた。これで的を外さない、余計なものも巻き込まない。
「[マジック・ドレイン 対象 近衛兵長のみ 吸収率100/100]」
俺がマジック・ドレインを唱えた瞬間、近衛兵長は小さくぎゃっといなないたが、そのまま、サーベルを振りかぶった姿のまま、その場に倒れ込んだ。
倒れて、その場で激しくけいれんを起こした。弓反りに反るように身体を突っ張りながら、ガクガク震えて、震えが小さくなっていって、やがて静かになった。
前にフライスさんだっけ? ヒューさんだっけ? 言ってた。魔力が完全にゼロになると、生命が維持出来ない、と。
今回のマジック・ドレインは、取る量を100分の100に指定した。つまり全部だ。完全にゼロまで削ったので、生きられないはず。
そこまでは踏んでいたが、実際にやってみると即死ではないんだな。ちょっと夢にでも出そうなけいれんとか、やめてほしいものだ。
「安全確保。絶対結界を解除して良いですよね?」
「はいシューッヘ様、陛下をよくぞお守りになられました!」
俺は絶対結界を解く事をしっかり意識した。すると銀色の球体は消滅し、代わりにそこに王様が現れる。
「む? 今のは、シューッヘか」
「はい。本当に緊急だったので、説明をする余地が無かったです、申し訳ないです」
「四方を真っ暗闇に閉ざされたので、首を瞬時に狩られあの世にいるのかと、思わずここを撫でたぞワシは」
と、陛下は首に手をやった。
「説明出来る余裕な時間があれば良かったんですが、えーと、今そこに転がってる人が」
と、俺はちょっと指差す。既に遺体と化している人をあまり堂々と指差す気にはなれない。
「サーベルを、抜刀からそのまま振り抜きました。更に上段に構え、俺の張った結界に斬りかかろうとしたので、マジック・ドレインで対処しました」
「先ほどの魔法か。対人でも使えるものなのか、その魔法は」
「はい。取る量も設定が出来ます。今回は『全部取る』設定で魔法を放ちました。俺の知る限りだと、生きられないはず、と」
陛下は改めてという風に立ち上がって、床にサーベルを振り上げた形から少し崩れた姿で転がっている近衛兵長を見下ろすと、再び玉座に腰を下ろした。
「視界も音も、光すらも無い中にいたのは僅か数秒だったな。その間に、見事に逆賊を仕留めた。シューッヘ、大役、御苦労だった」
「え、あ、は、ははぁっ!」
王様から突然褒められたのだか讃えられたのだか、よく分からんが持ち上げられたのは間違いないので、ヒューさんがよくする様に頭を下げた。
「はっはっ、お前さんがそれをしても、どうにも型に合わぬな。若いしなぁ。いずれにせよ、これは褒賞も付けねばならぬ案件だ。ワントガルドを呼んでこよう」
と、王様は立ち上がった。ヒューさんがしゃがんで頭を下げる。俺もそれに倣って、片膝をつき屈み、頭を下げた。
カツカツと早い歩速が聞こえなくなった辺りで、俺は頭を上げた。
「いやー危なかった……ってあれ、なんであの布がボロボロに?」
頭を上げ、陛下の舞台周りに目をやると、掛かっている赤いモール付きの幕? みたいな布が、朽ちた様にボロボロになっている。左右ともにだ。
特に向かって左側などは、もうすぐで糸も切れてボロッと落ちそうである。
「あれが、常闇のサーベルが持つ力、闇魔法の力にございます」
人間が喰らっても同じだとすると、近衛兵長が言っていた様にあの斬撃の波動を喰らったら、あんな風に腐食されるのか。
布一枚とは違って、さすがに即座に身体が朽ちて両断はされないだろうが……それも分からんな、国レベルの武器みたいだし。
俺たちが部屋の端にいる間も、近衛兵さんは遺体に槍を向け構えている。
俺のあの魔法の前では死んだふりなど到底出来ないはずだが、職責として警戒を解かないのは良い事なんだろうと思う。何事も万が一はあるからな。
と、再びさっき聞こえた足音がする。ヒューさんを見ると頷いたので、俺は先ほどと同じように、跪いて頭を下げて構えた。
「なんと?! 近衛兵長謀反ですか」
「あぁ、事もあろうにワシに向けて常闇のサーベルを振るったらしいぞ」
「らしい? ご覧になった訳では無いと?」
「うむ。シューッヘが用いた何らかの方法で、ワシは真っ暗闇の中であった。数秒して元に戻ったが」
と、向かって右手側の幕の奥からそんな、結構大きめな話し声が聞こえた。
それから足音がハッキリとした。ちらっと見てみると、ワントガルド宰相閣下と陛下が、話しながら登場されていた。
「となると、当事者だけの証言は危険でございますな。衛兵! どちらが答えても構わんが、ノガゥア子爵が為した事を、分かる範囲で報告せよ!」
ワントガルド宰相閣下の言葉に、片方の近衛兵がパッと反応して敬礼した。
「はい、ご報告致します。近衛兵長がサーベルに手を掛けたその瞬間ほどのタイミングで、陛下の周りに金属球体の様な物が発生しました。
その金属球体様の物体は、精巧に作られた曲面鏡の様にこの室内の様子を反射しておりました。球体は、発生後から微動だに動きませんでした。
サーベルの斬撃波は金属球体を一切侵せませんでした。ノガゥア卿が結界の解除を宣言されると、金属球体は瞬時に消滅し、そこに陛下の御姿がありました。以上です!」
「ふうむそうか。近衛兵長を即座に殺害するに足るだけの、明確な危険はあったと考えるか」
「私ですら、もし一瞬のひるみで情けなくも止まってしまわなければ、この槍で刺し殺していたと思います」
衛兵さんとワントガルド宰相閣下が、事実確認かな、ある意味第三者の衛兵さんに事情聴取をしている感じである。
「我が兵よ。ワシが視界の全てを奪われた事は、どういう事が起きていたか。ワシはその金属球の中か?」
「陛下がおられた場所をまさに中心として、金属球体が発生致しました。陛下がその中に閉じ込められた、と考えると自然です!」
「金属球体なぁ。鏡のようだと言うが、一体どういう物だそれは」
「あの王様。それ俺が女神様から頂いた結界なんですが、何度でも出来るので、誰か人なり物なり指定して下されば、その結界張りますけど……」
「ふむ、ではワントガルドに張ってもらおう」
「なっ?! 陛下、本気ですか」
アレ? 結界に何か危険性を感じているのかな。ワントガルド宰相閣下の様子がちょっとおかしい。
まぁ、その身に魔法受けましょうと言われて、進んで受けたがる人の方が珍しいかも知れない。回復魔法とかじゃないんだし。
「で、では頼もうかシューッヘ殿」
緊張だろうか。なんだか汗でもかきそうな程に、こわばった表情をしている。
ただまぁ、陛下が指定した対象だから変えようもないし、元々結界自体は安全この上ないものだ。長時間閉じ込めるとかだと話は別だが。
女神様から頂いた能力について、陛下と宰相閣下に同時に知って頂ける良い機会とも思う。早速頑張ろう。
「では失礼します。[絶対結界 範囲 ワントガルド宰相閣下を中心に1レア]」
敢えてここは詠唱も聴かせる為に、単位をメートルではなくレアで唱えておいた。もう頭の中には1メートル=1レア、で等式我あるので、支障は無い。
結界は、言い切った瞬間に既に発動している。
「張ってすぐで何ですが、解除しても良いでしょうか。長時間だと窒息する危険性があります」
「うむ、少しだけ観察をしても良いかシューッヘ」
「それは勿論。ただ、絶対的な結界ですので、おけがなさらないようお気を付け下さい」
陛下は興味深そうに、曲面に映る御自身のお顔でも見ているのか、じっくりと眺めた。
そうしてからしゃがんで、結界をコンコン、と音を立ててノックした。見た目金属っぽいんだが、ノックの音はそこまで甲高くは無かった。
その次に陛下は結界をパンパンと平手で叩いてから立ち上がり、俺の方を見た。
「なるほど、結界の中でも相当上位に当たる結界に違いない。御苦労、解除してくれ」
「はい。[絶対結界 解除]」
結界が消えてそこにいたのは、体育座りをして震えているワントガルド宰相閣下だった。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
皆様からのフィードバックほどモチベーションが上がるものはございません。
どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




