第7話 俺が初めて使えた、きっと一生忘れること無く思い出に残る魔法は、カーテンでした。
うーん……まぶしい。眠気がまぶたに残っているが、窓から差し込む朝日のせいで、これ以上は寝ていられない。
ん? そう言えば昨晩はどうなったんだっけ。うっかりお酒を飲んで……女神様と話したような?
「お目覚めにございますか、シューッヘ様」
ベッドでぼんやりしていると、ヒューさんが声を掛けてくれた。結構頭がぼーっとする。
身体を起こすと、少しだけ吐き気がした。これが二日酔いとか言うものだろうか。
「いやぁシューッヘ様、昨晩は大変結構なものを拝見させて頂き、ありがとうございました」
「へっ? 何かありましたっけ……」
記憶を遡ってみようにも、酒を飲んだ辺りからは何だか水中に記憶があるのを見ているような、ぼんやりした記憶になっている。
「シューッヘ様が女神サンタ=ペルナ様に、お酒を饗されたことでございます」
「お酒……あーそう言えば、捧げてみたら何故か空っぽになってた、アレですか」
「そうです。空っぽになったという事は、サンタ=ペルナ様の元に供物として届いた、ということです」
なるほど。この世界の女神様は、お供え物はリアルに持っていくらしい。
「通常、高位の神官が捧げ物をしても、こういう事は滅多に起こりません。祭壇に残ったままです」
「えっ、じゃ俺の時にお酒が消えたのって?」
「我々が女神様に祈願をする際、特別な『供物の儀』を行い、女神様にお届けする事はございます。
しかしそれはあくまで、特別な儀式ありきの話。何らの儀式もなく、ただ捧げただけで女神様にお届け出来る、または受け取って頂けるという事自体、法外な奇跡のようなものです!」
ヒューさんが熱気を帯びて語ってくれた。しかもヒューさんは止まらない。
「更に申し上げれば、供物の儀にしろ今回の消失にしろ、受け取って頂けたという事はそこに特別なご加護が発生する事が確約された、という事と同義にございます。
どのようなご加護が頂けるかは、供物の儀の様に願い事を掲げておりませんので現時点では分かりませんが、女神様から格別なご加護が頂けることだけは確定なのです!」
「は、はぁ……因みに、俺が覚えてるのは、グラスを掲げたこと、だけなんですが、何かあったんですか?」
聞いてみる。
あの時にヒューさんが、なにか声を上げてた気がしたんだ。
「あぁっ! シューッヘ様は頭をお下げになっていたのでご覧になりませんでしたか!」
ヒューさんの興奮は未だ冷めないようで、
「シューッヘ様が杯を掲げられ、サンタ=ペルナ様にお声がけされた直後、杯から虹色の霧の様なものが立ち上って、それはそれは大変神秘的で美しゅうございました!」
息継ぎを忘れる勢いで、ヒューさんは話しきった。
肺活量すごいな、ご老体とは思えない。
「女神様……でも結局、女神様からスキルも魔法も、ヒントすら無かったですよ」
「なにか女神様のお心がおありなのかも知れません。我々人では計り知れぬ事もございましょう」
うーん。しかし、なんとなくモヤッとする結論だなぁ。
うん? そう言えば、地球人に「安全に」使わせるには、って言ってたな。単語単位で覚えてる。
やっぱり魔法の扱いに慣れない地球人に魔法を使わせるのは、色々なリスクがあるのかな。
まぁ、女神様と話が出来る事は分かったので、また折を見て伺ってみることにしよう。
お供えしたお酒一杯分程度の御利益的なものくらい、あるかも知れない。
「ところで、ヒューさんの国までは、ここからあとどの位ですか?」
「こちらのカタレアの宿場町は、丁度我が国ローリスとオーフェン王国の中間か若干ローリス寄りの場所になります。ですので、昨日の速度で参りますれば、数時間で本国に到着致します」
150キロ、いやクーレアか。それで疾走すれば、そりゃ早くは着くんだろうけれど……
「昨日の……あのヒューさん、昨日のあの凄い速度って、馬とか馬車とかに相当負担が掛かりませんか?」
「まぁ……負担と言えば確かにかかりはします。されど、賓客を長々と、狭苦しい馬車の中に押し込めてというのは」
「馬も生き物ですし、馬車だって痛んだら大変です。全速力でない、その前の速度で行くと、どの位掛かりますか?」
「ざっと、1日半から2日は掛かりますな……しかしシューッヘ様。お気遣いはありがたいのですが、馬は代わりもおります。馬車も壊れれば直せば良いだけです。
されど、シューッヘ様を本国へお迎えする事に遅滞があっては、国として面目が立ちませぬ」
うーん……ヒューさんの表情が実に真剣で、簡単には譲ってくれそうにない。
どう言えば、馬が痛めつけられるような事も無く、ゆっくり行ってくれるのかな……
と、丁度窓からの日差しが目を直撃した。地球の太陽より大きい様に感じられ、とてもまぶしい。
思わず目に力が入って、歯を食い縛って、顔も力んで渋い顔になってしまい、
カーテンは無いのか。
と、そう思った瞬間だった。
全ての窓、4枚あったのだが、その全てが突然、光を失った。
戸板で塞いだような感じで、部屋が真っ暗になった。
「むっ?! 敵襲か! エンライト!」
真っ暗な部屋の中で、それまでソファーにいたヒューさんが立ち上がっていて、掲げたその左手は電球色に淡く光っている。
……あれ? この真っ暗闇、もしかして、俺?
「シューッヘ様、お気を付け下さい! 何事が生じたか分かりませぬが、異常事態なのは確か!」
「いやあの……もしかすると、これ俺かも」
「ん? それは、どのような……」
カーテンを欲したら、全部カーテン代わりに塞がれた。
いや、塞がれた様に見えているけれど、光が届かなくなったとかなのか?
じゃあ……
[1つの窓だけ、外が見たい]
発動条件が分からないので、さっき照らされた時の顔を思い出し、ぐっと奥歯を嚙み顔をしかめ、力んでそう思うと、俺から一番近いさっきのまぶしい窓が、元に戻った。
「こ、これは……シューッヘ様がなさったことですか?」
「真っ暗にしちゃったのは完全に偶然みたいなものですが……」
その時、階段をドタドタと急いで登ってくる音が聞こえ、扉がバーンと開いた。
「ヒュー様、シューッヘ様! ご無事ですか?!」
フライスさんだ。
「フライス! 外からはどうなっておった!」
ヒューさんがフライスさんに叫ぶ。
「こちらの客室の窓という窓が、銀色の金属に突然包まれました! 金属と申しましたが、堅さがある様に思えず、丁度水銀の様に立体的・流動体的な形状でございました。
その後、最も北側の窓の金属がパッと消失したところまで、恐れながら呆然と眺めてしまい遅れました、申し訳ございません!」
フライスさんが勢いよく頭を下げる。
よく見ると、フライスさんの右手には小型のナイフの様な物が握られていた。
「フライス、幸いにもこれはシューッヘ様の御業のようだ。敵襲だとしたら、全ての視界を奪われた状況は相当な危険に感じたが、ふう、案ずる事はないようだ」
「す、すいません」
俺は二人を思い切り焦らせてしまったことが申し訳なくて、ベッドの上で正座して頭を下げた。
「お二方に大事が無ければ、このフライス、安堵致しました」
「わたしもだ、正直何事かと思ったが……フライス、お前『水銀の様な金属』が窓に付いていた、と言ったか」
「はい。板状の金属質ではなく、壁面に水滴が付くように、金属の様な液体がぴったりと窓を塞ぐように。見た目は丸みのある鏡のようでもありました」
「鏡の?……これは、もしや……」
ヒューさんが顎に手をやり、深く考えるようにして、一息ため息のように息を吐いてから、言った。
「わたしらは今、伝説に残るのみの、あの『絶対結界』を、なんと裏側から目の当たりにしているようだ」
ヒューさんが辺りを見回している。相変わらず1つの窓を除いて、真っ暗だ。
と、宿の外が少しざわざわしてきたのが聞こえてきた。注目されるのはマズいのかも知れない。
俺はまたグッと嚙み締めて顔をしかめ、心に思った。
[全ての結界、消えろ]
その瞬間、窓を塞いでいた物体はパッと消滅し、部屋に燦々と太陽の光が戻った。
外からは、わぁ、と言うような声も聞こえたが、こういう場面でどう対処すれば良いのか、まるで分からない。
申し訳ないけれど、ここはヒューさんたちに任せることにしたい……
「ヒューさん、外の人たちもザワザワさせちゃったみたいですけど……」
「そう……ですな、我が国の者であれば、子供の時分より絵本で、このような結界を知っておりますし」
「そんな有名な……え? 絵本ですか?」
「はい、英雄物語は子供、特に男児には人気ですからな。絶対結界を駆使し闇の魔王を討った大英雄イスヴァガルナの話は、どの男児も必ず、一度は夢中になるものです」
という事は……
「今のがその、『絶対結界』だ、ってことが分かっちゃう人も……」
「どうでしょうなぁ……絶対結界は今ではもはや、単なる伝承伝説の類とされております。今の時代にそれが行使されること、または実物を見ても、それと結びつく者がいるかどうか……」
俺とヒューさんが眉間にシワ寄せた顔でいると、ドアがノックされた。
フライスさんがドアの方に、いかにも警戒しつつ近づき、何やら話した後、ドアを開いた。
どっしりした体型の女性が、片手にフライパンを持って仁王立ちになっていた。
「お客さんっ、大丈夫だったかい?! この部屋に何かあったようだけれど」
「むっ、ここの主か。我らは特段何も害されてはおらん。特殊な魔法を用いたのだが、範囲を違えてしまってな。迷惑を掛けた」
「いや別に……窓も割れてないみたいだし、何も無ければ良いんだけど……」
と言いつつ、部屋の中を見回す様なふりをしながら、何故か立ち去ろうとしない。
ヒューさんもそれに気付いて、フライスさんに顎で指示を出した。
「女将さん、私らは国の者でね。内密の任務の最中なんだ。あまり詮索されたりするのは、ね?」
と、フライパンを持っていない方の手に、何かを握らせた。
女将さんと言われた女性の視線がその手に行くと、ぎょっとした様に目を見開いて、ヒューさんの方に向き直った。
「まぁ、迷惑料としては少ないが、国家予算はあまり自由にならぬのでな」
と言いつつ、ヒューさんが上着掛けに掛けてあったローブを指差した。
女性は指先を追うように目線を動かし、更に見開いた。目玉が飛び出しそうだ。
「こ、国家元首様とはぞぞぞ、存じ上げず、ままこ、誠に失礼をっ、どうか死罪だけは……!」
「そんな物騒な事はせんよ。ただ、ここで起きたことは、あまり言いふらさんで欲しいな」
「そ、それは勿論! こ、このおお、お金も!」
「いやそれは取っておいてくれ。迷惑を掛けた事には変わりないのでな」
「女将さん。元首様はお忙しい。下がってもらえるかい?」
「は、はいもちろん! 失礼し、しましたっ」
バタンっ、とドアが閉まり、バタバタバタっと足音が……何だか大ごとになってしまったな。
「ヒューさん、俺のせいで迷惑を掛けてしまって、すいません」
「いや、シューッヘ様は堂々となさって下さい。まだ御力に慣れておられない英雄様の補佐も、わたしの責務のうちでございます故」
ただ、とヒューさんは付け加えた。
「少々目立ってしまったのは確かですな。早々にこの宿は引き払った方が良さそうです」
「ヒュー様、馬の準備は既に出来ております。いつなりと」
「そうかフライス。では、シューッヘ様、大変慌ただしく申し訳ありませんが、お支度を」
言われ、俺は急いでベッドから降りた。
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