第30話 これが、魔導水晶を抱え込んで疲れたはずのヒューさんのダッシュです。
裏門、と言っても、立派に『城の門』である。中の空堀と渡し板をどうするんだろうとは思うが、馬が馬車ごと入るのに何ら障害は無い。
で実際馬が入ってみると、フライスさんが門兵に何やら要請をしている模様。首を御者台の裏から出して前を見てみると、頼りない木の渡し板を、金属製の板に取り替えていた。
金属板と言っても当然人力で設置できる程度の、ある意味鉄板みたいな薄い物のようだが、その上を渡るらしい。馬もフライスさんも怖くないのかな、俺は正直怖い。見なきゃ良かった。
案の定と言うか、ここばかりはガタゴト激しく揺れる。
そりゃそうだ、空堀に渡された鉄板のような金属板自体が、そこまでの厚さも重さも無いんだろう、安定しない。
もし重ければ安定するんだろうが、人がそれを掛け外しするのであれば、重すぎては扱いが厳しい。
あの鉄板はさすがにそう軽くも無かろうが、馬2匹に人4人、そこに馬車自体の重さも加わる。不安定にもなる。
一応、この裏門も馬は通れる、というだけで、あまり実用性は無いのだろう。
揺れた時間は短かったんだが、ヒューさんが抱きかかえている代物を考えると、揺れ自体が怖い。
俺だけの話で言えば、極論真っ二つなり粉々なりになったとしても、発掘出来た事実はあるのだから良いと言えば良い。
ただ、王様の御機嫌伺い含め、諸々の人々が望むのは『完全体』の方の魔導水晶であって、粉みじんの破片では無いだろう。
ヒューさんはさっきから、体感だが30分程はああしてずっと、背をエビのように丸めて身を挺し腹に抱えて、魔導水晶を守っている。
地球であれば、ベンダーでドリンクでも買って差し入れるとか出来るんだが、この界隈の商店もマトモにに知らないのでそういう心付けすら出来ない。
言葉だけのねぎらいが時に空虚に聞こえる事があるが、そう響かないで欲しいと、切に願うばかりだ。
馬車がほんの少しの反動を伴って停車した。その時だった。
「シューッヘ様、恐れ入ります」
身体を丸めたままのヒューさんがこちらを見ている。視線が語るには、ちょっとこっち来てくれ、という事だろう。
俺はヒューさんがこそこそ話でも通じる距離まで進んだ。そこに、ヒューさんが小声で言った。
「申し訳ないですが、わたしのローブを魔導水晶に被せてくだされ。腕を抜きますので」
そう言うと、ヒューさんは上半身に掛かるローブを何とも上手く脱ぎ、腰の辺りに溜めた。
俺は言われた通り、少し腰の溜まりから引きながら、魔導水晶が隠れる程度にローブをその上に掛けた。
ヒューさんは更に小声で続けた。
「ありがとうございますシューッヘ様。このまま謁見の間まで参ります。途中、衛兵が血相を変えて駆けつけましょう、されど気になさる事はございません」
ヒューさんが立ち上がる。降車口に一番近いフェリクシアさんが目で合図をし、アリアさんを導いて下車した。
俺がこのままいるとヒューさんが下りづらそうな位置になってしまったので、俺も先に下りる事にした。
馬車とは言え、車輪の分だけの高さがある。下りる時は飛ぶ感じになった。
振り返りヒューさんの方を見ると、見事にその身にまとっていたローブでもって、魔導水晶を完全に隠している。あれなら見えないな。
ローブの下が同じような淡い白の半袖シャツ、というのは今日初めて知った。パンツも多少トーンが重いが白だ。
ローブにしろその中の服にしろ、汚れてないのが不思議だ。ヒューさん土穴にダイブしてたのにな。素材かな。魔法かな。
余計なことを考えている間に、ヒューさんも勢いよく飛んで下りてくる。しかも随分と大きな弧を描いて飛んだ。
どうもまだ身体強化魔法というのがしっかり働いている模様だ。普通の人間の飛び高ではない、アレは。
着地も、膝で上手く衝撃を逃がしたのだろう、深く屈むように着地したヒューさんの動きは見事なまでに無駄が無く、綺麗だった。
「シューッヘ様はわたしの後を。他の者は、それぞれ必要な事を」
普段のヒューさんからすると端的な感じの命令を残して、ヒューさんがとっとと行ってしまう。
俺は急いで、みんなの顔を一瞥だけは出来たが、とにかく後ろ姿のヒューさんを追いかけた。
と言うか、謁見の間に直行する気なのかヒューさん。王様ってアポイントメント要らないの? ヒューさんだから?
それにしては、衛兵が血相変えてとか、随分物騒な事も言ってたな。まぁ衛兵にとやかくされるヒューさんでも無さそうではあるが。
城の扉にしては小さい鉄っぽい通用門。これはフライスさんが先回りして開けた。出がけに言ってたもんな、ここの門を通るって。
てことは、ここから先は俺とヒューさんだけで、ヒューさんの両手は絶対離せないので、扉が現れたら俺が開ける番なのね。よし。
通用門から入った所は、少し広い物置の様な所で、野菜やら何か箱類やらが積んであった。荷受けスペースらしい。
ヒューさんがズンズン進むので何とか駆けて追いつくんだが、前方に閉じた扉が現れた。俺の仕事だ。
俺はヒューさんを追い越して、ほぼ全速力で駆けて扉まで行き、その扉を開く。横開きなのでヒューさんでは開けられない。
「恐れ入ります」
ヒューさんは減速無しでそのまま駆け抜けて、いや、歩き抜けていく。歩速がとんでもなく早いので、駆けているのと速度が変わらない。
そこから、階段を2つ乗り継いで1フロアずつ上がる。ここは来たことが無い場所だな……と考えている間もなく、知っている場所に出た。
右手にヒューさんの私室。いや、公務室なのか? とにかくヒューさんの部屋があり、この奥に進むと「よく分からないルート」で王宮に入る。
ヒューさんはここでも減速せず、駆ける速度で歩いていく。追いかける俺の方がとにかく食らい付く感じで、かなり焦る。
そして、いつもの「よく分からないゾーン」に入る。今まで、ここはずっと左回りに2周ほど……したのだが、今日は曲がるらしい。
白壁に囲まれた所に現れた最初の右分岐に、ヒューさんが入っていく。もちろん俺もその後ろに付いていく。
そしてその次は左、次は右と、以前とは全然ルートが違う道を辿る。これでも着くんだろうから、全く魔法の世界と言うのはよく分からない。
ただ、今のところ衛兵の人たちには出くわしていない。今までだと廊下の途中にも衛兵さんいるんだけどな。このルートはいないらしい。
そして次の分岐が現れた所でヒューさんが左へ入った所で、眼前にさっきのヒューさんの言葉がそのまま現れた。衛兵さん達だ。
ここの廊下は随分真っ直ぐな道なんだが、その向こうの方から、槍を小脇に抱えてこっちに……駆けてくるというより突っ込んでくる。しかも廊下幅一杯の人数で。
気圧されて後ろを向くと、何故か入ってきたはずの分岐が無い。その代わり後ろも延々長い廊下で、そちらからも衛兵さんらが突っ込んでくる。
俺たちが賊だったら、何の手も打てずにお縄になる形だな。見える限り8人8人の前後で16人もの衛兵さんに、勝てそうな賊もいないだろう。
とようやくここで、ヒューさんは足を止め、大きく息を吸った。と思ったら、
「ヒュー・ウェーリタスと、英雄、ノガゥア子爵である! 直ちに国王陛下への謁見を求める!」
その声音は、今まで聞いてきたどのヒューさんの声とも違う、迫力と威厳に満ちたものだった。
ヒューさんの声音に気圧されたのか、はたまた敵では無いと認識したのか、槍兵みたいな衛兵さん達が止まった。けれどまたすぐ駆け出してきた。
あれ?……これ、普通にこのまま刺されてゲームオーバーとか? 逃げる場も隠れる場も無い所で、槍の両挟みを受けるのは心臓に悪い。
俺たちとの距離、槍2本分程度。その距離で、衛兵さん達が急制動を掛けて一斉に止まる。前向いても後ろ向いても槍・槍・槍。
そこに、ヒューさんの第二の言葉が飛ぶ。
「国家を揺るがす大事である! 全ての衛兵は道を開け、速やかに陛下の御前まで誘導せよ!!」
今度の方が更にパワフルに感じた。しかし、槍兵たちはその場で動かない。
血相変えて飛んでくる、というヒューさんの言葉に、2、3人の衛兵が顔真っ赤で駆けつける様を想像していたが、ここまでの、普通なら絶望に包まれそうな光景は予想していなかった。
と、後方の衛兵の更に後方から、カチャン、カチャンと、金属同士がぶつかる音が響く。一本の筒状の廊下だから、音はとてもよく響いている。
カチャンという音は次第に近くなり、後方の衛兵さんの近くまで来た。8人で廊下みっちみちなので向こうは見えないが。
「近衛兵長、この場は押し通ってでも陛下の元へ参るぞ、我々は」
え。押し通るって一戦交える気? 聞いてない聞いてない、今ヤバい状態なのこれ?
「ヒュー殿。国家を揺るがす大事とは、随分と大げさな」
近衛兵長、と言われそれに答えた声の人物が、槍隊をかき分けて姿を見せる。
目深に被ったヘルメットに赤い羽根? が付いている。武器はあのサーベルのみかな?
でもなんか、妙に嫌な気配のするサーベルだ。見た感じは普通なんだが。
「どうせ、魔導水晶の欠片くらいを見繕って来たのであろう。陛下の御前に通す訳にはいかん」
「これを見ても同じ言葉が言えるか、近衛兵長」
ヒューさんが、その口を使って自ら、魔導水晶に掛かっていた白いローブを剥ぎ取った。
ローブが床にずるずるっと落ちる際に、パキッと音を立ててちょっと欠けた。破片は下に落ちた。後で拾うか。
「が……」
近衛兵長が両目と口をこれでもかと開き後退る。やはりこのサイズは驚愕モノらしい。
「そ、それは、ま、魔導水晶だとでも言うのか?! 普通の水晶で謀るつもりならば」
「ならば魔法を使ってよく観察するが良い。そもそも、貴殿の魔法が魔導水晶の前で展開できれば、の話だがね」
いつになくヒューさんの口調の当たりが強い。どうもこの近衛兵長さんとはあまり仲が宜しく無さそうである。
「ぐぬ……真に魔導水晶であるならば、我が闇の魔法剣の力も効かぬだろう。偽りならば、お主ら諸共に腐食されよう」
そう言うと、近衛兵長さんがスラッとサーベルを抜いた。
その刀身は決して普通のサーベルのそれでは無く、真っ黒に染めた様な剣だった。塗った感じでは無く、染まっている。そんな感じだ。
「サーベルで魔導水晶を叩くなよ、貴殿ならそういう阿呆をしかねんのでな言っておくが」
「チィ、その腐れ口がこの場で腐り落ちる所を見届けてやるわ」
近衛兵長さんが、サーベルを振り抜いた。距離は十分あったはずだが、黒いもやの様なものが押し寄せ、通り過ぎていったのが分かる。
但し、俺たちの周りは避けて、だ。魔導水晶の前方1メートル位から、正面から来るその黒いもやは魔導水晶に残らず吸われた。そのわずかな残りが左右に、波を分ける様に通り過ぎていっただけだ。
「な、何ぃ?! 王国秘刀の一振り、常闇のサーベルの波紋が、割れただと?!」
「だから言っている。これは真に魔導水晶である。魔法をまともに使えぬ貴殿では観察もろくに出来ぬだろうがな。これで分かったであろう」
ヒューさんは単に肩幅に立ち、自らの腹と胸の中間辺りで魔導水晶を持っていただけだ。それだけで、あの気味の悪い斬撃は、消えた。
近衛兵長さんは「割れた」と言っているが、割った訳では無くて、魔導水晶が真ん中部分を吸い込み消してしまったんだが……それもあまり観察は出来ていないらしい。
「念の入ったご確認、大変御苦労であったな、近衛兵長殿。通してもらうぞ」
ヒューさんが、近衛兵長さんが出てきた隙間を通る。俺は床に落ちた欠片をパッと拾って、その後ろに付く。
他の近衛兵さん達は、寧ろ槍先を俺たちから外し壁に寄せ、通してくれている。
俺たちが通り過ぎると、後ろから、俺は認めんぞぉと言う叫びなのか雄叫びなのか、声が響いた。もちろん近衛兵長さんの声だ。
ヒューさんはそれがまるで聞こえていないように完全無視で、一転普通よりゆっくりな歩速になり、歩いていた。
「あ、あのヒューさん……近衛兵長さんとは、仲が悪いとか?」
「あの禿げ頭はですな、貴族の特権を、まぁこれでもかと上手く使って今の職に居座る国家の寄生虫にございます。
付きまとわれると禿げ頭がうつりますぞ」
いやいや、ヒューさんはふっさふさで余裕だからそう言えるんだろうが、俺の家系には禿げ頭で晩年を迎えた親族が結構いる。
頭周り・髪周りに関しては、こればかりは俺の立場からはあまり笑えた話ではない。
「貴族、なんですか? あの兵長さん」
「ええ、本人は貴族でありながら王宮勤めをする勤労貴族の様な事を言っている様ですが、何のことはありません。
領地で妻にも子供達にも嫌われ居場所が無い故に、貴族特権の幾つかを組み合わせ、法の抜け穴を突いて、今の職を得た、王宮にとってはとんだ災厄です。
いつ陛下に牙を剥くのではと、わたしの方がヒヤヒヤしている次第でございます」
「へぇ……貴族でも家族に嫌われると、あまり良い感じにはなれないんですね。まぁそれは何処の世界でも変わらない、か」
「でしょうな。人間が共々に生活する以上、気の合わぬ者が家族にいれば、それだけで家がくつろげぬ場所になってしまいます。
領地の家族達からすれば、口うるさく変に陰湿で妬み深いあの者がおらぬ方が、よほど屋敷は心地良く清々しいことでしょう」
近衛兵長さん、コテンパンに言われてるな。ヒューさんがここまであからさまに嫌悪の態度を示したのは初めて見た。
元々ヒューさんは、感情を豊かに表現してくれる。だから、ジェスチャーなど非言語が共通しないこの世界でも、ヒューさんを基準に色々判断が出来た所は大きい。
もし俺を拾ってくれたのがあの近衛兵長さんだったら……考えるだけでちょっとゾッとする。高圧的な上に頑固そうだし。
「ここを曲がれば、謁見の間までわずかでございます」
と、ここに来てヒューさんの苛つきは収まった様で、声から険が取れた。いつもの柔和なヒューさんだった。
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