第29話 丸投げ作戦、釘を刺される。そして白いエビと化して物を守るヒューさん。
ヒューさんに言われた国王陛下への報告。目の前の成果を見てて、うっかり忘れてしまった。
ついさっきまで「その対策」を女神様まで引っ張り込んで決めたばかりなのに。魔導水晶にはそういう忘却の呪いでも掛かってるのか?
まぁともかく……俺も浮かれていたようだ。ついじっくり、まじまじと魔導水晶に見入ってしまった。
単純に、それだけとても綺麗な物でもある、この魔導水晶という物は。
「俺も浮かれてたな、さっきまでその話を女神様としてたんですよ、王様にどう報告しよう的な事を」
「ありのままを申し上げる、と言う訳ではなくですか?」
「そこが少々ありまして……」
俺はヒューさんに、フェリクシアさんが抱えている事をかなり短く刻んで伝えた。
ほぼ主旨だけ。表に出たくない。深い理由はプライバシーなので言わない。
「左様ですか……しかし、今日の流れの中で、フェリクシア殿の活躍が無ければ、方法発見の知己に辿り着きませぬ。
シューッヘ様もお分かりかと思いますが、陛下に噓は通じませぬ。どのようになさるおつもりですか?」
ヒューさんの浮かれた雰囲気がいつの間にか消え去っていた。
単にシリアスと言うより、俺の回答次第では身体張ってでも止める、という気迫が滲んでいる。
「全て女神様任せにしてしまおうと思っています。女神様が突然掘る場所を教えて下さって、そこを掘ったら、出てきたと。
掘り出しの行程はそのままお伝えするとして、そこに至るプロセスを全部女神様に投げるつもりです」
俺の言葉にヒューさんは息を飲んだ。
到底納得した表情では無いのは一目で分かる。
「確かにその方法ならば、上手く行けばその場はしのげるかも知れませんぬが……陛下の眼力は凄まじいですぞ?
下手な噓を吐くよりは、正直に話された方が良いかと存じます、シューッヘ様の御自身の御為にも」
ヒューさんが、俺の事を案じて言ってくれている事はよく分かる。けれど、俺のミッションとして、今日の前半のプロセスは隠さなければならない。
俺だって、これ以上の案があるなら寧ろ教えて欲しい程で、俺自身のアイデアの限界でもある。女神様任せ。それ以外に秘匿が出来る言い逃れは思いつかない。
「王様の鋭い目に、正直どこまで耐えられるか、俺自身も実は自信がある訳では無いんですよ。けれど、フェリクシアさんの」
「その点は、深い訳がおありなのでしょう。と、わたしでもシューッヘ様の言葉からその程度は察しが付いてしまいます。陛下ともなれば、尚更でございます」
「うーん……本当は噓なんて吐かず全部話す方が楽なのは分かってはいるんだけど……このパーティーを維持するのなら、これは絶対に、必須なんです」
俺自身も言ってて不安になってくる。国王陛下の、あの貴族2名をいきなり領地没収に処した、あの時の目。
あの時の目は眼力云々で済ませられるレベルでは無く、もしも俺がその貴族だったら、多分即その場で倒れた。その位の圧が、あの目にはあった。
極論俺自身が処罰されるのは、このパーティーの事実上のリーダーだから仕方ないとして、下手にとばっちりが飛ぶのだけは避けたい。
「他に名案も無いので、この案で行きます。心配してくれて、ありがとうございます、ヒューさん」
「いえ、わたしもシューッヘ様のお助けになれる妙案も浮かばず、面目ございません……」
俺たちの間に流れる空気はちょっとしたお通夜状態である。
目をちょっと横にやれば、めでたそうに輝く魔導水晶があるというのに。
「正直、王様がこの魔導水晶にどう反応して、どういう会話になるか、俺じゃ予想も付かないし、ぶっつけ本番で行くしか無いです。処罰される時には俺だけ」
「シューッヘ様。パーティーなのでは無いのですか?」
俺の言葉は途中で遮られ、ヒューさんがターンをもぎ取っていった。
「パーティーリーダーという者は、単に自己犠牲だけの美談で済むものではありません。汚れ仕事もございます。
今回はその、汚れ仕事になるかも知れません。陛下を、多少でありとも欺くという、大変危険で、愚かな行為です」
そこまで言うと、ヒューさんは一つ大きな呼吸をしてから、言った。
「リーダー1人を贄として生き残る程、わたしは若くもございません。陛下のお怒りが万が一あれば、このヒューが扇動した事と致します」
「えっ、ちょっとヒューさん」
「これもまた、リーダーが覚悟なさったと同じく、覚悟にございます。可能ならば、使わずに済む気苦労である事を祈るばかりです」
あー……また恩が一つ増えてしまった。
ヒューさんには、どれだけ助けてもらってるか分からないなぁ……
もちろん俺自身、もしリアルに国王陛下がお怒りになって、誰かの命を差し出せ、と言われれば、人生リトライの俺は真っ先に人生を差し出す。
ただ、それでも。
そんな俺を、まだ生かしてくれようとする『仲間』に恵まれた事は、ただただ嬉しい。
俺の為に死ぬ、と言っている様なものだから。あの陛下の前では。
「俺も、なるべく陛下の御機嫌が麗しいまま報告を終われる様に努力します」
「陛下の御前には後見人としてわたしも参ります。他の面々は如何に致しますか」
「下手すりゃド修羅場なんで、俺とヒューさんだけにしたいです。いけますかそれ」
「それ自体は問題ではないでしょう。多少英雄面が鼻につくと感じられるやも知れませんが、口が多くあるよりは危険度は低いかと」
「なるほど、英雄気取りに見られる危険性もあるのか……難しいですね、八方丸く収めるって」
「そうですなぁ。どこかを意地で立てれば、どこかは必ず沈むものですので」
俺が溜息を漏らすと、ヒューさんも同じように溜息を漏らした。
このパーティーの迷惑人物、俺。苦労人、ヒューさん、の図だ。多分溜息の種類が違うだろう。
「ではまぁ方針は固まったと致しまして、この貴重品の搬送を致しましょう」
「はい。魔導水晶の結晶って、物理的には脆いんでしたよね、どう運びます?」
「ここまでの結晶の採掘時の記録は出回っておりませんので、とにかく慎重に、大切に運ぶ以外ございません」
そう言うと、ヒューさんが魔導水晶のすぐ前まで移動し、何か唱えた。
何か魔法が動くか、とちょっと身構えたが、特に何か起こるという事は無かった。
「身体強化魔法をわたし自身に効かせました。馬車道中はこのまま抱え込み、我が身を挺して魔導水晶を守ります」
そう言ったヒューさんは、10キロの貴重品の塊を、わたあめでも持つような感じで、ふわっとした手つきからの、下の方をがっちりホールドで持ち上げた。
ヒューさんが歩いて行くので、その後を付いていくことにする。
ヒューさんは真っ直ぐ馬車に進んでいき、左の小脇に魔導水晶を抱え込み、右腕一本で馬車の荷台へと乗り移った。
「ではわたしは、このまま到着まで、腹に魔導水晶を抱えております。これならば多少揺れても問題はないでしょう」
そう言ってヒューさんが、卵を抱える親鳥の様な、やもするとエビのような。そんな様子で魔導水晶に触れない程度に覆い被さった。
エビとは思ったが、色が白いな。ヒューさんの、ではなく衣装が、ではあるが。白い上質そうなローブのヒューさんが、魔導水晶の守り神である。
と、ここまで片が付けば、後は退却するだけである。俺も馬車に乗り込み、高い所から声を飛ばす。
「おーい、魔導水晶が馬車に入った! 全員今すぐ撤収するよ!」
俺の掛け声に、地球の並では無い迅速さで、女性2名が馬車後方に駆け寄ってきた。
「ノガゥア卿、テントやティーセットなど、片付ける物があるので少しだけ時間を頂きたい」
「それはもちろん。ただ、ヒューさんがこの状態で、長時間になればなるほど苦しいと思うから、出来るだけ早くしてね」
「シューッヘ君、あたし何か手伝える?」
「フェリクシアさんのフォローをお願い。撤退を急ぎたい」
「了解っ!」
いきなりの撤退宣言だったが、こういう場面にも慣れがあるのか、フェリクシアさんの動きが素早い。
ティーセットを撤収させるにしても、割れてしまって原型を留めない物はその場に残し、欠けた程度の物、無事な物だけを拾っている。
どこまでもメイド業が好きなんだ、と今更ながらに思う訳だが、あの過去の告白を聞いているからメイドへの執念・執着みたいなものも、理解は出来る。
それにしても、さすがグレーディッドを誇りにするだけある。
全力で馬車と荷物のある所を往復して、次々馬車の一番奥、ヒューさんから最も遠い所に、テント含め荷物を次々積み込んでいる。凄い馬力。
最後の、大きめサイズのティーポットの水なのか湯なのか、中身をジャッと一気に捨てて水分を切り、素早くそれを拭きつつティーセットバックに詰め込む辺り、早回しの映像でも見ているようだ。
「積み残しありません、いつでも出発出来ます」
「お待たせ、シューッヘ君、ヒューさん!」
フェリクシアさんが俺に告げ、アリアさん共々馬車に乗り込んだ。息の合ったコンビだ。
「フライスさん、馬車を出してもらえますか」
「フライス、この馬車は準全速力で、城の通用門前に付けよ。城塞内には、裏門を通ってな」
「かしこまりました!」
フライスさんの勢いの良い声が通る。それと共に、馬を操る掛け声が立て続けに飛ぶ。何言ってるのかはよく分からない。
と、程なく馬が、馬車が、ゆっくりと動き出した。……これが速度出してジェットコースターになるんだよな。全速力、危なくないか?
「ヒューさん、行きと同じ速度とかそれ以上だと、危なくないですか、おなかの魔導水晶」
「フライスの馬操作であれば、下手に時間を掛けて盗賊などに狙われる間もなく王城まで着きます。
アジャストの告知音がありました故、盗賊が狙う可能性が、多少なりともあるとは思いますので」
アッチャー! 俺の調子乗った小細工が、ヒューさんの寿命を縮めそうな方向に行ってしまった!
と、ともかくそうなると、早く着かないと行けないし、仮に追尾されても撒けるだけの機動力が必要だ。
となれば、全速前進しか選択肢はない訳か……ろくでもない事をしてしまったな俺は。後でみんなにしっかり謝ろう。
そうこうしている内に、馬車の速度はぐんぐん上がり、砂の上を滑るように走るまでになっていた。
相変わらずのド安定運転。ここから少しするとアップダウンがあるが、跳ね上げられる事は無いのが、全く凄い馬術だ。
と……俺がプロしかいない現場にいる素人みたいな状態になっている間に、城塞都市外縁部が見える所まで近付いた。
行きより早い。時計とか持ってないので正確では無いが、暑さに少しうんざりする、そのかなり前にここまで戻ってこられた。
そのまま馬車は、城塞と距離を取って進路を反時計回りに取り、城塞都市の南から北へと移動した。
遠くに城塞都市を見ているからそれ程感じないが、あれはあれで直径が数キロにも及ぶらしいと以前聞いた。その円周沿いに回っていく。
この辺りは砂地も平坦になっているので、馬車が風を切る風速が凄い事になっている。幌のなびく音がもう爆音である。
その幌のお陰でここに砂はほとんど入ってこないが、そもそもゴーグルも掛けずに御者台に乗るフライスさんは、超人以外の何でも無いだろう。
そんな事を考えている内に、馬車は城塞の北側へと回り込み、裏門を視野に入れるまでになった。
しかし減速しない馬車だ。鉱山手前のスタートこそゆっくりだったが、ほぼ減速しない。上り坂も一切意に介さない。
城塞都市はほぼ円形に見える。正確な寸法は聞いていないので仮に5キロを直径として、今半周爆走したのは……最低でも7.5キロを走り抜いたのか?
体感だと5分も掛かってない様に感じるが、仮に5分として……時速90キロ?? 馬車の速度じゃ無いだろうそれ。
何か間違えているんだな、俺は。素人がプロの仕事に口出しするとろくでもない事になる典型例だ。考えない事にしよう。
と……特に意味の無い頭の使い方をしている内に、馬車はようやく減速を始め、比較的常識的な速度に落として裏門まで着いた。
いつもありがとうございます。ご評価、本当にとてもありがたいです。
より一層頑張りますので、是非この機に「ブックマーク」といいねのご検討をお願い致しますm(__)m




