第27話 フェリクシアさんの、特大の秘密と過去
「ノガゥア卿。アリアさん。私が功績を持ちたくない理由をお話しします。
ですが本来この話は、私一人が墓場まで持っていくと決めていたこと。どうか、ご他言なさらないで頂きたい」
フェリクシアさんの表情は、いつもの無表情な雰囲気と似通ってはいるが、目が死んでいる。
俺としては、別にフェリクシアさんの手柄を取り上げてしまっても良い。それでフェリクシアさんが楽になるなら。
けれど、フェリクシアさんの様子から察するに、それだけで楽になれる様子でも無さそうにも思える。
「フェリクシアさん、もし話すのが辛かったら、話さなくても良いし、話してても途中で辞めても良いからね」
「お心遣い、ありがとうございます。話は短くはなりませんので、先に日傘を持って参ります。お待ち下さい」
フェリクシアさんが立ち上がり、馬車の方へと歩いて行く。
俺はアリアさんに目を向けた。
「アリアさん、フェリクシアさん凄く重たいものを抱え込んでる様に思う。俺が聞いて、それで少しでも楽になれば良いんだけど……」
「シューッヘ君は、いつも自分自身の事より人の事を気にして、し過ぎちゃうくらいの人だから、大丈夫。きっと楽になれるよ」
「だと良いんだけど……」
ふと地面に手を触れた。アジャストの効果がしっかり出ていて、俺たちが来るまで炎天下の、焼けた砂だったはずが、今ではちょっとひんやりしている。
日傘なんて持ってきてたのかな……あ、戻ってきた。アレは……日傘というより、砂浜で使う様なパラソルだな。さすがにカラフルでない実用品って感じだが。
「只今組み立てますので、しばらくお待ち下さい」
言うやすぐに組み立てに取りかかって、慣れた手つきであっという間に大きなパラソルが大きな日陰を作った。
「フェリクシアさん、ありがとう」
「いえ。私に出来る事は、この位なものですから……」
フェリクシアさんの様子が、アルファだった時と随分違う様に感じられる。
単に自信が無さそう、というだけで無く、何か後ろ向きな考えに捕らわれている様にすら思う。
「では、理由について改めてお話し致します。話は私の出生まで遡ります」
俺もアリアさんも、黙って頷くだけ。
肌に心地よい風が吹き抜ける中、フェリクシアさんの話が始まった。
「私の母は、王宮で国王付メイドとして仕えておりました。まだメイド特殊部隊の制度が無い時代、先王陛下のご統治の時代でした。
国王付メイドは、いざという時陛下の盾となり矛となる役目がありました。特殊部隊の前身部隊です。母は筆頭魔導師兼メイド、でした。
そこからは、ありふれた話です。母は先王陛下のお手つきとなり、私を身ごもりました。しかし、陛下はそれをお認めにはなりませんでした。
妊娠、という理由でもって母は国王付メイドから外されました。つわりの時期に入ったすぐの事だったそうです。
そして、私を出産した後も、母が元いたポジションに戻ることはありませんでした。
母は、私が物事が分かる頃合いから、常々言っていました。『陛下を恨んだりしてはいけない、男というのは皆そういうものだから』と。
でも私の気は収まりませんでした。母は何も悪いことをしていない、妊娠したのだって、先王陛下がお手つきになられた事。
なのに、母だけが職も名誉も失った。我慢なりませんでした。
私が間もなく成人、というあの日。私は復讐を決意して、先王陛下を殺そうと決意して……王宮に乗り込みました。勿論相応の準備はしていました。
時は先王陛下の最期の時期に当たる年月です。王宮設備の幾つものトラップを、事前に調べ上げた情報を元に回避し、先王陛下の寝所に忍び込みました。
既にこの当時、私は火魔法の神童と呼ばれていました。周りの者を盾にして守らせることしか出来ない王など、簡単に焼き殺せる。そう思っていました。
寝所に忍び込み、足音も息も忍んで、苦手な無詠唱魔法を放とうとした、まさにその時でした。先王陛下が突然、『フェリクシアか』と仰せになった。
私は、身動きが取れなくなりました。陛下はベッドに横たわり、こちらを見る動きさえ無かった。ですが陛下は、私の名をハッキリ呼んだのです。
動けず、魔力の籠もった右手を陛下のベッドに向けたままの私に、陛下はベッドから下りて、近付いてきました。私は殺される……そう覚悟しました。
しかし、実際に起こった事はまるで違いました。陛下は、冷や汗を流して固まっている私の頭にポンと手を置き、そして私に仰ったのです。
『苦労を掛けたな』と。その一言に、私はその場でへたり込んでしまいました。陛下は部屋のソファーに腰を下ろすと、私を近くに呼びました。
陛下は仰せになりました。フェリクシア、お前の事を忘れた事は、片時とて無い、と。
私は迫りました、ではなぜ母があのような仕打ちを、と。
陛下は、浅い溜息と共に仰せになった。
『儂には正妃たちとの子が無い。万一フェリクシアを我が子としたならば、たとえ女性ゆえ継承権が無いと言っても、命の危険がある。
お前の母がもしあのまま勤めていたならば、妊娠も必ず表沙汰になる。そうなれば、もはや生まれてくる子を守ることは出来ない。
産まれてくる子が必ず男と決まっていたならば、強引にでも皇太子に据えた。だが、男女は神の領域。人間に分かるものでは無い。
お前の母の腹が目立つ時期より遙か手前であったが、さすが王宮一の魔導師、自らの身体の変化に早く気付き、儂に進言してくれた。
儂は迷ったが、生まれてくる子がむざむざ殺される未来だけは斬り払っておきたかった。故に、腹の子を母親共々、王宮から退けたのだ』
陛下はそのように仰って、再びゆっくりとした動きでベッドへと戻って行かれました。
私は、心にモヤモヤしたものを抱えながらも、事前に予定していた逃走ルートを用い、城から出ました。
陛下がご崩御なされたのは、私が城に忍び込んだ日から数えて3日後の朝早くでした」
フェリクシアさんが一区切り付いた様に、目線を下げ気味に
……俺は先王陛下の事は一切知らない。子に恵まれなくて現王陛下がその子では無い事も、今初めて知った。
果たしてそんな俺が、とやかく口を出して、より不愉快な思いをさせないだろうか。
先王陛下の暗殺を試みて、先王陛下から直接許されて。
子を何とか守りたい、という先王陛下の気持ちも分かるし、国王から母親が無慈悲に扱われたという、フェリクシアさんの思いも分かる。
「話はもう少し続きます。長くて申し訳ありません。
先王陛下がご崩御された後、現王陛下の勅命により、グレーディッドの制度が出来ました。グレーディッドの男女比は1:1です。
更に、バイ・グレーディッドと呼ばれる、言わば第二位の位置もあり、それも男女比は同様です。これは人数が多く、300名程になります。
グレーディッドのうち、女性で、かつ属性の被らない者を集めて、メイド特殊部隊が作られます。私は第一期からずっと、グレーディッドでメイドでした。
母が、国王陛下をお守りするメイドで、私もまた、陛下であったり要人であったりをフォローするメイドとして、今日の日まで勤めてきました。
メイドである事が好きと。それは噓ではありません。メイドの仕事は忙しいですし、誰かから表だって評価される事も少ないものです。
しかし、子供の頃からずっと、母からメイドの心得を聞いて育っていました。もしかすると母は、私にもメイドとしての道をと望んでいたのかも知れません。
少し話が逸れました。陛下への報告についてです。
もし私の名前が、例えば功労者として表彰・叙勲されるなどして表沙汰になれば、元グレーディッドのアルファが、という事になります。
けれど、アルファはあの日、シューッヘ様を死の淵に追いやった事で、罪を受け死にました。今私がこうして生きているのは、平にシューッヘ様の御慈悲です。
グレーディッドとして、最初期から今まで貫き通したアルファの座。誰かが次代を担うにせよ、その歴史だけは、私の譲れぬ誇りです。
しかし、私の名が出れば人は言うでしょう。『元グレーディッドだったメイドが』と。私にはその『元』というのが、酷く辛いのです。
無論、繰り返しになりますが、アルファはあの日あの時に死にました。ですが私の心の奥底には、その無駄で無意味な誇りだけは、今でもあるのです。
私の気持ちを理解して欲しいなどと僭越な事は申しません。ですがどうか、私の事は影として、日の光の当たらない所に置いて下さい。
私は過去の誇りを胸の奥に抱え、誠実にシューッヘ様のメイドとして勤めます。ですから、どうか……お聞き届け下さい」
……過去の、思い出より遙かに重い、フェリクシアさん、アルファの誇り。それが「今」に上書きされるのが、本当に辛いんだな……。
しかし、対処はそんなに簡単には行きそうには無い。現王陛下に、俺の拙いごまかしや噓がまかり通る相手だとは思えない。
しかも、フェリクシアさんが担ったのは、魔力の流れの着想部という、言わば今回魔導水晶発見に至る根幹部分のところだ。
俺も魔力はあるが、あの細い通風口から山全体に行き渡るほどの大魔力をねじ込む事などとても不可能だ。
口裏を合わせるにしても、偶然思いついた様に装っても……陛下の視線に耐えられる自信は無い。
途中まで噓を吐いておいて、やっぱり噓ですごめんなさい、が通る様な甘い相手で無いのは、俺でも分かる。
俺自身の保身の為に、フェリクシアさんの希望を無視しなければいけない……そんな状況にあると思う。
けれど、フェリクシアさんは俺に、ここまで全てを話した上で、頼ってくれている。俺が真実を語らない事を願っている。
それを無碍にして、フェリクシアさんの事を明るみに出す事は、当然フェリクシアさんが望むことでは無い。
本当なら、いずれの答えを出すにせよ、フェリクシアさんに真っ向正面から向き合うのは最低限の気持ちだろう。
だが、俺の中に答えは無い。どちらも選べず、完全に手詰まりだ。国王陛下も大事だし、フェリクシアさんも大事だ。
俺はやっぱり卑怯者なのかなぁ、ここで女神様に頼ろうとしている俺って。女神様なら何とかしてくれる、そんな逃げ腰で。
でも、本当に俺の選択は、どちらを取っても、遺恨が必ず残る。
陛下のお怒りを俺が被るか、アルファの誇りをフェリクシアさんが傷つけられるか。下手な対応だとダブルでアウトもあり得る。
だから。卑怯者の誹りを受けてでも、俺は模範解答に頼る。プロセスよりも結果。我ながら、卑怯だな……。
「アリアさん。俺、まだ子供だ。フェリクシアさんの気持ちと、陛下への忠誠。天秤に掛けられない」
アリアさんもとても辛そうな表情をしている。
過去に縛られたことのあるアリアさんなら尚更、フェリクシアさんの今の気持ちが分かるだろう。分かる程に、余計辛いんだろう。
「俺を信じてくれたフェリクシアさんの気持ちを、裏切る事かも知れない。けれど俺は、全て丸く収まる『結果』だけを望む」
「それって……もしかして、女神様に任せる、ってこと……?」
「任せるかどうかは、分からない。けれど、女神様をこの輪に入れて『結果』を出す。フェリクシアさん。気持ち、受け止めきれなくて、ごめん」
俺はフェリクシアさんに頭を下げ、そのまま座位を正した。
「女神様、女神様……どうか俺とフェリクシアさんのどちらも喜べる『結果』を与えて下さい」
俺の呼びかけに、すぐには返答は無かった。いつもなら、すぐに、とにかく第一声はあるのに。
俺は、それ以上言葉は出さず、とにかく女神様の御姿を思い浮かべる事に専念した。
と、俺の横にアリアさんが並んで座った。何だろうと思うと、
「女神様っ、あたしからもお願いです、みんなが幸せになる『結果』を下さいっ……!」
俺と共に祈ってくれた。
フェリクシアさんから見たら、奇異かも知れない。卑怯かも知れない。意気地無しかも知れない。
でも俺は、誰も痛みを受けない『未来』を、絶対に叶えたい。誰かの犠牲の上なんて、まっぴらごめんだ。
『あんたは抱え込み過ぎなのよ、シューッヘくん。分かる?』
ようやくの女神様の御声に、俺はハッとして天を仰いだ。
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