第22話 楽しくも儚いデートの後は、現実の残務処理が残っていました。うぅ。
こうして俺の人生初デートは、存外と呆気なく時間が過ぎていった。
特別ピンチも無かったし、女性のショッピングに付き合うという苦手行動が、何故かビジネスに化けたりして寧ろ忙しかった位だ。
アリアさんが満足してくれたかちょっと心配だったが、まんざらでも無い感じで少し安堵した。
「ね、夕日観に行かない?」
靴屋さんを出て、しばらく色々見て回ってたら、アリアさんが突然そんなことを言った。
デートの締めくくりは夕日かぁ。アリアさんのデートの組み立てが上手で、俺がもてなされてるみたいだな、何だか。
俺はアリアさんに頷いた。すると突然パッとアリアさんが駆け出したので、待てぇーとばかりに俺も駆けていく。
街の中心から外れて、王宮を遠く右手に望みながら。途中でなんとかアリアさんをつかまえて。
再び歩きに戻ってアリアさんが連れて行ってくれたのは、ローリス城塞都市の正門であった。
「ローリスの城塞都市って、ちょっとだけ高台になってるんだけど、壁があるから外が見づらいのよ」
この時間の兵士さんは暇なのか、立って警備はしているが、雑談も、座っている横の兵士さんとしている。
アリアさんが、立ってる方の兵士さんに話しかけた。
「あのー、外の丘まで出て良いですか? 夕日が見たくて」
「ん? 構わないけれど、日が落ちきるまでには戻ってきなよ」
なんとそれだけ。
ヒューさんの馬車でのローリス入国の際は、左右に兵士さんがズラッと並んでいたが……今日は何にもない普通の日。これがノーマルなのかな?
一足先にアリアさんが出て行ってしまうので、それを追いかけていく。
アリアさんが言ってた「外の丘」は、本当に近かった。石畳に舗装された道を、歩いて1~2分、そこから砂地に踏み込んで3~5分? くらい。
アリアさんの横に立って、夕日を眺める。ちょっと一日の疲れが出た俺は、その場に座った。
「今日はありがとね、アリアさん。色んな所見られて、楽しかったよ」
「喜んでもらえて、良かった。ワイバーンの靴、届くの楽しみだね」
「うん! 考えるだけでもワクワクしてくるよ。ここまでワクワクする買い物なんて、初めてだなぁ」
「そっか。夢中になれる物が見つかるって、滅多に無いもんね。良かったね」
「アリアさんは、今日は楽しめた? 何だか俺の面倒見させちゃってる感じで……」
「ううん、そんな事はないよ? シューッヘ君と一緒なら、何処でもあたし楽しいもん」
と、アリアさんも砂地に腰掛ける。砂はとてもサラサラで、手にすらくっついたりしない。
「明日から、鉱脈攻めだもんなぁ、頑張らないと」
「そうねぇ。アルファさんの放免は、事実上の恩赦。半ば無理矢理恩赦を引き出したんだから、結果は出さないとね」
「恩赦かぁー。でもあの場では仕方なかったんだよな、すぐ対処しないとマズい空気はひしひしと感じてたし」
「対応は特に間違ってたとは思わないよ。ある意味『どうしても避けられなかった話』だと思うわ。自分を責めたり、落ち込んだりしないでね」
「避けられなかった話、か……うん、そうだね。そう思っておくと、少し気分が楽だ。ありがと、アリアさん」
夕日が半分位、地平線の向こうに沈んでいく。
「そろそろ戻らないといけないんじゃない?」
俺が言うと、アリアさんは
「そうね……ずっとこうしてたいのになぁ」
そう言って、砂地に付けていた俺の手の上に、手を重ねて来た。俺の心臓がバックンと飛び跳ねる。
「明日からも、その、し、仕事メインにはなっちゃうけど、一緒に居られるから。いつも俺の横にいてね、アリアさん」
「うん。いつもシューッヘ君の横にいて、貴族の妻としても大丈夫な女性になるわ、あたし。がんばる」
「アリアさんには苦労掛けちゃうね。俺が普通の市民だったらなぁって思うけど、今の俺は俺、変えられないからね」
思わず苦笑いが出てしまう。
貴族位だって別に望んだものでもなく、英雄職業と「セットでこちらもどうぞー」と付いてきたものだ。
「あ、そろそろホントに日が落ちるね、街に戻ろう」
「うん、そうしましょうか」
俺たちは、手を繫いで街まで戻り、そのまま王宮へと帰り、入口ホールで散会した。
その手は洗わないでいたかったが、アリアさんが手を重ねてきた時に結構手汗をかいてしまい、手が砂っぽい。やむなく洗うことになった。
因みに昼のレストランでもらってきたチーズは、アリアさんが預かってくれてたのを、最後に受け取って、それぞれの部屋へと分かれた。
何でも、炙ってクラッカーなどをディップして食べると美味しいそうだ。後でメイドさんの支度室に、ライターみたいなの無いか聞いてみるか。
俺の火魔法だと、手加減の仕方が分からないので、折角の美味しいチーズをこんがりカリッと焼き上げかねない。
ついでにクラッカーもあるかなぁ。デート中は夜食用のクラッカーまでは頭が回らなかった。イヤ参った。
***
夕飯も食べ終えて、メイド支度室から度数の高い酒と火打ち石を借りてきた。今日は全員出勤ではなかった。メイド長さんもいない。
チーズの事を話したんだが、約1名随分ニヤニヤしてるメイドさんがいた。今日の朝世話になった、闇魔法のイオタさんだ。
イオタさんに、あの店行ったんすかー、どっちが気合い乗ってる側ですー、とか言われる。
あの店はアリアさんが誘ってくれて行ったのでそう答えると、あーそりゃなんとも積極的なお嬢さんですことー、と棒読みが返ってきた。
イオタさんは地球時代の俺みたいな「リア充は爆ぜろ」的な思考の持ち主なのだろうか。何となく同族の臭いがした。
で、チーズの現物も持っていってたんだが、アルファさんが小さな火魔法で中心をちょっと炙ってくれた。
その上で、どこからかクラッカーが出てきて俺にくれたので、試しに食べてみた。うーん絶品。店の味がよみがえる。
アルファさんに、その魔法俺でも出来ますか的な事を聞いたら、無理でしょう、と返ってきた。
俺の火魔法は最低でもそのチーズ位の火炎になってしまうとの見立てだった。それじゃ美味しく食べられない。
どうしようかな……と考えていたら、奥から透明な酒の瓶と、火打ち石、そして石の板を出してきてくれた。
酒をちょっと垂らして、火打ち石で着火して燃やす、すると丁度ディップするのに適した程度にとろけるらしい。
ただ石の板が謎だったんだが、これはまな板代わりとの事だった。確かにコレがあれば、机の上で火も付けられるし、こぼれても机を傷つけない。
色々やってもらって、俺ばかり楽しんでいるのも悪いので、メイドさん達で半分行きます? と聞いた。
イオタさんは来るかなー、と思っていたら、そこにいた全員乗ってきた。これだと半分では足りないと思ったので、もう少し分けると告げた。
そうしたら、デルタさんが鼻歌混じりに包丁を振りつつ持ってきた。危ねぇ。相変わらずデルタさんはどこかズレてる。
ただ、包丁を扱うのは、シェフのそれでは無い方向性で慣れている様に感じた。堅そうなチーズだが簡単に刃が通り、パッパと裁断されていく。
結果、まず舟形のチーズ。これは縦に半裁した物の底面を更にスパッと切って作っていた。残った半分から少し切り取って、それをベータさんが奥にしまった。
デルタさんの包丁さばきはまだ止まらず、舟形にする際に出た切れ端とプラスアルファ切ったのを、細い千切りにしたり、大きさが取れる部分は四角い切り出しにしたり。
いくつかの種類の食べ方が出来そうな『チーズ盛り合わせ』が出来て、アルファさんが持ってきてくれた大きな白いお皿に乗せられて、完成。
アルファさんが部屋まで持ってきてくれる事になった。
メイド支度室を出る時には後ろから、「ごちそうさまです」的な言葉が背中に飛んできた。ごちでーす、から、ごちそうになりますわぁおいしそう、まで多彩だ。
アルファさんは何を言うでもなく黙々と、俺の後ろを石の板と白い大皿を持って歩いてくる。
「悪いね、アルファさん。他のメイドさんに食べられちゃうね、急ごっか」
「いえ、お気遣いはご無用です。それより、恐れ入りますノガゥア卿の私室にて、少しお話し宜しいですか?」
「へ? それは構わないけど」
と、言う間に部屋の前に着く。東棟から西棟まで、階段なしの一直線だから、早々話をしている間も無い。
俺は自室のドア開いて、アルファさんに入ってもらった。
アルファさんは一直線に応接のデスクに向かい、真ん中に石の板をまず置いた。大きな板ではないとは言え、厚みがあり重そうだ。
そして俺の右手側になろう位置に、チーズの大皿を置いた。更に白布に包まれたナイフとフォークのセットをポケットから出して、そこに沿えた。
うーん。話をするのに「両者の中間にチーズ」というのも何だかな……俺は普段は座らない、奥の一人座席に座った。
アルファさんは、こちらが言わないと立ちっぱなしなので、いつも客人が座る所に促した。要はL字型に座る感じだ。
「それで、話って言うのは?」
「はい。明日の始業時間より発効分の辞令にて、私はグレーディッドから降格となり、更に王宮メイドからの除籍が正式通達されました」
「え……つまり、メイドは首になるし、グレーディッドでも無くなっちゃう、ってこと?」
「はい、その通りです」
うーん、降って湧いた災難、とでも言うべきなのかこれは。
さっきまでの幸せ脳みそが、どんどん硬く引き締まってしまうのを感じる。
「アルファさん、じゃなくなるんだよね」
「はい。本名はフェリクシアと申します。明日からは、しばらくぶりに、私はフェリクシアに戻ります」
「思ったんだけど、それだけを言いに来たわけでは、ないよね?」
「……はい、ノガゥア卿。本日はお願いがあり、お話ししたかったのです」
うーんなんだろ。失職・グレーディッドからの転落の恨み言? キャラじゃないけど、人は変わるしなぁ。
ただ、お願いがある、という言い方をしている。俺にして欲しい事って何かあるかな。
あり得るとすれば……
「そのお願い、もしかすると『私を雇って欲しい』ってお願いかな?」
「ノガゥア卿には、全てお見通しのご様子にて……」
うん、やはりそうか。でも、まだ不自然な点は幾らか残る。
グレーディッドとして、国からの対価も相当な物だったろう。それこそ、一般市民として暮らすなら再就職要らないレベルなんじゃないか?
でも、アルファさん、もとい、フェリクシアさんは、雇用を求めている。
俺側のニーズとしては、これは実はありがたい。屋敷に詰めてくれるメイドさんは、いずれ探す必要があった。
メイドさん雇うと言っても、貴族街区の中の屋敷なので、メイドさんは雇ってせいぜい2名が関の山。そこまで広くもないから寝泊まりとかで2名がまぁ限界。
その2名を、適正を見たり属性を見るという本人の表の部分だけではなく、鉱脈掘削の秘密などの保持が出来る人か調べる、誰かが裏で糸引いてないかって身辺調査も必要になる。
その点、王宮にメイドとして勤めていたフェリクシアさんであれば、王宮が全て身辺調査を済ませたメイドさん、として、即日使える。即戦力だ。
更に、戦闘の基本魔法にもなるだろう火魔法の達人・グレーディッドの経験者。火魔法はアリアさんも中心に置く魔法属性だから、先生がいても良い。
そういう意味で俺側のニーズとしては、非常に欲しい存在だ。
だが、働かないでもいられそうなのに、何故またメイドとして? 王宮勤めなら、名誉、という筋もあるが子爵屋敷では名誉なんて無いに等しい。
どうにも『理由』がハッキリしないんだよなぁ……後々禍根になってもいけないから、キツい話だが聞くか。
「フェリクシアさん。王宮メイドでは随分稼げたのでは? それなのに何故メイド職として働こうと?」
「私が、メイド業というのが好きだからです」
「……えっ、それだけ?」
「はい、それだけです」
随分と真っ直ぐな視線で、言い放った。ん、んん、難しい。噓など全く無いように見えるけど、大丈夫か?
と思ってると、
「ただ……同じ働くのであれば、全く知らぬ方に仕えるより、少しでも知っている方に仕えたいと思いました」
次の言葉も、非常に真っ直ぐな澄んだ目で、淀むこと一切無く、肩の力も抜けて話せている。
いやグレーディッドの目が信頼出来るかとか、俺に読めるのかとかは、ちょっと自信ないけれど。
やましいところがあると、人間こうまでは真っ直ぐしていられない。ここまで堂々と、噓だけで貫き通すのは難しい。
シンプルに「メイド業が好き」とは……まぁ、身辺調査も不要だし、モチベーションがそこならば、俺としてはありがたいとは言える。
「雇うのは、問題無いかな。賃金とかの部分はヒューさんに任せっきりの部分になるから、ヒューさんが反対しなければ、っていう条件は付くけどね」
「アリアさんの反対はいかがですか。私が性別が女性である為、あまり良く思われないかも知れません」
「あーそこは……結局誰であれ女性のメイドさんは屋敷に雇うつもりだったから。もしアリアさんがそこで揉めるとしたら、俺はずっとメイドさん雇えない。だから、そこは心配しないで」
「はい、ありがとうございます」
「んー……明日の一番でヒューさんの所に行って、条件を詰めてから契約書をヒューさんに作ってもらって……って感じかなぁ。明日は初鉱山だからなぁ、うーん」
「ノガゥア卿が良ければですが、1日ボランティアスタッフとしてノガゥア卿の周辺のつとめをさせて頂きますが。それでしたら契約書は後日でも」
「フェリクシアさんが良いんならそれでも良いよ。けど、予定外にキツい仕事になるかも知れない。それでも無報酬で大丈夫?」
「はい。グレーディッドとしての奨励金がたくさん貯めてありますので、食べる為に働く必要は、一切ありませんので」
「OK、分かった。じゃあ、明日の10時少し前にまたこの部屋に来て。そこで皆に正式発表にするよ。先に顔合わせたら、言ってもいいけどね」
「いえ、ご主人様のお言葉に先んじては一切、情報を漏らすことは致しません」
さすが王宮メイド、堅いところは随分堅い。
守秘義務が「言わずもがな」当然、と思ってくれるメイドさん、探す手間が省けたのはありがたいなぁ。
「じゃあ、これからはメイドと主人として、よろしく」
手を差し出した俺に、
「よろしくお願い致します」
しっかり握り返してくれた。やはりローリスは頭はそう下げないらしい、ギルドでもあった事だが。
これで一人、明日はスタッフが増える。しかも、魔法の扱いに関してはトップグレードだ。
魔法の手数が増やせるのはとても良い。『ワーム作戦』は魔導水晶の発見まで。そこから掘り出す方法論にも欠いている。
現地次第だが、アルファさん改め、フェリクシアさんに「働いてもらう」場面があるかも知れない。
アリアさんが、嫉妬しなければ良いんだが。
正直言うと、実はそこ結構心配。
嫉妬は怖いからなあ。おー怖。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




