第6話 晩餐の後はシャワー。シャワーの後は……ちょっと女神様神罰痛いんですけど。
晩餐は凄かった。次から次へと、一体何皿出てくるんだという程たくさんの食事。
元々地球人な時、ジビエ料理が結構好きだったから余計良かったのだろう、出てくる料理全て、とても美味しく頂けた。
お姉さんが大皿を置く時に、料理名を小声で言うのが上手く聞き取れなかったが、何かの動物の肉を焼いて調理したものがメインだった。
食べ盛りの年齢でもあるので、出てきた大皿からヒューさんが二切れ三切れ取って、後は俺が食べる、という調子だった。
因みにフライスさんは、乾杯の際にいつの間にか部屋から退出していた。
「それにしてもシューッヘ様の食べっぷりは大したものですな、わたしも若かった頃を思い出します」
「何だか、何もしてないのに大飯喰らいで申し訳ないです」
「いやいや、シューッヘ様がどんな方であろうと、若い者はその位食べるのが良いものです」
ハーブ水を片手にヒューさんが笑った。
俺も、食べ始めてエンジンが掛かったというか、先だっての恐怖も抜けて肩が楽になった感じがしていた。
「頼んだ物はこの位ですが、もっとお食べになりますか」
ヒューさんが言う。真面目に言ってそうなところがなんとも。
何せ、さっきから入れ替わり立ち替わり大皿が出入りして、結局メインディッシュ級が4品くらいはあった。
それをバクバク食べてしまえる俺の胃袋もなかなかだが、更に追加はどう考えても無い。既に、腹がかなり苦しい。
俺は首を横に振り、腹をさすり、存分に食べた事をアピールした。
「ご満足頂けた様で、何よりでございます。この後でございますが」
と、ヒューさんがパンパンと手を叩いた。扉が開き、フライスさんが入ってくる。
ヒューさんはフライスさんと何やら小声で話していた。聞いてはいけないような気がして、ちょっと目線を外した。
「お部屋でございますが、誠に申し訳ございません。客室の大半が既に埋まっており、中上級客室が1つのみしか、確保出来ませんでした」
再びヒューさんに目を戻すと、気難しそうな顔になっていた。フライスさんも同じような顔をしている。
「えぇと……3人で寝られるくらいの広さはありますか、その部屋って?」
「ベッドは2台ございます。わたしはソファーで休みます。ですので、2台ともご自由に使って頂ければ」
「いえいえいえいえ、そこ変です。俺が一番若年なんですから、俺ソファーで良いですって」
と言うと、ヒューさんだけでなくフライスさんにまで血相変えて否定された。
「シューッヘ様、貴方様は国賓同様にございます! わたしが国賓からベッドを奪って寝たなど知れたら、首が飛びまする!」
「そ、そんな話になっちゃうんですか」
「当然なります。本来であれば、一部屋丸々使って頂かなければいけない御身分です、あぁそうだフライス」
フライスさんが短く、はっ、と答えてヒューさんに駆け寄った。
「馬小屋はどうだ。馬車の中であれば、わたしらが寝るにもそれ程問題はあるまい」
耳を疑ったが、ヒューさんの顔が真剣で、冗談の様子は全く無い。
「いえいえいえいえヒューさん、ベッド2台あるんだったら、ヒューさんも使ってくださいよ。フライスさんはソファーになっちゃうにしても……」
「私めが英雄様とご同室させて頂く、それは決して、絶対に、あり得ません」
「えー……」
フライスさんがガチの本気な表情で真剣に否定。
その横にいるヒューさんが、
「シューッヘ様、この爺が寝る時まで横にいては、落ち着かれないでしょう?」
と、さも当然の様に言うのだが、
「むしろ、この知らない世界で独り寝する方が落ち着かないですよ」
実際マジでそうだ。添い寝して欲しいなんて言わないが、俺一人ぽつーん、というのはかなり嫌だ。
しばらく押し問答が続いた結果、俺とヒューさんはベッドのある客室を、フライスさんは馬車のソファーを使う事になった。
別にフライスさんも一緒の部屋で全然構わなかったのだけれど、そこはヒューさんもフライスさんも、断固として譲ってくれなかった。
***
「お風呂、先に頂きましたー」
客室にはお風呂が付いていた。しかも、壁際にレンガで組まれた浴槽があり、温泉ではないのだろうが掛け流しになっていた。
更に、その横にはシャワーもあった。シャワーは地球の物のように自由には動かない、固定式シャワーだが、頭を流すのに重宝した。
しかも、日本のスーパー銭湯であれば当然の「置き付けのシャンプー」「石けん」、これがあった。香りはあまり良くなかったが、スッキリ清潔である。
「ふぅ……俺がいた国って、お風呂にはかなり力入ってる文化なんですが、それにまるで劣らない、とても良いお風呂でした」
「それは大変宜しゅうございました。この宿は地下から湯を汲み上げて、浴槽に流しております。疲労回復に良いと言われております」
温泉だった!!
「ヒューさんは、入らないんですか? タオルとか用意してないですけど……」
「わたしは今日は遠慮させて頂こうかと。もしシューッヘ様が宜しければ、是非お話をお聞かせください」
俺もまだ眠たくなるには早い感じがしたので、笑顔で頷き、快諾を示した。
中上級客室、と言うだけあって、地球のビジホとは訳が違う。
俺の「ホテル知識」なんてそんなものなので、この部屋が豪勢に感じる。
壁には作り付けの食器棚があり、そこにはグラスが伏せて並んでいる。皿などの器も少しある。
一方、地球のホテルだとどこでも冷蔵庫くらいありそうだが、この部屋にそれは無い。
俺が風呂とシャワーを楽しんでいる時に、脱衣所がもぞもぞしているなと思った。
後でヒューさんに聞いてみると、フライスさんが、俺の来てた衣服を魔法で洗濯してくれる為に持ち出したのだそうだ。
更に驚くべきことに、下着だけは、綺麗に畳まれて置いてあった。魔法洗濯は、時にとても早いらしい。
いやしかし、別に夏服の学生服……白いYシャツと黒のパンツに思い入れなんて無いから、この世界の服装で全然良いんだけどな。
そう言ってみたらヒューさんから、
「衣服は文化にございます。どうか御自身の出自を大切になさって下さい」
と言われてしまった。
そうか、異文化・異世界の、とか考えるとアレだが、日本で着物を粗末に扱おうとする人がいたら、俺も多分止める。
「日本人」というアイデンティティー、というより単に「学生」のアイデンティティーな気はするが、これも異世界の文化か。
この世界の人たち、この宿にいた人たちやオーフェン王国の市場の人たちの服装を見ると、まだ染色技術などはほとんど一般的ではないらしい。生地の素の色合いな服を着ている人が大多数。
俺の白シャツなんてすぐ汚れるし、長旅には絶対向かないと思うんだが……それでもヒューさんにああ言われてしまうと、着替えくださいとは言いづらい。
ただまぁ、今はこの宿にあったタオル生地のローブを着ている。
ヒューさんの王様ローブとは全然違う、リラックス専用という感じのふかふかローブだ。
お風呂上がりにバサッと羽織って、前をひもでちょっと締めて。うん、なんかリッチだ。
客室に入るなり、ヒューさんから風呂を勧められた。何か理由がありそうだなーと思ったので従った。
その予想は、どうやら正しかったらしい。
客室の、ベッドから離れた所にあるソファーとテーブル。そこに、食事処で見たワインクーラーっぽいのに入ったボトルドリンクが1本、グラスが2つ添えられていた。
ヒューさんは入口に近い側の一人がけソファーに座っていた。
俺はどこに座るべきなのか悩んだが、マナーも知らないし、地球のマナーが通用するとも分からない。迷った。
ただ、膝突き合わせる距離はちょっと俺も緊張しそうなので、長ソファーは避けて対面の一人がけに座った。
長ソファーは、右手側に。3人か4人かが座れる大きなものである。そして、それだけのスペースがあるだけあり、向こう正面のヒューさんはちょっと遠い。
「お話を、と申し上げましたが、あまり固くはならんで下さい。尋問をしようと言う話ではございませんからな」
はっはっ、と笑いながら、ヒューさんが立ち上がり、ボトルからドリンクを2人分注ぎ、こちらにもくれる。
年長者にお酌っぽい事させて良いんだろうか。立ったり座ったりさせてしまっている。
うーん……あくまで下座をキープされてる気がするなぁ。座り位置間違えたかな。
「シューッヘ様をこの世界に転生させなさった女神様が、まさかサンタ=ペルナ様であったこと。わたしは、世界の運命が動く時に立ち会う事が出来、大変誇らしく思います」
「うーん……」
嬉しそうな、そして誇らしそうなヒューさんを見ていると、本当に自分がそんな大層なものなのか疑問でならなかった。
「でもヒューさん、俺、女神様から……賜ったスキル? みたいなのはあるらしいんですけど、まるで使いこなせていません」
「シューッヘ様。シューッヘ様は、ペルナ様と念話通信をすることは出来ませぬか?」
「念話通信?」
「はい。端的に、わかりやすく言うと、『念じて届く』という事は、無いでしょうか」
念じると、女神様に届くものなのか……?
「やったことがないので、出来るのかどうか……試しに、少し念じてみます」
ヒューさんが真剣な面持ちで頷き、場が静まった。
俺は心の中で、女神様の名前を連呼した。
(サンタ=ペルナ様、サンタ=ペルナ様、サンタ=ペルナ様。)
返事は無い。ペルナ様のバカ。
『ちょっとバカとはなによバカとはー! 神族に向かってバカ扱いするのは、さすがにお行儀悪いわよ』
「うおぅ!!」
突然頭の中に声が響いて、びっくりして変な声を上げてしまった。
(ペルナ様、せめてスキルの使い方くらい教えてから放り込んで下さいよ、バカ。)
『あーまた言った! この子、神を敬う心が欠けてるわ、ちょっと神罰喰らわせちゃう』
えっ? と思ったその直後。
全身に電撃が走るような激しい痛みとけいれんと、トドメの筋肉の硬直でテーブルに頭から突っ込んだ。
「シューッヘ様、シューッヘ様! 大事ございませんか!」
「だ、大丈夫です。女神様に少し文句を言ったら、バチが待ってました」
「なんとまぁ……女神様に、初めての念話でいきなり文句を言う方は、あなたぐらいでしょう」
ヒューさんは少し呆れた風にも見えるが、ともかく女神様と話すことは出来る様になった訳だ。
因みに、女神様を煽ったのには理由がある。転生転移の場での女神様は、どこの世界でも良いよー、みたいな感じ・言い方だった。
それ位いい加減だと、もしかすると俺の事も覚えていないかも知れない。
となれば、ここで悪い印象でも、印象を残した方が良いと思ったのだ。
結果がコレだ。額がじんじん痛む。
思いっきり机に額を、突っ伏す様に突っ込んだからな。痛いわ当然。
「ヒューさん、もう少し女神様とお話ししても、良いですか? 内容は、あとで共有します」
「おお、それはありがたき幸せ。どうぞご存分に。但し、あまり不敬な事はお控え下さい。ペルナ様は……い、いえ失礼。とにかく、お気を付け下さい」
『んー、そこのヒュー元老院前院長閣下さんも、随分と私の事を荒ぶれ者みたいに思ってるわね。こっちも神罰かしら』
(やめてあげて下さいねペルナ様。ご老人は、変なショックで死んでしまったりしかねませんから、俺で良ければ身代わりに)
『あら殊勝ね。で? 敢えて女神を小馬鹿にした発言までして、何を気を引きたいと思ってるの?』
あらら、バレてる。
(……ペルナ様、教えて下さい。俺のスキルの発動方法を。
ペルナ様は俺に、絶対結界と光の自由操作、という2つを下された上で、この世界に送って下さいました。
あとそう言えば、全ての属性の魔法でしたっけ、それも付けて下さった、と覚えています。
けれど俺は未だ、そのいずれも、自分の思う様に、使いたい時に、スキル発動ひとつ出来ません。これでは全て、絵に描いた餅です。)
俺の真摯な訴えに、女神様は少し不思議そうな声音だった。
『えっ? 別に特別なって何も……あー、あなた地球出身だったわね、あの星は魔力も神術も無い、凪の星だから』
(凪の星、というのは初めて聞きましたけれど、そうです魔術も神様の奇跡も、魔法もスキルも、無い星です)
と、ペルナ様が言うって事は、今の今までそれを忘れていた公算が大きい。
『わ、忘れてた訳じゃないわよっ! ただちょっと……手違いがあっただけ』
アレ? また心、読まれてる?
……そう言えば24時間監視も楽勝、みたいなこと言ってたこの女神様。
『あんたの心なんて、神族からすれば透かし通しに見えてるのよ、単純だし。でもねぇ、スキルの『安全な』発動の仕方を、地球人に教えるとなると……んー……』
ふと、念話で繫がっていた感じの何かが、途切れた気がした。糸電話の糸が切れたような感覚だ。
「えーと、ヒューさん?」
「おお、いかがでしたか」
「今は、ちょっと休憩みたいな? 念話が途切れました」
「左様ですか、お疲れではないですか? お飲み物もございます」
言われると、緊張もあり机に突っ込んだのもありで喉が渇いていた。
勧められたグラスを一気にあおった。ん? 苦いっ、んん、熱い?!
「シューッヘ様? ……あぁ、お酒を飲まれたことが無いと、シューッヘ様は仰せであったのに!」
「か、か、辛いというか熱い……これは? これがお酒ですか」
「ナイトキャップの類で、少し薄めてはありますが、アルコールの強い酒です、申し訳ない」
かっかする胃から、頬へ向けて、熱が上がってくる感じがある。
すぐに頬を中心に顔全体がぽっかぽかになる。
『あら、女神を前にしてお酒の方に行っちゃうなんて、随分豪気って言うか、無礼じゃない?』
(こ、これは事故でしてぇ……あっ! なんだったらペルナ様も一杯どうですかー、俺、酒は初めてなんでー、強いのかとかよく分からんくてぇ……)
『あらま、即行出来上がってるわね。けれど、酒は頂くわ。その器に満たして、天にかざしなさい』
「ヒューしゃぁん!」
「は、はいどうされましたか」
「ペルナさまからのご神託でぇぃす、お酒をここに下さいー!」
「ご、ご神託? ともかく酒は、これに」
すぐ、さっき飲み干したグラスに酒が満たされた。
「はいっペルナ様ぁっ!」
と俺が頭を下げて天にグラスをささげた。
すると、おおっ、とヒューさんの歓声が上がった。
なんだろと思いつつグラスを下ろすと、グラスは空っぽになっていた。
「あえ? グラスに入ってたの、無いのなんで」
「シューッヘ様は、供物の儀を経ずに女神様に供物をお渡しできるっ、まさに女神様の御使者!」
「ごししゃ? ごー……」
ふわふわの頭の中が、だんだん朦朧としてきた。辛うじてソファーに腰を落とすと、瞬時にまぶたが落ちた。




