第21話 ついに俺氏、ドラゴンライダーになる! ……靴だけね!!
靴屋さん。皆さん履いてるの革靴だから、町場の革工房的な店を思い描いていたんだが……
まず、結構店が大きく、立派。さっきの雑貨屋さんの、横幅3倍は確実にあると思う。
ガラス張り・扉は開けっ放しのスタイルで誰でも入れる感じにはなっている。
「ここが、私が紹介したかった靴の工房だよ。靴以外も、革全般であれば作ってくれるけど、良い靴作れる店なら絶対ここっ」
早速入ってみる。
店の奥から、職人さん達が働いているのだろう、革を金属の上で叩くような、くぐもった槌の音が幾つも聞こえる。
店主さんなり受付なりみたいな人は、この国では珍しく髭だ。今まで髭生やした人物は見なかった。
取りあえず、声掛けてみようかな、今日は俺は客の立場だから、堂々としてて良いはずだ。
「あのすいません、仲間からここで靴を作ってもらえると聞いたんですが」
「あぁ、その人合わせの靴を作るよ。あんたの靴かい? それとも贈り物かい?」
「俺が履く、予備用の靴です」
「予備用か。いきなり活動しなさそうな靴の注文でちょっと残念だな。今の靴を見せてくれるか、そこに掛けてくれ」
丸いチェストの様な椅子に座る。これも白に着色された革で出来ている。徹底してるなぁ……
「この靴……これ噂に聞く『ゴム』とか言う素材か? 靴底と、先端なんかにも部分的に使ってるのは」
「あぁ、ゴムですね。俺も詳しいことは知らないんですが。あと、そのかかと部分には、空気のクッションが入ってます」
「ゴムの中に、空気の……なぁ兄さん、この靴いつか使わなくなる時があったら、工房に譲っちゃくれないか?」
「ううーん、それは確約は出来ないですが……この靴並みに、とまでは言わないので、歩いてて足が痛くなりにくい靴が欲しいんですよ」
「そうだな、かなり値段は張るが、丁寧に鞣した幼獣の皮を素材に使えば、まず足の痛みは無い。普通の革より伸びるし柔らかいし、耐水性もある」
「試しにその革で、1足作って下さい。お代金は……これで足りますか?」
「……お客さん、一体何足一気に作るつもりだ? 今店に出してる品物全部買っても、多分まだ残るぞ大金貨では」
「あ、そ、そうなんですね。じゃあ……こっちだと?」
「貨幣価値が分かってない相手に売り込むのは何だか気が引けるが……その金貨を3枚もらおう。最高に履きやすい靴になるよう、魔法付与した靴を作ろう」
やはり専門店の人との買い物での話はまだ俺には早かったのか、金貨3枚がどの程度の価値かも分からない。
ただ、丁寧な処理をした「幼獣の外皮」は、革より伸びるらしいし、耐水性も微妙に嬉しい所だ。後は魔法付与。多分値段を上げてる要因だろう。
「アリアさん、俺すっごい靴にお金掛けてる気がするんだけど、どう思う? しかも一応予備の靴の予定だけど」
「予備の靴に幾ら? えっ、金貨3枚?! ちょっとごめんなさいマスター、内訳を教えてもらっても構わないかしら」
アリアさんが、ちょっと強気な声音で店主さんに食ってかかりに詰め寄った。
言われた方の店主さんは、冷静というか、何というかやる気が無いようなのんびりした調子である。
「ん? お嬢さんアンタ何処かで……あぁ! 生活者ギルドの講師さんか。それで、こちらのお金持ちさんとのご関係は?」
「あの、こ……恋人です!」
「そうか、だったらしっかり口も出さないとな。金持ち過ぎて麻痺してるご主人様だからな、こちらは」
と、店主さんがこちらを、ちょっと残念な人見る目で見てくる。アレ俺、何かダメなこと……したなぁ。うん。
「大体にはなるが、金貨1枚分が魔法付与の代金になる。靴自体は、後精算での返金ありを見込んで、余裕にもらって金貨3枚だ」
「魔法代金は分かりました。けど、金貨2枚の革って、何を使うんですか? そこまで高い素材は、聞いた事が無い……」
「そりゃそうだろうな、うちでも秘蔵の革だからな。ワイバーンって知ってるか? アレの幼獣の皮。と、これで価値が分かってもらえるとお兄さん的には嬉しいんだけど」
「ワイバーンの皮履けちゃうの俺って?! もうそれドラゴンライダーじゃん!!」
「お連れさんテンション高いねぇ、竜族に何か繫がりか憧れでもあるのか? ともかく、素材も破格の高級素材だから、この位にはなるのさ」
トコトコとアリアさんが、チェストに座る俺のすぐ横に帰ってくる。しゃがんだ。あれ、少し溜息混じりだ。
「どうだった? ワイバーン皮って、もうそれ自体俺にとっては奇跡的な代物なんだけど!」
「シューッヘ君、さすがにその靴出来上がってきたら、今のとメイン交代して、新しい靴履きなよ、ワイバーンが泣くよ?」
「そ、そっか。しかも魔法付与なんだよね、どんな魔法かなぁ」
「付与魔法って、精霊魔法で出来るってことしか聞いた事は無いけど、多分今の靴を軽く超える快適さになると思うわ」
「アリアさんもどう? まだ財布に、大金貨が残ってるから買えるよ?」
「嬉しいけど……良いのかしら、こんな贅沢して。まだ収入も十分には整ってないのに」
「そこはアレ、しばらくはまだ『英雄諸費』に頼ることにはなるけど、鉱脈の方、多分かなり行けると思うんだ。
それにさ、ヒューさんが渡してくれた財布なんだから、『使っても良い』お金しか入ってないでしょ? だから、さ」
と、二人で話していると店主さんがニョキッとカウンターの向こうから顔を伸ばしてきた。
「もし2人分作るんだったら、単価は少しだが落ちるぞ。無駄の無い裁断が出来るしな。ついでに革小物も作れる程度の端材は出るが、どうする?」
「アリアさん、何かいる? 俺たちのこれからにもなるけど、家計とかの支払いをアリアさんがするなら、良い財布は持って欲しいなって思うんだけど……」
「わ、ワイバーンの財布、ワイバーンの……」
うろたえるアリアさんに、のんびり口調の店主さんが言う。
「そうそうワイバーンって言えばなぁ。噓か誠か知らんが、竜を持ち歩くってのは金運を上げる、なんて言ったりもするな。金運も含めて財布だろうから、ワイバーン皮財布はお勧めだな」
風水か何かか?
確かに風水だと、金運に龍は付き物だ。但し、今回の皮は龍では無くて竜なんだけど。
「どうアリアさん、もらってくれる? 俺からのプレゼント、のつもりなんだけど……」
「あ、ありがとうっ!! 喜んでもらっちゃうね!」
「じゃお二方、お話しは成立でOKかい? 端材代別途は無いので、加工賃もまぁ値引きだ、このまま金貨3枚で請け負って良いか?」
「お願いします!!」
そうして、その場で金貨を支払った。財布の金貨は全て消えた。
それにしてもワイバーン皮かぁ、空の王者の皮。ロマンしか感じない!
「凄い物買っちゃったなー、オーダーメイドもそうだけど、皮が特別すぎてびっくりだ」
「そうね、ワイバーンって、何処だかの遠い国では軍事利用されてるらしいけど、そもそも素材として出回る事自体少ないのよ?」
「そうなんだ。俺の想像してるワイバーンと同じようなのだとしたら、冒険者大量に集めてもなお勝てないって強さだしなぁ」
「その想像、当たってるわ。ワイバーンは、災厄みたいな本格竜に比べればまだ小型だけれど、基本的に空の王者だからね、勝てる相手じゃないわよ」
「お二人さん、今日の内に採寸だけは済まして帰ってくれよ。よく居るんだ、金払ってそのまま帰っちまううっかりさんが」
……俺、帰りそうになってた。良いもの買えると、テンションが上がり過ぎちゃって色々忘れるんだよな。気持ちはよく分かる。
「じゃ採寸するから、そこで靴を脱いで上がってくれ」
店主さんがスッとスリッパを2つ用意してくれる。ここも革のスリッパである。よほど端材とかが出るのかな?
入って、スリッパを履くと、付いてこいとばかりに手をクックッとやる店主さん。アリアさんの事もちょっと見つつ、店主さんに付いていく。
奥は、思っていた通り工房になっていた。
皮の染色なのか大きな皮を液体に浸してる人もいれば、小さな皮に目を寄せて、小さな槌で加工している人もいる。
「工房に興味があるのかい、お金持ちさん」
「お金持ち……まぁ否定はしないですけど、シューッヘ・ノガゥアと言います。よろしくお願いします」
「おや……まぁ、そちらから名乗ったのだから、良いんだよな、ノガゥア子爵」
「え? ああ、紋章の件ですか? あまり自分自身この紋章を意識してないので、どう呼んでもらっても良いです」
「それまた珍しい。その紋章の意味をうっかり忘れて対応すると、最高で死罪だからな、おっかない紋だよ本当に」
「死罪か……貴族では無い市民の方々にとって、この紋章の圧力ってキツいんですね。……嫌ですか? 店に来られるのも」
「いやまぁ、貴族たちこそ金は持ってるし、腕の鳴る仕事を依頼してくれるから来てくれるのは全く良いんだが……
あからさまに高い爵位の貴族が、護衛を何人も連れた上でその紋章付けてられると非常に困る。どう扱えばいいのやらなぁ」
「確かにそれは困りますね。堂々と貴族として来てくれよって感じですか」
「そうだな、全くそれだよ。ともかくまぁここで掛けててくれ。今、茶を持ってくる」
と、応接室っぽい扉を開いて、そのまま店主さんは向こうの奥の方まで行ってしまった。
開けられた応接に、俺とアリアさんで入る。
応接室の壁には、幾つもの表彰状、メダル、トロフィーっぽい物など、『讃える系』の物が一杯あった。
「一つ一つの価値は俺には分からないけれど、これだけ数があるのも凄いね」
「そうねぇー、一つ一つも凄いわよ。これなんか、現王からの感謝の書簡。今の陛下はあんまりこういう事されないって聞いてたから、意外だし、それ以上にここが凄い店なのも分かるし」
「それで、この一番大きな賞状は何? 不思議なことに、これは全然読めないんだ」
「えっ? あー、これは読めないの当然だし、あたしも読めないわ。これ古代エルフ文字ね。公用語じゃないエルフの言葉の内、今だと儀礼的な意味の物にだけ使われるって言う……」
「お待たせしたな、その賞状が気になるか? お嬢さん」
「あたしと言うより、シューッヘ君かな?」
と、アリアさんがとっとと座席の方に向かい、座……らない。ソファーの横に立っている。
俺が来るのを待っている感じだ。俺もトコトコとアリアさんのソファーの横のソファーに立つと、アリアさんが座ってくれた。俺も腰掛ける。
って、このソファー凄い革が柔らかいな。布張りと勘違いしそうなほどに、革がよく沈み込む。
「その賞状は、うちの先々代が冒険者だった頃、エルフの土地に竜が徒党を組んで襲ってきてな。
エルフの力を無効化する魔竜だったらしく、もはやこれまでかってところで先々代が単騎で竜を追い払った、その礼状だよ」
「複数の竜を退けたってことですか?」
「あぁ、先々代が言ってた話だからどこまで真実か知らないが、皮を扱う職人の事を、竜族は大層嫌うらしい。負けたら100%素材にされるからかなぁ。
理由も分からんし、先々代の言葉の真偽も分からんが、ここにこうして礼状がある事自体が、ともかくエルフを救った事実は証明している、ってトコだ、その礼状は」
「長い歴史のある工房なんですね、ここって」
「ああ。歴史もあるし技術もある。だからこそ、ワイバーンなんて『高すぎて売れ残るの確実』みたいな素材も持ってたりする訳だがな」
とテーブルに、氷入りのお茶が置かれる。
飲んでみると、普段飲みつけてる系統のお茶とは違い、ルイボスティーの様な、ふわっと香りが特徴的なお茶だった。
「早速足の採寸だが、これからで大丈夫か? 時間はあるか?」
「時間? どうだろ、アリアさん」
「ん? あたしに聞くの? 特に急いでる事は、今日は無いわよ」
「じゃ、時間あります」
「おいおいノガゥア卿、もう尻に敷かれてないか?」
「そんなことしませんー」
アリアさんの反撃は、シンプルにスルーされた。
「まぁ、そういう事にしておこうか。
採寸は、2通り方法がある。1つは、単純にポイントになる部分の寸を測る方法。もう1つは」
と、店主さんが俺の向かいのソファーの下に、手を突っ込んだ。ズズッと重そうな音と共に、箱が出てくる。
「この中のスライムを踏んづけてもらって、そこから型を取って仕上げていく方法だ」
箱を店主さんが開く。木の枠の中に、やけに青っぽい透明感のあるジェルがある。
これがあの、ドコの小説でもゲームでも『最弱』を冠する「スライム」という生き物らしい。
俺がじーっとそれを見ていると、突然キョロっとした目がこっち向いてきた。
あれ、その「目」、どっから沸いて出た? 何も無い一様のブルーのはずだったのに。
「スライムを見るのは初めてかい、ノガゥア卿は」
「はい、物語ではよく聞いてたんですけれど」
「このスライムは、こういう型取りに向いた種でね。ついでに言うと、足の裏の汚れや余分な皮などを食べて、美肌にしてくれる効果まである」
「美肌っ!」
うおっとアリアさんがそのキーワードに食らい付いた。
スライムを踏む? のか?_要するに。
「このスライム……踏んで嚙まれたりしません?」
「あぁそれは大丈夫だ。俺も含めて工房の全員がテイムしているから、気性はとても穏やかだ。じゃあ早速に……」
と、店主さんが回り込んできて、俺のソファーの下からも、同じような箱を引き出し、ふたを取った。
つまり、俺とアリアさんは、知らずとは言えスライムが下に潜んでいるところに座っていたのか。ちょっと不気味だな。
「ノガゥア卿から、素足になって、中心にやさしく両足を、かかとを揃えてゆっくり乗せて、それから少し体重を掛けてくれ」
言われるままに、靴下を脱いで、スライム箱の中心に足を乗せる。結構ヒヤッとする冷感仕立てだ。
そこから重さを……掛けた途端にスライムが箱から縦に大きくなり、俺の足を足首より上の辺りまで包んだ。ひやこい。
「そのままにしていてくれ」
言われて、そのまま待つ。少しして、店主さんが足に付いてるスライムをパンパンとはたいた。
すると、包み込むような立体だったスライムが、脱力したかの様に形を失って箱に戻った。
「よし、これでまずノガゥア卿の足型は取れた。引き続き、お嬢さんの方も、スライム行けそうか?」
「が、がんばる」
ん? アリアさんの様子がちょっとおかしい。緊張というか、少し引きつった顔になっている。
アリアさんの足下に、箱が寄せられる。アリアさん、靴下を脱いでが足を進めた……が、スライムへの着地寸前で止まる。
「ダメか? お嬢さん無理しなくてもいいぞ?」
「ご……ごめんなさいあたしやっぱり無理」
アリアさんのギブアップ宣言に、店主さんは素早くスライム箱を閉じて、横に避けていた。
あれ……スライムって、この世界だと地球でのあの虫みたいな扱いなのか……?
「スライムは、人によっては鳥肌モノで受け付けないって、女性は特に多いからな。気にしないでくれ。手採寸で寸を取ろう」
店主さんがポケットからメジャーを出した。巻いてはいない、単に束ねてまとめてあるだけのメジャーだ。
実に素早い動きで、何カ所もの寸を取っていく。しかも、一切メモとかしない。さすがプロだなぁ。
「これでOKだな、ノガゥア卿の靴は100%のフィット感を約束するぞ。お嬢さんの方は、大抵の靴には負けないフィットの自信はある。
出来上がったら、連絡はどこへ入れれば良い? 屋敷に納品しに行けば良いか?」
「あ、それ助かります。屋敷はまだ買ったばかりで諸々準備出来てないですけど、貴族街西南側地区の、鉄瓶みたいな壁の屋敷です」
「鉄瓶? 随分変わった趣味だなこの砂漠地域で。まぁいいや、目印としては分かりやすそうだ」
こうして俺は、ワイバーン皮という至極素材で革靴を作ることになった。
いやー……ワイバーン。竜。ついに「ファンタジーを身につける」訳かぁ。異世界来た甲斐があった感じだ。
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