第20話 腹一杯贅沢な食事をしたら、何だか貴族テンプレが発動したらしく金儲けの匂いが漂ってきた。
おなかぽんぽんである。パルミジャーノ・レッジャーノに絡めるのを想像していたのだが、一部正しく、一部間違っていた。
厨房サイズのチーズが出てきたのまでは想定内。そこにそれより随分小さい、テーブルサイズの同じようなチーズが出てきたのがびっくり。
大きなチーズの中で2人前のパスタが踊って、半分こ、よりちょっと俺の方が多いかな? 位の取り分けをシェフ自らしてくれた。
話を聞く限りだと、このテーブルサイズのチーズを更に削って混ぜて、濃い味にしても良し、テーブルチーズは食器としてそのまま食べても良いとのこと。
気になって、「コレ俺たちが食べ終わったらどうするんです?」 と聞いてみたら、希望すれば追加料金なしでお持ち帰りも出来るらしい。
食べ終わったのを一度厨房に下げて、食事の跡を残さず削り取って、お土産にリターンするという。衛生面含め、手が込んでいる。炙ると美味いらしい。
因みにボルトヘッドブルは赤身肉の牛肉を更に堅めにした様な肉で、味わいはどちらかと言うと「嚙んで楽しむ」部類に入った。ジャーキーとかみたいな。
最初に口の中で崩れるところまではとてもほろほろなんだが、その後の肉は固くてしっかり嚙むことになる。肉汁が染み出ないのが少し難点。
これが高級食材ってことは、和牛系の、脂身食べるタイプの牛肉的な物は、まだ文化的に無いのかも知れない。和牛は文化だからなぁ……。
いずれにせよ、美味しかった。これまでずっと王宮食堂での食事ばかりだったけれど、街のレストランも十分に発達している。
貨幣価値が分からないので、幾らのをおごってもらったのか分からないのがネックではある。値段表記も数字の75だけは読めたが、それ以外は読めなかった。
多分、随分高いんだろう。お土産付きにすらなるスペシャルランチ。おごってもらうのも悪いとは思うんだが……
そもそも今日持ってきた財布での買い物は、クレープくらい。銀貨出そうとしたら、それ大銀貨だよって笑われた。どうも100倍の価値がある銀貨らしい。
銀貨でもクレープには多いらしくて、何だか細かい銅貨とか色々返ってきて、よく分からんのでへ財布にそのまま投げ込んでしまった。
財布には金貨もあるが、果たして出番あるのか?
最後の、デザートとお茶の時間。
「あー美味しかったぁ、ありがとね、シューッヘ君付き合ってくれて」
「俺の方がお礼言わないとだよ。すごく美味しかったし。ローリスの街のレストラン、随分レベル高いんだね」
「そうねぇ、でもこのレストランだけが特別にすっごく上級、って事は無いよ? 店によるけど、どこもレストランはこの位賑わってるし、食材の種類も豊富だよ」
そう言い放ったアリアさんに誇張は無い。普通の表情、普段の笑顔。あぁ可愛い笑顔。
いやしかし、このレベルの外食は普通らしい。砂漠の街ローリス、みたいなイメージが、ちょっとリッチな「おしゃれグルメタウン」に変わった気がする。
そう言えば、比べて良いものかどうかは分からないが、叙爵祝いのレストランはもっと美味しかったし、牛肉っぽいのも和牛に近かった。
まぁあそこは多分超一流に入りそうな気がする、立地条件にしろ何にしろ。だからあそこは例外としても。
「食文化の発達が相当凄いね……このお店でも普通レベルなの?」
「うん、そうだね、おしゃれさはあるけど、レストランとしては普通かな。おしゃれは、相当無理して若者に寄せてる感じだけどね。
ローリスの食が豊かなのは、ローリスの産業が絡んだ話でね、実は。ローリスの産業の話って前したけど、覚えてる?」
「うん、魔道具の魔力充填が主産業、人が主産業だよって話だよね?」
「そうそう。魔道具も色々あって、据え置き式のもたくさんあるから、魔導師がたくさん、グループで諸国を回るのね。それでね?」
「うんうん」
「場所によっては、貨幣経済よりも物々交換の方が強い地域とかもまだあって、そこだと交易品との交換になるのね、支払いが」
「へぇー、そうなると、魔導師団が出向きますー、そこの名産品をどっさり対価としてもらってきますー、だから保存効く食材は一杯あるよー、って感じ?」
「そう、まさにそれよ! シューッヘ君1回の説明で分かってくれるから嬉しいわ。ギルドの歴史の授業だと、この部分分かってもらうの大変で」
思い出したのか、アリアさんは苦笑いをしている。
産業構造とか高校までで習っても何の役に立つんだとは思っていたが、今役に立った。ありがとう文部科学省。
「そう言えば、ギルドの周辺は回ったけどギルドに顔出してないね。アリアさん、良いの?」
「う~ん、ギルド本体は、昔の話の絡みで色々あった所だから……遠慮しておきたい」
「あっ……ごめん、俺気配りが出来てなかった。じゃ予定通り、俺の靴を見に行こう? お店も更に混んできたし」
「そうね、他の人にも席を回さないとね」
俺たちは揃って立ち上がり、俺はさっと会計前に扉をくぐって店外で待つ。
一応これが、日本人的な「おごってもらう場合の流儀」にはなるんだが、果たして異世界で通用するのかどうか。
このマナーの基本は要するに『おごり額を見ない様にする』事なんだが、そういう文化が通じるか……
つい身体が動いてしまって、アリアさんを店の中に一人にしてしまってから、ここが異世界なのを改めて思い出した。
「シューッヘ君、どうかした? 何だかパッて出てっちゃって、少し驚いたよ?」
「あーごめん、やっぱり通じないか。これ、今のって、俺の世界で『人からおごられる時』のマナー。つい身体が動いちゃって」
「へー、おごってもらう時のマナーって事? 細かいマナーがたくさんあるのね、シューッヘ君のいた世界って」
「うるさく言い出すと本当にキリが無い位色々あるらしいけど、ローリスでは人におごってもらった時、どういう風にするのが正解なの?」
「ローリスでは、相手が会計を終わるまで後ろで待っていて、終わって振り返ったらお礼を言う、位かなぁ。統一されてるって訳じゃ無いから、正解かどうかは分かんない」
「なるほど。じゃ改めて、ごちそうさまでした。美味しく頂きました」
俺はアリアさんの目を見つめながら、軽く頭を下げた。
アリアさんの顔も、華やいだ様にすら感じる。
そうして、俺たちはアリアさんお勧めの靴屋さんに行く……のだが、どうもオーダーメイドっぽい。
さっきアリアさん、靴の専門店やってる人が、って言ってたからな。高くなきゃ良いんだが……あ、違った。
俺ももう貴族だ。ヒューさんの理屈から行くと、貴族はお金を使ってなんぼの生き物らしい。
アンティーク調の家具を魔法の的にするとか言うのが事実なのか誇張表現なのか分からないが、それ位無駄遣いして経済を回すのが貴族の役割の様だ。
つまり、俺は安物をちょこちょこ買う様な事をしては行けない。
まぁ、絶対禁止で無いにしても、貴族らしく値札も見ずに買うとかなんだろう。
女神様翻訳がビミョーなせいで、どうにも物の値段表記が分からない。いや単一の物の値段が分かっても、それだけじゃあんまり意味は無いのだけど。
巻いて使う布の財布に、持ってきてるので一番高そうなのは、金貨のちょっと大型なの。500円玉より2回り位大きい。重さもずっしりしてる。
この金貨までで買えるだけの価格であれば良いんだが……クレープ屋さんでは見事に貨幣価値が分からない事が露呈してしまったしなぁ。
「あっ、シューッヘ君。ここの雑貨屋さん、寄っても良い?」
「うん、良いよ。どんな物があるんだろ、ローリスの雑貨屋さんって」
昔のブティックみたいな建て方の、ショーウィンドーが大きいお店。ショーウィンドには、色とりどりな女性向け衣服があった。
アリアさんの後を付いて入ってみる。チャリンチャリン、とドアベルの金具が鳴る。
「へー、色々あるんだなぁ……」
けど、俺は発見した。可愛い物がない。いわゆる『キャラ物』が全然無いのだ。
花模様とか、月桂樹の葉の模様みたいなのはある。変わり種で、火山のオブジェとかも売ってる。
日本の雑貨店と根本的に違うのは『可愛い』が無い。うーん、これはもったいない。
「ねぇアリアさん、ローリスの雑貨って、キャラクターっぽいのとかって無いの?」
「キャラクタァ? それって何かな」
「えーと、何か書ける物あるかな」
「ご紳士、こちらにメモとペンがございます。ご自由にお使い下さい」
「あぁ、ありがとう。例えば、地球の有名なキャラクターで、こう……」
店主さんが差し出してくれたペンと紙に、頭の中にあるキャラクターを描き落としていく。
2頭身の勘定で……そこにうさぎ耳を描いて、目は塗りつぶし、口……をバッテンにすると完全にパクリになるので、小さくスマイル。
更にそのうさぎ絵に服を描き加えていく。服装違いで何体か描く。結果、横並びに4体の『もどき』が仕上がった。
「これ、うさぎ? うさぎにしたいのは凄くよく分かるけど、うさぎじゃ無いし、でも、うさぎよね。これと似た感じのって、まだある?」
「頭の中には山ほどあるけど、描けるのが少ないかなぁ。例えば……」
俺は「ん」の音で絵描き歌を口ずさみながら、国民的ネコ型ロボット(アレはタヌキだろう)を描いていく。
んー、描き上がったが……ちょっとズレた感じだな。頭でっかちも行き過ぎている。
「これ無しで。うーんと、アレだったらまだマシに描けるかな」
と、地球の世界的に有名な、カバの妖精だと俺は思い込んでる正体不明な生き物を描いていく。
う、これ描いてみると存外難しい。頭が人より大きいから余計にバランスが取りづらいし……
「うーん、思ってるのと違う感じになっちゃった」
「イラスト、よね。2頭身のうさぎ人形にしても、この団子に手が生えたみたいなのにしても、太った何かの絵にしても……こういうのって、ローリスには無いわ」
「無いんだ。絶対作ったら売れると思うんだけどなぁ」
「失礼、こちらのイラスト、拝見しても宜しいですか?」
店主さんが少しピリッとした顔つきで俺に問う。下手くそな絵にはなってしまったが、この国にとっては新しいアイデアである。
よく一昔前のラノベ読むと、マヨネーズが無双してたり、トランプでリッチになったりしていた。俺は、キャラクター商法かな。
どうぞ、と店主さんに紙を渡す。店主さんは一瞥するなり言った。
「紋章の禁を破りますことをどうかお許し下さい。貴族様、このイラスト、当店で独占的に扱わせては頂けないでしょうか」
紋章の禁? あー胸の縫い紋のことか。あの時の、アリアさんとの……出会いのきっかけでもある、この紋章。
確か、貴族だと指摘しないで&貴族として接しないで、だっけ。意味がある紋章だ。
考えている間に店主は、さっと奥のレジ横から駆けて出てくると、鍵を掛けようとしたのだろう、入口の扉に向かった。
そこにふと、既に入り込んでるアルファさんの姿が浮かんだ。
「うわっあんたは?!」
「私はノガゥア卿の護衛。それ以上でもそれ以下でも無い単なる影。商談は、ご自由に」
アルファに気を取られつつも店主はしっかり鍵を掛けた。
店主の本気さ加減が見える。商売になる、と見込んだのだろう。
俺のイラストは現時点ラフスケッチも良いとこだ。線も粗いし着色すらしていない。
ただ、もしこの世界に、アニメ調のデフォルメが無いのだとしたら。
まさに原案・俺、販売独占この店主、となって『第一人者』になる訳だ、名実ともに。
「恐れ入ります、貴族様とご夫人様ですか? 大方の貴族様は覚えているつもりだったのですが……」
「あぁ、知らなくても全く無理ない話だから大丈夫ですよ。俺はノガゥア子爵、こちらが、えっと……大切な仲間の、アリアさんです」
「ノガゥア子爵……あぁっ噂の、鉱脈の英雄様ですか!」
鉱脈の英雄ってどうなんだよとは思ったが、ここはスルーして頷きだけを返した。
「鉱脈開発の期待を受けてお見えと聞いていたので、どれだけ厳つい方かと思ってましたが……」
「まぁ、見たまんまの普通の青年ですよ。それで、イラストを独占的に使いたい、と。アリアさん」
俺が少し声を抑えてアリアさんを呼ぶ。近くに寄ってくれた。
「この国には、アイデアや図案とかの発明者・発案者の、その発明とかの権利を保護する法律ってある?」
「うん、あるわ。アイデアも図案も、特別使用許可対象案件、短く『特許』って呼ぶのが一般的ね。届け出の早い者勝ちになるのが原則ね」
偶然だが特許は特許なんだな。日本での特許はたしか、略語に見せかけて略語では無い、はずだった。
「つまり、このイラストの特許を、私とあなたで共有使用する形式ですか?」
「さすが子爵様、既にわたくしの考えている事を押さえていらっしゃいます」
「んー……俺のイラストを使いたいと言うけれど、どういう風に使って、つまり商品化なりして売り込むつもりでいますか」
「今までに無いタッチですので、複製画を仕立て額に入れて販売します」
んー、それは多分コケる類の商売だ。
「例えば、ここに商品として、陶器と金属を上手く合わせたスプーンがありますよね。陶器部分に、花の模様の」
「はい、当店でも廉価ながらよく出る、人気の商品でございます」
「ここの陶器部を、今のままで、丸い柱にループして絵を描いても良いんですが、平らにして、描画面積を増やせば、そこにこれが描けます」
「それは……どういう感じになるのでしょう、恐れ入ります、図示して頂けないでしょうか」
「お安い御用です」
俺は、考えているスプーンの上から見た図と横から見た図を1枚の紙の中にまとめて描いた。
俺が考えているのは、大人にウケる可愛い、でも良いんだが、子供に使わせたい可愛い、を。
そう思いつつ、子供が使うスプーンにキャラを入れたら良いんじゃ無いかと思いながらペンを走らせた。
「とまぁ、こんな感じで。この形だと子供さんでも持ちやすいし、握っちゃう年代の子でも、グッと握れますし」
「なるほど、若い女性をと考えていましたが、子供がターゲットですか」
「はい。若い女性の場合、幾らか流行りだしてからでないと、量は出ないので初速が遅いですし、その年代だけのブームで終わりがちです。
『スプーンが使える年代の子供から』、をターゲットにすることで、新たなターゲット層は入れ替わりで必ず入ってきます。市場は枯れません」
まぁそれも大前提として、俺の描くキャラが受け入れられたら、というのがあるのだが。
ほぼモロパクリで地球の権利者さんには申し訳ないが、ここは地球の法の届かない別の星。構わずやらせてもらおう。
「今日は商売の話をするつもりで来た訳ではないので、この辺りにしましょう」
「はっ、失礼致しました夢中になってしまい……」
「良いんですけどね、でも今日は、ちょっと。また暇がある時にでも来ますし、屋敷が2週間位後になれば整うと思うので、来て下さっても良いですし」
「お屋敷はどちらに?」
「貴族街の中央より少し南西寄りの、あー見れば分かります。鉄の塊みたいな外壁の屋敷です」
「では、時期を見計らって、お伺い致します。どうぞ末永くごひいきに……」
俺は手で「やれやれ」というポーズをしてみたんだが、これも通じない様でアリアさんが首をかしげている。
ボディーランゲージの系統は女神様翻訳が機能しない。文化的なマナーも同じくだ。なかなか細かい所で不都合はある。
「シューッヘ君、十分見られた? 固いお話しになっちゃってたけど」
「アリアさんこそだよー。折角良い店見つけてくれたのに、俺の余分なお絵かきが余分な事を呼んでしまった」
「でも、自前の収入源の柱は、幾ら合っても足りないって事はないから、良いと思うよ」
と、ドアを思わずガチャッと引いてしまったが鍵が掛かっていた。そうだった。
鍵を開いて、ドアを半分まで開けた時、俺はふと思い釘を刺すことにした。
「店主さん。無いとは思うけれど、俺の決定なしに商品化して売り出す事が無いようにね」
店主は平身低頭という感じだが、うーん怪しい。気が急いている感じがありありとしてる。
まぁ……本職は魔導水晶鉱夫になる予定なので、変に俺の名前出さないで勝手に売ったならそれでも構わないんだけどね。
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