第14話 実戦 実弾演習 ~俺の必殺が初めて破れた日~
カッパさんの事がよほど恐怖の対象なのか、デルタさんは頭に手をやってしゃがみ込んでしまった。
少し震えている様にも見える。上背がある人がこうしてしゃがみ込んで震えていると、何だかとても可哀想に思えてしまう。
「デルタさん、あたしは言わないから大丈夫よ。シューッヘ君も、そうよね?」
「うん。人に言って欲しくない事を、敢えて言ったりはしないから大丈夫」
「し、信じますよ? 本当に、お願いしますね?」
「大丈夫だって」「大丈夫ですよ」
俺たち二人からの大丈夫コールで、何とか立ち直ってくれたデルタさん。本当にカッパさんが怖い模様である。
「つ、続けます。このピザ釜ですけど、いつまで保持出来ると思いますか?」
「あ、魔法だからいつかは無くなっちゃうのか」
と、俺は理解した。
「いえ、実はコレ、ずっとこのままです」
「土魔法って、ずっと残る建物が作れるんですか?」
アリアさんも驚いた様で、デルタさんに食いつきそうな程に詰め寄っている。
「はいっ、土魔法は魔法要素を土という物質に変化させられる、有形を作る魔法です。作られた物は、魔法的に解体しない限り、永遠に残ります」
「へぇー……だとしたら、緊急で風雨を防ぐ建物が必要な時って、土魔法使いの人、凄く仕事になりそう」
地震や台風の多かった日本を思えば、仮設建物としての土魔法は凄く利用価値がありそうだ。
「あんまり今の時代、そういうお仕事はないんですけどねー。行軍先で、あんまりポコポコ建物建てると目立つし」
「あぁ、目立っちゃいけないシーンが多いんだ、メイドさん達の本職は」
「あぁぁあぁ、また余分な事を言っちゃった、あの、それも言わないでくださいお願いします」
「は、あ、うん言わない言わない」
この人は、秘密守秘とかには向かなそうである。
「おーいデルタ」
「はうっ!!」
突然の声にデルタさんが飛び跳ねて驚いている。振り向くと、そこにはアルファさん始め皆さん。
「残念だが報告せざるを得ない、行軍時の行動規範等々」
「それにそのピザ釜、無詠唱で建ててたねー」
「これは懲罰期待出来ますっ」
「久しぶりにカッパさんのお仕置き、来る~? 来ない~?」
「えぇぇぇ皆さんやっぱり見逃してくれませんかぁー」
これには他のメイドさんは揃って首を横に振る。やっぱりこの人はドジっ子で、軍隊には向かないタイプに感じる。
デルタさんは、完全に素で泣きながら、他のメイドさん達に懇願している。が、他のメイドさん達は一律に、ノーだ。
『カッパさんのお仕置き』とやらがどういうものかは分からないが、デルタさんがこれだけ本気で嫌がるだけの中身があるに違いない。
こればかりは、メイドさんの、というよりは軍人の内部規律の問題だから、俺がとやかく言える筋合いには無い。
だが、感情的に言えば、可哀想と思ってしまう。うっかり・ドジ、それが一切許容されない世界。軍所属だから仕方ないんだろうが、厳しいものだ。
「ともかく、今日の教練を終えないといけない」
「そうねっ、まずは総括としての模擬戦を」
「さあいざ実戦の時間だねー」
「罰として1対他全部とかにします~?」
デルタさん以外の皆さんは、この教練の締めくくりに掛かる模様だ。デルタさんは半狂乱の様子で泣きじゃくっていて、もはや冷静さはゼロだ。
「あの……」
「どうしました、ノガゥア卿」
「デルタさんがこの状態では、その模擬戦? も難しいのでは?」
「どのような状況でも、接敵すれば戦わない選択肢はありません。それが出来なければ、グレーディッドとしての資格はありません」
やっぱりダメか。この状況のデルタさんをそのままに、どう模擬戦をすると言うんだろう。
「デルタについては、既に模擬戦に使いやすい建物を建てた後なので、後方待機とします」
俺はその言葉に、少しは恩情があるのかと、正直ホッとした。
「デルタを欠く為、頭数的には問題もありますが……模擬戦としては、まぁ問題はありません。割り振りを発表します」
模擬戦の割り振り、即ちチーム割りは、俺とアリアさん、そこにアルファさんが加わるチームA。
それに対して、デルタさんを除いたチームB。確かに人数的には問題があるが、俺としては、アリアさんと魔法を交えずに済む事に心から安堵していた。
「じゃこっちとしては、デルタが陣地構築終えましたって段階でスタート、みたいなので良いかいっ?」
ノリノリという感じに前のめりのベータさん。この陣地全域に水魔法でフォグを掛けられたら、手元に風魔法使いがいないのは厳しいな。
「それじゃあ私は、もう陣地入りするね~♪」
と、こちらは気楽な様子のガンマさん。風魔法、今のエアーコンディションだと、高速の刃が飛ばせそうでヤバい。
救いなのは、土魔法行使の後でだから、少し空気が埃っぽい。刃の速度は落ちないだろうが、『見える』可能性はある。
「さてノガゥア卿、アリアさん。この模擬戦は、完全に実戦レベルの力と力のぶつかり合いになります。
ですから、ノガゥア卿も、今まで封じていた全ての手段を使ってくださって結構です。それを防げないグレーディッドではありません」
「い、いえ待ってください。俺が女神様から授かった『光の自由操作』は、人が防げるレベルのものじゃないですよ?」
「それでこそ敵する甲斐があるというもの。寧ろグレーディッドとして、挑むべき相手かと思います」
うぐぅ、強めに言ってるんだが、全然引いてくれない。
いやマジで、ガンマ線照射は単純な虐殺行為ですよ?
「試しに、私に打ち込んでみてください。火魔法の最高術者がどう防ぐか、見物でしょう」
「本当に良いんですか? 死にますよ」
「殺すつもりでどうぞ」
膝を軽く曲げ、スカートの裾を広げる様に開いて、そのまま。
その姿勢のままで、俺の『殺人光線』を受けるつもりらしい。俺ですら完全防護が必要なのに。
しかし、殺すつもりでと言われれば、やらざるを得ない。カバンの中に入れていた武器類、絶対に装備しているはず。
俺がためらいすぎたなら、逆にあのナイフの餌食にならないとも限らない。これは、自衛だ。自衛なんだ……!
「アリアさん、俺の後ろへ」
アリアさんが俺の真後ろに入ったのを確認したと同時に、俺は絶対結界で俺たちを完全に覆った。真っ暗闇になる。
アリアさんが俺の腕にしがみついてくる。怖いよな、暗闇は。でも外はもっと怖いことになるんだ。
心の中で何度も「ごめんなさい」と唱えながら、続きの行動へと移行する。
[ガンマ線光線・収束発光 出力1キロワット 目標 アルファさんの直上1メートルから垂直下方向 直ちに発光 持続2秒]
これで、『死の見えないスポットライト』がアルファさんを照らした。
俺は、死が居座る外を見るべく結界を外した。次の瞬間。
俺の腹部に思い切り拳が突き刺さった。口から何か出たのは理解出来たが、何故生きている?!
突き上げられた拳に、口からは血混じりの汚い液しか出てこなかったが、前を見ると確かに、アルファさんが仁王立ちで立っていた。
「な、何故致死性の放射線に……」
「アレがあなたの奥の手ですか。確かに、マトモに喰らえば、相応に厳しいでしょう。されど」
再び俺の腹部に、今度は蹴りが入る。丸まっているところを蹴り上げられて、俺は近くのフロアにゴロゴロと転がる事になった。
「至近距離での戦いに向きませんね。出力も絞りすぎと思います。更に、後方からの意表を突いた直撃で無ければ、防ぎようがあります」
激しい吐き気とめまいに苦しめられ地を這いながら、俺はアルファさんの方を見た。
アルファさんが、目の前に結界を展開した。その結界は、半透明で薄暗い。スモークフィルムを貼ったガラスの様だ。
「そ……その、結界で、防いだんですか……」
「はい。相手が光魔法かそれに類するものを使うと分かっていれば、防御は極めて簡単です。私以外のメンバーも同様です」
「普通の光とは……相当性質が……」
「違うようですね。結界の明滅が非常に激しかったです」
と、アルファさんがカツカツと俺の所にやってくる。
だが俺は、逃げることも隠れることも、今ではもはや追撃の攻撃すら出来ない。詰みだ。
俺の眼前で、足が止まる。俺は少なくとも失神、酷ければ死を、と覚悟した。
「この状況で、戦線を指揮して頂きます」
アルファさんの手が、俺の顔の横に来る。手を取れ、ということらしい。
しかし今まだ俺は、意識を留めるのに精一杯で、それ以上に何が出来るか、という状態だ。
「ノガゥア卿、指揮はその状態でも構いませんが、戦線が見えませんよ?」
クスっ、とアルファさんが笑った。
ひょっとして、俺をまずこの状態にする為に、わざわざ自ら『死の光』を浴びる様な真似をしたのか?
「お、俺は後方指揮、あ、アリアさんは指揮伝達、アルファさんが特攻。作戦は……以上です」
俺の意識が滲み掛けてくる。い、いかん。指揮だけは出さないといけない。
「了解しました。私に戦線の全てを任せて頂けました事、正しかったと必ず思って頂きます」
ザッと音がして、アルファさんが消えた。もう視界にはいない。まるで忍者だ。
それと共に、遠方でごおっと何かが燃え上がる様な音と、熱風が俺の所まで届く。
「シューッヘ君、大丈夫?!」
アリアさんが、俺の横に駆けつけてくれた。
「ごめんシューッヘ君、ごめん……足がすくんで動けなかった、本当にごめん……!!」
「大丈夫、俺は、死んでは、いない、から……アルファさんに指示を、まず風魔法のガンマを落とせ、と……」
「つ、伝える! アルファさーん、初期ターゲットはガンマさん! 優先して落としてください」
ヤーっ、と大きな返事があり、立て続けに5本の火柱が建物突き破って天井まで立ち上がる。
え、えげつない威力の魔法だ……俺たちではまだ、あの戦況の中には、到底立てない……
風魔法のガンマさんを優先したのは、瞬間・突発でいきなり首を取られかねないからだ。
しかも射程が不明で攻撃自体もほぼ不可視。後方への突然の攻撃があり得、脅威だ。
水魔法は、まだ見える可能性もある。火魔法とも、衝突すれば互いに削り合うだろう。
だが風の刃は今の乾燥したコンディションでは不可視、その上、炎を簡単に薙ぐ危険性が高い。
故に最優先ターゲットだ。
それ程時間は掛からなかった。何本かの火柱が、ぎゅんっと1本の竜巻の様な火柱に収束する。
「ガンマ陥落!!」
「つ、続いて、デルタを無力化」
「デルタさんの無力化をー!! ……って、シューッヘ君、デルタさんは最初から場外だよっ?!」
「その判断は、きっとマズい事になると思う。あれでもグレーディッドだ」
大きな弧を描くように、砲弾の様な火炎の塊が、複数地点から一点に向けて放たれる。
あれだけの巨大な火炎を、高速移動しながらも、正確に一点に……アルファさん、とんでもないな……。
全ての炎弾がほぼ同時に着弾し、土煙と熱風とがこの後方まで襲いかかる。
しかし、陥落の報は来ない。次の瞬間だった。
目の前の建物が、突然ぐしゃっと収縮崩壊した。まるでその中心を押し潰さんばかりに。
やはりデルタさんまだ戦力だな……俺の出番か。一瞬でも手が緩められれば良い。デルタさんなら、きっと直視する。
[可視光線域限定 1メガワット 戦場後方・敵陣地中央 発光時間10秒 発火]
この演習室の全てが白と黒に沈む程に、光は強かった。敵陣の方から、叫び声が上がる。誰か直視したな。多分デルタさんだ。
可視光線のみだからダメージ自体は無いのだが、直接見た者は視界を奪われる。下手すれば永遠に。それだけの強い光だ。
また、光の影を利用すれば、効率的な狩りも可能だ。アルファさんであれば、俺の突然の『後方支援』も、上手く活用してくれる。そう信じて打ち込んだ。
「デルタ陥落!!」
「よしっ、一気に敵陣奪取を!」
「敵陣地を落として!!」
敵陣地は、1メガワットの超強烈発光体の間近だ。光はあと何秒か、戦線を邪魔し続けて、突然消える。
視界が光に慣れていれば、逆に光が突如消滅した時に目が慣れずに視界を失い、光を完全に遮っていれば、そこだけ大きな影になるので場所は丸わかりになる。
俺の読みは、概ね当たったようだった。戦場の水魔法の影響か、一気にここの辺りも湿度が半端でない状況になった。
ん? ここの、湿度が変わった? マズい!! 水魔法の射程内だ!!
俺は離れかけていたアリアさんの腕を強引に引っ張り、俺の胸の中に引っ張り寄せた。
[絶対結界発動!!]
俺とアリアさんを、小規模に括る結界。真っ暗闇の狭い空間に、アリアさんと共に閉じ込められる。
「し、シューッヘ君?! 何、何があったの?!」
「あったと言うか、今ある、と思う。周りの湿度がぐんと上がったでしょ?」
「う、うん。突然湿気っぽくなったなとは思った」
「つまり、無いはずの水が、俺たちの周りに満ちたって事。水魔法が届いてた訳だよ」
「じゃ、もしそのままだったら……」
アリアさんが喉を鳴らして生唾を飲み込んだ。そう、そのままだったら、水の中に沈められて、水圧で潰されてもおかしくない。
敵本陣を遠距離から急撃し、上手く敵の大将の首が取れれば、戦いはそれで勝ちになる。俺はまさにそのすんでのところに気付いた。
アルファであれば、あと5秒もあれば、一瞬こちらに気を逸らした『グレーディッド』ベータを制圧する事が出来るだろう。
3,2,1……
[絶対結界 解除]
目の前が開ける。そこに跪いていたのは、アルファさんだった。
「よくベータの後方直接攻撃を防がれました」
俺が周りを見ると、結界を張った外側の部分が水浸しである。
つまり、この結界を境界線に外側では、水魔法が炸裂した後だ、という事だ。今日習った『魔法要素の具現化』からすれば、そういう事になる。
「因みに、最終戦果は」
「当チームの完全勝利です。お疲れ様でした」
と、立ち上がったアルファさんが歩いていく……が、突然ふらっとして、そこにバタンと倒れた。
「アルファさん?!」
アリアさんがアルファさんの所に駆け寄った。
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