第10話 魔法教練始まる。筆頭が火魔法なのはドコの世界でも同じか……?
教練の前。遅めの朝ご飯を、俺はアリアさんと食べていた。
「ここで話題にしちゃマズいんだけどさ、アリアさん今日からの『アレ』って、自信はある?」
「あたし全然自信ないわ。初級のはずのあなたにも届かなそうなあたしが、何か出来るのかしら……」
「俺の初級は7,000年前が基準なんだって、女神様が仰るには。だから今とは基準ズレるみたいだよ?」
「はあー、それでどの記載も変だった訳ね。あたしの魔法がおかしいのかと思った」
食べていると、つい無言になりがちになる。だから敢えてしゃべった。けれど、話題は続かない。
それ位に、今日の魔法教練に対しては、緊張感が先行している。相手はローリストップレベルのエリート魔導師たち。
まさか命に関わる様な戦闘演習はないだろうけれど、魔法力が尽きる様なタフな試練はあり得る。
メイドさんが、まさかねぇ……特殊工作部隊って、うーん。
メイドさんだけの特殊部隊。それだけでファンタジー小説1本書けそうな題材だ。
けど、これはファンタジー小説ではない。俺に降りかかる『リアル』である。魔法喰らえばリアルに痛いだろうし。
いずれにしても、もう後30分もない。食べ終えてちょっと食休みしたら、もう本番である。
特に今日は初日なだけに、何があるか分からない、ってのが加わって余計に緊張する。明日からはもう少しは楽だろう。
俺は手早く皿を空にして席を立ち、アリアさんに手を振ってその場を後にした。
***
「それじゃあ今日のメニューね。アルファからデルタまでが担当。四大魔法属性を深く学んで頂きます」
メイド支度室に行くと、メイド長さん含め5人のメイドさんがいた。
アルファ、と呼ばれるのは、火魔法特化の魔導師メイドさん。目が既に据わっている。
ベータ、こちらは水魔法がご専門だそうな。どうと言う特徴が無いボブヘアのように見えて、耳の後ろに左右それぞれ、ブルーに染められた毛束が一筋ある。
ガンマ。風魔法特化さん。ショートヘアの黒髪。この国で若い女性は黒髪以外見たことが無い。ガンマさんも例外ではない。ツヤ感のある髪だ。
デルタさん。ちょっと視線が浮いているというか、何処見てるのかよく分からない、この4人の中では一番ふっくらした人。いやメイド長さんは全然別格だよ?
メイド長さんがさらりと、昨晩の紹介の復習みたいに各属性を言ってくれた。記憶と何とかズレなく覚えていられた。
この4人の中ではどうもアルファさんがリーダー格になるらしく、他の3人に何やら指示出しをしている。
荷物……詰め込んでいるバッグこそ旅行カバン的な雰囲気の物だが、入れているものがヤバい、チラッと見えた限り。
ナイフ4本が差し込まれたベルト、それとマチェットはそれぞれが持っている模様。更に、宝石なのか石が付いた短い杖的な物も、それぞれ持つ。
後は水とか果物をメイドさん同士で分けて、相当量持っている。今日の教練場所は水道もないのかな……
まだメイド長さんから、教練場所についての説明はない。実技を含む以上、このメイド支度室では手狭だし、土魔法なんて使えなさそうな気もする。
俺たちが練習したように、城塞都市外かな? でもあそこじゃ熱くて、実技は出来ても座学は出来ない。
両方出来そうな場所、というのが俺にはちょっと思いつかなかった。
「では? あなたたち準備できましたね? それでは、ノガゥア卿とアリアさん。アルファの後に付いて、王宮外へ出ましょう。
その後の指示は、全てアルファが出します。今回の作戦本部長さんね。よく従って下さいね」
俺は思わずはいっ、と大声で答えた……のだが、ベータさんとガンマさんの二人にクスクス笑われてしまった。
アリアさんがそれに対してちょっと何か言いたそうだったが、俺は手と目線でそれを制した。
今回俺たちは、完全に何もかも教わる側。しかも実力差は圧倒的。何をされても、言われても、はいっ。これしかあるまい。
「アルファさん、と呼べば良いですか」
荷物を肩に担いだアルファさんに、呼び方の確認をする。今この『凪』の場所だからこそ聞ける、安穏とした話だ。
「アルファとお呼び下されば結構です、ノガゥア卿、アリアさん。私たちは、今日は今したようにあなた方を呼びます」
つまり今日は、俺はノガゥア卿と、アリアさんはアリアさんと呼ばれる、と。特に変なことは無い。
「では参ります、私を筆頭に、ノガゥア卿とアリアさんがその後、そこから後陣は進軍A」
「了解っ」「アイサー♪」「分かりましたぁ」
それぞれの答え方が、何となく性格が出てる気がする。
ベータさんは真面目そうだし、ガンマさんは気軽げで、そしてデルタさんはおっとりしてる。
あくまで見た目と声の話し方の印象だけで、そう決めつけるのは早計だが、少しでも特徴を早く摑みたい。
アルファさ……もとい、アルファが先陣を切って進むのを、俺はさっとすぐ後ろに付く。俺の斜め後ろにアリアさん。
その後ろに、一列になってメイドさんが並ぶ。ベータ・ガンマ・デルタ。さっきまでの順番と変わらずだ。
「ここから徒歩で、サンタ=イリアドームを目指します。進軍時間の想定は10分です」
俺に説明してくれているのだろう、振り返ったアルファが行き先と掛かる時間を端的に伝えてくれる。
そうか、あの正体不明の国防・諜報機能付きドーム施設『サンタ=イリアドーム』内での……
中が分からない以上、ガチの戦闘演習もあり得る。座学だけのために、わざわざ国防上重要な施設は使わないだろう。
そこから俺たちは、アルファの早足に必死になって付いていく感じに歩き、少し息が上がったが、イリアドームの間近まで迫った。
間近から見るイリアドームは、相変わらず何色とも言いがたい、流動的な輝きをする不思議な外観だ。
近くで見て初めて分かるのは、ドームの建物自体は白っぽそうなドームだ、という事。そこに分厚い膜のように、不思議流動体が覆ってる感じ。
ドーム自体には入口が無いかのような、ぬめっとした様にすら見える外観なんだが、今の俺たちの正面には、槍持の兵士さんが2名、ドーム寄りに立っている。
「本日は既に入場許可を受けておりますので、そのまま入場します」
アルファは、流動体なども気にする様子もなく、兵士を気にするでも無く、ドームに突撃するように歩いて行く。
ぶつかるぞと思っていたが、ドームの一部がシューッという音と共に開く、自動ドア? そんな技術がここに?
流動体は、特にぶつかるとかそういう感じでは無いようで、アルファは既に流動体の中、開いたドアの手前に立って、こちらを見ている。
後れを取ってはいけないので、俺も足早にアルファに続く。アリアさんもキョロキョロしながらも、俺に続いてくれた。
そうして入ったイリアドームの中。
広いホールの様に、だだっ広い空間がある。中には研究職の人なのか、白衣を着た人があちこちにいる。
「イリアドーム内の構造等に付いては、今回は権限を付与されていないため質問には応じかねます」
キョロキョロしていた俺とアリアさん。そのキョロキョロを制する様に、ちょっと強めの口調で言われてしまった。
「えーと……今日の教練は、座学からですか? それとも何か実技からですか?」
「まず座学を受けて頂きますが、座学専用の場所ではございません。座学で学んだことをすぐ実践できる場所で行います」
と、アルファが俺たちに背を向けて歩いて行ってしまう。
置いて行かれるといけないのと、俺が止まると後ろの3人のメイドさん達も止まるので、とにかく俺が動かないといけない。
『進軍』と言ってただけあって、軍隊の動きを意識しているんだろう。後ろの人が勝手に前に出る、とかは無いようだ。
アルファに、駆けつける様にして追いかけると、広いホールからの一本の廊下へと入る。
その廊下自体も広く、横並びで10人くらい歩けそう。左右には、たまにドアがあるが、王宮のドアとは違い、事務室的なドアがメイン。
更に歩いて行き、アルファは行き止まりまで進んで止まり、こちらを向いた。
「今日からの演習は全て、このイリアス第3魔法吸収型大演習室にて行います。詳しい説明は、中で」
と、扉に対してアルファが何か唱える。いや、名乗っただけか? 何に反応したのか分からないが、前の扉が観音開きに自動で開く。
扉は大きい。それが大きく早く開くものだから、俺は驚いてちょっと後退ってしまった。
アルファより後ろに立っていてアルファが動いていない以上、俺の立ち位置は安全だ、というのは頭では分かるんだが、風を起こしながら開く大扉に肝を冷やさずには居られない。
「では入りましょう、ノガゥア卿」
アルファが手先で、どうぞ、みたいな格好を作る。
恐る恐る入った俺は、その「魔法吸収型」の「大演習室」とやらが、外観同様の不可思議空間であることを知った。
ドーム状になった薄暗い演習室は、とにかくまず大きく広い。大演習室と言うだけあって、体育館並は最低でもある。
ただ面白いのは、単にだだっ広い空間という訳ではなく、演習室の後ろの方には、8段位か、階段状に座席がある。それがこのホール円周に沿って半分ほど。
そこを観客席と考えるならば、演習の実演を真横から正面まで、自由な立ち位置から見ることが出来る。演劇の舞台とかにも良さそうだ。
対して反対側には、1枚のホワイトボード的な板が取り付けられた壁。いや、何か違う……
ホワイトボード的なのはあるんだが、それ以外の壁面の全面が、何か投影するにも適したような平面になっている。プロジェクターOK、みたいな。
結局演習室としては、半球のドーム内、と考えるのが比較的近い。ホワイトボード的な部分が若干低めにはなっている。
俺がこの室内をジロジロ観察している内に全員入り終えたようで、さっき開いていた扉がバタンと閉じた。
同時に、薄暗かった照明がパッと明るいものに変わる。
「この演習室内に飲用に適した水はありませんので、私たちが持ち込んでおります。喉が乾かれる前に、乾く予感程度で仰って下さい。補水は自由です。
トイレは、この演習室の前面壁の向こう端に1つのみです。恐れ入りますが、全員で共用となります。演習時間は1時間を5本。各ターン毎に10分の休憩を挟みます。
昼食時間を挟みますが、恐らくお食べになれないと思いますが、携帯食および果物程度の準備はございます。もし必要でしたらお申し付け下さい。ご質問は?」
アルファの、一息で話す様な流ちょうな説明。今日の演習のグランドルールは理解出来た。1時間 x 5。各10分休憩。
アリアさんは……大丈夫な様だ。かなり緊張した面持ちはしているが、俺と視線が合うと、しっかり頷きが返ってきた。
「質問は、俺からは特にないです。アリアさんも無いようだけど……無いのね、うん。それではアルファ、そして皆さん。今日は一日お願いします」
俺から頭を下げる。アリアさんも釣られて下げてくれる。
「では、まず第1講は私アルファが担当致します。火魔法についての基礎確認から始めたいと思います」
こうして、特殊部隊メイドさん達による猛特訓がスタートした。
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