第7話 俺、泣かされた女の子に泣かれるの巻 ~恋はいつだって急展開~
「シューッヘ様、お休みのところ恐れ入ります、シューッヘ様」
ノックと、呼び声。女性の声。誰かは知らないが聞いた事のある、メイドさんの声だ。
時間は……いつの間にか、もう13時か。我ながら、いじけてた時間は長かったな。
「シューッヘ様、大変恐れ入ります、速達を預かっておりますので、恐れ入ります」
……すぐ届けないと行けない書類でもあるらしい。重い気持ちと身体を引きずって、ベッドから抜け出す。
ドアに近付くと、メイドさんは姿勢を正した様だ。この辺りの空気の読み方はさすが、王宮のメイドさんだな。
「はい……」
「お休みのところ大変申し訳ございません。シューッヘ様に、こちらをお届けするようにと」
「はぁ」
受け取る。封筒だ。中身はせいぜい1枚か2枚か。薄くて大きな封筒である。
「ご苦労様です」
「それでは失礼致します」
メイドさんは頭を下げて、そのまま立ち去っていった。
ドアを閉め、ぼんやりする頭をかき、封筒を開ける。封筒という物はどうしてこう開けづらいのか、上がボロボロになる。
中は、やっぱり書類1枚。差出人は……ヒューさん? 内容は……わずか2行。
伝えたい事があるから来い、と。シンプルに言えばそういう事だ。もしかして俺が寝てたり、ふてったりしてる時に来てたのかな。
とりあえず……このグチャグチャな顔のまま行くのか、嫌だなぁ。
でも、わざわざメイドさんまで使って来いって言ってるんだから、行かざるを得ない。
俺は顔を洗って髪を整えて、服も着替えて出られる準備をした。……にしても最悪の顔だ。これで人に会いたくないんだが。
兵士さん達に見られるのも嫌だな。魔法の無駄打ちも良いとこだが、昨日摑んだ「光学迷彩MAX」で移動しよう。
俺は廊下に出ると、すぐ[光学迷彩MAX]を使った。そしてそのまま、ヒューさんの部屋まで向かった。
ヒューさんの部屋の前には、既にヒューさんが出ていた。立ってまで、俺を待っていたようだ。
相変わらず、結構接近しても気付かれない。俺は[光学迷彩MAX]を止めた。突然現れた感じになったはずの俺に、一瞬目を見開いたが、すぐいつもの笑顔に戻った。
「シューッヘ様、昨日は散々にございましたな」
「えぇ……アリーシャの元を尋ねて、まぁ、色々」
さすがのヒューさん相手でも、ちょっと愚痴るには余りにも女々しい気がして、何も言えなかった。
ヒューさんは、そんな俺の事をどう思ってるのか、部屋の中ではなく外のベンチへと導いた。
座る。ヒューさんも横に座る。説教かなぁ。説得かなぁ。何言われるんだろ……
「シューッヘ様。わたしも色々と考えました。もちろん出来る範囲で調べた上でございます。
アリア殿とシューッヘ様の相性は、この上なく良好と、私は思っておりました。しかし、あのような騙し討ちをされては、シューッヘ様とて『今までのままに』という訳には参りませんでしょう」
「そう……ですね。実際……アリーシャの部屋に行って、俺、もしかするとですけど、魔法し掛けられそうになってました」
「そんなこともありましたか……アリア殿は調べました限り、大魔導師級でございました。軍属に叩き込めば相当有能な兵士、いえ、すぐに大隊長クラスとなる事でしょう」
「軍属……アリアさんが、軍隊……似合わないなぁ」
でもアリーシャだったら、似合うのか? 俺の頭の中に、同じ人物が2人いて、全然雰囲気は違う。
アリアさん。アリーシャ。よく考えると、俺もアリーシャさんとは思えないし、アリア、とも思えない。
相性ねぇ……あれだけの裏切り……って言っても、まぁまだ何もされてはいないんだよな。幸い女神様のおかげで、未遂だ。
「アリア殿のこれから、シューッヘ様のこれから。私も色々考えました結果、一つの結論を見いだすに至りました」
「結論? 何か良いアイデアってことですか」
「良いアイデアかどうかは、正直分かりませぬ。今から分かる、と申した方が良いかも知れません」
と、ヒューさんがパンパン、と大きく手を2回叩いた。
すると、誰も居ないものだと思い込んでいたヒューさんの部屋の扉が開いた。
「あ、アリーシャ……」
虚を突かれ対応出来ない俺の耳元で、ヒューさんが
「はいシューッヘ様。アリア・ウェーリタス。私の新しい娘にございます」
という。
そして目の前の、アリアさんの姿を、ギルドで働いていた時の服の、あの時のままのアリアさんが、
「あ、アリア・ウェーリタスです、シューッヘ・ノガゥア子爵、シューッヘ、君……」
と。
……これは一体、何? ヒューさんは何狙い??
「これはどういう事ですヒューさん。何故アリアさんがウェーリタス姓を? しかも娘? 養子に取ったんですか?」
「はい、養子として迎えました。実はあの後、様々に調べましたところ、アリーシャの『罪』はどれも微罪に過ぎない事が判明しました」
「微罪……というと、大した事無い罪って事ですよね」
「左様です。もっと端的に言えば、アリアの父親は確かに大悪党の頭領でしたが、アリアは罪無き者と断言出来ます」
「アリアさん……」
アリアさんをじっと見る。髪が伸びてる? 魔法なのか分からないが、俺が初めてギルドであった時位の、ちょっと結べる位の
長さまで髪が伸びてる。黒髪の艶は相変わらず綺麗だが、突然伸びたのも含め、何か違和感がある。
「アリア」
ヒューさんが、発言を促すかのように言う。アリアさんは軽く頷いた。
「シューッヘ君。あたしがシューッヘ君を、勝手にあたしの復讐に巻き込もうとしたこと。本当に深くお詫び致します。
その上で、誠に身勝手な話で、シューッヘ君きっと不快に思うと思うけど……またあたしと……手を取り合って下さいませんでしょうか」
「復讐劇に加担しろって意味?」
「違うの! あたしの……アリアとしてのあたしを、見続けてくれないか、と……」
最後は自信なさげに声は小さくなっていった。
「アリアもまた、父親のことは初耳であったそうで、それまでただただ信じておったのだそうでございます、誤った事実を」
「あたし、お父さんが悪い人たちの頭領だって、受け入れられなかった……でも、ヒューさんから証拠も見せられて」
「ヒューさん、証拠とは」
「魔導記録板と申しまして、格別な事を国家が行う際にその出来事を定点より、まるで見るように記録する物、その記録が入った物が記録板です」
要するに、ビデオね。
「で……その魔導記録板が何のための、誰のための証拠になるっての? そもそも何を記録してるの」
「記録は、焼却刑の一部始終を、至近距離より捉えておりました。処刑者の声、処刑される者の声。全て入っておりました」
「かなりグロテスクな記録ですね、それ。見たんですか」
「わたしとアリア、二人で見ました。アリアはずっと、泣きながら見ておりました」
火あぶりの刑、というのは地球にもあったが、動画で見たことは無い。
それを、ヒューさんはともかくとして、若い女性のアリアさんは、しかも父親のそれを、ずっと見たのか……
父親の死にっぷり。普通だったら、決して耐えられる様な動画じゃないな……。
「アリアの父親は、最後まで娘を案じておりました。官吏が妻や娘まで処刑したりしないようにと、必死に嘆願しておったのです」
「つまり、悪いのは俺だけだから、妻や娘には手を出すなって、そんな感じですか?」
「言葉を荒くすればそうなります。実際はもっと悲痛な嘆願、心からの叫びとして、ただただ自分はどうしようも無いが、妻と娘は、と……
ただ、大悪党にしては言葉遣いや挙動に、随分違和感がございました。荒くれ者の相が無い。あくまでわたしの私感ではありましたが。
そこで更に追跡調査をし、他の同様に死罪になったブラッドルーツの面々の書面記録も調べました。すると、初めて分かった事がございました」
昨日の午後から、今の……13時過ぎまでに、か。
調べて、結論出して、アリアさんをアリアとして自分の娘に、養子に迎えた上で、今ここに居る。
……ヒューさんの狙いはまだよく分からないが、ヒューさんがとんでもなく忙しい1日を、俺の為に過ごしてくれているのは分かる。
「ヒューさんがそこまで調べて、というか調べないと出てこなかったこととは?」
「閉架に綴じられていた刑吏書面記録を調べますと、確かに頭領と『されていた』のはアリアの父親でした。されど組織内での実権はまるで無く、
単なるお飾りでございました。また別の書面によれば、アリアの父親が組織の足抜けをしようとしたところ、真の頭領と言うべき別の人物が、
娘と妻を殺すが良いかと、その様に脅しを掛けて、アリアの父親を大悪党団の頭に据え続けた。つまり、端的に言うなら、アリアの父親もまた、
犠牲者であったという事が分かりました。」
なんと……事実は小説より奇なり、とか言うが、実際に人が動いて組織になって、それがしかも悪党の組織だと、事情が随分と入り組むらしい。
「シューッヘ様。アリアについては、もし受け入れて頂け無ければ、そのままレリクィア教会にて生涯修道女とさせます」
俺がぼんやり考え事をしていたら、ヒューさんはなかなかとんでもない事を言った。
確かに養親であれば、そう命ずること位は出来るだろう。けれど、人の人生をそこまで左右して良いのか……?
「アリアにも、既にその覚悟はございます。アリア」
「はい……」
アリアさんが、その頭に、髪に手を伸ばして、引っ張った。
少し肌が引っ張られて、ブツッと音がして髪の毛が全部取れた。何?!
「既に頭を丸め、修道女生活に入る『覚悟』はさせてございます。後は、シューッヘ様のお心次第にございます」
「シューッヘ君、どうかあたしにもう一度チャンスを下さい。あれだけ魔法が使えるなら、あたしが教えられる魔法なんて意味全然ないですけど……
その、あたし、シューッヘ君の事が好きなの! これだけは本当、信じて欲しい……」
泣き出しそうな瞳の、頭を丸めた女性、アリア。
頭を丸めた事で、余計に他のパーツがよく分かる。
耳は少し大きいかな、唇はふっくら、瞳は……あー、涙こぼれてるけど……アイラインが可愛い。
あーあ……結局俺も、好きなのかなぁ、アリアさんの事。
たとえアリアさんじゃなくて、元はアリーシャだったとしても。
女神様。俺結局、色恋で女に負けるバカみたいです、折角警告してくれたのに、女神様ごめんなさい。
『構わないわよあんたの人生だし。復讐を手放して次に何を握るかによるけど、復讐心さえ抜ければ根は良い子よ。
もしそばに置くつもりなら、大切にしてあげなさいよ? 途中で蒸し返して捨てるなんて、男として最低よ?』
うおぅ。全然そのつもり無いのに女神様に通じてしまった。ってことは……今のは。
「……申し訳ございません、このヒューにも御声は届いてございます」
「あ、あたしにも……」
ぎゃん! じゃもう……
はぁ、確定でいっか。
「アリアさん。魔法もそうだけど、俺のそばにいてよ。何だか色々あったけど、これからよろしく」
「は、はいっ、シューッヘ君! ありがとう、本当に、ありがとう……」
ついには目を覆いながら泣き崩れてしまった。
『あーら女の子泣かして、悪い子ねぇ』
随分遠そうな世界から、余分な茶々が入る。えぇえぇ、泣かしてますよ、昨日は泣かされたもん!
こうして、俺とアリアさんは、いわゆる元サヤに収まった。
俺って女の涙に弱いのかなぁ。泣かれると、よっぽどじゃ無いと強く言う気になれなくなっちゃうんだよなぁ……
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