第6話 異世界に来て初めてした恋は、血の色がにじむ恋だったのかも知れない。
『しっかり説明できたわね、褒めてあげるわ。偉かったわね、お疲れ様』
「め、女神様がなんか優しくてびっくり」
『私だって別に好き好んで厳しい事言ってるわけじゃないからね。あくまであんたが変な躓き方しないようにと、これでも気を配ってるんだから』
俺と女神様と話していると、
「女神様、わたくしめも御声を拝聴しておりますが宜しいのですか」
『寧ろ必須ね。ヒュー・ウェーリタス。アリアという娘に気をつけなさい。あの娘は単なる生活魔法魔導師じゃないわよ』
女神様の御言葉に、一気に室内が張り詰めた空気感になる。
「……何か裏がある、と」
『裏どころじゃない裏ね。あの子の原動力は恨み。父親を焼却公開処刑にされて、その時から魔導師として、力に傾倒する様になった。
けれど、軍属に入るには、あの子の地域では無理だった。まだ旧戸籍法・身分制居住地制度下の時代よ。だからあの子と母親は、
父親の遺産を賄賂の種に、新天地として今の居住区に移り住んだわ。不幸だったのは、そこから1年待ちさえすれば、戸籍法含めた
新制度が施行されて、移動も自由になって……っていう所ね。
父親が公開処刑にされたのは、あの子の父親が身分制居住地制度に対して反対する過激派組織『ブラッドルーツ』に属していたから。
当時警らを担当としていた貴族に対しての罵詈雑言を罪状に、死罪・斬首・焼却処分となったわ。当然別件逮捕よ。本件はブラッドルーツの解体・消滅ね。
その時の炎がよほど印象に残ったようね、あの子は生活者ギルドに勤めて魔法全般を極めつつ、圧縮火炎魔法という独自の合成魔法の錬成に至ったわ。
もちろん、それは誰にも知られていない話。
あの子が考えているのは、シューッヘを使っての復讐よ。復讐相手になる貴族の名はエクサルシス侯爵。シューッヘ君よりも格上ね。
私があの家を買う事を途中から強めに推してたのも、エクサルシス侯爵との関係を作れる可能性がある、という、まさに可能性でしかないけれど、
そこに光を見いだしたから。現エクサルシス侯爵は高齢だけど、とにかく金があるからアリアでは簡単に復讐なんて出来ない。
周りを相当の手練れで固めてるからね、侯爵は。
だけれど、シューッヘちゃんの魔法になんて頼らずに、絶対結界と光の絶対行使を使えば、どんなガードだって羽虫みたいなもんよ、一吹き。
ただあの子は、まだシューッヘちゃんの光の恐怖を知らない。もし知ったら、多分直ちに復讐に移るわ。
ヒュー・ウェーリタス。あんたに命ずるわ。あの子の本当の名はアリーシャ。旧居住区域は、南部21区よ。調べなさい』
「ははっ、畏まりました!!」
女神様からの指示が飛んだ。
アリアさんは、どうやらアリアさんじゃないらしい。
アリーシャと言うそうだ。
「ブラッドルーツか……」
ヒューさんが独り言の様に呟いた。
「今の女神様の、ブラッドルーツ、ってどんな組織なんです?」
「過激派、と括れる程真っ当な組織ではございません。暗殺、強盗、屋敷盗。また貴族子弟の誘拐や売り飛ばしなど、悪事の塊の様な組織です。
その頭領が死罪となった時に課された刑が、『焼却処分』にございました。遺族に遺体を返さぬ焼却の罰は、ここ30年で1度しか執行されていないので、
アリーシャの父親はブラッドルーツの頭領であったと考えて間違いないでしょう。」
……うわっ、巨悪の娘さん、か。
アリアさん本人には罪はないけれど……正直キツい。
「ねぇヒューさん……」
「はっ、なんでございましょう」
「ヒューさんの事だから、アリアさんの裏も取ってると思ったんだけど……俺の近くに置く者として」
このヒューさんの事だ。身辺調査は絶対やってる、と思ってた。
「ええ、勿論調べておりますが、戸籍法改正以前の戸籍は、原本を除き全て焼却されており、追うことが出来ません」
「原本だけは残っているんですか」
「はい。されど原本は国王陛下の書庫に入っているため、おいそれと拝見することも難しゅうございます」
そっか、資料自体が閲覧不能な訳か……となると、簡単にはその正体には迫れないって訳か。
「シューッヘ様……お気持ちをお察ししますに、誠に……」
ヒューさんが珍しく言葉に詰まる。そりゃそうか、あんだけベタ惚れだったのは、ヒューさんも知ってる。
けれど、そのベタ惚れだった相手が、女神様に思い切りマークされる危険人物だと分かった。
そう分かってしまった以上、近くに置く訳には行かない。関係も、切らないといけない、のかな……はぁ。
「俺、浮かれてました……初めて出来たカノジョだったんで……俺が強引に連れてきちゃったってのに、
まさか復讐に俺を使おうって子だったなんて思わなかった。疑いもしなかった。俺の目が、節穴なんですね」
「シューッヘ様、御自身をお責めになられませんように……男女の出会いに、様々な駆け引きは付き物。
特に、貴族と平民の交際を過去禁じていた身分法があったのも、貴族が今回の様に、平民が抱える
些事に巻き込まれてしまわぬようと、理由のある『差別』をしておったのでございます」
「些事、ささいなこと、か……平民の復讐は、貴族にとってはささいなことなんですかね、やっぱり」
俺は、よく分からなくなってきた。
ただ分かるのは、俺の中で冷えていく、アリアさんへの気持ち。
両思いだって思ってた。アリアさんも俺の事を想ってくれていると、思ってた。
その思い上がりがこれだ。アリアさんは俺を復讐の道具にしか見てなかった。単なる、道具。
俺、これからアリアさんにどう接すれば良いんだろう……
「ヒューさん」
「はい、シューッヘ様」
「アリアさんの事、どうするのが正解だと思いますか? 別れる? 見逃す? 復讐に加担する?」
「復讐への加担はお勧め致しません。見逃すにしても、間近で常に刃物を研がれている様なもの、お気が休まらないでしょう。
この老人が物言うのもどうかとは、若い方への指針になるかどうか分かりませぬが、まずはお話しをされてみてはいかがでしょう」
「話を? 何の? どう復讐したいかとか聞くの?」
「お聞きになられたい事を、全部でございます。もう別れすら前提の様になっておられますが、わたしが見る限り、アリアの、
シューッヘ様に対する恋心それ自体は、決して偽物でもないと思っております。結果としてお別れを選ぶことになるやも
知れませんが、それでも何も話もせずに別れを押しつけなさるよりは、シューッヘ様のお胸も晴れるかと」
「そういう……ものなんですかね、恋って」
「ここまで他の事が紛れ込んでおると、単純な恋で片付く話でもございません。短気は起こさずに、お話しされる事をお勧め致します」
ヒューさんは、さすがだ。俺はもう、アリアさんを半分敵視していた。けれどヒューさんは冷静に、
アリアさんの心情を読んだ上で、俺にとって後悔が生じない様にと、話し合いを勧めてくれた。
「俺……話し合ってみます。どういう結論になるか分からないけれど」
「シューッヘ様のお気持ちが晴れる結果になる事を、心よりわたしも願っております」
俺はヒューさんの部屋を後にして、そのまま階段を下りた。
そこからずっと端まで歩いて行く。メイド準備室がある。
「シューッヘ様、御機嫌麗しく」
「いつもありがとうございます。中、アリアさんいますか」
「おられます。お茶などお持ちしますか?」
「いえ。出来れば誰も入らないようにしていて下さい」
「畏まりました」
俺は最低限の会話をして、準備室を横に、奥へと入っていった。
奥は、メイドさん達の部屋と、その奥にアリアさんの部屋とがある。今はメイドさんは皆出勤中である。
俺は扉を、初めて足を運んだ扉を、ノックした。
「はーい、って、シューッヘ君?!」
「うん。ちょっと話したい事があって。入っても良いかな」
「う、うん。散らかってるけど……」
「ごめんね突然」
俺はあくまで今まで通りを努めて、アリアさんの部屋の中に入った。
部屋の中は、箱類が幾つかあり、引っ越し準備の途中の様だ。
座れる場所という感じの所はないので、床に座る。アリアさん……アリーシャも、横に座ってくる。
「突然どうしたの、シューッヘ君。それに、さっきの疲労は大丈夫?」
「ごめん実は疲労なんて微塵もしてない。だから[ライトニング]は無駄に痛かったよ、『アリーシャ』」
俺がその言葉を口にした瞬間、アリアさん……アリーシャの顔が般若の様に、目頭が吊り上がって口角がとても下がった顔になった。
「アリーシャ……なんで俺には、『無邪気なアリアさん』で通そうとしたの?」
「あ、あの……シューッヘ君、これには深い訳があるの」
「深い訳ね、どんな? 復讐に俺を使うのを正当化出来るだけの、どんな訳があるって?」
アリーシャは、俺の勢いに飲まれた訳でもあるまい、視線を逸らして沈黙した。
「……お父さんのこと……聞いてる?」
「貴族のことを悪く言ったからって、アリアさんから聞いてた。でも実はブラッドルーツの頭領さんって人でしょ?」
「えっ? ブラッドルーツ?」
「知らないふりしたってダメだよ。女神様からの情報だからね、間違いって事があり得ないから」
「ブラッドルーツ……って、何? ごめん、本当にそれは知らない」
「知らないって……ブラッドルーツは、強盗殺人なんでもしますの、悪党の集団だよ」
「噓! お父さんがそんなところに属してた訳なんて無い!」
「噓って言われても。お父さんって、焼却刑で……骨も残らずにって感じだったんじゃないの?」
「そ、そうよ……」
「その焼却刑は、ここ30年間で1件、ブラッドルーツの頭領の死罪の時にだけ、執行されている」
「そんな……噓よ、絶対人違い! あんなに優しかったお父さんが、そんな……」
「人違いはあり得ない。多分今頃、ヒューさんも本格的に調べ始めてると思うけど」
「そ、そんな……じゃあたしが貴族を、エクサルシス侯爵を恨んでたのって……」
「恨む筋合いじゃ無かったんだよ、とでも言えば良いのかな。俺もよく分かんないよ、なんて言えば良いか」
沈黙が、場を支配に掛かったらしい。
俺も話さない。アリーシャも話さない。物音もしない。動きもしない。
耳を澄ますと、少しずつアリーシャの呼吸が荒れていくのが分かる。
なんとなく。ホントになんとなくなんだけど、魔法が動き出そうとしている"感覚"が摑めた。
静かに、極力冷静にしてるからかな……この感覚は初めてだ。ちょっとゾクッとする感覚だ。
今この空間には2人。俺は何もしていない。てことは、アリーシャだ。
火炎圧縮魔法……そんな攻撃専用魔法をこの狭い空間で使われたらたまらん。芽を摘もう。
うーん、魔法力って、それ自体吸い取れないものかな。地球のゲームにはそういう魔法あったが。
じゃ、その魔法を模して、やってみるか。設定は、残存の10分の8を取る。魔力は0にすると、死んでしまうらしいし。
([マジック・ドレイン])
気付かれないようにこっそり、手のひらをアリーシャに向けて。俺は心の中で唱えた。
「えっ、あ……」
突如そう口に出したのは、アリーシャだった。様子をよく見てみると、床に付いていた指先を、もぞもぞと動かしている。
10分の8がどの程度かは俺もよく分からないけれど、炎出す→圧縮する、みたいな多段階魔法なら、そこそこ魔力使うだろう。
致命的・破壊的なのだけ、防げれば良い。多少の魔法であれば、何とでもなる。結界もあるし、俺には。
少し指先を動かしていたが、諦めたのか肩をガクッと落として、アリーシャは溜息を付いた。
「シューッヘ君の力、よね、今の……よく分かんないけど、あたし魔法使えない……」
「あぁ俺の力さ。ここで突然殺人級の、火炎圧縮魔法とやらを使われたらたまんないからね」
「ぅ……」
図星だったのかは分からないが、下を向いていたアリーシャは、更に俺から顔を避ける様に、部屋の角に顔を向けた。
「それでさ。アリーシャどうするの、どうしたいの。これだけバレて、その上お父さん? 悪党だったって知っても尚、復讐に俺を使うの」
答えは……帰ってこなかった。黙ったままのアリーシャ。うつむいてあっち向いたままのアリーシャ。
これでは、俺がここに居る意味も無い。というか、そもそもここに来た時点で、無意味は確定だったのかも知れない。
俺は黙って立ち上がり、部屋を後にして、自室に籠もった。
その日は、メシも食わず、入口のノブに初めて「入らないで」マークを吊り下げて。
泣いた。泣いたよ、あー泣いたさ。どれだけ俺って女を見る目が無いんだろうってのもあるし、
あんなに可憐で可愛くて、ぽやっとしてて少し抜けてるアリアさんが、実は抜け目なく俺を復讐の「主武器」に使おうとしていて、
それを全く見抜けずに今日まで過ごして、惚れて、深く惚れてて、女神様から言われて初めて気付いた。そのバカさ加減にも、泣いた。
夜通し泣いた様な気になっていたが、いつの間にか寝落ちしていた。
朝の明るい日差しは、泣きっ面の目には沁みるように痛かった。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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