第3話 脱出ゲームのその先に ~答えはすぐ近くにある!~
俺はヒューさん験担ぎでもって、3と決めた。
何故3か? ヒューさんがペルナ様に捧げたメダルの剣の本数、房になるリボンの枚数がいずれも「3」だったから。
それだけかって? それだけさ。人間最後の覚悟は、何にでもすがるものだ。
俺は暗闇の中を、十字は踏まないように、対角の位置になる3に向かい、思い切り、光る3つの丸を踏みつけた。
瞬間、視界は暗転した。足下を見る。真っ暗だ。
俺の予定通りなら、今俺は「3」フロアに居て、近くの足下に3つ丸の照明スイッチがあるはずだ。
[エンライト]
カッと光が全域を照らす。うん、問題無い、足下の丸は「3」だ。
踏む。照明が付いた。あ、俺今から出てくんだった、もう一回踏んで、照明を消し、エンライトも消した。
俺のエンライトは短時間でも強い光なので、蓄光素材がよく光っている。
光っている「1」に、俺は途方もない疲れを感じつつ近づき、踏んだ。
パッと周りは開けて、庭に出た。外の光がまぶしく、そして懐かしい……
そうだ、ヒューさんは? 無事に出られているはずだけど……
俺は建物の中に入った。おお涼しくて快適。こりゃ暮らすには良物件だわ。
いやいや、まずヒューさんだ。呼んでみよう。
「ヒューさーん、いますかー」
すると、2階から、馴染みの声が聞こえた。
ヨカッタァァァ、俺のミス、ゼロ! 臆病設計者に完全勝利だ!
俺はヒューさんの声がした方へと進む。さっきはリビング左手の階段を上がったが、右側から声はした。
右側の階段を昇る。こっちの階段は、よく見ると真ん中に絨毯が引いてあった痕跡がある。線がうっすら。
「ヒューさん、どこですー」
呼んでみると、返答は随分奥から聞こえてきた。ズンズン進んで、一番奥の突き当たりのドアを開けてみる。
いた。
ヒューさん、無事に居た。
良かった……
そう思った時、俺の膝は支えを失ったように崩れた。
「大丈夫でございますかシューッヘ様!!」
辛うじて手を床に付いて、突っ伏すのだけは避けられた。そこにヒューさんが駆けつけ、肩を支えてくれた。
「謎解きは、しばらくもう良いです……」
「左様ですな。わたしも寿命が確実に数年縮みましたわい」
二人して、大きな溜息。
そして、二人して、その溜息をクスクス笑う。
「シューッヘ様の名推理のおかげさまで、わたしはすぐ地上に出られましたが、シューッヘ様は随分と掛かられましたな。どうされました」
「言ったらきっと怒りますよ、ヒューさん」
「なんですもったいぶって。怒るかも知れませんが、生煮え気分は嫌ですな」
「ははっ、生煮え……それもしばらく要らないや。実はヒューさんに『2』を推した時点では、決して100%安全、では無かったんですよ」
「ほう、それで、その続きは」
「えっ。それだけです。安全っぽく言ってたのに、安全じゃないかも知れない選択肢を押しつけたので……」
言うと、ヒューさんが豪快にはっはっはと、歯まで見せて笑っていた。
「あれ? 怒らせちゃうと思ったんですが」
「怒るはずもございません。シューッヘ様は、二人が同時に助かる方法を、必死で考えてくださった。助かったのは、結果論です。
万が一助からなかったとしても、わたしは恨み言を言うつもりなど微塵もございません」
はは、ヒューさんらしいや。
「俺も最後の2つに絞れた時に、ヒューさんに助けてもらったんですよ」
「ほう? わたしがお助けしたと?」
「えぇ、ヒューさんが女神様に捧げたメダル。アレの表にあった剣の数が3本。飾り布の数が3枚。だから『3だぁ』って。もう勢いです」
と、俺も笑う。勢いだってさ、今考えれば合理性の欠片もないじゃん。
「女神様への……ん? 恐れながらシューッヘ様」
「はい?」
「あの時……女神様に答えを伺えば早かったのでは?」
……
…………
ドサッ。俺はわざと床に倒れ込んだ。
「シューッヘ様?!」
「俺、ムチャクチャ頭使ったのに……そんな簡単な答えの取り方があったなんて……うぅ」
泣きそう。因みに聞いてみよう。
「女神様、女神様。聞こえますか女神様」
俺は突っ伏したままで顔だけ上げて、顎は床に付けて、言葉に出した。
ヒューさんも「聞こえる人」なので、ここは気にせず普通な声と言葉で話す。
『聞こえるし見てたけど……あんた、バカ?』
「ガーン、開口一番女神様にバカ扱いされてる!」
『そりゃだってねぇ……幾らなんだって、死人が出るような設備がある物件、普通に売り出すと思う?』
「なるほど、さすがにございますな女神様は」
『ヒュー。気付かないアンタもアンタよ。何の為に年取ってんの? 2人揃ってバカよ。バカバカ』
「これは手厳しい」
と、ヒューさん苦笑いをしつつ、腰を下げて祈る様な格好になった。
「ペルナ様。因みに地下は如何様な仕組みになっておりましたのでしょうか。地下までは人間見えぬもので、教えて頂きたく」
『地下は4階層あるわ。そこはあんたたちの予想通りね。転移の魔法陣は、建設された当初は普通に、1フロアずつ上がったり下りたりだったわね。
最後の所有者、当時遊び好きな男爵として有名だったんだけど、王様を招いて、脱出ゲームをしようって話になったのよ。それで、仕様変更よ。
実際国王、あんたが忠誠を誓った前王だけど、遊びに来て。いたく気に入ったとみえて、その貴族に古語で興奮・高揚を意味する言葉である
「エクサルシス」という姓を新たに授け、併せて陞爵させエクサルシス侯爵になったわ。あの国王、この遊びをよっぽど気に入ったみたいね』
「なんと、エテルノハルノ2世陛下がお楽しみになられた、遊興施設だったのでございますか?!」
『元々は屋敷よ普通にね。でも、地下の魔法的改装だけで見事に莫大な富を得た貴族として、実はひっそりだけど語り継がれてるわ』
「エクサルシス侯爵家に、そんな秘密があったとは……わたしが陛下に出会う前の話ですか?」
『そうね。だからあんたも知らないのは当然と言えば当然だけど』
ほほう、実際『脱出ゲーム』専用に転移魔法陣とかを組んであった訳か。そりゃ簡単じゃない訳だ。
俺は何とか脱力感から立ち直り、その部屋を眺めた。主寝室のようで、随分広く、ベッドの跡の様な擦れが床にある。
「女神様、俺がここに住むの賛成ですか」
『意味がよく分かんないんだけど。何が言いたいの?』
「あれ、てっきり女神様の言葉って無線波みたいなものかと……鉄壁に遮られません?」
『あんた分かってないわねぇ。異世界に、次元スライドさせて人を飛ばせる女神が、無線みたいな単調な仕組みで見たり話したりしてると思う?
第一、無線波だったらなんで今、鉄壁の中のあんたは私としゃべれてんのよ。あんた高性能受信機なの? やっぱりバカでしょ』
がーん、またバカ扱いされた。バカじゃないもん!
『因みに今あんたが鉄の壁扱いしてるその外壁だけど、単なる鉄じゃないわよ。魔法防御を上げる目的で、結構な量のミスリルが配合されてるわ』
「ミスリル……ヒューさん、鉄とミスリル、混ぜると丈夫になったりするんですか?」
「今はミスリル自体が我が国ではほとんど採掘されませんので、わたしもよく分かりませぬが……」
「女神様すいません、ミスリルの性質、講義してもらって良いですか」
『あらぁ高く付くわよ? 何本かお酒供えなさいよね』
「ヒューさんこの辺に酒屋は?」
「貴族街故、商店は少ないですが、酒とつまみであれば上等なもの『のみ』が揃います」
「とのことです、後で買ってお供えすることを誓いますー」
『あら殊勝なこと。じゃ、ちょっとだけ講義してあげるわ』
ミスリルは、既存のあらゆる金属とも異なる魔法金属である。魔法金属とは、魔力を内側に貯められる性質を持つ物を言う。
ミスリルの他に魔法金属としては、この世界では、アダマンタイトが古代に採掘された記録は残るが、博物館級の品物となっている。
ミスリルは、色・光沢・金属としての堅さは、銀に類似する。但し、それは魔法力を籠めていない場合の、純金属として、である。
他の金属との合金にする、例えば鉄-ミスリル合金とすると、飛躍的に硬度が高くなり、武器などに最適である。
鉄-ミスリル合金で作った剣などは良く魔法力を通す上、一部を貯め込む性質があるため、いわゆる魔法剣として使う事が出来る。
ミスリル合金で最も有用なのは銀-ミスリル合金で、これはアンデッド類への破滅的な武器を作るのに適している。
なお、一般的な武具であれば、合金中のミスリルの割合は1%以下で十分で、大魔法を用いる魔道具として使う程度に
魔力のストックが必要な場合でも、ミスリル含有率は10%以下が適当である。
『ちなみにこの家の外壁は、ミスリル1.5%含有よ。買い取って、解体して売れば、一財産になるわね』
「ヒューさん、ミスリル鉄って今でもそんなに高い売値が付くんですか?」
「買い手探しが大変でございますが、軍部であれば……一財産では済まない額面になるでしょう」
『でも、魔力持ちにとっては、過ごしやすい温度に自動調整させたり出来る、とても優秀な外壁よ』
「うん、俺としてはそっちですね。砂漠の国で涼しく過ごせる。最高ですよ。因みに俺って魔力持ちですか?」
『とことんバカね。自分のエンライトの魔法自分で見て、魔力無いと判断するバカはバカ中のバカとしか言えないわ』
「がーん、バカしか頭に入ってこない」
俺と女神様のやり取りを聞いて、ヒューさんが口を押さえて必死に笑いをこらえている。
「ヒューさぁん、女神様が俺の事バカって言うー」
「く、……くく……それは……」
ヒューさんに話を振ったが、笑いを止めるのに精一杯みたいで返答が帰ってこない。
『で、結局あんたそこ買うの? そこに住むの?』
「あ、はい買うつもりです。手続きとかよく分かんないですけど」
『じゃ、私の加護を打ち込んどくわ。そうすれば他の人間は買えなくなるし、魔法防御にもなるし』
加護を打ち込む?
と、突然全ての壁が光り輝き強い光が上下左右から差した。強いスポットライトを浴びた感じで、ちょっと熱い位だった。
『はい、これで予約済みね。早いとこお酒、よこしなさいよー』
と、声がフェードアウトしていく。女神様はご退室である。
「ちょっとヒューさん酷いですよそんなに笑うなんてー」
「いやしかし、あれ程女神様が、これでもかとバカバカ仰せになるので……」
くくく、とやっぱり一生懸命笑いを我慢しているヒューさん。
「取りあえず! 俺このお屋敷にします。屋敷の買い方とか、登記? 登録? の方法とか知らないので、任せていいですか?」
「それは、もちろんにございます。ふぅ……このヒュー、直ちに買い取りの手続きを行って参ります」
「あ、それより先にお酒を。俺も選びに行って良いですか? 近くの酒店ってのも知っておきたいし」
「左様でした、女神様へのご供物を優先にせねば。では、まずは酒屋へとお連れ致します」
ふう……強制的に巻き込まれた脱出ゲームの果てに、ようやく俺は自分の屋敷を手に入れた。
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