第4話 文化交流にいそしんでいたら、俺史上最大の秘密がサラッとバレた。
俺がそのステータスウィンドウの情報を出来るだけしっかり読み解こうと頑張っていると、
「属性表示魔法は、初めてではないのかね? 突然出てきたコレにあまり戸惑う様子も無いが」
「えっ、あー……俺の世界でも、物語の中にはよくこういうのが出てきまして」
「物語か。という事は、現実には、このような表示がされるのは見たことは無い、ということか?」
「はい、初めてです。なので何が書いてあるのか、つい興味が」
目を凝らしてステータスウィンドウをじっくり見ていると、不意に「ほう」というヒューさんの言葉が耳に入った。
「属性表示魔法の文字が、読めるのか」
「えっ? 俺から見ると、母国語の文字にしか見えないので普通に読めますが……ヒューさんからはどう見えるんですか?」
「裏から見る限り、この大陸で共通に使われる、大陸共用語の共用文字として見える。不思議だの、異世界の者は」
「……言われてみれば不思議ですね、同じ物を見ているのに、違って映る……」
「少しわたしも正面から見せてもらおう」
ヒューさんが言ってウィンドウの上で手をくるっと回すと、ステータスウィンドウはくるりと向こうを向いた。
幾つか、ポイントになる部分があるようだ。ヒューさんの視線は幾つかのポイントで止まりながら、ウィンドウを見ていた。
「ふむ。やはり少々解せぬな。召喚儀式の術式構造自体には、欠陥は無かったはず……供物も、我が国からの物だけでも、異世界の大英雄を召喚するに足るだけの力があったはずだが……あの商王め、何か見えぬところで部材やら召喚具に、欠陥品でも入れおったのか?」
「あ、あの……俺ですいません。もっと戦力になる人を、この世界の人たちは望んでいたんですよね」
「ん、悪かった。今のわたしの独り言は気にせんでくれ。経緯がどうあれ、召喚がなされ我が国が迎えると決めたこと。シューッヘに罪も何もないのだから」
「ですが……その、例えばですがっ」
俺がつい前のめりになった事に、ヒューさんは意外そうな顔を浮かべた。
「お、俺の事をし、召喚の材料にして、新たな、本当の英雄に来てもらえばっ」
「シューッヘ」
俺の言葉に、ヒューさんは俺の肩にポンと手を置くと、下を向いて何度も首を横に振った。
「シューッヘがこの世界へ来てくれたのも、女神様のお心あっての事。自分の命を大事にしなさい」
じっと俺をみつめるその目は真剣そのものだった。
俺は、自分さえ犠牲になればと考えた浅はかさが、恥ずかしくなった。
「シューッヘが女神様の御寵愛を受けておるのは、言葉の件にしろ明らかなのだ。もっと堂々としなさい」
「堂々と……でも、何も出来ませんよ? このステータスも……突出した数字は無いですし」
「確かに専門家や学者とそれぞれの項目を比べれば、見劣りはする。しかし、これだけバランス良く、幅広いステータスにある程度の数値があるのは、これも稀なことなのだ」
「そう……なんですか?」
「うむ。君の世界では、よほど高度な教育が当たり前のようにされていたようだ」
ヒューさんが確信めいて頷き目を伏せた。
日本の学校教育、以外と異世界で評判良いみたいです。
学校行ってた時は「何の役に立つんだこんなの」としか思わなかったけれど。
「閣下、王都城壁を抜け、そのまま西進します」
「うむ。万が一対処不能な敵と会敵した場合、召喚者シューッヘの命を最優先とする」
「ははっ!」
砦になっていそうな、それとも岩の通路のようなところを、相変わらず何の揺れも無く通り抜けていく。
車窓の景色は少しひらけて、右手には遙か彼方まで続きそうな渓谷が、左手には整備された森が見えた。
「さて、シューッヘ。幾つか質問をしたい。併せてこちらの状況も説明しよう」
胸がドキッとする。
閣下、と呼ばれる地位の人からの質問。きっと王様か、それに近い身分に違いない。
考えれば考えるほど緊張が沸き上がってくるが、必死に呼吸を整えて、質問を待った。
「まあ緊張するなと、そう言うのも難しいかとは思うが、気楽になさい」
そう言うと、ヒューさんは座席の横にあったポケットから紙を取り出して広げた。地図の様だ。
「今我々がいるのは、ここだ。オーフェン王国王都の西端、西路外門周辺になる」
「これが、この国……広いんですね、栄えているみたいだし……」
「まぁ、この国は栄えておるのう。何せ国王が商人上がりだからな」
「商人上がり? 商人の王家、なんですか?」
「いや。あのやかましいオーフェン王が、金に物を言わせて王位を買い取ったのだ」
「……よく反乱とかクーデターとか起こりませんでしたね」
地球の「王国」を金で買う、なんてしたら、王族擁護派がこぞって反乱を起こしそうだ。
「オーフェン王は、アレはアレで善政を敷いておってな。旧王族も貴族筆頭として据えて誰一人処断しておらんから、国民の反発も少なかったのだよ」
「あの……俺のいた世界では、王様が統治している国はもうほとんど無いんです。貴族制度も、残ってる国もありますが、俺の国では廃止されていました」
「王が統治せず貴族もいない? となると、代表者制か。この地図では見切れているが、東のフェリア民主国は、選挙で国の代表を決める。それに近い制度かの」
「そうですね、ほぼそれです。もっとも、国によって微妙に違ったりするんですけど、王様が直接統治する国は、ごく小さな国を除いて、もう無いですね」
俺が言い終わると、ヒュー老人が少し難しそうな顔をして顎に手をやって、黙った。
少しの沈黙の後、
「君のいた世界では、国は幾つあったのだ? 10程度は少なくともありそうだが」
「詳しくは無いですが……200はあったと思います」
「に、200?! 長く戦乱でも続いておるのか?」
ヒュー老人の驚いた様に驚いた。
「いえ、戦乱はむしろ少なくて、大国はせいぜい……そうですね、多く見積もっても20くらい? あとは小さな国ばかりです」
「それにしても、総数200は多いのう。よくそれで世界全体が安定したものだ」
「地球にいた時は、それが当たり前だと思っていました……」
ヒュー老人が眉を潜めた。
「今、始めに言った言葉、もう一度言ってくれるか」
「え? 地球……ですか?」
「う……む、その言葉だけが、意味の無い音の連続のように聞こえる。女神様のご加護の限界であろうか……」
「え、そうなんですか? もしかすると……ひょっとして……」
俺は仮説を立てた。
この世界に「全く欠片も無い」ものの名は、女神様の自動翻訳が上手く行かないのかも知れない。
逆に、地球に全く欠片も無いものは、翻訳もされない。さっきのヒューさんの呪文のような。
「確かめたいことがあります、宜しいですか?」
「構わない」
「幾つか単語をお伝えします。伝わるのと伝わらないのと、それぞれ教えて下さい」
ヒュー老人が腕組みして頷いた。
俺は、単語を5つ言った。
機関車
石炭
電気
電話
スマートフォン
産業革命から現代に至る、キーアイテムを拾ったつもりだ。
「うむ……2つ目の石炭は聞き取れたし、意味も分かる。燃やすとススの相当出る、燃料石だろう?」
「はい、そうです。他はどうでしたか?」
「最初の、キ、なんとかというのは、よく分からんが速い馬車、の様な意味に聞こえた。他は全く、言葉も摑めなんだな」
「なるほど……」
俺は大体この世界の推論を立てた。まだ蒸気機関は無く、地球になぞらえれば産業革命以前だ。直前かも知れない。
王政がメインで、民主制が珍しい理由も理解出来る。貴人の移動手段が馬車なのも、だ。
「ちなみに、君の今の質問にはどういう意図があったのかね? 差し支えがなければ、聞かせて欲しい」
「はい。実は……」
俺は推論の中身を話した。
「ふむ。君のいた世界は、随分と進んだ世界のようだ。では逆に、わたしからも同じ事を試してみても良いか?」
「はい、もちろんです!」
文化交流のようで、楽しくなってきた。
ヒュー老人は、俺と同じように、5つの単語「のような言葉」を言った。
魔法
※※
大暗黒時代
※※※※※※※
サンタ※※※
「魔法、大暗黒時代、というのは聞き取れました」
「ふむ? 君の話を聞く限り、君の文化に魔法は出てこないように思ったが、伝わるのか」
「魔法を使える人は誰もいませんけど、神話とか、物語にはたくさん出てきます」
「なるほど、伝承か。ひょっとすると、君の世界でも遙か昔には魔法があったのやも知れんな」
「あの……大暗黒時代、というのは? 聞き取れただけで、意味までは分かりませんでした」
「うむ、それは国に着いてから話そう。我が国の成り立ちに関わるものだ。最後の2つは、どうであったかの」
「4つ目は全然。最後のは、サンタ、までは聞き取れました。女神様の敬称、ですよね?」
「ん? んん? 敬称『だけ』聞き取れた? だが、女神様の御名前は、聞き取れなかったのか?」
「はい、すいません」
さっきまで和やかだったヒュー老人が、途端眉をひそめ少しキツめの目になる。
目線は俺から外れ、窓の外……のようで、必死に何か考えているようにも見えた。
腕組みして、つぶやくように、
「オーフェンの鑑定士と言えば、世界随一。しかも王国宝具である3種のモノクルを全て使って鑑定しておった」
目線を俺の膝辺りに落とし、独り言のように。
けれどしっかり俺にも聞こえる様に、ヒューさんは話した。
「鑑定に誤りがあるとは、考えづらい。女神様のご加護がある、というのは間違いない……」
と、そこで言葉を句切って俺に視線を向けた。
「シューッヘは、女神様にはお会いしなかったのか?」
ヒューさんの視線はいつの間にか鋭くなっていた。
ここからは一言一句に気をつけないといけない。自然そう感じた。
「お会いしました、というか、突然そこにいた、というか……」
「どのように現れなさったかはよい。会ったという言葉も信じよう。鑑定士も見抜けぬ、何を授かったのだ?」
口調が一気に厳しさを帯びる。圧迫感が異様に強く、背筋に冷たいものを感じた。
「女神様が、お、仰ったのは、絶対結界と、光の自由操作、それから全ての魔法の属性、と。」
「絶対結界?! 仮に本当だとすれば、※※※の再臨に匹敵するぞ」
「すいません、何の再臨か聞き取れませんでしたが、それは敵ですか、味方ですか」
敵だとしたら、俺はこの場でいきなり殺されてもおかしくない。
結界を使えば、と言っても使い方が分からない絵に描いた餅結界なのは、聖堂の時と何ら変わりない。
「幸い味方、しかも大英雄の一人だ。一音ずつ言えば伝わるか……『ま・ど・う・お・う』、の再臨と言うたが、伝わったか」
「は、はい。まどうおう、魔導王? 凄そうな方の事だ、という意味合いも、何となく伝わります」
「そうか、ふむ……我らが女神、イリア様はどのようなお心で、この者にそれだけの力を」
「えっ」
「ん?」
聞き取れた。
様が付いているから、きっと女神様のお名前だ。
けれど、イリア様って名前じゃなかった、そう……
「ペルナ様では? 女神様の御名前って……」
俺がそう口に出した瞬間、ヒュー老人の動きがビタッと止まった。固まった、という止まりようだ。
そこから、ゆっくり俺に顔を向けてくる。ゆっくり、ゆっくり、ずっと目を大きく見開いたままで。
なんだかホラー映画のワンシーンの様な、不気味なスピードである。
「貴殿は……時代の暁の光をお示しになるという伝承の女神、サンタ=ペルナ様の、御使者であったか」
その目は、誰にでも分かるほどの困惑の色をしていた。