第1話 お部屋探しもしたことない俺に、お屋敷探しをしろという無理難題。
実質ここから、新しいお話しが始まります。
只今物件巡り中。お部屋探しは~、なんてCMは地球時代によく見たが、「お屋敷探し」をする事になるとは。
因みに、既に3物件を見て歩いた。貴族街の中を、最初の1件から近い順に見ているのでそれ程疲れてはいない。
というか、この物件巡りが終わったら、アリアさんの魔法指導をスケジュールしてあるので、気分的に疲れないってのが大きいかも。
「うーむ、シューッヘ様。いずれの物件も、一長一短ですな」
「そうですねぇ。単に住む分には悪くはないんでしょうが……」
物件の中身は良いのだが、両横の貴族がとにかく噂好き・話し好きと評判。避けたい。
建築から60年が経つ屋敷。管理が悪かったらしくサビだらけ。避けたい。
前後左右の貴族が揃って内向的な屋敷。王城の影で一日中日差しが無い。貴族さん達、ビタミンD不足の冬期鬱では? 避けたい。
と、ここまで巡ってきて、積極的に住みたい物件はまだ無い。
ヒューさんが用意してくれた物件一覧は、10件あるそうだ。ヒューさんが弾いたのも含めるともっとあったとか。
空き屋敷が多いのは、領地に戻ると屋敷を手放し、また着任等で必要な時に買う、というタイプの貴族が圧倒的に多いからだそうだ。
次はどんなお屋敷かな、日当たりは少しは欲しいしなぁ。
「ヒューさん、次のお屋敷はどんな物件です?」
「次は、弾こうか迷った物件ですな」
「へ? 不良案件なの?」
「不良という訳ではないのですが……いささか特殊に過ぎるきらいがあるお屋敷でございます」
と、歩いて行くと、他のお屋敷が三角お屋根のいかにも「貴族街の中の贅沢をあしらった」屋敷なのに、そこだけ違う。
屋根が三角という統一事項っぽい所すら無視。断固四角。とでも言うのか……しかも、オール金属の壁か? 扉もだが。
トタンなどの薄い金属板の壁であれば、日本にもあった。けれど今見えてきているのは、見る感じ鋳物鉄の壁と扉である。
カラフルなペイントでもしてあればまだ誤魔化せるのに、それも無い。鉄器・鉄瓶。あの色である。
「これ……砦か何かですか?」
「そう見えても仕方ないでしょうなぁ。これを建てた貴族は大変心配性だったらしく、全壁を金属で作ったのだそうです」
「壁全部ですか? 中が熱々になりませんこれ。昼間の日差しが当たり続けると」
「その辺りはさすがに考えたようで、内壁と金属壁の合間に緩衝層があるそうで、魔力充填すると断熱効果が倍加するそうです」
金属製の家かぁ、独特と言えば独特だなぁ。
でも幸い、日差しはある。貴族街なので洗濯物干すとかはしないが、健康的だ。暑すぎなければ。
用心がそうさせたのか、家の手前に庭的なスペースがある。他の屋敷はこの屋敷群の中のはどれも、わずかな庭スペース。ここは結構広め。これも異色だ。
庭の前、即ち街道には、ぐるりと家を囲む同色鋳物鉄の、槍状のフェンス。いかもこれが結構高い。
悪い見方をすると、突然監獄でも現れたようにすら見える。
良い見方をすれば……シックで庭付き。防犯抜群。
「因みにこの屋敷にございますが、地下室がございます。周辺の貴族との取り決めの元、屋敷の土地より広い地下空間があるとのことです」
「へぇ、そりゃ面白い。ちょっと中見てみたいです。今の時間なら、まだ中は涼しいですかね?」
「総鉄作りの壁ですからなぁ、触ってみた温度が中の温度、と考えるべきかと」
言われて、近付いて壁に触ってみる。
決して冷たくない。熱いという程ではないが、ぬくとい。
室内がこの温度だと暑いと感じるだろうなぁ。
「ねぇヒューさん、この世界って室内の温度を調整する何かがありますよね? 王宮の俺の部屋にも」
「はいございます。一般に『魔導空調機』と申しまして、空気の温度を調整致します」
「それがこの屋敷にあれば、そこまで不快じゃないですよね、断熱の効果も合わせると」
「魔導空調機が無い屋敷を探す方が難しいので心配要りませぬが、断熱の力次第でしょうな。入ってみられますか?」
「はい、入ってみたいです。すぐ断熱倍加入れたいですけど。日も段々暑くなってきてるので」
ヒューさんがフェンスに掛かった鎖の錠前を外す。ジャララララ、と鎖が落ちる。
笑顔のヒューさんがフェンスを開けてくれたので、入る……なんか牢獄入りするみたいではある。
更に扉の鍵を開けてくれる。ガッチャン、と大きな音が鳴る。これ地味に目立つな、出入りする際に。
そうして、中に入……ってみるとやっぱり既に暑い。
「ヒューさん、空調機と遮熱材の効果倍加は、どうすれば動かせますか? 俺でも出来ますか?」
「お待ち下され、見取り図だと……こちらですな」
とヒューさんは、入口入ってすぐ右側にある、「壁に貼り付けた鉄の板」みたいな物を指差した。ここも鋳物鉄。徹底してるな。
丁度手を上げた高さにあり、位置はとても考えられている。俺の背丈的にも合う。
「これ1つで両方動くのかな?」
魔力充填の方法はよく分からないが、取りあえず触れてみた。
……何も起こらない。そりゃそうか。
「ヒューさん、魔力充填ってどうやれば出来ますか?」
「シューッヘ様であれば、何か小さくて安全な魔法を、その板に向けて放つイメージでお使い下さい」
「はーい、じゃあ安全の定番、[エンライト]!」
カッとまぶしい光が手を包み込む。
すると、グウウーン……という様な低い音が何処かから響いた。取りあえず何かは作動したみたいだ。エンライトは止めた。
続けて、外だと思うが、シューっと空気がボンベから勢いよく出る様な音が少しの間して、それもやがて止まった。
ふわっと風を感じる。既に後ろのドアは閉じられているので、エントランスの辺りかそれより向こうだ。
何処から吹いてるのかはよく分からないが、風が動いている。しかも涼しい風だ。心地よい。
「ほう、これはかなり緻密な風魔法を組み込んだ空調機ですな」
ヒューさんが言う。
「そこまで分かるんですか。魔法が緻密だと、良いことあります?」
如何にも素人な質問だったが、ヒューさんは、
「魔法の緻密さは高機能や多機能に繫がります。また、安定性や安全性も高いと言えましょう。良い事尽くめです」
と、丁寧に答えてくれた。つまり、高級エアコンな訳だ。
室内も、順次見てみた。家具が無いのでがらんどうだが、確かにスペースは他のお屋敷と比べて狭く感じる。
ただ、日本の家屋に慣れ親しんでいる俺からすると、この屋敷の方が「おうち」感覚があって好みだ。
リビングは狭いと言ってもさすがに広く、小規模なホームパーティー程度なら軽くこなせそう。
将来的に、子供が出来てその子の家族とお茶会とか……あぁ、今はまだ早い!
玄関入ってすぐの左右に階段。それぞれ上階に上がれるようだ。
進むと、リビングを左右に抜ける廊下が、目立たない角度に付けられている。この辺りの工夫は大したものだ。
右に抜けた一番奥にはキッチンがあり、その次が洗濯室かな? その向こうが空き室で、リビング行きの通路を通り越して突き当たり奥はトイレ。
左側はもっとシンプルで、3室空き室があり、やはり家の手前側に当たる方の一番手前にトイレがある。こちらは水場はパッと見、無い。
トイレ2つは、家族が増えても安心だなぁ……って一瞬思ったが、実際トイレを見てみたらちょっとズレてた。
そのトイレ、いずれも一人用ではない。いわゆるあさがおが並ぶ男子トイレが左側、個室が並ぶ右側は女子トイレなんだろう。
貴族の屋敷にふさわしく、多数の来客のご用が一度に捌けるようになっている。これは考えてあるなぁ。
続いて2階も見てみる。こちらは見取り図だと私室の集まりなんだそうだ。1階の構造からして、2箇所から2階に上がれるのだろう。
俺はひとまず左側から上がった。そこで頭がハテナになった。
階段を上がりきると、まっすぐ廊下があるのだが、扉が無い。単に廊下。で、先は行き止まりで、床に黒い布が置いてある。
この布何だろう。黒い布……単に傷を隠すとかじゃ、ないんだろうな。ヤバいものだと行けないから、ヒューさん呼ぼう。
「ヒューさーん、すいませんお手数ですが2階に、左奥の階段から上がってきてくれますかー?」
承知致しましたー、と遠くから声がする。さすがお屋敷、ある程度声を張らないと会話が出来ない。狭く見えてもお屋敷だ。
と、軽い足取りでヒューさんが階段を上がってきてくれた。
「このお屋敷は掘り出し物にございますぞ、微に入り細に入り、設備が非常に……おや、その布は」
布に気付くや、ヒューさんが手を横に張り出して俺の前に立った。
「シューッヘ様。まだこの布には触っておられませんな?」
「はい。なんか怪しい布なので、俺じゃ分からないからヒューさんに聞こうと」
「賢明なご判断にございます」
前に立っているヒューさんが、左手は俺を牽制するように、右手は黒い布にかざすようにして、上体を半身に構えた。ほとんど戦闘準備だ。
そしてヒューさんが、落ち着いた口調で魔法を唱えた。
[マギ・アナライズ]
……あれ?
特に何か、光ったり、音が鳴ったりはしない。何だろう?
「シューッヘ様、幸いこの布は単なる目隠しにございました。この布の下に転移用魔法陣がございます」
布が掛かったままなのに、その下の中身までヒューさんは言ってのけた。
「えっ?! ヒューさん、どうやって布もどけずに床まで?」
「先ほどの魔法にございます。上級魔法故、それほど使い手もおりませんが、対象を魔法的に分析する魔法でございます」
さっきの、マギ・アナライズって名前のかぁ。上級魔法じゃ俺には縁が無いか。
「恐らくではありますが、1階に下行きの階段やはしごが見当たりませんので、この魔法陣で地下室に転移するものかと」
「行ってみても……いい? ダメ?」
「ここまで来て引き返すのはわたしも幾らか生煮えな気分になりますな。是非参りましょう」
と、ヒューさんが黒い布をどけた。魔法陣が……あれ、何も無いぞ?
「ヒューさん、魔法陣、描いてないですよこの床」
「目に見えぬだけで、魔導線がしっかり通った魔法陣がございます。可視化しますか?」
「はい、俺だけ見られないのも、生煮え気分なので」
表現を真似てみたら、ヒューさんが笑った。笑いながら、右手を光らせた。
するとその光を吸う蓄光の様に、不思議な紋様が浮かぶ。
ここから見ると、下向き三角形が重ねて三つ並び、それをぐるっと囲む四角があり、頂点から三角形に線が延びている。
一筆書きは無理だろうが、線に途切れ目が無い。
「これが、魔法陣……」
「魔法陣には様々な意匠がございますが、特別な物を除けば、デザインは『作者による』でございます」
「デザイン? この形と線だから効果がこうでー、って訳じゃなくて?」
「極一部、そういう物もございますが、大部分は単なるデザインで、効果とは関係ございません」
なーんだ、魔法陣がビャーって光ったりして格好いいのは、アニメだと魔法発動の前準備だけど、現実じゃ単なる『線画』な訳ね。
「では転移しましょう。お嫌かも知れませんが、この爺と手を繫ぎ、この四角の中にお入り下さい」
「嫌なんてことないんで安心して下さい。それじゃ転移、お願いします」
と、俺は枠内に入ってヒューさんの手を取り握った。
「では、参ります」
ヒューさんの空いてる左手が明るく光る。それと呼応する様に、魔法陣もまぶしく光る。
まぶしいなぁと思ってみてたら、突然カッと強い光が発して、目の前が真っ暗になった。
「まぶしっ……あれ、まぶしすぎて見えなくなってる?」
「いえ、今ここには、明かりが全くございません。真っ暗闇にございますな」
ヒューさんが日常語の様にエンライトを唱えて、周囲が少し照らされる。
「さすがに他家の下まで広げてあるという話通り、広うございますなぁ」
ヒューさんのエンライトでは、近くは見えるが前後左右どっちも壁は見えない。
「全景見たいので、照らします。[エンライト]!」
俺のエンライトは街灯並なので、部屋全体が照らされる。
ここもがらんどうではあるが、相当広い。上のリビングの何倍もある。
それもそうか、リビングは1階の床面積の一部だが、ここは1階の床面積全部より更に大きいスペースらしいし。
「天井に割と高さがあるから良いですね、でも照明はないのかな」
と、俺は近くに何か無いかと探した。
すると、もう俺の足先ちょっとのところに、丸が5個組み合わさった図形があった。サイコロの目を寄せたみたいな。
2階の魔法陣も安全だったくらいだからと、俺はその円をまとめて踏んでみた。
すると、部屋全体が白い照明で照らされる。間接照明の様な感じで、一見すると天井全体が光ってるのと錯覚する。
十分明るくなったので、エンライトは止めた。止める、と思えば止まるので扱いが楽で良い。
「凄いなぁ、これだけ広いのに、照明にムラがない」
そう。広い部屋だと、照明はたくさん必要。
そうしてたくさん置いても、必ず明るすぎる所と暗い所と。まだらになりがち。
けれどこの部屋は、天井全体が光っている様に見えるくらいだから、ムラが一切無い。手元も見やすい。
「ここは……」
と、ヒューさんが唱えた魔法は再びのマギ・アナライズ。
右手を光らせながらあちらへこちらへ。そうこうして、俺の横に来た。
「シューッヘ様。どうか落ち着いて聞いて下され」
「はい。何です?」
「我々は、閉じ込められたようにございます」




