第1章エピローグ前編:俺と爵位とお祝いと ~冷たいジェラートに紅茶を添えて~
もうすぐ第1章が終了します、ここまでありがとうございます!!
授爵を受けて、しばらく控えの間で休んで。そうしてようやく、俺は何とか普段通りの気持ちに戻れた。
あの玉座の……国王陛下の静かなお怒り。うー超怖い。実際あの場で、事実上2名の貴族がその称号を失うこと確定だし。
「シューッヘ様、宜しいですか」
玉座の間からの帰り道。
ヒューさんが何だかにこやかな雰囲気で寄ってきた。
「なんです? 俺、何とか魂戻ってきましたけど、今日はこれ以上何も出来ませんよ?」
「はっはっ、そうでしょうなぁ。わたしも男爵を賜った当日は、ずっと手の震えが止まらず困ったものです。あ、そうではなく」
コホン、と一つ咳払いをしてから、言ってくれた。
「実は、ささやかながらお祝いのお席をご用意しております。平服で構いませんので、後ほど宜しいですか?」
「えっ、あ、ありがとうございます。俺全然そんなつもりじゃなかったんですけど、あぁ、お祝い事だよなぁ」
「左様ですよ、爵位を賜るなど、たとえ一代貴族の準男爵であっても名誉な事。それがいきなりの子爵様ですから」
そう。貴族階級は、通常男爵が一番下。平民上がり用に一部準男爵という爵位があるらしいが、この国ではいないとのこと。
だからこそ、いきなり2階級目の『子爵』に飛び級したのだから、他の男爵たちは怒るだろうし、子爵だって不機嫌だろう。
それ以上の、伯爵、侯爵の方々がどう考えるかなんてのは、さすがにまるっきり分からない。雲の上だ。
「じゃ俺、着替えてきますね。ホントに平服で良いんですよね? 実はみんな凄い格好とかじゃないですよね?」
「まぁまぁ、シューッヘ様は平服で良いのです。お祝いを受ける側にございますので。来る者は多少気張ってきますぞ」
「そっかー、俺だけ平服って、なんか浮きそうだけど……」
「寧ろ今後、浮くことを恐れてはいけません。貴族、という生き物自体が浮いておるようなものです」
ヒューさんが言うと、何とも含蓄がある。貴族はそもそも浮いている。うーん、なるほどそういう考えもあるのか。
そうして、ヒューさんの部屋の前で別れ、一旦俺は自室に戻った。
と、見ると自室のテーブルの上に、果物のカゴ盛りがあった。そしてメッセージカードが沿えてある。
「シューッヘ・ノガゥア子爵 ご授爵おめでとうございます メイド一同」
あー、メイドさん達からなんだ。あ、そう言えばなんだかんだ言ってチップを出したことまだ無いな。
これは……明日辺り、内祝いみたいな感じで何かメイドさん達に渡した方が良いヤツだ。ヒューさんに相談しよう。
フルーツは、色とりどりで綺麗だ。意外と地球にあった果物と似たような取り合わせ。南国寄りな感じ?
しかもこれがお飾り物って訳じゃないのは、カゴ盛りの中に小さなナイフが入っている。すぐ切って食べられる。
嬉しいなぁ、たとえ形式的な間柄であっても、こうしてお祝いしてもらえる。異世界に来て、ホント良かった。
……というか、「子爵」の情報早いな。控えの間で休んでる間に、メイドさんまで情報が? うーん、情報早い。
で、お祝いの席がって事だった。まず着替えよう。取りあえずTシャツ風よりは、せめてポロシャツ風なのにしよう。
いくら平服で良いよって言われても、大抵それ真に受けると恥かく鉄板のフレーズだよなぁ……ドレスコード、難しい。
ふう、幸いにして、緊張も終わっておなかも少し空いてきた。お祝いの席なら食事もあるだろうが、食べれそう。良かった。
お祝いの席、アリアさん来てくれるのかな……今日まで数日間、俺読書と特訓とで、アリアさんに会えてないんだよな。
でもその鬼読書に救われたところは大きい。ヒューさんの著作だ。不意に王様が何か言ったら? みたいな項。
大鉄則としてはこの順番。
1、一切沈黙して、答えるのなら「陛下のお心のままに」と答える
2、出来ることは出来る、出来ぬことは出来ぬとハッキリ言う
と。
俺として意外だったのが、曖昧にする、と言う選択肢は無い、と明言されていたことだ。日本人的にびっくり。
曖昧に。例えば「考慮してみます」「持ち帰り検討してみます」。これらは絶対ダメ、とハッキリ書かれていた。
理由。これも意外と、言われればそりゃそうだと思う。「王様は忙しいので、早く是か非かハッキリさせたい」。
なるほど、である。
その辺り、単に貴族位を持ってるってだけでなく、国に携わっていて陛下の近くにもいたことありそうなヒューさんならではだ。
因みに今回は、そこの注釈に書いてあった対応になった。それが
「出来そうだけれど不明な場合、誠心誠意王国・国王陛下に尽くすことを誓いつつ、確約はしないこと」
今回の様に、是か非かではハッキリしないケースもある。そんな時用の注釈まで付いてるのが、あの本の凄いところ。
はぁ……アリアさんに会いたい。突然思えてきちゃったな。
数日会ってないだけで、これだけ胸が焦げてく経験は、地球では経験できなかった。これがリア充たちがハマる「恋」なのね……
確かにこれは、正直言って苦しい。楽しいけれど苦しい。顔を思い浮かべるだけで、すぐ会いたくなる。
こんな浮き足だった子爵様で、俺大丈夫かなぁ。まぁ……今悩んでも仕方ないか、準備して、ヒューさんトコへ行こう。
***
貴族街にある、白い扉のレストラン。登録者のみ受付、と読めたが、多分「メンバーオンリー」なんだろう、適切に女神様翻訳すると。
要するに、紹介制レストラン。一見さんお断り、という敷居の高い、普通は入れないレストランだ。
ヒューさんに促され、扉をゆっくり開く。中を覗きつつ、入っていく。薄暗い感じだな、と思ったら、突然パッと照明が明るくなった。
そこには、アリアさん、フライスさんが並んで立っていて、二人とも俺の事をじっと見てくれていた。
「シューッヘ君、本当におめでとう。まさか子爵様になっちゃうなんて思ってなかったわ」
「うんありがとう、俺も全然。男爵前提で全部頭の中組み立ててたのに、『子爵!』って言われて頭、白くなりかけたもん」
「あはは、シューッヘ君ちょっとかわいそー」
アリアさんが楽しそうに笑ってくれる。その笑顔に、ムチャクチャ癒やされる。
「シューッヘ様、わたくしからもお祝いを述べさせて下さいませ。子爵様と伺い、仰天致しました。しかし、それだけ価値のある御方です!」
「あんまり持ち上げても、チップくらいしか出ませんよ?」
「ははっ、チップを頂きはしませんが、また外出の際には馬の方でお手伝い致します。馬の選定や管理なども、お任せ下さい」
久しぶりに感じるフライスさん。せいぜい2週間無い程しか会っていない時間は無いのに、本当に随分お久しぶりな感じがする。
それだけ、今日までの日が濃密だったんだな。うん、確かに濃密で、全部は一度には思い出せない程だ。
アリアさんもフライスさんも、普段通りっぽい感じの格好だった。良かった、浮くような事は無かった……
地球時代の苦い記憶から、浮くこと=危ないこと、という認識がある。浮けば激しくいじめられた。
けれどここにはいじめなんて無い。もっと危険な目があるが代わりに、些細なことはそれに隠れる様に消える。
アリアさん、今日も可愛くて、清楚な。あー可憐。可愛い。儀式前に顔を見たかったのだが、時間上それは叶わなかった。
髪には少しキラキラした髪飾りがある。髪飾りの名前や種類が分からないのは、非モテだった俺なので仕方ない。
ピアスとかもしていないのが、より清楚な感じで良い。いやそもそもピアス自体あまり人気のファッションでは無いみたいだ。見かけない。
ヒューさんがイスを引いてくれたので、頃合いとみて着席。他の二人も着席。フライスさんはアリアさんのイス引いてくれてる紳士である。
フライスさんは座るや、アリアさんともう打ち解けた様子で話し出した。俺のアリアさんに……と一瞬思えてハッとした。これは嫉妬?
相手はフライスさんだ。決してライバルにはならないだろうし、アリアさんだって意識もしないはずだ。それでも嫉妬の炎は燃えるの?
地球では恋など出来る余裕……いやそれ以前に人と話すのも一杯一杯だった。より一層いじめられないよう、いつも言葉を選んでいた。
初めてで知ったこと。恋ってヤバい。冷静さが簡単に飛ぶ。気をつけないと、危ない気すらする。
「ねえシューッヘ君、叙爵の儀のこと、聞かせてくれる?」
「それは良いけど、なんだか自慢っぽくなっちゃいそうで……」
俺が言いよどんだら、
「自慢で良いんだよ! そこは堂々と自慢するところだからっ!」
アリアさんから笑顔ではあったが激しくツッコまれた。
そっか。自慢をして良い時もあるんだな。よーし、思う存分自慢しちゃうぞー
と、気合いを入れて話そうと思った時に、ウェイトレスさんが3人、颯爽と現れて、グラスに飲み物を注いでいく。
皆ワインっぽい、赤いドリンク。俺は飲めないからなぁ、と思っていると、俺の横のウェイトレスさんはビールの様な物をグラスに半分だけ注いだ。
半分? と不思議に思っていると、一度行って帰ってして、小さなピッチャーに赤い、少しとろみのありそうなドリンクを持ってこちらへ来た。
「ヒューさん、これは?」
「シューッヘ様もお酒に慣れて頂かないと、今後貴族との付き合いが難しくなります。本日は、エールを野菜ジュースで割ったものをご用意しました」
「ごめんヒューさん、エールって何? ビールとは違うの?」
「おお、ビールをご存じですか。エールはビールと似た味、より軽い味わいのお酒です。ビールは作る際の温度を低くせねばならないので、ローリスでは作られておりません」
なるほど。砂漠地帯では温度管理上難しい訳か。
それにしても、俺にとってのビールデビュー。エールか。なんだか大人になった気分になるなぁ……
「初めは半々でお作りしますので、2杯目からはお好みの強さでお楽しみ下さい」
手を止めていたウェイトレスさんが、エールの入ったグラスに赤い野菜ジュースを注いでくれた。トマトジュースっぽい感じ。
俺のグラスが満たされて、これでみんなのグラスに飲み物が入った。
「では、乾杯の祝辞は、アリア殿より」
「えっ?! 聞いてないですよ!!」
「ははっ、アリア殿であれば、シューッヘ様のお気持ちに沿うようお声がけするまでの事です、さあ」
立つことを促されたアリアさんが、ドギマギしながら立ち上がり、グラスをひょいと手に取った。
「んーなんだろ。シューッヘ君、多分まだ実感無いんじゃないかと思うんだけど、いきなり子爵、って凄い事なのよね。
それを、あなたは成し遂げてしまった。簡単に、って思えるけど、きっとあたしの知らない苦労も沢山あったと思う。
あなたの苦労が報われて、今日その結果が結晶となり、子爵位となりました。本当におめでとう、シューッヘ君」
「ありがとう、アリアさん。俺もホントに実感まだ沸かないんだ」
「そうよね、でもこれからは、貴族として振る舞うことを、周りから強いられる。そんな新たな苦労が待ってる。
こんな時にそんな事言うのは良くないかもだけど、今日までより何倍も苦労すると思う。だけど、それでも。
シューッヘ君が貴族として成功出来るよう私も祈ってるし、ここにいるみんなそう。あなたの成功を祈ってる。
それと同時に、みんな、あなたの味方で、仲間だから。心が折れそうな時、気持ちが落ちてしまった時、それに
嬉しくて仕方ない時、悲しい時。いつでも、この面々は必ずそばにいる。いつでも声を掛けてね。
……て、こんなとこかな? それじゃ改めて。シューッヘ・ノガゥア子爵様の、叙爵を祝して!」
「かんぱーい!」
俺はグラスをスッと差し上げて、みんなに同調した。正直「乾杯」の仕方が違いそうで、そのまま日本流には動けなかった。が、大差ないようだった。
皆俺のグラスにコツンコツンとグラスを当ててから、赤ワインの様な飲み物を一気に飲み干してしまう。凄いな、みんなお酒、しっかり飲めるんだ。
「んー、じゃ、叙爵の儀の話、するね」
「うんうん、聞かせて聞かせて!」
アリアさんが乗り出してくれている。俺も段々気分が乗ってきた。幸いエールのジュース割りは、甘めで飲みやすく、かつクラクラしたりはしなかった。
「どこから話そうかな、あ、ヒューさん悪いんだけど、俺がもし『それは他言厳禁』って内容言いそうになったら、止めてね?」
「国王陛下の御言葉をそのまま口まねされるのだけ避けて頂ければ、この席ですので禁忌はございません。どうぞご自由に」
「そっか。じゃあまず、入場の時にね……」
俺は、それから次々来る料理を必死に頬張りながらも、寧ろ話すことに一生懸命になっていた。
特にアリアさんに、俺が経験したことを共有したい。その思いが強かった。
アリアさんも、頷いて聞いてくれてたり、驚いてくれたりと、俺の話に飽きる事無く付き合ってくれた。マジ天使。
楽しい時間はあっという間に過ぎていき……
最後のメニューになるんだろう、紅茶とアイスが出てきた。
俺も結構調子に乗って飲んでいた。飲み切るとヒューさんが注ぐんだもん、つい飲んじゃうよ。
アリアさんが、デザート皿を見て首を少しかしげている。何だろ?
「アリアさんどうしたの?」
「この、スプーン乗せると溶けていくのって、何だろって思って」
「アリア殿には馴染みが無いやも知れませんな、ジェラートと申しまして、氷菓子の一種にございます」
「へー、冷たいんだ。どんなのかな、あー……んむ。んーん、んん? んんん!!」
「アリアさん、ジェラートそんなスプーン一杯一度に食べたら、歯とか頭とか痛くなっちゃうよ?」
「んん、ん、んーんーんーー!!!」
アリアさんの顔が、美味しさとは違う顔になっている。目を強くつむって、結構ジタバタ。苦悶?
もし知覚過敏とかだったら、あの量は絶対痛い。
「んー、はぁー。はー冷たかった、それに冷たすぎて歯が凍ったのかしら、かなり痛かったわ……」
「さすがに歯は凍らないけど、歯も敏感だと冷たすぎるのは痛いんだよ」
「そうなのね。こんなに冷たいなんて思ってなくて油断しちゃった……かき氷とかだと、ちょこちょこしか食べないから」
俺は美味しくジェラートを頂き、紅茶も飲んだ。王宮喫茶店なティールームの紅茶には敵わないが、これも上等なお茶だった。
「明日からは、シューッヘ様は忙しくなりますぞ。近々引っ越しもせねばいけませんし、人も雇わねばなりません」
「さっきヒューさんが言ってた『貴族屋敷』だよね。あの部屋、気に入ってたんだけどなぁ」
「もし男爵であれば、そのまま居て頂けたかも知れませぬが、子爵様故、他の貴族が恐らく相当……」
「反発がねぇ。出来るだけ目立たず、関わりも薄く行きたいから、引っ越しもパフォーマンスか」
「そこまでご理解頂けておれば、わたしからそれ程口うるさく申し上げる事はございません」
紅茶の残り香が口の中から消える頃。
俺も、メンバーも、そろそろという感じになった。
「では、今日は夜ですので、このまま連れ立って王宮まで戻りましょう」
「えっ、もうそんな時間?」
アリアさんがそう言って、懐中時計を取り出して見て、首をひねった。
「お時間自体はそこまで更けてはおりませんが、貴族街とは言え犯罪が無くはございません。危なくないように、皆でまとまって帰るという事で」
ヒューさんの提案に俺も頷いて賛同した。
だって、アリアさんって女性もいるし、新任ほやほや貴族もいる。誘拐したいヤツにはもってこいの鴨だろう。
「それでは、参りましょう」
こうして俺は、今までで一番楽しかったプチパーティーを味わい、そこでもアリアさんの表情豊かな様子を堪能した。
さて、明日からは貴族としての「シューッヘ・ノガゥア」になる。
誰かから突然呼ばれるとしたら『ノガゥア子爵』なのかな、気をつけておこう。
そうして王宮まで辿り着いて、ヒューさんが散会を宣言した。
俺もそのつもりで自室に戻ろうとすると、ひょっと袖口を引かれた。アリアさんだった。
「あの……お部屋、行っても良いですか? 長居はしないつもりなので……」
いや全然長居歓迎ですよいつでも来て下さい今すぐにでもっ!
と、言う訳で。アリアさんが部屋に来ることになった。
既にヒューさんたちはいないので、隠密密会みたいでちょっとドキドキする。
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