第35話 俺、貴族になる。
次号、第1章エピローグになります。ボリュームがあるので前後編でのエピローグお届けです。
ついに授爵の時が来た。
俺は今、玉座の間の隣の隣にある、控えの間みたいな所にいる。第一級礼装「学生服」に身を包んで。
幸い、ヒューさんが後見人として俺についてくれる事になった。後見人は、俺の後に続いて静かに目立たず入る、らしい。
「さすがに緊張しておいでですな、シューッヘ様。練習通りなされば、万全にございます」
「そ、そうなんだけど……今日の今日まで、てっきり俺と王様と宰相閣下くらいだけしかいないと思い込んでたのが……」
そうなのだ。左右にひな壇みたいなのがあったのは、決して飾りでもそういう設計でもなかった。
なんと、貴族の中から代表者達が、入って右のひな壇を埋める。あのひな壇の大きさから言って、最低でも30人は入る。
左はと言うと、貴族院という国会議員みたいな人の代表者達と、元老院という会議体の代表者達。国側、という事らしい。
つまり、叙爵の儀は個人的な儀式などでは全然なくて、国の行事というか、国家行為として行われるものなのだ。
「まあ、人は増えますが誰も何も話しません。見ておるだけ、見届けるだけにございますので」
それが既に十分プレッシャーだ。王様始め、いるのは全て「偉い人」。国会議員とか、前世で会ったこともない。
それらの人に囲まれつつ、行うのは純粋に儀式ではある。決まった歩数歩いて決まった場所に行き……そんなの。
散々練習は重ねたし、自分に使う魔法で「外さない」様にしてある。立ち位置・座り位置の正確性は、ヒューさんお墨付き。
王様に宣言するたった2行程度の文も、日本語で書いて魔法スライドで脳内に焼き付けてある。ただこれは万が一の時用だ。
と、廊下の外をザワザワした人の声と、歩く音が通り過ぎていく。
「貴族各位が入室された様ですな。引き続き、国家側の人員が入り次第、こちらに呼び出しが参ります」
更に心拍数は上がる。呼吸が浅いのに気付いたので、敢えてしっかり深呼吸をする。
「大丈夫にございますよ、シューッヘ様ならば。国王陛下の御言葉に、宣言する。後は、陛下が下がられるまでそのまま。それだけです」
そう。ヒューさんが言うとおり、それだけの儀式なのだ。
王様がお下がりになれば、後は宰相閣下が指示してそれぞれ退室となる、まさに『儀式』。
と、今度は話し声もない足音がザクザク聞こえ、向こうの方に音が消えていく。
いよいよだ。これで呼び出しの人が来たら、いざ、だ。
ガチャ、ガチャと、金具の音が近付いてくる。近衛兵さんが近付いてきている。今日は近衛兵さんは、鎧に身を包んでいる。
ついにその時が来た、扉がコンコン、とノックされ、「お時間にございます」と、男性の声がした。
「では、参りましょう。とにかく国王陛下のことのみをご覧になって動かれて下さいませ」
「は、はい!」
扉のノブに手を掛けると、スッと向こうから引いてくれて扉が開いた。
目だけ出ている甲冑の近衛兵さんと、目が合った。俺が頷くと、向こうもゆっくり頷いてくれた。
ガチャン、ガチャン。甲冑の近衛兵さんは、凄くゆっくり進んだ。俺も、いちいち足を両方揃えて止まりつつ進んだ。
進んで……ついに扉の寸前まで来た。そこにはもう一人、甲冑とハルバードの様な長槍を持った近衛兵さんが、扉についている。
俺を誘導してくれた近衛兵さんは、そのもう一人の方からハルバードを受け取り、定位置らしい場所へと移動し、静止した。
2人の近衛兵さんが左右一組に並ぶ。俺は扉の真っ正面。槍をドン、と床についた。すると、中からワントガルド宰相閣下の声が響いた。
「新たに貴族に並ぶ者、シューッヘ・ノガゥア!」
その声と共に、扉が開かれた。
中は静まりかえっている。息すら聞こえないような状態だ。
あらかじめ練習した通り、赤い絨毯の前まで背筋を伸ばして自然体で進む。止まる。
そこでスライド魔法を起動する。ぐっと歯を嚙むだけで起動できるよう練習した成果はしっかり出た。
一歩、一歩。スライドに沿って、ズレが一切無いように、それでいて不自然でもないように、歩く。
一歩、一歩。左右からの視線が鋭いのに気付く。けれど、必死にそれは無視して、スライドに集中する。
最後の二歩。特に集中してスライド通りの位置に、止まれた。
「シューッヘ・ノガゥア、及び後見人ヒュー・ウェーリタス。並びにここに集いし一同の者。
ローリス国 第120代国王 ローリス・グランダキエ3世陛下のお出ましである。
一同、国王陛下に恭順を示し、もってお出迎えとなすべし」
この言葉で、左膝を折って屈む。と、斜め左後ろにヒューさんがいてくれるのが見えた。
頭を下げ顔も下げていると、ざっ、ざっと足音がし、カチャカチャンと、金属が石に当たる音が玉座からした。
「一同の者、国王陛下、御着座である」
この掛け声は、静止のまま。左右のひな壇の人たちが静かに腰を下ろしていく。
「王国憲章第8条の3特例1により、新たに貴族位を賜る者、シューッヘ・ノガゥア」
宰相閣下の声に俺は、しっかりした声を腹から出す様に、はいっ、と答えた。あくまで姿勢はそのままだ。
「国王陛下の決定により、シューッヘ・ノガゥアを子爵に叙する」
……え? それ王様が言うセリフのはずでは? それに一番下の、男爵じゃなくて?
そう思ったのは俺だけではなかったようで、特に貴族席で、ごそごそと話し声がし出した。
それに対して、宰相閣下が咳払いで座を鎮める。
「なお領地として、国有遺跡地2号から魔導水晶鉱山跡地第1番廃鉱脈より395番廃鉱脈を下賜し、併せて鉱山より15クーレムの区域をシューッヘ・ノガゥア子爵の領地として定める、以上」
以上、の言葉に、ひな壇が酷い状態になった。聞こえてくるだけで、それは何なんだとか、やりすぎだとか、聞こえるほどにハッキリ発言している。
俺はどこかのタイミングで、国王陛下に授爵に際して国家奉仕と国王陛下への従属を示す、短い誓い言葉を述べる予定が、最初から話と違う。
ざわめく貴族席。しばらくそのままに、させていたんだろう、宰相閣下はある程度のところで、
「これは国王陛下の決定である。存念のある者は陛下に直接物申すが良かろう」
と、重圧を掛けた言葉を発した。その言葉で、一旦は全ての口が閉じた。だが、その直後だった。
「陛下! それは納得いきません! 何故子爵に? 何の功績もないではありませんか!」
俺の座り位置より前の一人。貴族らしくごちゃごちゃ飾った服の痩せ細ってる男性が立ち上がって叫んだ。
少しだけだが、そうだそうだ、という同調の声も響く。
その直後だった。
「ほう……余の決定に、異を唱えるか」
冷め切った、その声。
一気に部屋の中の気温が下がったと錯覚する程に、威圧感がとんでもない。
こ、国王陛下、本気でお怒りになられているのか……確認する術も無い、俺はただこのまま伏せているだけだ。
「お、お、畏れながら! 子爵位も然る事ながら、国有地を払い下げるのも、その領地の広さも! 前例がありません前例が!」
後ろの方からの別の声もまた、国王陛下に対して異を唱えている。俺だったら怖くて出来ない。よくやるものだ……
「貴様ら! 国王陛下に対しての無礼な発言! 不敬罪に当たる! 衛兵!」
「よい」
衛兵に声を飛ばしたワントガルド宰相閣下に対して、陛下が一言で制した。
再び場を静寂が支配する。
「カイエル子爵。ロイース男爵。そこまで言うならば、我が存念を果たせるのであろう。
カイエル子爵に、川向こうの第400番から449番、ロイース男爵に450番から460番廃鉱脈を授ける。
今日から3ヶ月以内に、貿易商品となるだけの品質の魔導水晶かそれに準ずるものを生み出し、爵位に応じた量、国に納めよ。
出来なかった時は、両名両家を廃爵とし、領地は没収とする」
なっ! という2名の叫びは揃ったが、そこから言葉は誰も続かなかった。
つまり、俺に課されたタスクは、廃鉱脈になってる鉱山からなんか出せ、と。シンプルにそういうことだろう。
愚かにも自ら廃爵の沼に駆け込んでいってくれた2名の貴族のおかげで、狙いはハッキリした。
「シューッヘ」
国王陛下の声だ。俺、宣言もまだだけどそのまま答えて良いのか……俺はチラッとヒューさんを見る。ヒューさんは頷いている。
「はいっ、国王陛下」
「これで余が望んでおる事は分かったであろう。時間に区切りは付けぬ。英雄イスヴァガルナ様にご縁ある鉱脈である。
出来る事ならば、お主も英雄として、我が国の古き廃坑をなんとかしてくれぬか」
俺は悩んだ。はい、と答えるのは安請け合いだ。けれど、弱気の発言は貴族達から更に反発を受けそうだ。
けれど……俺はまだその廃坑を見てもいない。光の力で何とか出来る性質なら達成できるが、今はアイデアが無い。
「必ず結果を、とはお約束できませんが、ローリス国の繁栄の為、陛下のお心に沿えるよう、最大限努力致します」
最適解かどうかは分からない。実際、すぐに貴族席はざわつきだした。ここからどうなるか……
ざわめきを鎮めたのは、国王陛下だった。
「他に、掘削なり何なりに自信がある者がいるならば、この場で名乗り出よ。
古い廃坑である395番鉱脈よりは後の時代の、まだ取り残しがあるやもしれん鉱脈は幾らもあるぞ」
これは国王陛下の『挑発』だろう。
けれど、既に2名『犠牲者』がほぼ確定した今の段階で、更に踏み出す者は誰もいなかった。
貴族席は静まりかえり、俺から見える範囲の貴族は皆、床に視線を落としており、陛下を見ようとすらしていない。
一番酷いのは、最初に跳ねたカイエル子爵か。顔は真っ青で、汗がだらだらと床に落ちている。
「おらぬのか。つまらぬな。余は戻るぞ」
その言葉に俺は、さっき答えるために上げた顔を即下げた。
それに反応したのか、貴族席含め全ての場所で、がさっ、と衣装の擦れる音が一斉にした。
ざっ、ざっ……足音が遠くなっていく。あくまで、俺はこの体勢をキープだ。
そうして、
「皆の者、御苦労であった。カイエル子爵、ロイース男爵。新領地下賜の手続きがある、後でワシの部屋へ。後の者は、御苦労であった!」
念を押すように御苦労と言って、ワントガルド宰相閣下が玉座の脇に消えていった。
俺は、大きくふーっと息を吐いて、手を絨毯に付く訳にもいかないので、正座して背筋だけ丸めて休息する。
「シューッヘ様、よくぞあの場にて、下手な確約をなさらず賢明な返答をなされました……!」
「はぁ、ヒューさん……正解でしたかね……? 俺、鉱脈も見てないし、光が活用出来るか分からなかったので……」
「はい、正解にございます! 確約をすれば必ずそれを突いてくる者が現れます。されど陛下の前で、確約せず、それを陛下は、お通しになられた。まさに大正解でございます……!」
「控えの間って、まだ使えますかね? ちょっと休憩したい……」
「かしこまりました、お立ちになれますか」
「なんとか……」
そうして俺は、人生で一番緊張した瞬間を何とか無事に過ごした。
いつもありがとうございます。ご評価、本当にとてもありがたいです。
より一層頑張りますので、是非この機に「ブックマーク」といいねのご検討をお願い致しますm(__)m




