第33話<Sideアリア> あらあたしったら、今回は単話扱いなのね。ちょっと恥ずかしいわ……。
at 王宮入り口 汎用ベンチにて
≪side アリア real insight≫
ようやくハーブの効果が切れた。あのハーブは、冷静さを「破壊する」と言える程に失わせる。かなり危険だわ。
だけれど、使い道はある。旦那様の、押しが弱すぎる時に。そして、多くの人を浮き足立たせるのにも。
もしまだ在庫があり、かつ監視が薄ければ、少し拝借しておくべきほどのアイテムね。あとでメイド支度室を覗くか。
このベンチも久しぶりね……あれ以来かしら。11歳の、お父さんの入廷を待つ間。あの時は、不安より怒りの方が強かったわ……。
ここって死角な訳でも無いのに、何故か誰も注目しないのよね……もちろん更に、隠密・隠蔽魔法は掛けているけれど。
王宮は、フロント側の施設は一般公開されている。上階ほど行くのに身分証明とかが必要になるが、3階までは誰でも入れる。
バック施設は、王様の私的なスペースだ。フロントの王城で隠れて見えないが、なかなか広いと噂は聞いた事がある。
いわゆる後宮……王様の「夜のお仕事場」である。いや、そんな言い方は、うちの国の王様には失礼かも知れない。
後宮という形は取っているが、お妃様は2人だけ。あくまで噂だが、執務に忙しくとてもそちらには手が回らないのだとか。
この国は、正直言ってあまり恵まれてはいない。鉱脈資源は遙か昔に枯渇し、今は交易と、魔道具の魔力充填が主な産業だ。
砂漠の、オアシス地質の恩恵は多少はあり、少なくない農作物はあるが、輸出出来る程の規模でもない。自国内消費のみだ。
学校の整備は、今の王様になって大分進んで、子供が労働しないと行けない状況もかなり減った。
あたしは、丁度その中間世代。前の王様の治政と、今の王様の治政。あたしが12の時に現王が即位されたから、来年で10周年。
他国の中には、即位10年ともなれば盛大にお祝い事をする国もあると聞くが、この国の中ではそんな話は全然聞こえてこない。
あくまで実利と、国民の生活のため……そんな、質実剛健な王様の気風に引かれて集まる兵士たちも、最近はことさら多いらしい。
王宮のフロアにいると、ことさら思い出される。
あたしの父が、当時この建物内にあった貴族裁判所で、無実を必死に訴えていたのも虚しく、死罪の判決を受けたことを。
11歳のあたしでも、もう父と会えなくなること、そして「貴族を罵った」という、父の性格からして考えられない罪状には、憤慨した。
憤慨したけれど。それで何かを変えられた訳ではなかった。
父は当時あった公開処刑場で散々火で炙られて、果ては遺体までも火力の高い格別な火魔法に掛けられ、骨のひとかけらすら残らなかった。
ある意味、あたしが魔法に大きく心打たれたのは、父親が焼かれていくその炎を見た時だった。
あれだけ元気だった、大きかった父が、ものの数分で欠片すら残らず消えた。涙も涸れ果てた目が捉えたのは、魔法の、無情なまでの「力」。
如何なる人間も、高位の魔導師の前では、薪と大して変わらない。
あの時、貴族裁判所の弁護人役として立ってくれたのが、当時の元老院長。功績から大長老と呼ばれていた、ヒュー・ウェーリタス。まだ現役だった時代。
当時の貴族裁判は、後に相当無茶苦茶だった事が暴かれ、元老院・貴族院共に、相当な逮捕者を出した。貴族からの賄賂が日常だったそうだ。
それもこれも全て、正したのは現王ローリス・グランダキエ3世陛下。その御即位後のこと。
今はもう、昔とは違う。
あたしも、昔とは違う。アリーシャだった頃には、もう戻れない。
父がくれた名。古語で「真実」という意味なのだと聞いた記憶がある。色々な本を、借りてきては読ませてくれた、良い父だった。
その父が灰すら残らず消えてしまい、失意の中病気を酷くした母と共に、私たちは住む地域を密かに移した。
まだ当時は、身分・出生によって生活する区域を区切られていた時代だった。抜け出すのも命がけ。
抜け出し、入り込んだ先で馴染む為に、冒険者だった父が残してくれた様々な遺物の宝物を、売ったり引き渡したり。
病身の母が苦労して、なんとか今の居住区域に「潜む」事が出来たと思ったら、現王による改革で、国内居住自由令が出された。
手元から消えていった父の欠片たちは、もう戻ってくることは無い。
当時まだ、物の本当の価値が分かる歳ではなかったけれど、父の遺品、特に冒険の遺物には、唯一無二の物も多かったと思う。
全て失ったあたしとお母さん。もう1年待てば……なんて、お母さん悔やんでた時もあったけど、今の母は憤慨する気力すら失っている。
アリア。お父さんが古語で名付けてくれたから、あたしもそれに倣った。古語で『空気』という名。アリア。
あたしは空気のように、目立たず何処へでもさすらっていこうと思って、そう名乗るようになった。
当時は現王による戸籍の大改正が行われた時。子供のあたしでも、いや子供だったからこそ、改名は簡単だった。
子供は名乗るだけ。子供は噓を言わないって? へぇー……3回アリアと名乗って、あたしはアリアになったわ。
アリアになって。魔法に携わりたくて、生活者ギルドの働き口を尋ねた。子供だったけど父のおかげで初級魔法が使えた私。採用されたわ。
けど、最初のギルドマスターには、随分搾取されたわよね……まさかそれが、今日になって還ってくるとは思わなかったけれど。
ギルドマスターが変わっても、過去のことをどうこう言うと、当時のギルマスに辿り着いてしまう。それは色々とまずい。
あたしもあたしで、父の遺品をギルドマスターに賄賂として渡してる。それで採用よ。だからこそ、過去を探られてはまずかった。
今日の……契約書の件でヒューさんに突っ込まれた時には、かなりドキッとしたわ。下手に明るみに出ると、公務員への賄賂だもん、私も。逮捕よ。
賄賂出して搾取されながら働くって、なんてついてないのかしらねあたしったら。でも……その不運も、きっと昨日までのこと。
シューッヘ君……良い子ね。まっすぐな目をしていて、その瞳には曇りが無い。異世界からの人物だと聞くけれど、あまり苦労が無かったのかしら。
あたしがシューッヘ君に教えてあげられる事は、多分ほとんど無いわね。せいぜい、魔法的発想・魔法構築の効率アップくらいかしら。
だからと言って、お払い箱にされては困る。せっかく、天井を感じていた生活者ギルド勤めから抜け出せて、一気にステージが変わった。
シューッヘ君の妻に収まれば、国のことにも関与できるかも知れない。そこは……如何にシューッヘ君を「仕込む」か、に掛かってくる。
今のシューッヘ君は、まさかあたしが、国政に首を突っ込んだり、まして……最終的にはあの貴族に復讐をと……そんな事考える女とは、思ってない。
もしそれがバレたら、どうなっちゃうのかな……やっぱり幻滅よね、これはさすがに。
さっきまではハーブの効果で浮かれてたけど、冷静になって彼の様子を考えれば、ちょっとやそっとのことじゃ、あたしは捨てられはしない。
どう立ち回る、アリア。考えろ……復讐までに、何ステップ踏めば良い? 復讐以外にも、すべきことは?
幸い、お母さんの病状は、かなり良くなる見込みだそうだ。ガルニアの下級回復師。高い金を持って行った割に、まるで使えない……!
お母さんの容態の回復を考えれば、最低でも2、3ヶ月は、下手に動かず平穏を保った方が良い……回復を待ちたい。
あのお父さんの奥さんだもの、本当の性質はあたしより荒い。けど、長い闘病ですっかり弱気になってしまった。
回復すれば、母子で共同戦線とまでは行かなくても、背後を心配しなくても済む。人質……それが一番ネックだから。
お母さんも、魔法が使える。というか、昔戦場に部隊長として出ていた話は何度も聞いた。魔法部隊の中枢だった、と。
それならばこそ。回復さえしてくれれば、お母さんを人質に取ろうとした人間が炭になるだけね。あ、あたしと違って氷魔法だっけ。としたら氷柱ね。
シューッヘ君には、身体が弱かったお母さんって事になってる。あの人が身体弱いんなら、何処に身体が強い人って居るの。我ながら変なこと言ったわ。
でも、病気がちだったのは本当。実際母が軍を辞めたのも、肝心の作戦行動の最中に、呼吸器系の発作に見舞われた事。魔法と呼吸器。最悪よね。
呼吸が整わないと、魔法名の詠唱に響く。魔法力を魔法にまとめるには、最低でも魔法名は詠唱しないといけない。
けれど、シューッヘ君はよく分からない事を言ってた。念じる? 念じただけで魔法力がまとまるの?
それとも、英雄様ともなると、魔法行使の仕組み自体が根本的に異なるのか……念じるだけで魔法が使えるなら、寧ろあたしの方が生徒になりたいわよ。
魔法に関しては、ホント、教える事無さそう。生活魔法の範囲は、発想・着想だから色々教えられるけれど。
それ以外の魔法、特に各属性の純粋魔法は……あたしより相当優れた使い手の域に「既にある」可能性が高い……そう思っておいた方が良い。
今のシューッヘ君は……純粋に、あたしの事を思ってくれている。こんな、復讐心に心を焦がす、厄介な女を。
しばらくはあたしは「なにもよく分からない、ぽけっとしたアリアさん」でいた方が、立ち回るにしても都合が良い。
今日のメイドたちもだ。彼女らが何処まで魔法が使えて、何まで察知が出来るのか。王宮勤めが無能なはずがない。警戒は必要だ。
少しでも気取られれば、警戒レベルが上がる。幾つまでなら上がっても大丈夫か? ……ヒューさんが動かない程度まで、かな。
ヒューさんに疑われれば、まずおしまいね……あの人の魔法は底が知れない。聞いた事無いけれど、心を読む魔法とか、使えるかも知れない。
あたしの知らない、未知の魔法。それが一番怖い。何がきっかけで過去が暴かれるか、暴かれるタイミングにも左右されるわ。
あたしが完全に被害者の様に立ち回れるタイミングで暴露されたのであれば、逃げるだけの時間は確保出来る。
けれど、衛兵を呼ばれるレベルの最悪なタイミングだったら、もうお手上げ。さすがに暴れても、敵いっこない。
とにかく、ヒューさんは敵に回しても、また過去を知られてもいけない。どちらも嫌な予感しかしない。丸め込める自信も無い。
明日からしばらく……どの位かな。数週間か、数ヶ月か……大金は既に手に入ってるけど、復讐はそれだけで何とかなるものでもない。
私兵を募っての襲撃をするにしても、国内の冒険者がそんな危ない橋絶対渡らない。国外のならず者を率いる必要がある。
その為には、あたし自身にもっと力が必要。たとえそのルートに流れなくても、力はどれだけあっても足りない事はない。
だから、あたし自身の修行も欠かさない様にしないとね。まずはどこか、魔法を打ちっぱなしに出来る環境が欲しいわ。
この辺りは、シューッヘ君に言ってもどうだか……ヒューさんでないと、権限が無くて動かないだろうね、関わるのが少しリスクだけど。
ただ、生活魔法のアリア、で通ってるあたしが、いきなり本当は得意の火炎圧縮魔法なんて、ぶっ放す訳には行かない。
火炎圧縮魔法を全開でぶっ放す為に、火魔法と密魔法の2つを、両方とも出来る限り鍛えたい。1属性でも大変なのにね、両方よ。
火魔法は火魔法で、「とろ火数時間キープ」みたいに地味に『効くメニュー』で鍛えられる。何か言われたら、煮込み料理を魔法だけでって言えば済む。
密魔法の方が問題か……あたしが水魔法にもう少し才があれば、無尽蔵に水出して固めて氷作ったら、トレーニングにもなるんだけどなぁ。
うーん……その辺りは、敢えて『ご主人様』にそれとなく聞いてみても良いかもね、ダメ元で。異世界のアイデアがあるかも知れない。
それにしても、あたしに大金与えて、大丈夫って思ったのが不思議ね。身辺調査とか、ヒューさんがしないはずもないと思うんだけど……
戸籍の改正以前は追えてない可能性はあるにしても、それ以降の、ギルドでの活動は全部耳に入ってると思ってた方が、リスクは無いわね。
ギルドでは大人しくしてたつもりだけど……喧嘩はちょくちょくあったからなぁ、減点程度で済んでれば良いけど、魔法がね。
1度だけ、あまりに腹が立って小規模には留めたけど火炎圧縮魔法を使っちゃったのよね……今必死に隠さないと行けなくなるなんて、思いもしなかったわ。
ヒューさんが知らないか、知らない振りをしてくれてるか、全て分かってスルーしてくれてるのか。どれにしても、ヒューさんのお気持ち一つだわ。危うい。
ヒューさんもまた大胆な事するわよね、まさか王国執務特例法でも36条出してくるなんて。
36条は、過去に国政のトップかそれに準ずる地位にあった者が、緊急性の元に発動する強制命令。そんな緊急? 笑っちゃう。
シューッヘ君の性格考えたら、別にあたしでなくたって……惚れっぽそうだから、誰にでも誘導出来たでしょうに。
ヒューさんの考えが読み切れないのが一番の不安要素よね。ヒューさんの出方次第で、全部ひっくり返る。それが本当に怖いわ。
とにかく今は、さっきも考えたけど「ぽけっとしたアリアさん」で通そう。うん、頭のネジを何本か緩めとけば、演じきれる。
……さぁて。
夕ご飯食べてお風呂入って、今日は早めに寝るとしますか。これ以上起きてると、昔のことが思い出されて暴発しそうだしね。
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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どうかご協力のほど、よろしくお願い致しますm(__)m




