第32話 儀式行事に厳しい練習は付き物。……ここまでドンピシャリを求められるのは初めてだが。
所変わって、いきなりの王宮最上階、玉座の間。但し左右の塔とかはもっと高いらしいが、行ったことは無い。
アリアさんの件は、ヒューさんの強権発動で片がつき、アリアさんは引っ越し作業に今は従事している、らしい。
相変わらずこの玉座の間への行き方がよく分からない。ヒューさんの部屋の前を通って、左折する。
そこから左にぐるっと水平に回るように、左にカーブする廊下を歩いて行くんだが、カーブ云々考えると2周はしているだろうって程歩く。
窓の無い廊下なので、長さが分かりづらい。わざとそうしてるんだろうけど。
その2周? を歩き切ると、兵士さんが4人で隊を組んで構えている。2名は一般兵士さん、2名は近衛兵さん。
近衛兵さんの格好は、一般兵士さんの実用性重視な軽装では無く、モールやら肩掛けやら装飾が多い。
そこを通り抜けて、また更に左へ左へ、今度はダラダラ坂の様に上へ上へとずっと進むと、そこに右周りのらせん階段がある。
らせん階段を昇りきって左へと進むと、玉座の間への扉が現れる。
地球でもあった、高さが上がっているのにそう感じさせない視覚とかのトリックとか、そういうのかなぁとは思う。
それにこの世界だと魔法もある。体感と違うことを起こさせたりすることなんて、たやすい事なのかも知れない。
そうして入った玉座の間に、近衛兵さんが4人。そこに俺とヒューさん。
特訓は既に始まっていて、今は屈む場所の微調整で四苦八苦している。
ここに来るまでの事をうだうだ聞いてる余裕は微塵も無い。
「シューッヘ様、今少し、5リルレムほど左、7リルレム程前にございます!」
指導されつつ覚えたが、大体1メートルなレムという単位にリルがつくと、10分の1になる。
即ち、リル=センチ、レム=メートル、である。つまり俺は今、正しい位置から右へ5センチ、手前へ7センチ、ズレた位置に立っている。
「もう一回入り直します」
「はいっ! 何度でもお付き合い致しますぞ! はいっそこで扉が開いた、どうぞ!」
扉の入りから規定位置までは、礼節さえ正せばどのように進んでも良いと言われた。
規定位置は、真っ赤な絨毯のすぐ手前。今日は絨毯の代わりに、模擬的にテープが貼ってある。
規定位置で一度足をピタッと揃えて直立になってから、左足を前に。次に右足。順に、かかとを上げて、カツンと下ろす。
そうして進んで、最後に右足のかかとを左足のかかとに落とす様に重ね、静止する。
「ヒューさん、どうですか」
「ダメでございます、先ほどと同じ傾向で、左へ6リルレム、前へ7リルレムの位置が正しゅうございます!」
観覧席の様な、横にあるひな壇みたいな所に腰掛けたヒューさんの声が飛ぶ。
うーん、既に20回以上繰り返し、単位もリルレムの範囲で何とか落ち着く様にはなったが……
最初よりは随分マシではあるが、右手前で止まってしまう傾向がずっと続いている。
どうにも、許容範囲になる「ドンピシャリの2リルレム以内」の誤差に入らない。
「ヒューさん、これ魔法使ってマーキングとかしたらダメですか」
「出来れば自力で何とかして頂きたいのがわたしの本音ではありますが……」
と、前置きはあった。期待したが色々厳しかった。
「玉座の間のルールに則した魔法使用は、可能ではあります。但し、バレますと恥さらし扱いですのでご考慮を」
「本番緊張して、思いっきりズレた場所に立ち尽くしちゃう危険性の方が高いので、それよりはまだマシです。ルールとは?」
「この室内のあらゆる物、床も空間も含め全て、魔法を掛けてはならない、というルールです。ですので、御自身に掛けるタイプの魔法でしたら使えます」
「うーん、自分に掛ける魔法で、王座の間の何にも掛けちゃダメで……」
言われた条件が、かなり難しい。
こういう時は考え時だ。ペルナ様も地球人は発想が命、みたいな事言ってたし。
例えば……俺自身の歩幅とかを魔法で調整する? どうやるかはともかく、アリかも。
他には、目標点を定める? うーん、見た感じ、床は完全に白い、一様な大理石っぽい材質。全然差が無いから難しいし、床に魔法を掛けてる、と勘違いされてもマズい。
他には……
「ヒューさん! ドンピシャリの位置、もう一度教えてもらえますか」
「では適当に進んでくだされ、そう、もう2歩、そこ足幅3分の1こちらへ、そして足一つ分前へ。あとほんの少し両足を下げて。そこですな、ドンピシャリは」
「因みにヒューさんは、何故そんなに正確に場所が分かるんですかー」
「慣れにございますな、コツなども無いので、お伝えは難しく」
なるほど、慣れるとそういう事も出来るらしい。きっとヒューさんの頭の中には、赤い絨毯があって、俺が立ってるんだろうなぁ。
と、俺は上下左右をぐるり見回して、何か目印になる物が無いか、または特徴的な角度になる目標が無いか、探した。
すると、まず目に入ったのは玉座。玉座の背部の飾りが尖っていてアーチ状に並んでいるのだが、左から6番目が、俺の右目の真っ正面だ。
単に見ただけでは怪しいので、魔法を使って確認してみることにする。出来るか分からん魔法だが、出来そうな気はする。何せ全属性だ。
[右目 視線固定]
意識し心の中で唱えると、左目と視界が微妙にブレた。左目をつむり、右目だけで見る。結果、6本目ではなく5本目の方が正面、というのが分かった。
[視線固定解除]
視線の固定をしていると、ちょっとの時間だけれど頭がクラクラした。使える方法かと思ったが、歩きながら使うときっと倒れる。
最後の1歩だけ補正を掛けるように視線固定をしても良いかもだが、多分止まり方がぎこちなくなって、魔法使ってるのはモロバレだろう。
となると……うーん、もう一回、ちょっとラフに歩いてみるか。
「ヒューさん、この場所、今だけでも何か物置いたりしちゃダメですか」
「ダメでございます。玉座の間では、それは許されません」
「……例えば、近衛兵の方に立って頂くのはナシ?」
「なるほど、それは可能ですな。協力をしてくれる者はおるか!」
と、一人の近衛兵さんが掛けよってくれた。
どうすれば良いですか、と聞いてくれたので、
「俺のドンピシャリの場所から丁度足二つ分真っ直ぐ玉座寄りで、更に可能なら俺が両足を揃えるつま先の場所にはその槍を立てて、こちらを向いてください」
と伝えた。
どうやらこのリクエストは問題無かったようで、俺の指示通りに槍も立て、こちらを向いて立ってくれた。
俺は思いついたのだ。ある程度連続した、スライドのような『半透明な写真』を脳内に撮れれば、それに重なるように動けるかも、と。
ただ、俺自身が収まる写真を撮ることは出来ない。写真、という魔法を空間に掛けてしまうとマズい事になる。
あくまで俺の視界を写真・スライド化する感じ。これなら、俺の見えたものが俺の中にあるだけだから、ルールには触れない。
成功するかは、やってみないと分からない。とにかく近衛兵さんを立たせっぱなしでは申し訳ないので、早く取りかかろう。
まずは最初の手前位置まで移動。正面を向いて……
[映像記憶 アルファチャンネル ハーフ]
右脳にキンとする痛みと共に、今見ている画像が頭に鮮明に記憶された。
敢えてちょっと場所をズレてみつつその映像を思い出すと、どれだけズレてるのかハッキリ分かる。これ行ける!
俺はそのまま元の位置に、記録した映像を元に戻った。
「ヒューさん、ここから正しい歩幅、正しい方向、正しい距離を全部言ってくれますか!」
「分かりました、一歩一歩で正しく、ですな!」
「はい、お願いします!」
そこから、片足を下ろす度にヒューさんから微調整の指示が飛ぶ。それを聞きつつ、身体を動かしつつ、両足を揃えた正しい位置で、映像記録。
これを、規定スタート位置から9歩の「ドンピシャリ」ポイントまで繰り返した。当然、目の前には近衛兵さんが立っている。
最後の写真のアルファチャンネルを100分の30で記録をし、近衛兵さんにはお礼を言って戻ってもらった。
「ヒューさん、多分次、一発で行けると思います!」
「おぉ、期待してますぞ、では扉前位置よりどうぞ!」
俺は元の立ち位置に戻った。身を正し、一枚目のスライドを、脳内の映像を、視界に重ねていく。
狙ったとおり、今は立ち位置は抜群だ。一歩進む。次の映像に切り替える。
二歩。三歩。少しズレが出た。ちょっと前へ出過ぎてる。四歩、五歩。よし、前後の補正は十分。
六歩、七歩。わずかに右にズレてるのが画像との比較で分かる。補正を心掛け、最後の二歩を歩いて、カツン、とかかとで止めた。
「どうですかヒューさん!」
「素晴らしい! ほぼ誤差なしにございます。如何なる方法を使われたので?」
「えーと、写真って言って伝わりますか」
「シャスン?」
「あ、無いんだ。えーと、今見えている視界を魔法で切り取って、半透明にして頭に入れたんです」
「ほう、半透明にされたのがミソですかな?」
「はい。半透明なので、正しい位置と今の位置のズレがハッキリ分かります。それで、この通り」
と、ちょっと俺は鼻高々な気分になった。
「よくお出来になりました。では続いては、そこからが儀式でございますが」
……まだ歩いてただけだった!!
こうして、俺の特訓はまだまだ続いた。
***
≪side アリア≫
ふう、こうしてみると結構な量ね。そんなに荷物無いつもりでいたけど……
王宮の方々が運んでくださったから良かったものの、この量を馬車で往復させてたら、多分あたし腰が持たなかったわ。
はぁ。シューッヘ君……
今頃、この王宮の一番格の高い所で、一生懸命練習してるのよね。
見たいなぁ……でもあたしは入る資格なんて無いし。
こうして今は、使わせてもらえる事になったメイドさん達の準備室の一番奥、予備室になっていた所に、木箱に荷物が積まれた状態。
この木箱は、いずれ返さないと行けない。取りあえず、入れ物の類を優先的に出して、っと。
時間は……ここ部屋には時計はないのね。時計、仕事用の懐中時計しかない、困ったわ……アラーム無いと寝坊しちゃう。
まだシューッヘ君の指導日とか、指導方針とか決まってないから、勤務って時間縛りは無いけど、あたし休日は昼起き。
そんな自堕落なところ見られたら、メイドさん達から軽蔑されちゃうだろうし、それがメイドさんからシューッヘ君に伝わったら……
「君みたいな自堕落な子、俺は好きじゃなくなったよ、さよなら」
あぁぁぁぁ、それはダメ! 絶対そうならない様に、私の自堕落さはしっかりと隠さないと!
とにかく今は、落ち着こう。荷物を、まず出そう。目の前のことを。
(しばらくして……)
はぁ、荷物全部出せた。疲れた。でも、なんか底からみなぎる元気はある。きっとあのハーブ水ね、疲れてもすぐ回復する様な、そんな感じ。
気疲れみたいなのにはあまり効かないかもだけど、肉体労働する分にはあると良いハーブね、夜にも使える……今はまだ昼っ! あーん! ハーブ水のバカ!
アリア、もうちょっと気合いを入れるのよ……今はまだ「気に入られてる・好かれてる」だけで、立場はあやふやよ。
そんな風に、いえきっとシューッヘ君は違うけど、そんな風に貴族に振り回されて泣いてた子、幾らも見たじゃない!
あたしは、そうなりたくない……でもそれも、シューッヘ君の気持ち次第。あんまり媚び売る様なのは、好きそうじゃないよね。
出来るだけ自然に……とか言っても、ヒューさんが茶々を入れてきそうだけど、なるたけ自然に、ふれあいを。魔法で、手を取って、腰にも……
あーーん、もうなんであんなハーブ水飲んじゃったかなぁっ。頭の中がシューッヘ君でいっぱいだし、触りたいし触れられたいし、うううぅ。
とにかく、今日からここに住むんだから! まず並べれる物は並べて、動かす物は動かして……
うん、ジャンルで分けて、どんどん集めていこう! やれば減る、減れば片付く!
(更に時間は過ぎて……)
うん、あたしが出来る範囲のお部屋片付けはこの位ね。後はベッドの向きを変えたいけど、動かして良いか聞かないと。
メイドさんの偉い人に聞けば良いのかな、よく分からないけど、相手も分からなかったら、そう言ってくれるわよね?
廊下にちょっと顔を出してみる。今の時間に宿舎スペースにいるメイドさんはいないのか、静かだ。
恐る恐る、宿舎スペースを歩いて抜けて、メイド支度室、と呼ばれるメイドさん達の待機部屋に顔を出す事にする。
「あら、シューッヘ様の……」
向こうの視線に見つかってしまった。
相手はよく言えばふくよかで体格の良い、ご婦人、という感じ。生活者ギルドのメインの客層な雰囲気。
「あ、は、初めましてー……今日からお世話になりますアリアです、よろしくお願いします」
「あらあら、あなたがあのシューッヘ様の?」
「へ? え、えと」
「随分可愛らしい格好してるじゃないの、ヒュー爺さんは好みを見誤ったのかしらねぇ」
ご婦人メイドさんが言うとすかさず、ひょこっと、ちょっと暗そうな目つきをしたメイドさんが、
「メイド長、前職が生活者ギルドの生活魔法指導だと聞きましたので、今日だけ気合い入れてるものと」
と、わざわざなのかこっちに聞こえるように言った。
今日だけ気合い入れてるって……なんかその表現、引っかかるなぁ。
「あらあら、頑張っちゃったのね。それでどう? シューッヘ様は、お気に召された?」
「え、えとあのその……綺麗だって、言ってくれました……」
「あらまーぁ、若いわねぇ、どうですあなた達も、仕事に燃えるのは結構ですが、アリアさんの様に上手く男を捕まえる技を磨いては?」
「あのあたしそんな技磨いてないですが……」
「あらあら、そうしたらこのご縁は女神様のお恵みかしら? うらやましい限りねぇ、あははは」
め、メイド長さんが如何にもな『おばさん』で少々キツい。
まぁ、前職時代を思い出せば女性が集えばどこもこういう人はいる。複数いなさそうなだけマシだわ。
「あの、ベッドの向きを変えて良いかどうか伺いたいんですけど……」
「ベッドの向き? 変えるなら男手が必要かしら?」
「いえ、魔法でそれ自体は出来ますから良いんですが、変えてもいいですか?」
「えぇ。あのお部屋は、あなたのお部屋よ。便宜上というか、場所が他に無かったからメイドの私たちと同じ場所だけど、それ便宜上だから」
「便宜上、と言うと?」
「ヒュー爺さん言ってたわ、『嫁様候補に収まって頂くにふさわしい部屋の空きがない』って。何せ王宮内にそんなに余分な部屋はないものねぇ」
「よ、嫁様候補なんて言ってました? ヒューさん」
「えぇ、しばらくあっちこっち空き部屋無いか探したみたいよ? それで丁度この奥が、それまで物置だったから、それをどけさせて部屋にしたのよ」
「どけるの手伝わされましたー」「あ、あたしもでーす」「わたしもですー」
「うっ、……お世話になりました、ありがとうございます」
これ、箱菓子持ってお礼に来ないと後々マズいヤツやん。
あーんめんどい。でも仕方ない。ここで暮らすって事は、毎日メイドさん達とは会話もある。上手く付き合わないと!
しかも、メイドさんが何かシューッヘ君に、吹き込んだら……
「君って、そんな子だったんだね、幻滅だよ。さよなら」
あぁぁぁぁダメっ、そんなのダメ!
確か王宮内の会計課で、今日の決定分はすぐもらえるそうだから、一部もらって箱菓子買いに行ってこよう。
(お昼も過ぎて、15の時……)
「あの、皆さん」
「あら、シューッヘ様の」
の、何だろう。前の時もだが、モヤッとする言い方をする人だ、メイド長さんは。
「これ、引っ越しのご挨拶にも足りませんが、皆さんで……あと、こちらは私のお部屋を片付けて下さった方に、お礼をと」
菓子類と悩んだが、果物類と半々のカゴ盛りにした。好みがあると色々めんどうだし。
追加のご挨拶は、余分を見て6つ、小さな缶入りの紅茶にしてみた。紅茶位飲めるわよって言いたい。それだけ。
「あらまぁ、そんなことしてくれなくても良いのに、ねぇ皆さん」
「ありがたく頂きますー」
「仲良くして下さいね?」
「あ、私お手伝いしたのでこっちも頂きます」
わらわらと群がって、あっという間に手元には紅茶の缶が1つだけ残った。1つか。
「あの、メイド長さん、宜しいですか?」
「あら、内緒のお話かしら?」
と、ちょっと出てきてもらう。
「もし宜しければこちらもどうぞ。ご遠慮なさってるに違いないと……」
「あら、私はその日公休だったのよ。でも、頂いても良いの?」
「ええ、大した物でもないんですが、ほんの気持ちです、良いティータイムを」
「あらありがとうね、なかなか気が聞く子ね。これなら英雄様のお姫様でも安心ねぇ」
ほっほっほっ、と笑いながらメイド支度室へと戻っていった。
やれやれ。外交も大変だわ、女性が集まる所は。
生活者ギルドは、あたしとリムと、あと非常勤の歴史のおばあさんだけ女性で、後は男の人ばっかだったからなぁ。
この、「今日だけ気合い入れてる」とかムカつくこと言われた服も、ルイスさんの手縫いの、餞別みたいな物だし。
ちょっと部屋に戻って、着替えて休もうっと。
(こうして、アリアの時間は過ぎていくのであった)
もし「面白かった!」「楽しかった!」など拙作が楽しめましたならば、
是非 評価 ポイント ブクマ コメントなど、私に分かる形で教えて下さい。
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