第31話 自然の生み出す脅威の薬草の力で、55番井戸を使う人の生活はよくなりそうです。
「はて、わたしは何も指示を出しておりませんが?」
すっとぼけるヒューさん。いや、その表情明らかに噓じゃん!!
「いやいや、私も見た目ばかりで普段使いのものと思うたのです、そんな強い薬草がメイドの仕事部屋にあるとはつゆ知らず」
俺とアリアさんは、小声で、
(ねぇアリアさん、アレ、本当だと思う?)
(噓ね。目が斜め向いてるでしょ? 人間噓つくとそうなりやすいの)
と話した。因みにもう俺たちは堂々と横並びに、ヒューさんとルイスさんを迎える形に座っている。
「では、その噂の薬草水をわたしも頂いても宜しいですか?」
「どーぞ、仕込みの入った薬草水、自分でも試してみてくださいよ」
「いやはや、シューッヘ様が手厳しいわい」
言葉ほど何の厳しさも感じていない様子で、さっきペルナ様に捧げた綺麗なグラスを手に取り、注ぎ、飲んだ。
「んー……なるほど」
「何がなるほどなんです」
「さすがにハイアルト・サンルトラともなると、非常に効果が強いなと、思ったまででございます」
「……『ハイアルト』サンルトラって初耳なんですけど」
「おっと失言」
と言いつつ今にも口笛でも吹きそうな顔をしている。完全にまだ遊ばれているな俺。
「でその、ハイアルトのってヒューさんからするとどうなんです? 味とかはともかく」
「効果の方ですな? わたしにすると、15は若返った気分になりますな。そううんと長く効くものでもないので、一時的な気分でしかありませんが」
「ちょっと面白そうな物飲んでるな、俺も一杯もらって良いか?」
「ルイス殿、どうなっても知りませんぞ?」
おいおい、どうなっても知らないような代物を、普通のハーブ水っぽく置いてった訳か?
そうしてルイスさんにもグラスが回り、グラスは一息に空いた。
「んー……おぉぉぉ、これは! 相当に、強いな!!」
「朝からそのテンションにお前さんがなってどうする、と思うのだが?」
「そうだな……グラス1杯でどの位、この状態は続く?」
「まぁ、特に消耗せねば4時間くらいは続くだろう」
「そうしたら、55号井戸の掘り直しで手こずってる現場があるから、ちょっくら行ってくるわ!」
「あぁそうだな、力仕事でもせねば発散も出来まい」
えーと……俺ら力仕事する予定は入っていませんが?
お先に失礼する、と一声放ったと思ったら、鼻息交じりな絶好調の雰囲気をまとってルイスさんは出て行った。
「さてヒューさぁぁぁぁん」
「なんでございましょうかなぁぁ、凄まれても何も出ませんぞ?」
「4時間も持つエナジードリンクを俺たち二人に飲ませて、これからこの溢れかえるエネルギーをどうしろと?」
ちょっと俺の左を見ると、アリアさんも同調してうんうん頷いている。手はお膝でぎゅー。顔は赤い。
「風呂は今でも使えますし、暗幕のご用意もすぐに出来ますが」
「ちっがーーーう! 俺たちまだそこまでの仲じゃないから!」
「おや、この爺が見受けますに、お姫様はそれでもよさげなご様子ですが」
えっ、と思いアリアさんの方を見ると、あっち向いている。しかし耳が真っ赤っかだ。
えーと……アリアさん、レッツゴーな感じなの? 俺もその勢いに乗っかった方が良いのか??
「うぅぅ、ヒューさん!」
「はっはっ、多少いたずらが過ぎましたか。嫌われぬうちに、何とか致しましょう」
ヒューさんがアリアさんに手をかざし、[マインドクール]と優しく唱えた。
すると、今まで真っ赤だった耳の色がすすーっと普通に戻っていって、パッとこっちを向いてくれた。
少し多分キョトンとしてた俺の視線に、アリアさんはしばし、じっと視線を絡め、そのまま俺の腹に、顔を、突撃ダイブしてきた。えぇっ?!
「あ、アリアさん?!」
「ごめん、少しこのまま……恥ずかしくて……」
「俺は良いけど……」
良いけれど、どうしよう、って状態だ。
と、ヒューさんが身振りで何か言ってくる。なになに、アリアさんの、頭を、撫でろ? マジで言ってるのかこの爺さん!
でも確かに、恥ずかしがってる子には、それも良いのかも知れないな、うといからよく分からんが……。
俺は、力が入りすぎないように気をつけて、優しく、アリアさんの頭を撫でた。
一瞬アリアさんがビクッとした時には驚いたが、より腹にぐいぐい来るので、更に撫でてみた。
また少し、耳が赤くなってきたが、さっきのハーブが効いている時よりは自然な赤さだ。
しばらくなで続けていたら、突然ガバッと俺の腹から顔を上げた。もう大丈夫、みたいな感じで、手で制される。
あれ嫌だったかな、と思ったが、横顔にチラリと見える口元がほころんでいる。口角も上がっている。
向こう向いてるから正面からの顔が見えないが、ニマニマに違いない。良かった。
「ふぅ……ってヒューさん俺の事忘れてない?」
「いえ、シューッヘ様はその位の気合いを乗せておいて下され。本日より、玉座の間をお借りしての練習を始めます故」
「じょ、叙爵の、ですか」
「左様にございます。先ほどのハーブには、循環を即する作用がありまして、物覚えも良くなると言われております」
「それじゃあ、役に立つハーブだったんだ……」
「まぁ、その目的でハイアルトまで用いるのは貴族にすらおりませぬがな。ハイアルトグレードは値段がしますので」
その値段がするのを使ってまで、俺とアリアさんを急接近させたかったのか。
実際急接近というか……おなかに顔を埋められるまでされちゃった。おなかが愛おしい。
「ではアリア殿。契約書類を確認の上、署名をお願いしたい」
アリアさんは、何とか調子もそこそこ戻ったようで、まだ耳に赤みは残るものの、書類にしっかり目を通し始めた。
契約書類とおぼしき書類は6枚ほどあり、それをじっくりと、一行一行という感じで、アリアさんは目で追っている。
「ヒューさんちょっと」
「おや、なんでしょう」
近くに来てもらって、小声で聞く。
(この世界って、契約書はこんなにじっくり読むものなんですか)
(シューッヘ様のおられた世界は分かりませんが、契約書が全てでございますので)
(全て、と言うと?)
(例えば、小さな字で「資産は没収する」という項があり、見逃して署名してしまえばそれまでなのです。それ故、皆契約書は熟読致します)
へぇー、確かに契約書って大事だけど、そこまで性悪説に立ってそういう書類見たことは無かったなぁ。
これも、俺がまだ成人してなかったからかなぁ。成人してたら読んでた? うーん、きっと読まないよな。
この世界は、そういうだましみたいなのもある訳だ。契約書は、絶対に見ないといけないな、俺も気をつけよう。
「あの、ヒューさん。あ、いえ、ヒュー様」
「構わん。シューッヘ様の筆頭寵妃となる方から様と呼ばれる訳には行かぬ」
「あぅ……筆頭寵妃ではなくて、一応魔法指導で来たんですが……」
ひっとうちょうひ? 俺の頭の中の漢字変換が追いつかず、言葉が紡げない。
「あのヒューさん、『ひっとうちょうひ』って、何です?」
「一番最初、または最有力な、お嫁様候補、とでも思って頂ければ」
「あ、う、はい……」
それでアリアさんがちょっと言葉詰まらせてたのか。
だけれど、否定したい気持ちは無い。アリアさんがもし俺の横にいつもいてくれるなら……
でもそれにはまず、少しでも国に貢献して、「国のお荷物・金食い虫」状態から抜け出さないとな。
「では、ヒューさんと呼ばせて頂きます。ヒューさん、この給与の条項ですが」
「うむ。これでは足りぬか? 別項に定めあるように、母君の看護、並びに介護費は別途国費にて直接まかなうが」
「それもちょっと頂きすぎにも思うんですが、給金が、これではあまりに多すぎます! ギルド時代のほぼ倍なんて!」
「生活者ギルドに勤めて何年になる、アリア」
「はっ? えーと、12の見習いから数えれば、足かけ9年になりますが、それが?」
「お前、12歳当時のギルド長との契約、よく確認したか? 残業代と諸手当、国が定めた正規の額に対して、支給額がまるで足りておらなんだぞ」
「あ、あの時代は……最初は見習い指導費が、そのあともなかなか指名指導が取れなくて、『ギルドに場所取ってるんだから』と言われており……」
「ローリスの法では、ギルドはいずれも国の下部組織だ。ローリス国法に優先する契約は違法であり無効だ。見習い代や場所取り代を講師から取るなど、法は認めておらん」
最初のギルド長に謀られたな、とヒューさんは言った。
そして、更に続けた。
「ギルドでは、単に前年契約の更新という形で、ずっと同じ契約を続けておったようだの。それ故、現在まで違法に低い賃金で働いておったのだ」
「あー……あたしったらそんなヘマしてたんだ」
「そうだ。先ほども言ったが、ギルドは国の下部組織。それ故、ギルドが本来出すべきだった額面を加算して、今回の給金としてある。胸を張れアリア、お前の仕事の対価だ」
アリアさんが、少し複雑そうな表情をする。
騙されていた事。そのお金が突然入ってくる事。そりゃ誰でも複雑な気分になるよな。
「それでは、この定期給金の提示は、ありがたくそのまま受諾致します。しかし冬期給金が異常です! この額面じゃ、給金ではなくギルドの大型予算です!」
「そうだの。時にアリア、今は何月だ」
「えっ? 9月ですが」
「冬期給金の支払い月は」
「この契約書によれば、慣例通り11月末日ですね」
「つまり、その日までに婚礼が相成れば、アリアは退職しその額はそのまま祝い金としてお二人に与えられる。シューッヘ様がグズグズしておられると、アリアの尻に敷かれる家庭経済になる、と、そういう訳だ」
アリアさんがポカーンと口を開けた。俺もちょっとびっくりだ、まだアリアさんが勤める事を決める日ではあっても出勤初日ですら無いのに、もう縁談が何だか中心になっている気がする。
アリアさんの様子を伺うと、ちょっと「どうしよう」みたいにはなっていたが、ふと俺の視線を捕まえた。
じっと、俺の目を見るアリアさん。困り顔だ。
そして、ちょっと震える唇で、何だか自信なさげに言った。
「本当にそんな形でも、良いの、シューッヘ君。私より若い女性も、探せばいくらも……」
「そ、そこ? 俺はアリアさんしか視界に入っていないし、もし結婚するなら、アリアさんとしたいよ。けど……2ヶ月以内にってのは、ちょっと急だと思う」
「ヒューさん、シューッヘ君、いえっ、シューッヘ様もそう仰っています! この時間では、えと……仲を深めるにも、短くて……」
「ふむ。二人とも、同じような考え、という事で宜しいか?」
俺は頷いた。アリアさんも、俺の目を見てから、頷いた。
「なればこうしましょう。冬期給金は取り消して、その額面を直ちに与える。代わりに2ヶ月の王宮奉公を命ずる。任務は言うまでも無く、シューッヘ様の教育『等々』、である」
「えぇ?!」
言いかけた俺たちに、ヒューさんが立て続けに、大きなハッキリした口調で、
「この決定は、王国執務特例法36条に基づく緊急措置命令として、現時点をもって直ちに発動する」
とキッパリと言った。き、緊急措置命令? 直ちに発動??
俺が顔面ハテナになっていると、ヒューさんは元の柔和な声で、
「端的に言えば、国の命令でございますので有無を言わさず、にございます」
と言った。
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