終幕 エルクレアリゾート、俺の居場所となる。
あれから、かれこれ5年の月日が経った。
既にリゾートは開業し、開業まだ2年目だと言うのに、連日人と魔族で溢れている、という報告を受けている。
あの後は、陛下にご報告に上がったのだが、大きな驚きと少なくない困惑を陛下は表情で示された。
そりゃまぁそうもなる。魔王との条約に於けるエルクレアの扱いは、「ローリスと魔王領との共同統治」。
それ故、純粋では無いにしろ領土は増える、けれどその領地の使い道は決められていて陛下も手が出せない。
更にキャラクター商売という、やはり陛下にとって未知なものを取り扱わなければならない。顔も渋くなる。
ただ、魔王との条約の中で陛下がグッと力強い喜びを示されたのが、魔導水晶の返還の部分。
よほど国庫にある魔導水晶が枯渇しているのか、魔王が「少し大きい」と条約文中に曖昧な表現であったのに、その書類は刮目してご覧になっていた。
因みに、魔王と結んだ条約は、1度のトップ会談にしては随分多かった。
まず相互不可侵条約。つまり攻めてくるな、というのをお互いに約束すること。平和的共存の基礎だ。
そして通商条約、しかも相互関税無しの自由貿易。一部例外はあるが、小麦やその他農林・牧畜の成果物を、関税無しでエルクレアまで売りに行ける。エルクレアをハブにして、ローリスにも魔族領の産品が届く日は遠くない。
エルクレアは既にあの魔王との妥結の時点で、リゾート都市と化す事は確定だった。が、リゾートはそれを動かす人々・魔族達がいてこそ初めて動く、活劇の様なものだ。
初期の建築時には人魔一体となって、それぞれの特性に合わせた工事を懸命に皆がやってくれた。
働いてくれる数が多いので、食料品はどんどん売れた。ローリス側からオーフェンで買い付けた食料をリゾートに売りに行く。それがこの最初期の『貿易』になった。
リゾートがオープンしてからは、客用の食事ももちろん豪華に用意した。東京都言い張る千葉のあそこを参考に、店を幾つも建てた。屋台も、リゾートの雰囲気に合うものを出している。
貴族向けレストランも出しているが、貴族向け、と言っても、金さえ出せば一般人でも魔族でも誰でも、そこを利用する事は全く可能、という形で計画を進めた。
リゾート、という楽しみの前では、差別も峻別も要らない。俺はそう考えた。
リゾートの件は、思い出すとキリが無い程に色々とあった。なし崩し的にリゾートオープンまでの建築責任者をする羽目に遭い、慣れない事だったが懸命に頑張った。
エルクレアの人、魔族のどちらの住民も、真剣に俺の計画を聞いてくれた。彼らにとっては、リゾート建設に場所的な邪魔になれば家も接収されてしまう立場であるのに、皆野心と好奇心に目を輝かせていた。
話が偏ったが、あの日結んだ条約では、覚え書きとのタイトリングではあるものの、魔導水晶の返還が約束され、俺がローリスに戻って程無い頃にはもう届けられたと聞いた。
というか、陛下への帰任報告の時点で、既に魔族領側は動き出している可能性が高い事も伝えた。エルクレア内での場所取り合戦もあるかも、と。実際魔王は言ってたしな、魔族側はすぐに動くが、と。
それには驚いて頂けた様で、急遽俺とアリア、フェリクシアの3名に加え、測量士っぽい道具を持った方々とそれ以外にもよく分からない道具を持ったプロっぽい人達がその場に呼ばれ、すぐにエルクレアに向かう様に言われた。
さすがに戻ってすぐまた行け、と言われたのは厳しかったので、ヒューさんに目配せして強靱馬を俺達は使う事にし、技師の方々には普通の馬で行ってもらった。普通の馬だと5泊くらいは必要になるらしい。強靱馬なら長くて2泊で済む。2泊家で休んで、その上で追いつける。
そこからもまた大変だった。リゾートの青写真を持っているのが俺1人しかいないから、それを共有していく為に、かなり重い古代魔法をエルクレアで行使した。
魔法は、『意識結晶化』とか言う、基礎数13もある超重い魔法。平たく言えば、俺が記憶に有しているイメージを、光る3Dホログラフの様な立体でもって、見せる事が出来る。
俺も日本人の端くれだったから、白黒ネズミも電撃ネズミもしっかり意識に根付いている。脳内で再現可能なら現実に投影ができる便利な魔法。基礎数が重いことを除けば、抜群に良い魔法だ。
ホログラフは、俺の意識・イメージをそのまま反映する、というのが古代魔法書に書いてあったので、俺は一抹の不安を覚えた。
地球の権利者が持つ、宇宙も次元も超えて飛んでくる、抉るようなボディーブロー。迂闊にキャラの名前を言って、俺は数度痛い目を見ている。
まして3Dホログラムであの2キャラを登場させたなら……考えていたら寒気がしてきたので、いっそ女神様の結界の中で『意識結晶化』の魔法を使うことにした。
関係者一同に集まってもらい、俺も彼らも含めて、結界で包んだ。
真っ暗闇で自分の手さえ見えない所に、キラキラっと光の粉の様な物が集まり、形作る。大きさは小さめぬいぐるみサイズだ。
『意識結晶化』の魔法を知ったのは、偶然にも俺がローリスに戻ってまた再びエルクレアに行くことになったその僅かな期間。だから魔王ですらこの「意識がするイメージに忠実」なネズミたちのビジュアルは見ていない。
このホログラフの開示をしてからは早かった。スケッチが得意な魔族は結界が解け明るくなるなりすぐ、2体のメインキャラのスケッチをした。
毎回基礎数13もの魔法を、しかも結界も付けて使ってられないので、正直ホッとした。
スケッチの出来はどれも秀作で、俺はそれらのキャラに特徴的な動きを、自分でポージングしたり言葉で示したりして、更にスケッチをたくさん作ってもらった。
こうして、多数のスケッチの形で、白黒ネズミと電撃ネズミの姿形や動き、対比した大きさなどが作業者全員に共有され、リゾート工事はすぐ始まった。
都市設計のプロらしい魔族の提案により、エルクレアリゾートは元々のエルクレア街区を大きく解体してスペースを空け、そこに新たに圧迫感のない壁を作って区画とすることになった。
住民の移動が大変では? と思ったのだが、女神様と魔王による支配者層一掃のせいでそもそも魔族の母数がかなり削られており、空き家になってしまった建物も多かったとのこと。
それらを上手く整理統合して、幸い命のある者には新たな住居をエルクレア中心から東側――領主館な王宮があった方――に新設の住居を与え、加えて東側の外部との隔壁になる城塞部を取り除き、建物群をこれまでの街区よりも外に出していく、という話に収まっていた。
そこからは、早かったなぁ……アレだアレ、巨人族。別に魔族の中ではそう呼ばないらしいんだが、高さ10mを超える様な背丈の土人形みたいなのが、ドシーン、ドシーンと足音を立ててエルクレアに迫った時は、さすがの俺も腰の短剣に手を掛けた。
が、表情など作れそうもない土作りの巨人が、笑うんだよ。目を細めて。ええぇっ? とかなり動揺したが、当人はまるで害意も悪意も無く、建築を手伝いに来てくれただけだった。
エルクレアでの逗留が少し長くなって、様々なタイプの魔族を目にしてきたが、無条件で腰に手が行ったのは、後にも先にもその時だけだ。
デカさ、というのは時にそれだけで恐怖感を持つに十分だった。
エルクレアリゾートが開業して、最初は魔王から言われただけの、自主性の無い魔族のお偉さん方が配下をたくさん連れて視察に来てくれる、位の運転がしばらく続いた。
どこがブレイクスルーになったのか今でもイマイチ分からないのだが、俺も総監督的な立ち位置でリゾートの人の入りを見ていて、とある週から突然増えた。
データで見ると、突然増える前にオーフェンからの貴族一行が遊びに来ていた、というのはあった。だがその後増えて、そして今日まで来訪者の厚い下支えになっているのは、人間側では無く文化的な魔族達の方だ。
もちろん今日までのリゾート営業で、ある程度コアなファン層が人間・魔族の両側に生まれている事は把握している。何故あの週を境に増えたのか、そこは結局分からずじまいである。
結局そうしてエルクレアで半ば陣頭指揮を執ってリゾート作りに専念していたら、ある日陛下からちょっと帰ってこいという内容の親書が届いた。
いや、親書って程に重たい物でもない。陛下がメモとかに使っていそうな、ローリスの国章が一番上に描かれているA4よりちょっと小さい紙。巻物ですらない。
で、お呼び出しは急いだ方が良いよね、という事をアリアと話して、ひとまずフェリクシアに指揮を任せてローリスに戻り、王宮へと上がった。
「なぁシューッヘ。お前さんこのままエルクレアの統治までやってくれんか?」
陛下は少し苦笑いする顔でそう仰る。いやいや俺としては、先行きの分からないテーマパークの運営よりは、女神様の御声に従って土をほっくり返して魔導水晶掘ってる方が気が楽なので、とりあえず丁重にお断りをした。
が、陛下も引かない。陛下の言い分としては、今現在俺達が提起したローリス南部工場群の無人運用化への変更調整で全く手一杯で、責任者を置ける状況に無い、と。
しかも、リゾートの発案はお前さんだと、そう仰る。それはまぁ確かにそうなんだが、発案と経営は別ですよと釘を刺したのだけれどそれでも、俺がローリス側の代表としてエルクレアにいた方が良い、という事を強く言われた。
あの陛下がここまで粘る、となると、陛下としては本心俺をエルクレアに置きたい、と思っておいでだと言う事だ。
陛下の事だから、口に出された理由以外にも色々腹にはありそうだが、それを全部言わせることなどはしない。臣下として、ある程度の納得が出来れば、陛下のお望みのままに動くまでのこと。
そうして俺はエルクレアリゾートの管理人になった。
調子に乗って「グランドエグゼクティブプロデューサー」という肩書きを考えてみたのだが、アリア・フェリクシア含め誰も上手く発音できない。変な造語は女神様翻訳的に伝わらないらしい。
仕方ないので「リゾート長」という、あまりにそのまま過ぎて楽しくない肩書きをフェリクシアに提案され、渋々だがそれにした。人魔混合で運営しているから、どっちにも発音してもらいやすい呼び名が良い。
こうして俺は、エルクレアにその居をほぼ移すことになった。ローリス城塞都市の鉄塊屋敷に戻るのは、年末年始の振る舞いや陛下に呼ばれた時だけ。
ただ、アリアとフェリクシアのどちらかが必ず俺と一緒にエルクレアにいてくれたお陰で、そこまで苦痛に思う事はなかった。
こうして、ローリスの枠さえ越えた地位と名誉を受けた俺は、自分がこの世界に完全に馴染めた事にある時ふと気付いた。
これまで、あれやこれや何もかもが目新しかったり、または底知れずよく分からないことも多々あった。だが、もう大丈夫だ。
リゾート長の立場は、やることが独特過ぎて他の貴族が俺の地位を狙う事もまず無い。またもちろん陛下のお墨付きであるので、俺を脅かすのは陛下に喧嘩売るのと同義だ。
毎日朝から夜まで、人々、魔族達の楽しそうなはしゃぐ声が、管理室までも届く。この施設を、俺が作ったんだよな――そう思うと、感慨深い。
これから先、どのような変化が起きるかなんて、今の俺には分かりようも無いが、俺はひとまず「落ち着いた」。エルクレア住みがほぼ固定したし。
子供は出来なかったな。まだ若いのだからとヒューさんは言うが、2人の妻を抱いていて5年間も出来ないのだから、俺の資質の問題なんだろう。
アリアの子供。フェリクシアの子供。そのどちらも楽しみにしていた時期はあったが、今はもう諦めている。
あの魔王に頼めば、生命倫理に反する様な形で妊娠も出産も出来そうなものだが、そこまでしようとも思わない。
俺は、この世界が好きだ。この世界の人々、そして個性が抜きん出た魔族達も。
彼ら彼女らが、俺の作り上げたリゾートで楽しんで、またリフレッシュして、日常に戻っていく。その循環を、俺は静かに支えている。
変化に乏しい日々だが、この世界に来る前とは大違いだ。鬱屈した日々の繰り返しと、充実した日々の繰り返しは、天地ほど違った。
全ては、女神様のお陰。また女神様好みの薬酒を、俺も漬け込んで供物としてお渡ししよう。
そうと決まれば、まずはハーブ集めから。今回はフェリクシアが付いていてくれてる。マーケットで買える物は買い、北の森で手に入れられる物はそうしよう。
「フェリクシア、薬酒の原料を揃えたい」
管理室の湯沸かしスペースに立っていたフェリクシアに言う。
「薬酒。女神様に奉じられる物か?」
「うん。少し不出来でも、女神様は漬けた者の気持ちもまた受け取って下さるからね、俺自身で漬け込む。でも材料はよく分からんし」
「まぁ20種以上のブレンドになるからな。ハーブ屋は後で行くとして、ともかく森に入るか」
「うん、そうしたい」
そうして俺とフェリクシアは、適宜着替え大きなカゴをフェリクシアに背負わせて、リゾートの北側勝手口を抜けて、ハーブを求めて森へと入っていった。
(了)
本日まで足かけ3年間、読んで頂き誠にありがとうございました。
シューッヘたちの物語は、これでおしまいです。
拙いところが多々あった作品になってしまいましたが、読者様が楽しんで読んで下される事を願うばかりです。
ありがとうございました。また別の作品でお目にかかりましょう。
夢ノ庵 2024年05月06日(月)




