第84話 締結、そして帰還。
「魔王様、何か気掛かりな事がおありですか?」
溜息を吐いて難しい顔になっている魔王に声を掛けてみる。
俺の声に、視線はこちらを向いた。けれど、すぐには言葉が返ってこなかった。
難しい顔のままの魔王は、不意にジョッキを手に取り背もたれに身体を預け、ジョッキを呷った。
「魔王様?」
「ぷはっ。人魔共通の遊園地を作り、そこに宿泊施設も含めてリゾート地にする。そこまでは、まぁ魔導水晶の件も含めて考えても良い。だが、人魔共通の遊園地に何を置く? 魔族と人間では、恐らく求めるものが違いすぎる」
魔王は手にしていたジョッキを、かこんと音を立ててテーブルに置いた。飲み干した様だ。
元気草入りのドリンクを更に追加しても理性は保てるのか、魔王は。俺とは大違いだな。
「そこでこそ、キャラクター商法です」
「さっきも聞いたが、その『キャラクター』というのは一体なんだ? まるで想像すら付かないのだけれど」
そりゃ想像も付かないだろう。俺が書いたショボいウサギキャラですら、それなりにウケていたらしいし。
もっとカリスマチックなキャラを導入して、そこに様々なストーリーを付与してキャラを立たせれば、人であれ魔族であれ、文化的な生き物ならばきっと魅力に惹かれる。
もちろんその為には、優秀な『キャラ』それ自体が必要だ。これは俺が考えても多分失敗する。
地球の権利者さんには悪いが、ここは地球から遙か遠い異世界。丸パクリでやらせてもらう。
「紙とペンを貸してもらえますか? キャラクターという物を、まずは絵で描きます」
ドワーフマスターが黙って頷いて、デスクから紙とペン、それにインク瓶を持ってくる。
正直、この世界では万年筆すらないのが面倒くさい。ペンを走らせるには、都度インクが必要だ。これもその内何とか出来るものなら何とかしたい。
「俺の画力の問題で、キャラクターの魅力が伝わりづらいかも知れませんが……」
割と大きな紙を何枚も持ってきてくれたので、1枚に1キャラを大きめに描いていく。
まずは、ネズミが元になったキャラクターだ。これを地球で勝手に描くと、呪われるという噂すらある。
慎重に、けれど大胆に。元気よく、躍動感がある様に描いていく。
「ほう、戯画化した何かしら、という事か。キャラクターというのは」
「ギガカという言葉が分からないのでアレなんですが、こういう格好いいとか、可愛らしい存在自体をキャラと言います。長く言うとキャラクターです」
描きながら答えている、と言うより、描くのに精一杯で俺自身答えがおろそかなのを感じるが、今は気にしない。
まずはこのネズミーさんを仕上げてしまわないといけない。衣装を黒ベタで塗るべきだが、今はそこまでは出来ない。何となく線画で埋める。
「ふう……例えばこれが、俺のいた地球世界でまさに天下を取っていたキャラクターです。俺にもっと画力があれば、と思うんですが」
「なるほど。これらの、もっと精密なり戯画化を進めた絵画をたくさん展示する様な、そういう施設になるのか」
「いえっ、そうではないです。基本的に必要なのはこのキャラクターの着ぐるみでぐふっ」
突然喉に激しい引っかかりを感じた。アレを着ぐるみと表現した瞬間だ。
アレは、着ぐるみなんかでは無い、というのが公式発表だ。地球からも呪いが届くのか……?
「大丈夫か、突然むせた様だが」
「だ、大事ありません。とにかくこのキャラの格好になりきって、演じるのです。最初は単にキャラクターの愛くるしさなどでファンが付き、次第にファンは広がっていきます。
その経過を見ながら、このネズミキャラに恋人を加えたり、別シリーズで同じトーンの仲間を加えたりして、個別キャラのファンを更に増やします。
このキャラをベースにするのは比較的大人までターゲットに出来ますが、一方で、可愛らしい物が好み、という女性や子供、あるいは、ある種の男の子には、こんなのもあります」
今描いたネズミーを横によけ、次の紙に新しいキャラを描いていく。
こちらはどちらかと言うと1体だけで存在させるよりたくさん種類を設けた方が良いので、1枚の紙の中に1キャラ2~3ポーズ、それを紙面のあるだけ色々記していく。
「これらのキャラは、基本的に戦いの要素を含みます。それをどう表現するかは、まだ俺の中でもアイデアが固まっていませんが、このキャラになりきり、セリフや叫び声なども固定します。
更にこちらの方では、背後にストーリーを置きます。キャラをリゾートで出す前に、出版物、これは子供向けで良いんですが、これらのキャラに憧れを持たせます。
その上で、エルクレアに来ればそのキャラに会える。そういうコンセプトでもって、キャラを活躍させます。基本的に喜劇なので、子供や、子持ちの女性は好むと思います」
「ふーん……因みにこの、しっぽがギザギザとあり得ない形になっているキャラに、名前はあるのかい?」
「それはピカチュぐふっ」
再び肺の奥からむせる様な激しい突き上げがあって言葉を言い切れない。
権利者の力は、どうも異世界だろうが何だろうが伝わる様だ。気をつけないと。
「な、名前は元々ありますし、地球原産のキャラでもありますが、エルクレアリゾートオリジナルの扱いで、容姿もセンスのある方に改良してもらえば良いと思います」
「ふむ。それぞれを端的に言い表す様な符合があると、プロジェクトとして考えるのに楽だな。英雄、むせずに言えそうな何かないかい?」
「そ、そうですね……白黒ネズミと電撃ネズミ、はどうでしょう。それぞれプロジェクトネームとして、センスはまるで無いですが……」
「こちらが白黒ネズミプロジェクト、そしてこちらは電撃ネズミプロジェクトだね。そうか、このしっぽは雷撃をイメージしている訳か」
ピカ……もとい、電撃ネズミの『あり得ない形』と評されたしっぽが再評価された様で、魔王の顔付きが少し変わって柔和になる。
これなんだよ。キャラクター商法の最も『強い』側面は。
キャラクターをリアルに思い浮かべれば浮かべるほど、人は気持ちが明るく、柔らかくなる。それはどのキャラでも多分そうだ。
デフォルメされているからなのか、理由は分からないが、一度千葉の東京のアレにハマったが最後、いつでも行きたい状態にすらなるらしい。
ただそのリピート力は寧ろ付随であって、「キャラを思うと心が和む」。この効果がとにかく最強でしかない。
まぁ……元々白黒ネズミは、日本との戦争を描いていたらしい、という話も聞くから、例外はあるんだろう。
が、21世紀の千葉の東京のアレには、ファンタジーな戦いのアトラクションはあっても、ガチで銃弾飛び交うことも無い。
なんなら戦いの相手まで癒やして終わる様なストーリーらしい、とかも聞く。完全に非戦闘員の女性はローリスにもきっと多くいるだろうから、そういう客層を取り込みたい。
「なるほど。これらが実際に動く訳か。ただこの、4頭身かそこいらの着ぐるみだと、中に入る者の選別は難しそうだね」
「そこは俺もよく知りません。ただ、今後プロジェクトを進めるに当たって、着ぐるみ、という表現は使用不可です。夢が壊れます」
「夢?」
「はい。最終的な形としては、リピーターをたくさん付けられる商売になる予定です。そこにいちいち、あれは着ぐるみで云々、そういう『現実』は要りません。あくまで、ネズミーがそこにいる。そんな仮想の現実感が必要です」
「ネズミーと言うのか、このキャラは」
「いえ。真の名前を言うと俺の命が折られる危険性があるので、暫定的な仮称です」
「ある種の神のような存在だね、このキャラは。真の名には呪いが掛かっていて、呼ぶことすら禁じられる。そこはプロジェクトに関わる者にも、下手に追求しない様に言っておかないといけない」
「そうですね、言っておいた方が安全だと思います」
俺は大きく息を吐いて、背もたれに身体を預けた。
エルクレアの刷新案は、どうやら魔王の興味をひけた。話し合いの具材として、相手が興味さえ示してくれれば、まずはそれで良い。
ここから先は、出来れば俺が全部、というより、色々分かってて慣れてる人にやってもらいたいが……
「シューッヘ様、お疲れ様にございました。実務の詰めはわたしが致しますので、必要な際のみご発言下されば」
俺は特に何も言っていないつもりだったが、ヒューさんがねぎらうような笑顔を俺に向け、任しておけ、というオーラを出してくれた。
俺は大きく頷いて、そのまま背中を預けたままにした。と、部屋の隅にいたドワーフさんが何か入ったガラスのコップを持って駆け付けてくる。
「どうぞっ」
「……元気草入り?」
「いえ、ただの水ですが、元気草の方が宜しいですか?」
俺は大きく首を左右に振って、ありがたくその水入りのグラスを頂き、一気に呷った。
***
「では、これで条約締結だ。基本的に僕らはすぐに動くけれど、人間側がこれを反故にしない事を祈るばかりだ」
「女神様と共同戦線を張る予定なので、少なくともローリスは大丈夫です。オーフェンの横槍とかは、この際知りません」
言うと、魔王は明るく笑った。魔王も魔王で統治領に責任がある立場だから、女神様の介入で支配層が壊滅したエルクレアの将来が決まり、安堵した……のかも知れない。
「予定ではここは通り道に過ぎなかったけれど、これから僕の城を目指すかい? それとも、君の本国への報告を急ぐかい?」
魔王はこれからの予定を聞いてきた。
ドワーフ、という「亜人」の括りですら、これだけ文化が違った。正直一杯いっぱいである。
「出来れば本国へ直ちに持ち帰り、早急に王様にこれらの条約を説明したいです」
「良いだろう。帰り地の場所さえ指定してくれれば、馬も含め何もかも、まとめて転送することが出来る。安全な転送地点を指定して欲しい」
転送。あれだよな、床にその領域が被ると、床が木っ端微塵になるという魔法。あの時は急いでたから仕方ないが、変な巻き込みはしたくない。誰も、何もいない場所が良い。
「……俺の領地に送ってもらえますか? 魔導水晶の廃坑の所ですが」
「ああ、あの辺りであれば、草すらまともに生えていないからどんな生き物もいなさそうだ。ではそこにしよう」
魔王が立ち上がる。と、その瞬間にその姿が消えた。
「あれ?」
「転移魔法ですな、シューッヘ様。魔王は既に準備に入ったようです」
「気が早いなぁ。ドワーフマスターさん、今回は会談の場を、ありがとうございました。またいつかお会いしましょう」
「ああ。人間に元気草を喰わせると存外面白いのな。また見物させてもらいたいもんだ」
と、大声で笑う。俺は苦笑いしか返せない。
そうこうして、商館を後にする頃には、7階までの道中で買い物した物を残さず受け取り、俺以外、両手にみんな大荷物になった。
俺の分はヒューさんが持ってくれている。ベルトと洗顔料と、追加で帰り際に買った泡立ちの良い石けんが入った小袋。俺が持とうとしたらヒューさんに持ってかれた。
商館を出て、名残を感じながら馬車まで戻ると、既に魔王は俺達の馬車・荷車の全てを覆う黒い半透明なドームを作り上げていた。
「これで忘れ物は無いかな? この魔法は片道だから、忘れ物は取りに来られない」
「忘れ物は無いです。その領域の中に入れば良いんですか?」
「ああ。突然風景が変わるから、驚かないでね」
俺は言われるままに半透明の黒いドームの中に入る。仲間達も全員入って、馬車の手前で翻す。
「魔王様。帰りのことまで、ありがとうございます」
「また君とは交渉の席で合う事になると思う。しばしの別れだ、また会おう」
魔王が言い切ると、少し暗かった風景がどんどん暗くなっていき、真っ暗になった。
次の瞬間、いきなり視野は変わり、煌々と陽光星の日差しが眩しい世界に出た。正面には切り立った岩山、掘削痕が見て取れる。
「終わりましたな」
ヒューさんの一言を聞いて、今回の遠征が、中途半端ではあったが終わった事に、俺は思わずその場に尻餅をついた。
第4章本論はここまでです。次回は章エピローグです。




