第83話 魔王と語らう未来の展望
「ローリス・魔族領間で、往来自由・貿易自由・軍事同盟関係・共通法の制定を含めた、抜本的な関係を築きませんか?」
俺の頭をフル回転させて出てきたのは、地球で言うアメリカとEUのごちゃ混ぜの様な政治的提案だった。
魔王の雰囲気からして、異様な程に大胆な提言をしたとしても、一蹴に付される可能性は低いと踏んだ。
俺は短く息を吐いて、過度の緊張から思わず唇を噛んだ。
ローリスと魔族領とで、自由貿易と人・魔族の往来自由を掲げる。きっとこれは、王様が望んだ成果にはならない。
勢いで言ってしまったが、よくよく考えるとローリスのメリットは不明だ。更に言えば、魔族側にはメリットそれ自体が無いかも知れない。
さっきまで優しい、ある意味生ぬるい視線で俺を見ていた魔王だったが、驚いたのか身体を少し仰け反らした。
「い、いかがでしょう。魔王様としては」
噛んだ。そりゃ噛むわ、トップ会談とは理解しているが、掲げた提言がデカすぎる。
頭の中に浮かんだのは、EUの様に陸続きの国同士がパスポートなしで行き来出来るようにすること。
人的交流が発生すれば、そこに商売は必ず絡んでくる。オーフェンに食料も何もかもおんぶにだっこのローリスだからこそ、魔族領側への広がりを持てるのは強い……俺はそう考えた。
「ふうむ、君にしてはなかなか大胆な話だね。往来自由、か……君は、もしそれを僕が飲んだとして、ローリス王にはどう説明する?」
「説明……ですか」
「うん。ローリスは多少の亜人種はいるが、人間の比率が非常に高い国だ。また土地の作用が強く、そこに住まう者達は魔力がよく育つ傾向にある。
ある意味『場所だけで特権』、それから『人の統治する人の為の都市』でもあるローリスが、そう簡単に君の成果を受け入れるとは、僕にはちょっと考えづらい」
いつの間にか魔王も真面目な顔になっていた。
陛下への説明か……確かにローリスは魔導師か多く生まれる、という話を以前聞いた事がある。土地柄、というヤツなのか。
宰相こそドワーフが座っているが、俺の叙爵式にいた貴族は全て人間。つまり支配階級に亜人の席はほぼ無い、あるいは極少なく、地位も低い可能性が大きい。
それらを指して魔王は『人の為の都市』と言っているのだろうが……うーむ。
「王様への説得は、俺が責任を持って担います。俺だけでは心許ないので、女神様にもおでまし頂きます」
あくまで予定だが。が、俺が女神様のことを言った瞬間、魔王は目を見開いてガクッと震えた様に見えた。
「君は……ペルナ神に命令が出来る立場なのかい? まさかそうでは無いとは、思うけれど」
「命令は、さすがに恐れ多くて出来ませんが、お願い事ならしばしばしています。今回の件も、俺が決めて帰った事を、女神様のご威光を借りて、押し切るつもりです」
言ってて喉が干上がる感覚のある言葉だ。女神様の介入を最初から想定内にするなど、俺としてはそれすら既に恐れ多い。
だが実際、俺が女神様に向けて心の中で叫ぶ度に、うるっさーい! と、俺の声より遙かに響く、澄んだ高い声でお答えになられるのが我らが女神様。
人間の身勝手にどれだけ付き合って下さるか分からないが、少なくともお願いする事は出来なくない。
女神様のご助力には、俺にとって大きな前例もある。
俺達の結婚式の時、ペルナ様が何らか動いて下さって、そのお陰で陛下は、真っ青なお顔でもって屋敷に飛び込んでこられた。
どこまで織り込んで良いか、女神様のお怒りを買わずに済むかは、正直言って分からない。俺の手駒とかでは全く無いから。
けれど何となくだが、さっきまでいた森の中、馬車の中に突然ご顕現なさる女神様だから、珍しい事や新しい事はきっとお好きなはず。
となれば、御自らの領地であるローリスが、人と魔族が平和的に共存出来る都市になったとしても、お怒りになる方向性では無い……そう信じたい。
「君の大胆さには参ったね。往来自由に貿易自由か。つまり、関税も設けないというアイデアだと、そう認識しても構わないかな?」
魔王が詳細部分に話を進めてくる。よしっ、まずは門前払いになるのは回避出来た。
「俺の発想としては、関税もなしです。ただ、一部どうしても守りたい産業については、例外を設けることは想定しています」
「ふむ……自由貿易を、人間と、か……商売っ気の強い種族としては、新しい商売の種になるだろう。保護したい産業は、関税で守る、と」
「はい。最初から関税ありきでは、往来を自由にする意味がありません。最終的には、どの国の人間も、つまり人間誰もが、気軽に魔族領に産物を売りに行って、帰り道は魔族領の産物を持って帰る。そんな形を思い描いています」
実際EUがどういう政策を採っているかなど、高校でもそんな細かい話までは習わなかった。
「君の考え自体は理解出来る。もし実現出来たならば、ローリスだけでなく広く人間世界全体にそのインパクトは及ぶだろう。
だが、それを実施した場合に魔族領が得られるメリットはなんだい? 君には悪いが、統治者の僕としては、僕の領地にメリットが及ばない新しいリスクを、そう簡単に背負う気にはなれない」
だろうな。
大きく風呂敷を広げたけれど、魔族がこの関係から受ける恩恵は、俺も全く考えつかない。
「例えば……う、うーん……」
何とかここで打ち切りにされないだけのアイデアを……唸っていても仕方ない、何か……
人間よりも魔族にとって、嬉しいこと、利益になること、ニーズがあること。何だ。
この世界だけで考えても厳しいかも知れない。地球にあってここに無いもの、けれどここの資源だけで実現可能な……
……あっ。
これ行けるかも。
そうだ。俺もそれを小商売にしようかと思っていたものがあった。魔族領に無いかどうかは不明だが、多分無い。
この世界、エンタメが不足している。もっと人間は遊んでも良いはずだ。まして多彩な種の魔族であれば、遊びにも多様性が必要。
それを単一で満たすのは難しいが、トライする価値のあるものがあった。それが……
「魔王様。あくまでこれはアイデアレベルでしかないのですが、テーマパークを中心としたリゾートを作ってはどうでしょう」
「テーマハーク、と言うのはなんだい?」
やっぱり通じない。その一方で女神様翻訳は通っているから、この世界にもテーマハーク的なものはあるのだろう。
あそこもテーマパークと言えばそうか、ファザーン・リゾート。プールと海の怪物? がメインの、地方にあるプール遊園地みたいな所。
「テーマパークと言うのは、統一されたコンセプトを中心にした、統一感と一貫性が主となるリゾート地のことです」
「リゾート地? 君自身もアイデアに過ぎない事を言っているが、そのアイデア程度で構わない、それを何処に作る?」
「俺としては、エルクレアに。女神様のなさった事でエルクレアは支配する魔族の方々が全滅……ですよね? 新たな形の都市を作るには丁度良いと思います」
「待ってくれ。リゾートを作る、という話は理解出来た。けれどそれが魔族領にとって一体どんなメリットがある?」
魔王の表情は少し困惑気味、といった顔をしている。
そりゃそうだ、この世界にはキャラクター商売が一切無い。多分魔族領にも無いのだろう。
ファザーン・リゾートで見かけた『海の怪物に扮した男たち』くらいのアイデアはあっても、今俺の頭に浮かんでいる『特定のキャラだけで押していく、あのリゾート』に近いものは、まず決して存在しない。
「新たな一大エンターテインメントを提供します。俺が元いた世界では、そういうリゾートが大小各地にありました。その経験と知識を活かして、人間・魔族が共通で楽しめる遊興施設、そしてリゾートを構築します」
「エンターテインメント? つまり何かの楽しみ、娯楽か。だが、それだけの為にエルクレア一国の領地を全て使うつもりなのか? リゾートにしても、大きすぎはしないか?」
「大きくて良いんです。エルクレアの門をくぐった瞬間から始まる、楽しい仮想世界。それを支えるキャラクターと、コンセプトに合った建築物。そして多人数を収容出来る宿泊施設。そこに多くの『食』を提供する店も含みます」
少し席から前のめりになっていた魔王が、俺の構想を聞き終えると、怪訝そうな顔のままソファーに深くもたれた。
腕組みをし、手先は口元に行き、目線は斜め下に固定された。良かった、俺のアイデアを、ひとまず考えてはくれている。
「キャラクターと言うのが不明だが……リゾート都市、という発想は、さすがに僕の頭にも無かった。必要な建物の建設、訪問者の量に足るたけの飲食店の誘致。この辺りはどちらかと言うと人間に任せた方が良いかも知れない」
「俺は詳しく無いのでただ言うだけですが、即席の建物をまず土魔法で作っておいて先行開業し、同時に本格的、恒久的に使える設備は時間を掛けて建てれば良いのでは、と。ヒューさん、どう?}
土魔法のデルタさんの、一声で3階建ての建物が細部まで整って建てられたあのシーンが頭にある。
必要なはずの詠唱すら省いて、えいっ、と掛け声だけでもって、ピザ窯を作ったんだっけ? いずれにしても、土魔法だからと言って脆い建物では無かった。仮運用をする程度なら十分に使えそうだ。
「シューッヘ様。土魔法で建物を構築しますと、概ね圧縮した砂の様な性質で全て構築される為、建物としての脆さが心配です」
「建物を強化出来る魔法、みたいな都合の良い魔法は、無いですか」
「後から付与する魔法、というのはわたしも存じ上げませんが、建てる際に籠める魔力領次第で堅牢さは変わります。土魔法のグレーディッドに、魔導水晶を持たせて建築に挑ませれば、恐らく数年は劣化しない建物になりましょう」
おっと魔導水晶まで必要なのか。頭の中で鼻と目がとびきり大きなアレと、全身黄色いギザギザしっぽの電気的キャラのアレが動いていて、それ以外の事はすっかり忘れていた。
陛下の親書で、魔導水晶の返還の件もあったな。魔王も、少しなら返しても良いみたいな事言ってた様に思う。
「魔導水晶に関しては、ローリスに在庫はないと思うので、魔族領から提供を頂きたいです。その枠に関しては、我らが陛下が求めた返還とは別に、あくまでエルクレアリゾートの迅速な建築の為のみに用います」
大規模テーマパークを作るとは言え、既存の人々・魔族たちが生活している土地を使うんだ。
建築だけすれば良い訳では無い。建築中も、都市の生活ニーズは満たす必要がある。
だからこそ余計に、ホテルなどの建物や様々な建物、いわゆる大型な箱物は、土魔法で一気に作っていきたい。
俺の言葉に、魔王は少し溜息を吐いた。




