第30話 鼻血を止めてくれた美少女は俺に、デカい爆弾並みの衝撃爆裂発言をサラッとする。
鼻血が流れているのに気付いた時には、既にパンツのパーソナルゾーンに数滴、赤いシミを作った後だった。
「あっ、シューッヘ君大変、鼻血が!」
どうしようとオロオロしてる俺より素早く俺の横に来たアリアさんは、そのポケットから出したハンカチで俺の鼻の下を押さえた。
「ちょっと強めの鼻血だね、このハンカチ、ちょっと持っててもらって良い?」
言われ、俺はアリアさんの手からハンカチを引き継いだ。
アリアさんは、空いた両手を重ねるようにし俺の鼻の辺りに向けた。
[ライト ドライ!]
アリアさんの言葉に反応するかのように、俺の鼻が白く光る。トナカイか。
「ちょっとハンカチ外してみて」
「ん」
言われてハンカチをゆっくり取る。既に流れた血はそのままだが、出血は止まったようだ。
「凄いねアリアさん、回復魔法が使えるの?」
「ううんっ、回復魔法は習得する機会もないから使えないわ、鼻血には昔からこれなの。軽い乾燥を起こす魔法を使うのよ」
「へぇー、やっぱり思った通り、生活魔法って便利だね」
「うん! 生活魔法の先生なあたしからしても、生活魔法は極める価値のある魔法だって思うわよ」
満面の笑みのアリアさん。超可愛い。可愛いんだけど……ふと、無粋な事が気になった。
この天使の微笑みにふわふわ衣服の舞い降りた天使お姉さんは、何歳だろう?
「あの……さ、アリアさん」
「ん? どうしたの?」
「気になることがあって。でも、それを聞くのって俺が来た世界では思い切りマナー違反なんだ、だけど聞きたい。怒らないでね」
「うん、何でも聞いて良いよ?」
アリアさんがキョトンとして、ニコッとして、目がキラキラ。あぁ!
「その……アリアさんって、何歳?」
「あぁなんだ、そんなこと? ちょっと何が来るのかなーってドキドキしちゃった」
「あ、じゃローリスだと、女性に年齢聞くのってタブーじゃないの?」
「全然大丈夫よ、寧ろ『あなたに興味を持っています』ってメッセージだから、だから……」
アレ? さっきまで、生活魔法使ってからは余裕っぽくなってたアリアさんがまた赤くなった。
「その……興味を持たれて嬉しい相手から言われると、嬉しい質問……なの」
「そっか、興味を持たれ……えっ」
え、ってことは、経緯はどうあれ、今アリアさんは俺から興味を持たれて嬉しいと。
即ちそれって、ガチの両思いじゃ、ないですかー!! 春が来たー!
「あたしの年はね、21歳。多分シューッヘ君より上だから、敬遠されちゃうかなぁとかって思ってたのよ?」
「敬遠なんて。俺、アリアさんがギルドで働いている凜々しい姿と、実はその……アリアさんの声が、凄く心地よくて」
「あ、声なんだ」
と、アリアさんにちょっと余裕が戻ったか、あははって笑ってくれた。
「シューッヘ君は幾つなの?」
「俺は、17。実は元いた世界だとまだ成人じゃなかったりするんだよね。あ、でもあと2ヶ月で18で成人かな」
「元いた世界? んー?? あっ、英雄様って異世界から召喚された方、って定義だっけ」
「そうそう、定義っていうか、まんま『地球』って星からオーフェンに召喚されて、ヒューさんに拾われてローリスに、と」
「そっかー。若いなーとは思ってたけど、それでももうすぐ18なんだ、結構童顔だね」
「んー、俺の住んでた国が『日本』って国だったんだけど、そこの人間、別の国の人からはみんな童顔だって言われるんだよね」
「へぇー、ちょっとうらやましいかも」
「なんで?」
「だって、若く見られたいじゃない、女の子としては」
なるほど、童顔だと若く見られるからと、そういう事ね。
「でも、童顔の日本人が別の国に行くと、『お前子供だろ』ってなって、お酒買えないとかよく聞くから不便っぽいよ?」
「あぁお酒買えないんだ、あたしお酒好きだから、それは困っちゃうなー」
なんだか俺も気持ちが楽になって、心がワクワクしてきた。
この世界では、17歳は成人、弱いけどお酒を飲んだこともある。
「じゃあ、あたしも幾つか質問しても良い?」
「もちろん。俺の分かることなら何でも答えるよ」
ターン交代。今度は俺が質問を受ける番だ。
「シューッヘ君って、不思議な魔法属性してたけど、どういう風に魔法使うの?」
「魔法? なんて言うかな、思い描いて、そうなるように、力む? 念じる? そんな感じかなぁ」
「わわっ、それ相当才能ある人のタイプだね。さすが『全属性』なんて謎属性の人だぁー」
「なにそれ」
思わず笑ってしまった。謎属性ってどんなんよ。
「普通はね、もしシューッヘ君みたいにしようとしても、使えない属性が働く部分で魔法が途切れたり、不都合出ちゃうのよ」
「ふーん? 例えば?」
「そうねえ……例えば、水魔法だけに属性がある人が、飲み水を手に入れようと水を生み出そうとする、と」
「うんうん」
「すると、水魔法で集めた水って、周りの埃も含んだ水だから、飲めないのよ。飲み水を出すなら、疎魔法か密属性が必須。どちらかで、水だけに純粋化するの」
「あー……なるほど、雨の雫をそのまま集めても飲めないよってのと同じような感じなんだ」
「そうそう! シューッヘ君たとえが上手いね!」
「そ、そう? なんだか嬉しいな」
さすがギルドで先生してるだけのことはある、褒め方も凄く上手くて、気分が良くなってしまう。
「じゃもう1個質問ね」
「うん」
と、すぐ質問来るかなと思ったら、アリアさんの視線がスススッと俺の視線から逃げる。
あれ、これなんか、嫌な予感がする感じだが……
「シューッヘ君って……イリア様を信じてないって、本当?」
うわ来た宗教問題。ああぁきっとこれで「信じる神様が違う人とは一緒になれないわ」とか言ってフラれるんだ、さよなら俺の春。
「その……イリア様を信じてないって言うよりは、まず第1にイリア様を知らない。第2に、イリア様の前にサンタ=ペルナ様に直接会ってるから、ペルナ様の信者ってカウントになると思う」
答えを紡ぎながら、心の温度がどんどん冷え冷えとしてくるのを感じる。自分で自分の死刑執行にサインしている気分だ。
「あ、アレ? どしたかな、なんだか暗い感じになっちゃってるよ??」
「え、いや……その質問は、『イリア様を信じてない人はちょっと……』って意味、でしょ? だから……」
「あぁ! そうおもわれちゃった?! ごめんそうじゃないの、私だってそんなイリア様の信者かって言われても困るって位だし」
「……そうなの?」
「うんっ、回復魔法でお世話になる時に、必ずイリア様と、ガルニアの女神様に手を合わせるからそんな感じになってるのと、ペルナ様の教会って修道士さん以外入れないから手も合わせられないし」
ペルナ様の教会。あの問題山積みのレリクィア教会か。
「だからローリスの国民でも、ペルナ様を信仰する方法すら無いのよ。けど、語り継がれている伝承には、こんな一節もあるのよ」
そう言ってから、アリアさんは少し言葉の速度を落として語り出した。
ローリスを守護する二柱の女神、名をそれぞれ、イリアとペルナと言う。
イリア神は常に民衆と共にあり、民衆の『常』、すなわち日常を支える神である。
対してペルナ神は、いざローリスに危機が迫りし時に降臨し、ローリスを護る守護の神である。
「ってね。そんな感じで、ローリスの神様は誰? って試験に出たら、イリア様でもペルナ様でも丸もらえるのよ」
「そっか。あ、じゃあその、言うね? 俺はイリア様を知らなくて繫がりも無い。一方ペルナ様とはお話しも出来る程の信者なんだ。
だからって言うのも変だけど、アリアさんに、ペルナ様の信仰に改宗してもらうことは出来る? 実は、既にヒューさんも改宗済みだったりする」
「あぁー……平和だ平和だって当然のように思ってたけど、戦乱が近付いてるのね。うん、シューッヘ君の神様に、今後は祈りを捧げるわ」
「ペルナ様自身そんなに祈れ祈れ言う神様じゃないけど……そうだ、ちょっと見てて」
と、俺は、ハーブ水の入っていたグラスを一度洗面台で洗い、タオルでよく拭いて、戻った。
「アリアさん、少しタオルの繊維がついてるのを、綺麗に出来る? 生活魔法で」
「もちろん! [ヴィジブル・フレッシュ]!」
言うや、ついてた埃がパッと散り、更に磨き上げた様にキラキラになった。
「じゃこれにハーブ水を」
「注ぐわ、はーい」
「ありがと。これをね……ペルナ様に捧げるけど、アリアさんは頭下げたりせず、見てて」
と、俺は女神様に久しぶりに語りかけることにした。
(女神様女神様、教会が散々なことしてて可哀想な目に遭ってる女神様)
『誰が可哀想よ。何アンタ、惚れた女の前でパフォーマンスでもしたいっての?』
(はいそうです、そのままドンピシャリです。この滋養強壮効果抜群のハーブ水を捧げます、どうかお受け取り頂きたいです)
と、俺はグラスを浅く両手でホールドして、天に捧げた。今回は俺もちらっとグラスを見ながら。
すると、グラスのハーブ水の液面が、ちょうどドライアイスでも浮かべた様に雲っぽくなり、そこから虹色の揺らぎが立ち上がった。
さすがにアリアさんの様子が気になるも確認は出来ない。グラスのハーブ水はどんどん少なくなり、程なく空っぽになった。
(女神様、恋へのご協力、大変感謝します)
『そうね。その分の感謝にはまた酒を捧げなさい。あらでもこのハーブ水、良いわね。神気に勢いがつくわ』
と、そこで声がフェードアウトしていった。
俺は、ほらね、と言おうとして振り返ると、アリアさんが両手にかぼちゃ抱えるように手を開いて浮かせ、ポカーンとした顔をしている。
あれ? なんかマズい事したかな。
「アリアさん?」
「はっ?! い、今のは一体……」
「あれ……アリアさんは、供物の儀って、知らない?」
アリアさんが首を横にブンブン振る。
「あー……だとわかんないか。今のでね、女神様の元に直接、ハーブ水をお届けしたんだよ」
「直接?! えっ、ど、どういう事? グラスの中身、空だけど、えっ、神様が持って行ったの?」
「持って行ったって言うと怒られそうだけど、捧げたので受け取って頂けた、ってとこかな」
アリアさん更にびっくりの表情。
「そ、その……聞いても良い?」
「うん、もちろん!」
「め、女神様が言ってた『アンタ惚れた女の前でパフォーマンスを』とか、それに『はいそうですドンピシャリ』とか、『恋へのご協力感謝します』って」
なにぃ筒抜け?!!!
「そこ……聞こえてたの?」
「う、うんハッキリと。ハーブ水が『神気に勢いがつく』ってお気に召したような、上機嫌そうな御声も」
「ぎゃーん!」
「どうしたのシューッヘ君!」
聞こえてないのが当然のはずの女神様との対話が、何故漏れてた?!
生活魔法なのか? いや、それだったら国民のある程度はペルナ様の御声を聞けてるはず。
これは……うん、何事も張本人に聞くのが早い。腹をくくって女神様に伺おう。
俺は敢えて左膝を折って座り、手を組んだ。「只今お祈り中話しかけ厳禁」という雰囲気を作る。作りたい。たはっ。
(女神様女神様、酒は無いですが質問答えて頂けますか)
『あら、後ろの女に聞かせるつもりで言ったんじゃなかったの? 公開プロポーズみたいなものかと思ったのに』
(全然違います……何故アリアさん、その、女神様が言われる「後ろの女」の人ですけど、この通話が聞こえてるんです?)
『簡単な話ね。その娘は、生まれた時、私の教区の内にいたから。その娘に、母から出生の事どう聞いてるか、聞いてみなさい』
と、フェードアウト。
俺は釈然としないものを抱えながら、ふぅ、と一息ついて振り返った。
「あたしの生まれ、について、ね?」
ほらやっぱり聞こえてる。教区の内にって、どういうことなんだろう。
俺は黙って頷いた。ちょっと答えづらそうな様子だが、こればかりは教えてもらいたい。
「あの、あたしの母は、若い頃から病気がちで……それで、レリクィア教会の修道女だったの。
他の教会は、何処も回復魔法の受付やら実施やらでとても忙しくて、母では務まらない。けれど、レリクィア教会は迎えてくれたの。
厳格なレリクィア教会の修道女として活動していれば、厳しい労働は無し。代わりに贅沢も出来ないけど……それでも暮らせていけたから。
それが、母が28の時、冒険者をしていた私の亡き父が、母を見初めたのよ。それで……身ごもったの、あたしを。
けれど、レリクィア教会の戒律では、修道女は清らかでなければいけない。結婚なんて、まして子作りなんて、認められなかった。
身ごもったことが発覚して、お母さんも一生懸命隠していたそうなんだけど、修道女の身分剥奪が決まって。それでも最後にせめてお祈りをと、教会にお願いしたんだって。
それで、まだ臨月より前だったけど、教会秘伝のペルナ様の像の前で、お別れのお祈りをしている時に産気づいて、その場で私が生まれたの」
……なるほど。
時系列から行くとペルナ様の真の女神像は無い時代だったけれど、一応管轄はしていてくれたんだ、あの教会を。
『当たり前よ、あの教会無かったら私の教会はこの世界にゼロよ。分かる? ゼロ。この虚しさたるや……』
お……お察し申し上げます。
それより、その生まれ。俺がペルナ様との繫がりがある以上に、ペルナ様との繫がりが深い。
ペルナ様専用礼拝堂の「中」で生まれたってことだよな? そりゃペルナ様と繫がるのにヒューさんみたいな『何か』が要らないのも、納得が行く。
何せ、ペルナ様の足下で産声を上げたんだものな。そりゃ繫がりは深いわ。
「じゃ、俺がペルナ様の信者か、場合によっては使徒みたいなのになっちゃったとしても……」
「あたし的には全然大丈夫よ、お母さんの信じてた神様に手を合わせることには、何の抵抗も無いわ。それに」
と、一拍置いて、
「シューッヘ君が女神様からどれだけお気に召されているか、分かった気がする。女としては、ちょっと悔しい気もするけど……」
「大丈夫。女神様に恋することは無いから。俺が好きなのはペルナ様じゃなくて……アリアさん、あなただから」
言った。ハッキリ言った。
だって女神様の中継入りの中途半端告白のままじゃ置いとけないじゃん!!
「こんなあたしで良ければ、いつでも……ああ、あたし何言おうとしてるんだろ、薬草水強いなあ」
ふいっと横向いて、また顔を手のひらでパタパタ仰いでいる。照れ隠しなんだろうな。可愛い。
と、廊下の方から遠くの足音が聞こえた。
薬草水の主犯が来るらしい。とっちめよう。
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