第81話 元気草狂想曲
俺は、今……魔王に絡みかけてたよな。いやいや、もう、絡んでた。
酒に酔わないようにと、アリアに酩酊無効の魔法も掛けてもらっていた。けど酔った。
しかも、俺は基本的に酒に弱くて、飲み過ぎるとすぐ気持ち悪くなるし、心臓もバクバク言う。
第一、あんな変な「楽しさの渦」に巻き込まれる様な事は……
少しは晩酌と称してワイン飲むようになってから、一度たりとも遭遇したことが無い。
フェリクシアの方を見ると、フェリクシアも魔王の『解毒』が効いた様で、目を見開いていた。
メイドスカートの裾を両手でキュッと握り、震えている。その頬は真っ赤だ。
吼えたもんな、フェリクシア。
しらふに、こんなに急に戻されたら、恥ずかしさが先に立つのも無理はない。
「えーっと……うっかり魔王様に絡みかけた俺が言うのも何ですが、何がどうしてこうなってるんですか」
俺も、さっきまでの腹の中の壺という壺がガタガタ音を立てながら笑いを振りまいていた、あの爆笑感覚はもう無い。
「うーん、どこから説明しようか。まぁ、元気草の部分だね」
「元気草。さっきも言ってましたけど、ハーブか何かですか?」
「まぁ、ハーブと言えなくも無い。もう少し娯楽寄りの、まぁ、植物だ」
娯楽寄りの植物?
聞いても、あまりピンと来ない。
ハーブなら、ルトラの水出しティーとかで大分慣れたし、この世界のハーブが強いのは身を持って知っている。
が、娯楽の植物ってどーいうこと?
「まぁ君がそんな顔をするのも無理はないね。大きな話で言うと、人間も含めあらゆる文化的な種には、時として羽目を外せる小道具が必要になることがある。それは理解出来るかい?」
「はぁ、まぁ……」
「人間であれば、大方は酒だね。ハーブ類もあるけれど、気分を大きく変えるだけの力は、よほど希少種で無いと難しい」
ふーん……城住まいの時にヒューさんに盛られた、ハイアルト・サンルトラとやらは、もの凄くドキドキしたが、あぁ、あれは希少種かも知れないな確かに。
「だから、割とその生物集団にとって手が届きやすい物が、自然と歴史の中で選抜されていく。人間はそれが酒で、ドワーフは元気草だった、ということさ」
「その……ドワーフさんにとっての元気草、名前からするに元気になる系統なんでしょうけど、このお酒に?」
ちょっとジョッキを持ち上げ見せる。
「ああ。元気草の成分は酒の成分とよく交わる性質があってね。今この部屋の酒の臭いの分だけ、元気草の成分も飛び回っているはずだよ」
「へぇ……ん? 元気草?」
元気になる。ドワーフに取っては身近。それで、飲んだり吸ったりすると、「元気」に――違うな、なんかこう、頭の天井がすっ飛んだ様な開放感と、爆笑の壺が開花する。
地球にもそんなんあったっけ。女神様翻訳が普通に訳してきてるので、多分地球にも似たものがあるか、この世界で既に見聞きしたか、いずれかだ。
元気草……言葉として聞いた事はない。ヒューさんの薬箱の中も、そんな名前のは確か無かったはずだ。
あぁ、ドワーフにとっては、身近。人間にとってはそうではないのか?
にしてはおかしいな、俺、こんなおかしな代物を、地球時代最低でも見聞きしたりしてた?
考え込んでいると、こちらをじっと見ていた魔王が視線を切り、手元のジョッキに目を遣った。
何か思い浮かんだのか、パッと明るい表情になると、そのジョッキを掴んでググッと一気に呷る。
そのジョッキを下ろした口に、何か緑の物が出ている。何あれ、あれが元気草?
「ちょうどジョッキに沈んでいたよ。これが元気草。酒に漬け込む前は、もう少しフワフワペタペタした毛もあるんだけどね」
口からするりと出して、こちらにグッと進めて見せてくる。
緑色の、紅葉? いや、サイズ感もう少し大きいな。5つ葉で紅葉っぽい……
……葉が5枚で、緑色。んでもって、効果効能は強くて、明るく楽しく――つまり、ハイになる。
「ああ因みに、葉を漬け込む時に少し花の部分も混ぜてあげると、元気草のエキスはより強くなるよ」
え、えっ。
それ、お巡りさんにスライドで見せられた『アレ』に似てると言うか、そのものなんだが……
「……大麻?」
「タイマ? 君のいた世界ではそう呼ばれていたのかな?」
い、いけない! お、おれお巡りさんに捕まっちゃう!!
「おや? 君の元いた世界では、元気草、タイマ? は、禁止物だったりしたのかい?」
思わず口と鼻を手で塞いでしまった俺は、魔王の言葉にただ頷くしか無かった。
「それでそういう反応なんだね。大丈夫だよ、ルナレーイでは、元気草は国旗にもその模様が描かれる程、文化的に根付いたものなんだ」
ニコニコしている魔王だが、俺はもう涙目である。
お、おれ、人間やめるしか無くなるの? おれ、もう『あっち側』から帰ってこられなくなっちゃう?
「とても怯えているね。可哀想だから解毒魔法を無効化しよう。誰も不幸にならない、皆楽しく幸せな時間を!」
魔王もああ見えて元気草に酔っ払ってる――いや、ラリってるのか、さっきまでよりテンションが一段高い。
俺は思いきり首を左右に振って抵抗した。なんとか『あちら側』に落ちきる前に帰ってこられたのに、またあちら側へなんて。
「[ディスペル・アンチドート]」
ふわはっ。
……ほ? さっきより、少し色々見えている。うん、みんな笑顔だ。誰も苦しんでいない。
フェリクシアは、元気草との相性が悪いのか知らないが、また小さな溜息を吐いて、そのまま結構な量グビグビと流し込んだ。
「ねーフェリクシアぁ、俺こんなに楽しいのに、フェリクシアはダメぇ、な感じなのー?」
「ご主人様……はぁ。私は、その元気草とやらについて、知識だけはあった。が、何の抵抗も出来なかった。飲まれた」
と、飲まれた酒を、更に飲む。
「ふぅ……元気草は、ローリスでも手に入るぞ。ご主人様が望まれるのであれば、内々に手配をする」
「ほへぇ? 内々にって、ローリスだと法律に引っかかる?」
「ああ。まぁ、その辺りに生えている草でしかないからな。法に掛かってもせいぜい罰金程度のもの。ご主人様が楽しまれる程度を用意するのは訳ない」
「あー、あーう、うーん。アレかなぁ、こう、旅してる最中に出会ったから良く感じるけど、日常これじゃ、なんもできなーい」
「なんもできなーい、か。はあ……ローリスで元気草が禁止ハーブになっているのも、働く気が失せるから、らしい。確かにこんなに気が重くては、働きようがない」
「気が重いってぇー? ウハッ、それ可笑しい! むちゃフワフワして、なんか空飛べそう! いや俺元々飛べたわ、あはははー」
「ご主人様……」
なんか話をしてるだけでどんどん可笑しさが加速していく。すごーいスピードで。
「ねぇえ、シューッヘぇ。なんであたしのことは見てくれないの? フェリクシアのことはさっきからずっとかまってるのにぃ」
「あーアリア! ごめんごめん、だってさほら、フェリクシアだけ暗いじゃん? 元気草、なのに。だから気になってさー」
「あたしはぁ、シューッヘが好き。シューッヘは? ほら、シューッヘ?」
「えっ、す、好きだよ? うん、とっても好きだよ!」
「今ちょっと間があったー、本当はどうなのぉー? 本当に好き? ねぇねぇ」
「本当だよー、本当に。じゃあ抱っこしてあげる?」
「うん!」
アリアが俺の胸に飛び込んでくる。うむむ、ちょっとだけ馬臭い。だがこれを笑っては、笑っては。
「ぶひゃー馬くさーい!」
ダメだ、壺が弾けた。
「えーっ、シューッヘひどーーい! 2時間も薄暗い中でずっといたのに。……馬もだけど」
「ごめん、ホントにごめん、ぐふ!」
「何今のぐふって! やっぱり笑ってるじゃん!」
「いや本当に、勝手に笑えて来ちゃうんだって、ちょっ、魔王様! やっぱこれ俺達にはダメですって!!」
「僕的には見ていて楽しいし微笑ましいからこのままが良い」
「そんなこと言わずにー! なんとかしてくださいよっ、あとヒューさん随分飲んでるみたいですけど、大丈夫ですか?!」
「ふわぁっはっは! シューッヘ様も、非公式外交などでは、こういった類のもてなしがされることもございます。良き勉強でございましょう!!」
豪気に笑うヒューさん。いつもの知性派のイメージはあんまり無い。もっと元気な爺さんだ。
「はっ?! そう言えば俺達がわざわざここまで来たのって何のためだっけ」
と、不意に我に返る。いや、壺は腹の中でガタガタ揺れっぱなしだから、我に返ってはいない。
「もぅシューッヘ、ヒューさん迎えに来たんじゃないの?」
「そ、そうだった! ヒューさん!」
「シューッヘ様、恐れながら申し上げます。ここには、古代ルナレーイを継承する者、そして魔族の頭領である魔王様、そして人間の代表である英雄・シューッヘ様が揃われました。
わたしが口を挟む次元の話ではございませんが、せっかくではございます、何か話し合い、成果を持ち帰られてはいかがでしょう」
うおう、おぅ……ヒューさんは腹の壺が揺れても難なく乗りこなせるらしい。
あれだけの長い言葉を、今俺まとめて言うの無理だわ。
「じゃあ、話し合いをするとして……とりあえず換気しません?! あと飲むのもこの辺りにして! それから毒消しもしてもらって!」
葉っぱに酔ってる人間と葉っぱを嗜んでる魔王と葉っぱが国章にもなってるらしいドワーフが話をしても、グダグダになる未来しか見えなかった。




