第78話 値札の無い買い物たち
ショッピングに付き合うのが相当疲れる事だと分かったので、俺はここから脱出するタイミングを計っていた。
一度は魔王に、妻達の服合わせにガッツリ付き合うぜみたいな事言っていながらのこのていたらく。
7階の商談スペースに行けば……行けば行ったで、待ってるのは魔王含むガチ勢ばかり。ううむ、詰んでる。
「あれ? やっぱりシューッヘ、ちょっと飽きちゃった?」
「うぇ、言う気は無かったんだけど……うん、疲れた」
そう言えば俺の妻は読心術に長けていた。うん、普通にしばしば忘れてしまうが、基本的に思考は読まれるものだ。
その気恥ずかしさに、ススーッと視線がアリアから逃げてしまう。
「ご主人様、奥様は恐らく読心術を用いていないぞ? 私の様に鈍い人間でも分かる程に暇そうな顔をしている」
ダメ押し。どうも俺は誰から見ても飽きて疲れてる様にしか見えないらしい。
「どうしよっか。お化粧類もあるって聞いてたけど、あたしたちだけで行くのも、ねぇ」
「そうだ。英雄としての話し合いや仕事であれば別だが、護衛メイドは基本的にご主人様に付き従い動く。ご主人様が行かれる場所に同道するのみだ」
我が奥さん達。我ながら良い子達をもらったなと、不意に感慨深く思えた。
そんな甲斐甲斐しい妻の言葉を聞いてしまったのだから、俺は俺で男を見せるべきだろう。
「折角だから、化粧品も見ていこうか。あんまり俺に関係は無さそうだけど」
「良いの? 無理してるなら、私達の事は全然良いんだよ?」
「まぁ無理って程では無いし、俺この世界の化粧、知らないんだよね。だから一通り、見るだけ見てはみたいのは本音」
地球では、ドラッグストアに行くと大体様々な化粧品の扱いがあった。
俺が使った事があるのはせいぜいニキビ対策の石けんくらいなもので、スキンケアとかやったことが無い。
いわゆる基礎化粧品もあれば、俺も試してみようかなぁ。そんなに肌荒れしてる感覚とかは無いけれど。
「化ける」タイプの化粧品しか無かったら、まぁ、うん、修行だな。正直その手の化粧品は区分すら知らない。
「皆様、このフロアの反対側には、ルナレーイ第一製薬所が作る自慢の化粧品の展示がございます。そちらもルナレーイ記念にいかがですか?」
「そうだね。今そんな話してたところだったよ。俺には縁遠い話だけど、妻達には、何か必要な物があるかも知れない」
「恐れ入りますがローリスの旦那様っ、額と鼻の辺り、絶対是非ケアした方が良いですよ!」
フェリクシアにピンクのスカートを履かせたドワーフっ子が、胸を張って鼻息荒く言い放った。
額と鼻、か。一応毎日洗ってはいるんだけど、この世界の石けんは日本のそれよりうんと弱い。
いっそ洗濯洗剤で頭洗ったりしようかと思う程に、シャンプーも石けんも、そこまでスッキリしない仕上がりになる。
「シャンプーとか、強い石けんとかもあるの?」
「シャンプー、ございますよ! スッキリタイプから育毛タイプまで、幅広く!」
「さっぱりするシャンプーあるなら、俺も見たい気になってくるよ。案内してくれる?」
「はいっ、それでは後に続いて下さいっ!」
元気が良くてにこやかなドワーフの後ろに、ぞろぞろと俺達が歩いて行く。
この部屋は、割とカラフルな布を扱っている様だ。さっきまで居た赤だけの間とはちょっと違う。
けれど、ピンク色調の布もまた多い。ルナレーイは赤、とか言ってたな。ピンクも赤が入るから得意なのか?
「こちらの扉の向こうに、化粧品などの担当がおりますので、私はここで失礼します!」
「ああそうなの? ありがとう、フェリクシアのメイド服をよろしくね」
「はいっ! 必ずや気に入って頂ける逸品に仕上げますので!」
目の前には普通の木の扉。小さな窓が付いていて、向こうを透かし見るとショーケースの様な物がズラリと見えた。
ドワーフさんがドアを引き開けてくれた。俺はトコトコと中に入った。後ろから妻2名もついてくる。
「いらっしゃいませ!」
中に入るや、3人程の合唱でいらっしゃいませと言われた。
何だか懐かしいな。ローリスでも言わない事は無いが、「ませ」まで付く事は少ない。いらっしゃい、辺りだ。
「わぁ凄い、こんなにリップの色があるの?!」
後ろから顔を覗かせていたアリアが、吸い込まれる様にドワーフの元に駆けて行った。
アレは、口紅か。容器も展示の仕方も、地球で見た事のある様なリップがずらーっと。
「ねぇアリア。リップ、口紅? の色って、どう試すの?」
口紅など縁遠かった俺には、試食ならぬ試色を、唇に付けるイメージが沸かなかった。
かと言って、商品サンプルをそのまま塗る、ってことは無いだろう。中身が痛んだりしそうだ。
「んー、自分で色見る時は、手の甲にちょっと塗ってみたりするかしら。やってもらえる時は、その人が持ってるへらで少し削り出してくれて、それをブラシで唇に塗ってもらう事もあるわ」
ほお、口紅を、削り出すのか。
確かにへらに取れば口紅本体に唇やよだれが付く事も無い。
こうマジマジと口紅を見ること自体初めてな俺にしたら、このリップコーナーは少し難しい。ここも赤系の色ばっかりで、正直違いとかがパッと分かる訳でも無い。
「アリアは口紅ね。俺はどうしようかな、シャンプー……」
「店員がいる店ならば、聞けば良いだけだ。ちょっとそこの店員さん」
俺の動きが止まりかけるのを見越してか、フェリクシアがスラッと店員さんに話しかけた。
元々陰キャの引きこもりみたいな存在だった俺には、店員さんと積極的に話をするのは、今でもそう得意ではない。
「情報をありがとう。ご主人様、シャンプーはあの角を曲がった所だそうだ。こちらの店員さんが案内をすると言っているが」
「シャンプー程度しか買わないのに案内までしてくれちゃうの? 俺、あんまり商売的に旨み無いですよ」
「ローリスの旦那様、金額の多寡ではありません。ルナレーイの者は、人と人のつながりに重きを置きます。今日の出会いが、いつかの大商いの元に、なるかも知れませんからね」
ほう。オーフェン王とはまた違った種類だけれど、しっかり商人として機能している。
この人も、見かけ年齢を地球基準で測ると10代。肌もハリと透明感がある。
「ところで、あなたは化粧をされないんですか? 化粧品コーナーの担当、ですよね?」
「はい、私は主に洗浄剤の類を任されております」
「あぁ、だからすっぴんっぽいのか」
「え? 失礼、その『すっぴん』と仰るのは、どういう……」
あれ、すっぴん、が言葉として通らない。
「すっぴん、は、俺の元いた世界で『化粧をせず素肌でいる人』の意味です」
「なるほど。ですが私も、多少ですが化粧をしておりますよ?」
へぇ、化粧してるんだ、この透明感でか。
実はローリスの化粧品よりよっぽど性能が良い化粧品なのか……?
そもそも良し悪しと言っても、化粧品にそこまで差があるか、俺は知らないから当てずっぽうでしかないんだが。
「どうぞこちらへ。ローリスの旦那様であれば、髪質はドワーフのそれより柔らかそうですし、どんなシャンプーがご希望ですか?」
「今うちで使ってるのがなんだか落ちが悪い気がして。すっきり洗い上がるシャンプーがあれば、欲しいかな」
「左様ですか。ご用意はあるのですが、ちょっと旦那様、しゃがんで頂けますか?」
言われたので膝を曲げてしゃがむ。
ドワーフな店員さんは俺の頭皮にがっちり視線をロックした。
「ローリスの旦那様は、そこまで脂性ではありませんし、頭皮も薄そうですので、一般的でドワーフに人気なシャンプーを使うと、トラブルの元になりそうです」
「トラブル? かゆくなっちゃうとかですか?」
「はい。あと、フケが出たり、酷い方だと赤くなってしまったり。ドワーフは大体、頭皮は脂で汚れやすいので、強いシャンプーが人気なんですが」
と、店員さんがショーケースの上に乗っているガラス瓶の容器を持って戻ってきた。
「こちら、ドワーフですと育毛用として使う方の多いシャンプーです。過剰には脂を取りませんので頭皮の健康が保たれます」
「過剰に、取らない……それだと、今屋敷で使ってるのと変わんなくなっちゃうかなぁ、アレもなんか落ちきらないから気に入ってないんだけど……」
「このシャンプーは、清涼剤も入っていたり、脂を残すと言ってもわずかにですので、洗い上がりはサッパリとされますよ。試されますか?」
ん? シャンプーを、試す?
「奥にシャワーのあるお部屋がございます。温水が出ますので、試しにご試用頂く事が出来ます。いかがされますか?」
「あー、丁度今日は、朝から精神的に疲れてばっかりだったから、シャワー浴びられるのは嬉しいかも。お願いしても良いですか?」
「はい、ではこちらへ」
と、店員さんが進みかけた瞬間、その影は仁王立ちでそこに居た。
「ご主人様。よく分からない場所で丸腰になるのは危険だ。私が護衛として前に立つ。貴重品も管理する」
フェリクシアだ。いつの間に俺より前に回り込んでたんだ?
以前俺とアリアのデートの時も、普通に見ると見えなくて、よくよくじっと見ると見える、みたいな事があったが、今のもそれなのかな。
「フェリクシア奥様も、ご一緒にシャワー、浴びられますか?」
「いや、私は護衛に徹する。シャワーに時間制限などは?」
「常識の範疇で使って頂く分には、特に時間の制限などはしておりません」
それを聞いたフェリクシアは、力強く頷いた。




