第77話 赤き洗礼、ピンクのユートピア
俺は今、激しく後悔をしている。
そう。
これだったらまだ、あの魔王の長話に、気のない相づちを打っていた方が数段マシだった。
「シューッヘは、どっちが似合うと思う?」
「ああ、うーん……」
ドワーフの衣服サロンには、たくさんの布地があった。筒状にまとめられていて、壁を埋め尽くす様に積んである。
そこからドワーフの店員さんは、身軽にひょいと上の方の筒を飛び上がって取ると、アリアの下へと持ってくる。
……というプロセスが、既にどれだけ繰り返されたか。同じ様な色調、特に赤をドワーフは好むのか知らないが、赤系の微妙な差を「どっちが似合うか」と、先ほどから延々やっている。
アレだ。百貨店なんかにある、口紅の一覧みたいな。
確かに違いがある事は分かるんだが、どこからどこまでも、赤は赤。
そんな口紅サンプルが並べられていた化粧品売り場を思い出してしまう。
「あぁ……あのさアリア、その赤とさっきのもひとつ前の赤、組み合わせたらどうかな」
「少し重みのある赤と、軽やかな赤のトーンね? 良いかも。店員さーん、2つ前の、もう一度見せてもらえますかー?」
このドワーフの衣料品店、そういうルールなのか知らんが、生地見本は必ず1種類ごとしか見せてはもらえない。
まあもっとも、いきなり5種も6種も似たような色を並べられたって、男の俺にはそもそもその雰囲気の違いとかもよく分からない。
今回は、俺の思いが通じたのか、単にアリアがホールドしてるからそうなったのか分からないが、アリアの手元に1本、そしてドワーフさんが壁からもう1本、と、2色を比較出来る様になった。
「どうかしら」
「どうだろうね。外側を重い色にすると、落ち着きが出る気はするけど、落ち着き過ぎちゃうかなあ」
もうほとんど当てずっぽうである。
でも確かに、2色並べてみつつアリアにその色を重ねて考えると、重い赤を外側に出すとちょっとマダムな雰囲気になりそうだ。
「と言うか、そもそも赤以外の選択肢は、ルナレーイには無いの? 街の人たちは無染色がメインだし……」
「他の色もございますが、ルナレーイの赤色染色技術は、世界に誇れるものだと思っております。ルナレーイの記念とされるなら、赤でしょう」
「赤、なんですか……」
ハッキリ断言された。背丈は小柄な女性だが、やはりドワーフ、比較的ガタイはしっかりしている。
……女性に『ガタイがしっかりしている』は良くないとは思うんだが、そうとしか言いようが無い。ドワーフ体型とでも言うか。
「こちらの赤は、特別に染め上げられた赤でございます。さすがローリスの旦那様、お目がお高い」
「は、はぁ……」
重い赤の方が、どうも高級品らしい。
「因みに、触ってみても?」
「はい、構いません。ただ握ったりするとシワになりますので、こう、撫でる様に」
言われた通り、布の上を撫でる様に手を滑らせる。
ほう、これは絹の様な生地なのか。手触りがスルッとしていて、ローリスでも見かけない生地感だ。
でこちらは……こちらも生地感としては上等だ。綿生地風だが、とてもしっかり織り込まれている。ローリスで着るには少し分厚いかも。
「どちらも良い生地ですね」
「ありがとうございます。良い服は、良い生地と良い職人とが揃わなければ決して出来ません。ですのでまずは生地のご選定を」
「うーん、生地のままだと想像が追いつかないな。アリアの両肩に、それぞれの布地をあてがってみても良いですか?」
「もちろんでございます。お手伝いさせて頂きます」
大人しく立ったままのアリアの肩に、布2枚がクロスする様に掛けられる。
やはり思った通り、外側に重い赤色が来ると、顔色があまり良くなく見えてしまう。
「あの、布を……」
「はい。こうされた方がお似合いかと存じます」
と、布の前後が入れ替えられ、明るい赤が表地になる様になった。
ほー、似たような色だと思っていたけれど、これだけでも随分印象が変わるもんだ。
「どう? シューッヘが気に入らないなら、この色の系統は辞めるわ」
「いや、気に入らないって事は無いんだ。ただ似たような色に見えてたから、違いが、ね」
単色で見ていると、あまり違いが分からなかった。だが2色重ねてみると、見え方も変わった。
「表に出る方がそれ位明るい色だと、元気良さそうに見えるし、アリアに似合うと思う」
「やったー!」
アリアはニコニコしながら、ちょっとだけ飛んだ。ぴょんと跳ねた感じだ。
結構長い間赤色ばかり見てた俺。多分そのどんより気分は、アリアにはお見通しだったんだろうな。読心術を使うまでもなかっただろう。
「では、アリア奥様のお召し物は、この生地の組み合わせでお仕立て致します。フェリクシア奥様の方へ行かれますか?」
「そうだね。アリア、1着しか選べてないけど、良いの?」
「うん。旅行の記念みたいなものだから、たくさんあっても、ちょっとね」
アリアが少し苦笑いしてみせた。
これは、アリア自身もそこまで「赤色」にこだわりは無いのだろう事が伺える。
「じゃ、フェリクの方に行こっ! ドワーフさんのメイド服って、どんな感じなんだろ?」
「どんなだろうね、メイドさんに赤色は使わないだろうと思うけど、それも分かんないしな」
フェリクシアは、今アリアがいた部屋とは違う部屋に通されている。
ここは赤ばっかの部屋だったが、色ごとに部屋が違ったりするのか?
いずれにしても、フェリクシアの下に行こう。
「フェリクシア奥様はこちらのお部屋におられます」
俺は案内してくれたドワーフの店員さんに軽く頭を下げ、目の前のドアをノックした。
堅い木の様で、カンカン、と高いノック音がよく響いた。
「ご、ご主人様か?!」
ん? 中から聞こえたフェリクシアの声が、何だか知らないがうわずってる。
思わず俺はアリアを見て、助言を求める気持ちになった。
が、アリアもフェリクシアの反応はよく分からなかった様で、小首を傾げた。
「えーっと……入っても大丈夫? 少し待った方が良いかな」
ドアを前にして、少し大きめな声で言う。
すると中から、
「は、入って下さるのは、か、構わないが……」
歯切れが悪い言葉は聞こえたが、それ以降は聞き取れなかった。
中の店員さんに何か言っている様で、もちゃもちゃ何か言ってるのは分かる。
トラブル? という訳でも無さそうだが、あの冷静なフェリクシアが、どうしたんだろう。
「開けるよ」
俺は一声掛けてから、ドアを押し開いた。
するとそこには、薄桃色のスカートにフリフリのレースが付いた白いシャツを着ているフェリクシアがいた。
「おっ……と。こ、これが、ルナレーイ的な『メイドさん』なのかな……?」
フェリクシアの横にいたドワーフの店員さんに届くように言ってみた。
「はいっ、メイド服と言えばまず色気が無ければいけませんっ! その上で、清楚でいて品も必要ですっ!」
「ほ、ほう?」
あまりの熱弁ぶりに、つい頷かされてしまう。
一方フェリクシアは、赤らんだ顔のまま横に立つドワーフ店員さんにちょっときつめの目線を飛ばした。
「メイドに、その、色気が必要と言うのは、私は初耳、なんだが……」
「そこは譲れません! 現にフェリクシア奥様も、お手つきでいらっしゃるじゃございませんか!」
色気について、戸惑いながらだろう、抗議したフェリクシアだったが……事実の指摘に、顔を真っ赤に染めて敗退した。
ドワーフも色々だな。さっきのマダムな店員さんとはまた雰囲気が違い、明るく元気な感じのドワーフ娘である。若そう。
いや、俺が見るべきはドワーフの若い子じゃないな。
まじまじとフェリクシアを見る。なるほど……
「……可愛いね、フェリクシア」
「ご……ご主人様までそんなことを……」
更に顔を赤に染めたフェリクシア。
いやしかし、フェリクシアが明るい色のスカートを履いているシーンは見たことが無かった。
濃い紺色、または黒のスカートばかりの印象だったが、明るいピンク色も……うん、これはこれで良い。とても良い。
「わ、私はもっと、メイドらしいメイド服を望んだのだが、この店員は頑として私にこれを履かせるつもりらしいんだ」
赤い顔して、こちらも見れないのか、目線があらぬ方向に行ってしまっているフェリクシアは、薄桃色スカートは自分のせいじゃないとでも言いたそうな言葉を呟いた。
「初めてフェリクシアの明るいスカート姿を見たけど、うん、それも似合ってるよ」
「さすが奥様にお似合いになる色が分かってらっしゃいますね、ローリスの旦那様っ!」
ちなみにこの服飾のフロアに入ってから、俺の呼ばれ方は『ローリスの旦那様』に固定されている。
「フェリクシアの場合、メイド服は仕事着でもあるから、1枚だと頼りないな。複数枚、同じ寸法で注文出来る?」
「ご、ご主人様まで、私にこの、このスカートを、か?!」
「特級の仕立て師たちが、既に待ち構えております! 10着でも20着でも行けます!」
「10はさすがに多いな。5着で良い。そうすればフェリクシア、普段のメイド服にたまにそのスカート、混ぜれるよね?」
「1枚2枚でも、と、時折でしかないならば……」
「いや、5枚。ピンクスカートのメイドさん可愛い。以上、決定。5枚仕立ててください」
「かっしこまりましたー! 良かったですねっ、フェリクシア奥様!!」
フェリクシアは目一杯困惑した表情と、ゆでだこの様に赤い顔をして、困った様に眉をハの字にして静かにうつむいた。




