第76話 地下都市・ルナレーイ
「うわぁ……地下なのにかなり明るい」
魔王と共に俺達は城の中へと足を踏み入れた。
柱だけは太くて立派だったが、床の石畳からして割れてたり欠けてたり。ホントに朽ちてる。
魔王はこの城を分かっている様で、迷う様子は無く、ずいずいと前に進む。俺達は左右キョロキョロしながら進んだ。
正面進んで真っ直ぐの部屋――多分大扉があったんだろうが既に素通り状態だ――の奥には、下へと向かう幅広い階段が伸びていた。
元々この部屋は、王座の間だったんだろう。
階段の左右にそびえ立つ石柱の立派さは、外から見たあちこち朽ちた印象とは違って、随分威厳があった。
その階段を、しばらく進む。少し薄暗いが、ポツポツとライトが配してあって暗くて困る事は無かった。
しかし凄いな……左右幅・天井高ともに、なだらかな階段ではあるのだがとても広く、馬車でも余裕でこの階段を降りられそう。
そんな大階段の真ん中をしばらく進むと、やがてフラットなフロアになった。床も壁も、大理石の様なテカリのある石で、ライトの光に照らされて綺麗にツヤツヤ光っている。
更にそのまま進むと、天井が途切れて目の前が大きく開けた。地下なのにとても明るく、都市全体の光景が一望出来た。
「これって、採光はどうなってるんですか? 照明だと、陰とか出来そうなのに、それも殆ど無いし」
「天井の岩盤に、光を通すが曲がるっつー性質の材料を使った、外光取り入れ機構がある。岩盤全体が光る程度には、それを緻密に打ち込んであるからな」
ドワーフマスターのマグナスさんは、少し誇らしいのか相変わらずの腕組みだがちょっと見上げる様に視線を上げている。
確かに言われれば、何処かが明るいのではなく、天井全体が明るい。光を通す上に曲がるって光ファイバーみたいな物なんだろうか、正直よく分からんが。
明るく光る天井はあくまで高く、朽ちた玉座の間から下ってきた階段の分より相当高い様にすら思える。
「マグナス殿、こちらの人口規模は如何ほどですか? 全てドワーフ族の方々でしょうか」
ルナレーイに着いてから黙っていたヒューさんが、ふと、と言った調子でマグナスさんに声を掛けた。
「全てドワーフ、と言ってもよいのかは迷うな。規模としては1万行かない程度だ。魔族、特にサキュバスとの混血が多い。ワシもサキュバスの血が1/4入っている。
ただサキュバスの血よりドワーフの血の方が濃いらしくてな。混血の者も皆身長はこの位だし、腕っ節もサキュバスよりうんと強い」
ドン、と音を立ててマグナスさんが自分の胸に拳を叩き付けた。
よっぽど頑丈な身体をしてるんだろうな、見る限り思い切り拳をドンってやったのに、痛そうでも何でも無く、寧ろ誇らしげに口角を上げている。
「地下都市の出入口は、こちら一箇所ですか? この規模だとそれはあり得ないとは思いますが」
「ふむ、爺さんよく分かってるな。大体1万にもなる者達が、例えば火災なんかの非常時に一箇所に逃げる。すると何が起こる? 押されて倒され踏まれて死んでしまう。単に圧死するパターンもある。
だからこそこの地下都市は、正面玄関に当たるこの位置の他に7箇所、つまりおおよそだが8方向に出入り出来るルートを作ってある。普段の出入りも、それぞれ使いやすい所を使ってる」
地下都市、か。だだっ広いから地下感が全然無いが、確かに火事とか起こったら大変だ。
逃げ出さないといけない程の火事だと、出口が1つは危険過ぎる。将棋倒しで日本でも死者がたくさん出た事件はあった。
「因みにマグナス殿。見る限り工場の区画と居住区は、ハッキリと分かれている訳ではないのですね」
「ん? あれでも分かれてるんだがな」
と、マグナスさんがトコトコと数歩前へ出て、右の方を指差した。
「アレだ、あっち側は主に石工だとか金工の類が仕事したり住んでる街区。逆にあっちは、繊維・織物の系統を主にやってる家々だ。
金工石工は職業ギルドがあるが、衣服含めた織物は、人海戦術の手工業で回ってるな。で、その両方の納品先が中央の商館だ」
マグナスさんの指先を追って見ると、確かに丁度この地下都市のど真ん中辺りに、6階建て位のビルがある。えっ?! ビル?!!
「あの、マグナスさん、あの建物、な、あれって、あの」
「んー? まぁ落ち着けや兄ちゃん。あの商館が何かあったか?」
「いやあの、俺が元いた世界では、商売とか貿易の仕事はああいうビルでするのが一般的で、この世界では初めて見たビルだったので……」
「ビル? ほう、あの建て方は異世界でも通用してるのか。まぁ頑丈だからなぁ、石工と金工が発展すれば自然そうなるってか。なっ!」
トコトコ俺の元に来たマグナスさんが正面から俺の肩に平手。バスンっ、と音がし、肩が外れそうになる。
「おおっと、英雄と聞いたからさぞ丈夫なんだろうと思ったが、そこいらの人間と変わりないのか?」
「か、変わらないです……」
結構ズキズキ痛む肩に手をやり屈み込んでしまった俺に、マグナスさんは少し困った様な声音を掛けてきた。
「そりゃすまなかったな、てっきり身体強化常時とか、物理攻撃無効化結界とか、そんな辺りはあるだろうと思っていたんだ、すまない」
常時身体強化。それは出来なくは無いが、俺がわざわざそうする理由は無い。
物理攻撃無効化結界に至っては、女神様の結界のカスタマイズで出来なくは無いと思うが、動きながら追従させて結界張るのは少し大変だし、これもまた俺がする意味は無い。
「異文化ですから、この位の齟齬は。妻達も普通の人間なんで、優しく扱って下さいよ?」
「おおそりゃもちろん。女性に力加減も出来ない程能なしじゃないからな。そうだお嬢さん方、商館へ行かないか? あそこなら衣服をあつらえる事も、化粧品を楽しむ事も出来る」
マグナスさんが笑顔で、俺の後ろにいる二人に声を掛ける。
振り返ると、衣服に反応したのか化粧なのか分からないが、アリアが目をキラキラさせている。
「アリア、行きたい?」
「うん! ……ダメ?」
そんな上目遣いで見られて断れる男はいないと俺は思う。
「もちろん良いよ、あれでも、ドワーフさん達の衣服って……」
寸が違う。単に縦寸だけ伸ばせば良いって訳では、さすがに無いだろうし。
「服飾の職人もたくさんいるからな。ドワーフ体型以外の服も、貿易商品で作っている。コボルトの服なんかも作ってるぞ」
コボルト? アレだっけ、犬みたいな。コボルトにもその近縁種にも出会ったことが無いので、イマイチ犬から頭が離れない。
「種族に合わせた服を作ってくれるんですね。それじゃ、アリア、フェリクシア、お言葉に甘えようか」
「やったー! 新しい服~♪」
「ご主人様、私はどうすれば良い? ご主人様が望むのであれば、新しい型のメイド服を頼んでみようかと思うんだが……」
新メイド服降臨?! うわ鼻血出そう。
「……お喜びの、ようだな。ではマグナス殿、メイド服も人族に合わせたサイズで、このメイド服とはイメージの違うものを作れるか?」
「メイド服か。この都市はメイドを抱える家は殆ど無いから、メイド服のニーズは少ない。センスの良いのが出来るか約束は出来んが、良いか?」
「構わない。センスよりは見た目新しい、このメイド服と違うテイストを表現できれば、ご主人様は喜んで下さると思う」
「兄ちゃんひ弱かよと思ったが、女に関しちゃ随分良い感じじゃあねえか! やるねぇ若いの!」
と、振り返った通りすがりに背中にバンっと平手が入る。激しくむせた。
「ここから歩きだと存外距離があるからな、馬車を使ってくれ」
マグナスさんの指示で、後ろに控えていた馬車で地下都市内を移動することになった。
馬車が余裕で入れる程の入口、そしてビルが平気で建つ程に遙か高い天井。
魔王に向けられた何十本で済まない金属矢の嵐もそうだが、さすがドワーフ、技術力の底が全く見えない。
***
「さあここが地下都市ルナレーイ最大の商館、メルカトゥス・ヴィア・ルクスだ。ご婦人方向けは、主に5階と6階。応接と交渉は7階だ」
「じゃあ僕らは7階に通してもらおうかな。特に交渉を考えてはいないんだけれど、折角寄ったんだから何か買い付けが出来ればそれはそれで良いし」
「……その僕『ら』には俺も含まれます?」
「含まれるよ。あれ? 奥さん達の方に行きたかった? 女性が衣服を選んだりするのを覗くのは、ちょっと……」
「いやそ、そういうのじゃなくて! 似合うねとか、そっちの方がもっと良いかもとか、言いたいじゃないですか!」
「ふーん? どうも君の視線からは、若干のいやらしさを感じるのだけれど、まぁ僕の気のせいという事にしておこう」
俺より数段大人な魔王は、それ以上深く追求する事なくマグナスさんの所へと進んでいった。
「シューッヘ、一緒に服選んでくれるの?」
「うん、俺としてはそうしたいかなって。アリアは大丈夫っぽいけど、フェリクシアは?」
「ご主人様がお越しになる事に、何の不都合があろうか。ただ、採寸から始まるだろうから、時間は掛かるぞ? 暇を持て余さなければ良いのだが」
「そこは多分大丈夫! アリアの服も、きっと完全オーダーだよね。サンプルとかはあるのかな、ドワーフ寸の」
「どうかな? 取りあえず行ってみてから考えましょ! あ、ヒューさんは」
「わたしはシューッヘ様の代わりに、なるか分かりませんが、魔王とマグナス殿に色々技術的な事を聞きたいと存じます」
「じゃそれぞれ行き先階は決まったね。あ、フライスさん忘れてた」
俺が言うと、いつもながらフライスさんは手を横にバタバタさせながら、全力否定のポーズである。
「私が商館に入る事は決してありませんので! 輸送時の馬のストレスも考え、可能な範囲でケアをしておりますのでごゆっくりどうぞ!」
相変わらずこの人も本当に専門職のプロだ。俺は恵まれているな。
うん。妻2人の生着替えとか、恵まれてるな、でへ、でへへ。




