第29話 遅刻の罰は、どこまでが罰なのか分からない色々混ざった罰でした。
「シューッヘ様。ヒューでございます。アリアとルイスを連れて参りました」
ドアの向こうから、ハッキリした声で告げられた。
「は、入ってください」
言った瞬間に俺は一人掛けソファーイスの横に移動した。まるでこう、余裕綽々(しゃくしゃく)な感じで。
すると、ドアが開いた。ヒューさんかなー……と思ったらいきなりのアリアさんで胸がバクンと鳴った。
「シューッヘ様。この度は大変恩情ある御沙汰を頂き、ありがとうございます」
入ってくるなり頭を下げたアリアさんは、俺の想定外に、随分とふわふわした服装だった。
ちょうど、地球の遊び用のメイド服とか、そんな感じ? モノトーンですらなく、白基調のベースにふわふわした飾りが一杯付いている。
頭にも、カチューシャの様な髪留めに更にふわふわとレースが刺しゅうされている。
元々髪は長くなかったが、更にもう少し切ったのかな? 顔周りに上手くまとまるように、可愛らしく清楚な髪型になっている。
「アリアさん、ど、どうぞ掛けてください」
アリアさんが少し困った表情をして後ろを覗く。
そこにはルイスさんがいて、小さく指さしして座る場所を指示していた。
アリアさんはその指示に従ったようで、ソファーの3人がけ部分のこちら側に座った。
続いてルイスさんが、同じソファーの一番向こう端の下座に座る。
それからヒューさんは何事も無かったかのようにスタスタと俺の横に来て、
正面に座られた方がよく見えますぞ
と、俺に小声で言うので、俺はシュルシュルと回るように移動して3人がけソファーの真ん中に飛び込んだ。
……ヒューさんが一瞬ぷっと吹いたのは見逃さなかったぞ?
ヒューさんは、またも何事も無かったかのように静かに、俺が立ってた一人がけソファーに腰を落ち着けた。
「さてアリア。この度はシューッヘ様の恩情により、お前はシューッヘ様の専属の魔法指導者となるのだが……」
発言を促す様に、ヒューさんが言った。
「は、はい。わ、私で務まるものか分かりませんが、精一杯シューッヘ様に魔法を習得して頂けるよう」
と言うと、ヒューさんがチッチッチ、と舌を鳴らす。
当然、俺もアリアさんもルイスさんも、言葉を遮っての舌打ちに、緊張が走った。
「アリア。お前はどういう立場でもってこの王宮に呼ばれたか、分かるか」
「はっ、ハイ! シューッヘ様に、魔法をお教えするお役目でっ」
「違う」
頭からアリアさんの言葉を否定するヒューさん。
少しの沈黙の後、ヒューさんがとんでもないことを言い出した。
「アリア、お前はシューッヘ様の『お気に入り』だ。魔法指導者は表向きの事、精一杯すべきことは、シューッヘ様に気に入られるようにすることだ」
俺は、ヒューさんに「ちょっと待て」と言おうとしたが、息を吸った時に思い切りむせこんでしまった。
「シューッヘ様、大丈夫ですかっ?」
アリアさんが俺に気遣ってくれる。前にも思ったが、この人の声は美声だ。
ようやく咳も治まって、何とかヒューさんを睨み付ける事が出来るまでに戻った。
「ちょっとヒューさん」
「シューッヘ様。あまり遠回りな事をしておられますと、手が届かなくなってしまっては遅いのですぞ?」
「あのシューッヘ様……今、ヒューさん、いえ、ヒュー・ウェーリタス様が仰った事は、本当ですか」
「……ほ、本当です」
これは何かの罰ゲームだろうか。スマートに、時間を掛けてお話しして、うふふあははとか言いながら……とか。
そんな夢計画は、現実の強引さにあっけなくぶっ飛ばされた。
見ると、アリアさんの頬が赤く染まっている。
少しの沈黙を破ったのは、ルイスさんだった。
「で、シューッヘ様はアリアの母君まで王宮でお世話下さるとの事ですが、誠ですか」
「はい。俺独断で考えた事でしたが、ヒューさんがその様に手配をしてくれました」
「なかなか手配も大変ではありましたが、これも全てローリス王国の為なれば」
「ん? ヒューさん、俺のその……かなり個人的な話が、国のためというのは?」
そこに疑問を持ったのはルイスさんも同じだったようで、二人して前のめりになる。
「英雄様というのは、何処の国でも高い身分で遇されます故、これまでの歴史上、なかなか当国に留まっては頂けなかった。
されど、思い人がこの国におり、更にその母親が病身で国を離れられないとなれば、英雄様もこの国に留まって下さるのでは、と。
内密の話になるが、これはわたしの一存ではなく、国王陛下のご発案でもあるのです」
国王陛下、という言葉に俺は思わず前のめりから後ろへと飛んだ。ソファーにどさっと。
ルイスさんも似たような心情だったようで、目をギョロっとさせて、大きく息を吸いながらソファーに深く座り直していた。
「ルイス、お前に関して言えば、この結末を読んでの事だろう。アリアの服装を見て気付かぬ者がおるか?」
「ははっ、やはりローリス随一の老翁には敵わねぇや、そう、この服装は俺が用意して着させた。どうだ、シューッヘ様。綺麗か?」
「と、とっても……」
うう、絶対これ罰ゲームだ。アリアさんの顔すらもう見れない位。今の俺は真っ赤なゆでだこな面をしているはず。
「英雄様の好みを迷ったんだがね、結局ふりふりしてるのを嫌う男も少ねえんじゃないかと、な」
「まぁ、もう少し控えた方がシューッヘ様のお好みには見合うとわたしは思うがね」
「ふ、二人ともホントに勘弁してください……」
恥ずかしすぎて消えたい、うう。
「シューッヘ様。子をなすおつもりならば、早めに婚礼は必要ですぞ。忙しくなりますな」
「まだそんな段階じゃ……」
「おう?! うちの看板娘の筆頭、アリアじゃ足りないってーのか?!」
「ち、ちがっ! 足りてない訳、ないじゃ……ないですか……」
何とかアリアさんの様子を見ると、そっちもそっちでゆであがった良い色をしている。
と、ふとアリアさんと視線が合う。すぐに逸らされてしまったが、凄いドキドキする。
と、突然にヒューさんがあっけらかんと笑い出した。
それと同じく、ルイスさんもクスクス笑っている。な、なに?
「さぁて、大切な時に寝坊をなさるシューッヘ様で遊ぶのはまぁこの辺りにして、契約関係を」
「おう、そうですな。シューッヘ様、アリアも寝坊組ですんでね、二人してずっとベッドてのは……」
またルイスさんがクスクス笑う。大男がクスクス笑ってるのは、どうにも似合わない。少しイラッとする。
「ヒューさんよ、この場に俺らがいるのもアレだからよ、別室で書類はせんか?」
「あぁそれも良いな。ではシューッヘ様、あとはお若いお二人で、しばしごゆっくり」
最強の辱めワードと共に、分かってやってた二人が揃って笑いながら部屋から出て行った。
絶対ヒューさんにはあとでなんかしてやるもん!
と……一息つくと、真正面ではなくちょっと右寄りに座るアリアさん。
「あ、アリアさん」
「は、はい。シューッヘ様」
「あの、えーと……まず、正面に座って?」
「はいっ!」
お互い真っ赤なのは、この際もう何も言わない。
まさか完全にお見合い状態にさせられるとは、俺も思ってはいなかった。
アリアさんが正面に座る。ふとピッチャーの方を見ると、『何故か』うすはりのグラスは『2個重ねて』あった。薄すぎて気付かなかった。
……ヒューさんはどの段階からこの「完全お見合いスタイル」にしようと考えていたのか。
俺は二人分のハーブ水を用意しようと、ピッチャーに手を伸ばしかけた。
すると、アリアさんがパッと立ち上がって、私やりますっ、て。
超かわいい。しかもその服装とピッチャーとか、激似合いでどうしたら良いか分からん。
「はい、どうぞ……ご、ご主人様」
頭の中でなにかはぜた気がした。ここは実は天国で、俺は夢でも見てるのか?
「あ、アリアさん、その……ご主人様は、さすがに」
「あ、嫌だった……ですか?」
「嫌じゃない、だから余計困る……」
いきなり抱きしめたいとか言い出したらもう変態の域だ。
アリアさんの胸元に思い切り突っ込んでいきそうな自分の本能が怖い。
「ハーブ水、アリアさんも飲んでね。す、少し落ち着こ?」
「そ、そうですね、はい」
「あっ。その……出来れば敬語はやめて欲しいかな、アリアさんに敬語呼びで呼ばれると、何だか遠い人みたいで」
言いつつ少し落ち着いた頬がまた熱を持つのを感じる。
「じゃその……シューッヘ君、で良いの? 話し方も、こんな感じ、かな?」
「うん、そうそう。その方が俺はアリアさんの最初の印象と近くて、嬉しい」
「嬉しい、んだね」
「あ、うん……はい。嬉しい」
アリアさんも顔に熱を感じているようで、手でひらひらと頬の辺りをあおいでいる。
俺は俺で、嬉しい胸のドキドキが少し落ち着いてきた。ずっと慣れなかったら、それはそれでアリアさんと一緒にいられない。
俺がハーブ水のグラスに手を伸ばして摑むと、アリアさんはちょっと上目遣いに俺の様子を見て、それからグラスを手に取った。
ふう、と一息ついて、グラスの中身をぐいっと飲む。ん? いつものハーブ水よりまろやかで、さわやか、かつちょっとだけ苦みがある。
「ね、ねぇシューッヘ君、このハーブ水って、シューッヘ君がハーブを指定したの?」
そう言われても、そんな覚えは無い。メイドさん軍団が取り替えてった、ってだけだ。
……という寝坊エピソードは伏せておきたいので、俺は単に首を横に振った。
「このハーブなんだけど、一般的に飲み物に入れるルトラの葉じゃなくて、外見のよく似た上位種のハーブだと思うの」
「そうなの? 確かにちょっとだけ味が違って、いつもよりさわやかな気はする」
「うん。味は似てるね。私も本で見ただけだから断言出来ないけど……サンルトラの葉かなって」
「サンルトラ?」
「ルトラの近縁の植物で、乾燥地帯に少量しか生えない希少種で、薬効が凄いんだって」
「へぇ、じゃ単なるハーブ水って言うより、薬草水? なのかな?」
「そうね、薬草よね、もしサンルトラなら……」
「で、もしサンルトラだったら、どういう薬効があるの?」
俺が問うと、アリアさんは答えを一瞬飲み込んだ様に目をぱちくりさせて、ちょっと下を向いて、話してくれた。
「その……男性の精力増強とか、女性の媚薬効果、それから『一緒に飲んだ人と結びつく』なんて……これはおまじないっぽい話なんだけど」
と、うつむき加減のアリアさん。
……朝っぱらから精力剤を、しかも女性の方には媚薬効果まであるちょっと悪意ありそうな薬草を。
ヒューさんやり過ぎじゃない?!
「アリアさん、その……大丈夫? おまじないはともかく、媚薬効果のある薬草なんて不意に飲んじゃって」
「うーん、んー、すごく、ぽっぽするかな……それと、せつない」
「切ない?」
ちょっとよく意味が摑めなかった。
「あのね? 言うの、とっても恥ずかしいんだけど……今すぐにでもシューッヘ君に抱きつきたい気分。嫌よね、こんなお姉さん」
「い、嫌じゃない。嫌じゃないけど、今から抱きつかれたら……俺、理性利かなくなると思う」
「そ、そうよね。あたしにこれだけ効いてるんだから、シューッヘ君の精力にも効いてるだろうし……」
ちょっと沈黙が流れる。沈黙と言っても、耳には心臓の鼓動がドックンドックンと騒がしい。
「シューッヘ君、あたし、頑張るから。シューッヘ君が、抱いても良いって思える女になる」
潤んだ目で突然そんな決意を言われても、抱いて良いなら今すぐでもって、俺は完全に変態かぁ!
「その……気持ちは嬉しいけど、努力は要らないかも。そのまんまのアリアさんが……いいなって」
「そ、そっか。あ、例えば今日の服とかって、ギルド長の仕立てで殆ど無理矢理着せられたんだけど、どう?」
「すごく可愛い、可愛いけど、もう少し抑えた方が俺の好みかな……あごめん、俺の好みの話じゃなかった?」
「ううん、シューッヘ君の好みの話。あたし、ここに来るまでは、シューッヘ君の恩情に感謝しなきゃって、ずっとそれだけ思ってたの」
「恩情……って言うと、罰の件と、お母さんの件かな?」
「うん、それに新しい働き口も。ギルドより良いお給金ももらえるみたいで……でも正直、なんでそこまでしてくれるのか、分からなかったの」
それは俺がアリアさんを好きになってしまったから。
「だけど、ここに来て、ヒューさんやギルド長の話し方とかその中身とか聞いて、ようやく分かったの」
「そっか……ごめん、なんかアリアさんにとって騙し討ちみたいな形になっちゃってる……もっとフラットな、最初は本当に、魔法の先生になってもらってそれから少しずつ……って思ってたんだけど……」
「ううん、大丈夫。シューッヘ君の計画は計画として、これから楽しも? あたしも元々は、そのつもりで来たんだし」
だけど、と繫げて、そして少しの沈黙の後で、アリアさんが言った。
「その……もし、もしもねっ。シューッヘ君が夜伽屋さんなんかを使う事があるなら、いっそあたしの事を抱いてって思う……」
俺の頭はパンクし、気付くと鼻血を垂らしていた。
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