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【完結済み】破壊神のしもべはまったり待機中 ~女神様がほぼ仕事しないので、俺ものんびり異世界青春スローライフすることにした~  作者: 夢ノ庵
第4章 魔族領遠征編 ~親書を携え、馬は進む~

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第64話 イフリートは誰のもの?

ホッホッホー。メリークリスマス!!

 独占欲。それはおよそフェリクシアに似合わない言葉だった。

 夫人の順序争いでも、俺を独占したいような様子は全く無かったし、独り占めで甘いもの食べるなんてことすら無い。

 そのフェリクシアが、独占欲で今困っているのか……人は分からないものだな。


「フェリク。あなたの独占欲はとても強いわ。女神様から賜った、というのが最も強く鎖を形成してる」

「……なるほど、言われれば、何となくだが思い当たる感覚はある。私の、イフリート……」

「ねぇシューッヘ。ここまで心に侵入してまで暴く必要があった? 誰でも心の薄暗い部分は、隠したいものよ?」

「うーん、それはそうだとは思うけれど……」


 魔王に斬り掛かる程の『独占欲』ともなれば、今後を考えると不安が幾らか残ってしまう。


 イフリートを信じられないだけなら、まだそれは二人の関係の話だから良かった。

 が、魔王が敵対的反応を示さなかったから御の字だったが、下手すれば最後の戦いに、恐らくこちらが一方的に殲滅される戦いに、なるところだったのだ。


「フェリクシア。幾らイフリートの真意を確かめたいからといっても、斬り掛かった相手が悪い。あれは魔王だよ。下手すればフェリクシアの首が飛んでた」

「う、うむ……ご主人様の仰る事はもっともだ。私も、イフリートに向けていた切っ先を何故魔王に振りかざしたのか、よく分からないんだ」

「まぁ、俺としては? 今回は幸い事件にならなかったから、じゃそれで良かったね、でも良いと思う。けど、イフリートとの確執に、賓客を巻き込んでは……」

「すまない、本当に。言い訳がましくて嫌がられると思うが、本当に何故そうしてしまったのか、私にも分からない。正気を失っていたのだろうか」

「あーもう! その話はやめましょ! どこまで行ったって分かんなかった事は分かんないんだしっ、魔王も怒ってないみたいだし!」


 ズカズカっと俺とフェリクシアの間に物理的に押し入ったアリアが、手を大きく左右に開いて俺とフェリクシアを遠ざけた。


「シューッヘも、しつこいのよ。女心なんて男からしたら分からないものよ、どんなに説明を重ねたって」

「そ、そういうもんなの? いや、俺が言いたいのは」

「どうでも良いの! 今魔王が牙を剥いているならいざ知らず、あちらでヒューさんと仲良く作業中よ?! 見てご覧なさい!」


 俺とフェリクシアの間を裂いた指先が、馬車の外を真っ直ぐに差す。

 指先を追って座ったまま外に視線をやると、魔王とヒューさんが共々に、黒いオーラの様な揺らめきに包まれていた。


「んぐ……あの独特の、胃に来る感覚は」


 闇魔法だ。そう言えばヒューさん、俺の家でなんとかって蜂を何処かから召喚してたよな、闇魔法で。

 えーっと……そう、血喰い蜂。アリアが初めて人を殺したあの時、床板に残った血のシミを綺麗さっぱり消して、俺達にうつをもたらしたあの血喰い蜂だ。

 今回も召喚魔法なのだろうか。というかあの闇魔法の気持ち悪さの中心に立ってて、オエッてならないのか? ヒューさんは。


「何してるんだろうね、あの二人は」


 俺は言いつつも視線をアリアに戻した。単にこれ以上気持ち悪いと諸々ヤバいから視線を外しただけなんだが。


「少なくともシューッヘよりは建設的な事をしてるんじゃないかしら?」

「アリア、怒ってる?」


 アリアの声音がトゲトゲしい。フェリクシアを問い詰めたのが、そんなに気に入らなかった……のかな?


「あのねぇシューッヘ、あたしの『力』は、仲間の失態を責めるために使うものなんかじゃないの。でも、あなたがフェリクを責め続けて、フェリクが望んだから、そうしたわ。これでご満足?」

「う、うーん……」


 強くハッキリした批判的な視線でもって見下ろされ、思わず口ごもってしまう。


「あなただって、いつもあたしが見ていた時には凄く嫌そうにしてたわよね? 心の中を見られるって、そういう事じゃないの?」

「う、うん……そうだね。そっか、同じか……」

「誰だって、心の中覗かれて嬉しい人なんていないわ。絶対にいない。だけどフェリクは、あなたへの忠誠心であたしにそうさせたの。分かる?」

「…………」

「また黙り込んで。あたしも前のことグチグチ言うの嫌いだからあんまり言わないけど、直ってないわよ、悪い癖」


 そう、言われてもな……ここまでズバズバと正論を叩き付けられると、まさにぐうの音も出ない。黙る以外に何があるんだ。

 とは言え、黙っているとアリアの機嫌はもっと悪くなるばかりだ。何とかしよう、何とかなるか分からないが。


「俺は、フェリクシアの気持ちが知れて、良かったと思う。確かにフェリクシアには辛い思いをさせたかも知れないけれど」

「あら、随分前向きなのね。じゃあ教えて? フェリクの独占欲を知れて、何が良かったの?」

「何が……」


 直感的には、良かったと断言出来る。けれど、じゃあ何が? と言われると、うーん……困る。

 フェリクシアがイフリートに対して独占したい気持ちがあったとしても、それが何か関わるのか。

 元々、魔王さえ出てこなければ、女神様からの賜りものであるイフリートは、紛れもなくフェリクシアの独占所有物だった。いや、物かどうかは分からないが、ともかく独占だった。

 が、魔王が過去の主人だとなって……すると、魔王との関係においてだけで、限定的に、良かったと言えるのか……?


 当の魔王は、フェリクシアの暴走すら気にしなかった様子だし、そもそも傷つける事すらも出来ていない。

 それにイフリートも、魔王にフェリクシアの凶刃が迫っても、魔王の為には動かなかった。今は馬車の外で立っているが、さっきからずっと、態度に変化はない。

 忠誠……イフリートのそれは、間違いない。じゃあ俺がフェリクシアの独占欲を暴いたのは、余計なことだったのか……?


「またそうやって黙って、シューッヘは」

「もういい、奥様。ご主人様も考えがあってされたことだろう。結果が芳しくないからと責めるのは、あまり良くないと思う」

「フェリクはそれで良いの? 覗きたい時に覗かれるなんて」

「私は、それをなさるのが奥様とご主人様であるならば、別に構わない。メイドに隠し事はない」


 め、メイド論なのか、それ。


「むしろ奥様。今は人類最大の敵が近くにいる、まさに敵中だ。仲間割れをしている場合ではない」

「な、仲間割れだなんて……」


 正論には正論返しがよく効く。もっとも、正論を聞くつもりが無い相手だと、効果も無いんだけど。

 アリアは幸い、フェリクシアの正論にしっかり反応して、口を尖らせて黙り込んだ。

 自分が助けてあげようとしていたフェリクシアからストップを掛けられたのだから、まぁ、気分は良くないだろうな。


「これが仲間割れかはともかくとして、俺は俺で、魔王へ謝罪がてらちょっと様子を見てくるよ」


 ピリピリした場からは、一旦離れるに限る。

 俺はさっさと馬車を飛び出した。着地した拍子にしゃがんだら、ふとイフリートが手を伸ばしてきた。


「イフリート?」

「我が主の主。我の想いを、主とその友は理解してくれただろうか」


 差し伸べられた手をグッと掴む。初めて見た時のあの巨大な大精霊からは想像もつかない程のソフトな引っ張りで、ふわっと立ち上がれた。


「イフリート。あなたが俺達の仲間だってことは、あなたの主も含めて、よく分かったよ。これからもよろしく」


 握られている手にそのままグッと力を加える。イフリートの表情は変わらないが、心なしか嬉しそうに見えるのは気のせいだろうか。

 握り返されたその力からも、俺はイフリートがあくまでも俺達の仲間であることを確信した。他の誰のでもない、俺達の、仲間だ。


「ねえイフリート、ヒューさんと魔王は、今何をやってるのアレは。あんまり眺めたくないから、見ない様にしたくてさ」

「元の主が言った事では、直領から馬を呼んでいるとのことだった。何故闇魔法で馬が呼べるのかは、我には分からない」

「魔王直領から、馬? にしては、二人の魔力がそんなに大きくはないね。どうするんだろう」


 チラッと見てすぐ視線を外す。見続けると胃がムカムカする。

 魔王もヒューさんも大差無い大きさの、闇魔法のオーラに包まれている。

 が、馬がそこから出てくる様な大きさではないし、人物を中心にオーラがあるので、そこに召喚すると位置がかぶってしまう。


「馬って、あの『馬』で合ってるのかなぁ」


 振り向く。強靱馬は脚を動かして足下をつついているが……馬。結局よく分からない。

 ちょっと溜息が盛れたが、もう一度魔王の方に目を遣ると、さっきよりオーラが一回り小さかった。そして徐々に下火になっていくところでもあった。

 あの位小さくなってくれると、胃への負担も少ないな、などと安堵の息が口からこぼれたその時だった。


 魔王の右側に並んで立っていたヒューさんが、膝をガクッと折って地面に片膝つきになった。


「ヒューさん!」


 俺は地面を強く蹴った。ワイバーンブーツのお陰で、すっ飛ぶ様に一気に距離を詰められる。

 2歩、3歩。その3歩目は軽くして、二人の少し後ろに着地した。


 俺の足音を聞いてか、ヒューさんは振り向いた。

 顔色は良くないが、そこまで酷いとは言えない。良かった、大丈夫そうだ。


「ああ、英雄。まもなくここに馬が来る」


 振り返った魔王の笑顔と、一筋の汗。

 何にも動じず底知れない力がある魔王が見せた、初めての汗だった。

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