第61話 俺は仲間とピクニック気分で魔族領探検したかっただけなんだー!
女神様と魔王の、遠い昔の話と含み笑いと。
さすがにどちらも、人間の尺度とは訳が違う長い長い時を生きている。
その含み笑いが「含む」ところが凄く深そうな気がしてならなかった。
『ちょっとシューッヘ、もう危険は無さそうだから、結界外してよ。ここまで暗いと不便だわ』
「あっ、すいません忘れてました」
俺は急いで呼吸を整え、頭の上に張った25メートル円盤状の遮光込みの絶対結界を解除する。
「ふむ。見える様になると、ナグルザムの最期の一撃もなかなか悪くなかったのが分かるな」
その言葉に、外に目を遣る。
俺達の馬車の、本当に少し向こうは地面も穴だらけで黒焦げ、結界があった範囲のたくさんの木々は、根ごと引き抜かれて全て一方向に倒れている。
「君達には見えないかも知れないが、爆心地はもっと凄まじい事になっている。さすが一度は僕の右腕と称されただけはあったな」
納得してるのか、それとも部下の出来映えを誇りに思っているのか、目を伏せた微笑みと共に魔王は深く1つ頷いた。
あの爆発だからなぁ、爆心地は大穴が空いていてもおかしくない。敢えて見に行こうとは思わないが。
しかし。魔族領に行くんだよな、これから。いや俺が望んだことなんだけれど。
獅子王の件もそうだし、まだ幾つか越えないといけない領土・領地があるらしい話はあった。
アレはナグルザムの言葉ではあったが、今まで人間が辿り着けていない事実からも、その広さにきっと、嘘はない。
俺の心の中に、漠然とした不安が渦巻き始めるのを感じた時、俺の太ももにアリアがぽんと手を置いた。
何かと思って顔を上げてアリアを見ると、ニコッとして軽く頷く。
「あの女神様。ちょっと気になる事があって、良い……ですか?」
俺の横に座るアリアは、小さく手を上げながら女神様に声を掛けた。
『構わないわ。ずっと引っかかってたイスヴァガルナ時代の事が分かって、今はとてもスッキリした気持ちだしね。何でも良いわよ♪』
「大した事ではないんですけれど、その……魔王城に、女神様も一緒に、来ては……」
俺は思わず目を見開いた。アリアの、大人しげながら大胆な提案に。
もし女神様が来て下されば、敵は無い。どんな魔物だろうが、女神様には決して勝てない。魔王すら戦いもせず言いなりなんだから。
『あー……アリアちゃんにしてみると、やっぱり魔王城は怖いところよね? きっと』
「は、はい。さっきのナグルザム卿の爆発もそうですけど、少し魔族自体が怖くて……」
『うーん、アリアちゃんの気持ちは分かってあげられるんだけれど、私、魔族領の中部より奥には入れないのよ』
「えっ、そうなんですか」
アリアは女神様と魔王の対話があまり分かっていなかったらしい。それとも分かった上で、俺の為に知らない振りして言ってくれたのだろうか?
魔王が2度ばかり言ってる、対神・対魔神結界というのが、女神様すら阻むものであろう事は俺には分かっている。
『そうなの。太古の昔、私達≪神≫にも別勢力があったの。それが魔神。残忍で冷酷非情、そして、生き物の贄を求める神だったわ』
「だった……って言う事は、その魔神? は、もういないんですか? 女神様が退治なさったとか?」
『いくら私でも、数も力も揃ってる魔神を単騎でどうこう出来る程の力は無いわ。アレは魔族の発明よね? それとも事故だったのかしら』
「……そこは回答を差し控えたい。だがあらましだけ言えば、魔導水晶の特殊な性質を使って『虚無』を生み出し、この世界から追放した。その代償として、魔王城のある領域から西は全て虚無に飲まれ、大地を失った領土は海に沈んだ。広大な領地を失った」
魔導水晶の、特殊な性質? 虚無? ……ブラックホールみたいなものだろうか。
俺も、擬似的なブラックホールは作る事が出来る。アレは魔力によるものだ。魔導水晶が絡むのなら、それも魔力によるものだろう。
女神様ですら、ブラックホールに対抗する事は出来なかった。強靱そうな魔神とか言う存在も、ブラックホールならば消滅に追い込めた、のだろうか。
『いずれにしてもその直後から、魔族領には大きな結界が展開されているわ。ずっと、ね。その結界が、神の侵入を阻むのよ。だから私は魔族領の奥深くには入れないの』
「分かりました。ご無理を言って、すいませんでした」
アリアが深く頭を下げる。それに女神様は、軽く手を振りつつ仰った。
『アリアちゃんが気にする事じゃないから、ほんと、気にしないでね。それよりあんた、この子達を単独で行かせる気? 今の魔族領の危険度は知らないけれど』
女神様の視線が魔王を捉える。魔王は少し驚いた様にその瞳を大きく開いていた。
「まさか。わざわざ僕の元に尋ねに来ようという客人に、たまたまその道程で出会ったんだ。案内するに決まっているだろう」
『そう。それじゃこれ以上私が干渉する必要は無さそうね』
ん? 今のって、えっ? 魔王様ってここからずっと案内役してくれるっての?!
『じゃあここから先は魔王ガルドス、あなたに任せます。シューッヘが私の使徒である事をくれぐれも忘れないよう』
「分かった。他の人間とは別格の扱いをする事を神に誓う」
「ちょ、ちょっと待ってください! 俺そんな、特別扱いとか勘弁してください」
どんどん俺の外で俺達の事が決まっていくのに、ちょっと我慢溜まらん状態になった。
特に、俺だけ特別扱いなんてされたら、アリアにもヒューさんにも、フェリクシアにも悪い。
「何を懸念する英雄。君は英雄であり、本来全ての人間にとって、特別な存在のはずだ。現にその英雄位だけで爵位も授かっているのだろう?」
「それはそうですが、その、俺が言いたいのは」
「シューッヘ様、どうか我々にはお構いなさいませんよう、忠心より申し上げます。シューッヘ様が特別な待遇を受けるのは、当然の事でございます」
俺の反論虚しく、身内からまでも特別扱いで行こうって意見が飛んでくる。
俺はさすがに助けて欲しくてアリアの事を見つめた。アリアなら、俺のこの気持ちを読んでるはずだ。
「うん、シューッヘ。でも、あたしもシューッヘは特別で良いと思う。だって、ローリスと魔族の国の外交だもの、その一番偉い人が特別扱いされないなんて、むしろおかしいよ」
……アリアまで。
これきっと、フェリクシアになんて、聞くまでもないよな……
「ご主人様、そんな目で私を見られても困る。私も皆と同意見だ。今回の外交、英雄の称号を持つご主人様が外交使節団の団長以外の何でも無い。団長が他の団員と同じ扱いというのは、有り体に言えば『軽んじられている』ようなものだ」
「そうだね、メイドさんの言う通りだ。英雄本人は随分と謙虚と言うか、いや寧ろ卑屈と言っても良いかも知れない。だが、人間の代表を、幾つかの文明ぶりに平和的に迎える魔族領側の立場にもなって欲しい。団長を軽んじている様な印象を、内外のいずれにでも与える様な行動を、僕は取る訳にはいかない」
うぐ、魔族領側の事情……しかし、特別扱いって一体……
「英雄。君の仲間の意見も揃ったというのに、何故そこまで浮かない顔をしているんだい。君ならば、僕の、王としての立場も理解してくれるものと思ったのだけれど」
「理解はしますが……その、特別扱いって具体的には何をするつもりなんですか? 俺自身は、御者のフライスさんも含めて、このパーティーで和気あいあいと行きたいと思っているんですけど……」
「少なくとも馬車は分けねばなるまい。僕と君の2人が乗る馬車は、こちらで直ちに用意する。極上の馬車だぞ? テーブルにグラスを立てていても、倒れることも中身がこぼれることも無い程に揺れない」
「えぇ……仲間とは、別馬車です、か? えぇー……」
俺は困ってしまって、アリアを見た。
こういう時にアリアに頼り切りになってしまうのは、俺の悪い癖かも知れない。
「別馬車でもちろん良いよ! ここまでの旅はここまでの話! ここからは、魔王様と英雄様の話だから、別!」
「えーえ、アリアまでそう言うの?」
「もうシューッヘ、そんなにダダこねないで? 外交が終わってローリスに戻ったら、また幾らでも一緒にいられるじゃない!」
うぅ、それってローリス戻るまでは別行動かもって話だよね。心細いなぁ、それは。
女神様この状況なんとか……と思って女神様の席を見たら、もういなかった。いつの間に。
「かくも優柔不断な英雄殿に任せておいては、話が一向に進みそうにないね。悪いが僕のペースで進めさせてもらおう。老君、闇魔法は扱えないかい?」
「魔族の方々には恐らく遠く及びませんが、人間の中では扱える側の人間に入ります」
「では僕の後に付いて外に来てくれ。それからアリア嬢かメイドさん、英雄にバフを、可能な限りたくさん掛けてくれないか?」
「バフ? バフとは何だ?」
「つまり、戦術的・戦略的、戦闘的・非戦闘的、あらゆる分野に於ける付与魔法だ。本人の力を増幅させるタイプが良い」
「対人の付与魔法か。幾らか出来なくはないが、それならばヒュー殿の方が得意であろうと思うが」
「老君にはかなりの魔力を使った仕事をしてもらう必要がある。僕も同様だ。アリア嬢は?」
「ごめんなさい、あたしは生活魔法しか出来ないから……せいぜい、野菜の鮮度を見る目が鋭くなる魔法くらい?」
「それでも構わない。とにかく質より量で、出来る限り多種多様な『力』を英雄シューッヘに付加して欲しいんだ」
「分かった。まずは私が出来うる範囲で……いや、今の状況ならもう一つ手があるか。フライス殿!」
俺以外、総員立っている。もう動き始めている。魔王など既に馬車の扉を開け放ってすらいる。
俺、特別扱い確定。ちょっとがっかり。
フェリクシアが大きな声でフライスさんを呼ぶと、馬車内の小窓がシャッと音を立てて開いた。
「お呼びですか、フェリクシア様」
「風の精霊というのは、一度いなくなると再度集める事が不可能になるか尋ねたい」
ん? フェリクシアが風の精霊の話をするってことは……
「いえ、多少時間は掛かりますが、消えてなくなる訳では無いので、再び呼び寄せ集める事は可能です」
「分かった。ここにイフリートを召喚する。イフリートならば、火魔法系に限定されるだろうが、私の限界を遙かに超えた魔法付与も出来るだろう」
……あのイフリートに、俺が強化されちゃうわけ?
俺、燃え盛る炎をまとった炎の英雄とかに、なっちゃったりするのだろうか?
俺の考えをよそに、既に俺の目の前の床には、比較的コンパクトサイズではあるが、外側と内側が逆回りする魔法陣がうっすら輝き始めていた。




